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若きポゴレリチのショパン — ソナタ第2番 [音楽]

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昨日の夕刊にポゴレリチのコンサート評が載っていて、「あぁ、また行き損なってしまった」 と一応は思うのだが、それは本当に残念なのか、それとも行かないで済んで出費が無くて助かったのか、微妙なところである。
イーヴォ・ポゴレリチ Ivo Pgorelić に対する毀誉褒貶、というか圧倒的な悪名高い評判は知っていて、今もネット上のブログを幾つか見てみると、数日前の彼のコンサートをボロボロに貶している評などもあるのだが、そういうのを読むとかえって是非聴いてみたいものだと思ってしまう私である。

ポゴレリチは、もちろんたくさんのCDが出ているけれど、やはり生音でないとその真実はわからないような気がする。これはポゴレリチに限らないが、CDなどの再生音で聴いてもそんなに実像と違わない人と、生音と再生音では明らかに異なる人とがいるように思う。
私は比較的初期のベートーヴェンの32番ソナタをはじめとして、CDでポゴレリチを何枚か聴いているのだが、これまで何となく漠然とした印象しか持ってこなかった。拒否反応もないかわりに、そんなにすごくてのめり込むというほどのピアニストでも無かったのである。というかそう言えるほどの数の録音さえ聴いていない。

ポゴレリチといえばショパン・コンクールの際、ポゴレリチを推す審査員と否定的な審査員とが争って、その時ポゴレリチを擁護して、結局審査員を下りてしまったマルタ・アルゲリッチの話で有名である。
それを考えていたらそのショパン・コンクールの際の録音を集めたセット物CDがあったことを思い出した。買ったままでまだ未開封だったのである。そこで30年前のポゴレリチを聴いてみた。

あらためて聴いてみると、確かにやっぱりこの当時から彼の演奏にはトリッキーな面があったかもしれない。それは標準的なピアニストでは聞こえてこない音が強調されて聞こえてきたり、あまりにも極端なテンポ設定など、口の悪い人に言わせれば 「ふざけてんのか?」 的な演奏だからである。
youtubeでもこの演奏の動画を幾つか見つけた (第1楽章と第4楽章)。ただ動画で見るとわかるのだけれど、とりあえず 「ふざけている」 ことはない (あたりまえだが)。むしろ彼なりの音楽への必然性が見えてくる。いわゆる正統的なショパン演奏からはかなり外れているかもしれないが、これはこれでアリ、と思わせる説得力は存在する。ただそれが好きな表現であるかどうかと問われると、すごくむずかしい。

このショパン・コンクールのソナタで最も私の興味を引くのは第4楽章で、まるで緻密な苔の絨毯でも見るような音の連なりで、音ひとつひとつがその粒立ちを喪い、リズム感を塗り込められたような緻密さであるため、従来のショパンというイメージから想起される第2番とは違った曲を聞かされているような気がする。たとえばホロビッツと較べてみてもその差は歴然である。というかホロビッツと比較する意味はもはやほとんどない。
この第4楽章は葬送行進曲に付随する、とってつけたような謎の終楽章であり、むしろこうした現代音楽的解釈のほうが正しいのではないか、というふうにもとれる。

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CDの最後に記録されているバラード2番 (これもyoutubeにある)。緩い箇所では止まりそうになるくらい流れないリズム。Prestoに入ってからの左手のパッセージの異常な強調。こうしたアプローチのため、曲全体の方向性が従来のショパン的カタストロフとは違う異様な印象を受ける。最後のAgitatoの、唐突で余韻をわざと持たせない終わりかた。ただバラードという曲種はワルツの儚さとかマズルカの民族性といった情緒的な嵐のような 「できあがった先入観」 をあまり持っていないので、従来のショパン的感動を得ようとさえしなければ——ポゴレリチは確信的にそう考えているはずで——こうした無機質とも思える構成もあり得る。
かつてショパンはロマンチックで情緒過剰なほどに飾り立てた演奏が主流だった時期もあり、しかしそうした過去の演奏を聴くと現代のリスナーの耳と感性にはすでに耐えられない部分も存在する。顰蹙をおそれずに言えばもはやホロビッツの演奏にさえ、そうした時代の風化を感じさせる部分はすでにあると思う。そしてこれはリスナーの耳の進歩であり、こうした流れこそが歴史なのだと思う。
といってこれはポゴレリチへの擁護ではない。コンサートの快い終わりかたとその後の美味しいワイン的な快楽をめざすのならばポゴレリチは適切なピアニストではない。ただ、そうした予定調和の 「美味しいワイン」 用演奏だけが音楽のすべてかと言われればそれは違うと私は思う。つまりハリウッド映画のキモチいいエンディングだけが映画のすべてではないのと同じだ。

もっともショパン・コンクールのポゴレリチは30年前の話であって、今のポゴレリチは異常なほど演奏時間のかかるパフォーマンスをしているようで (思わずパフォーマンスと形容してしまうほどに、その噂はネガティヴな意味で魅力的だ)、なんとか次の機会にはコンサートに接してみたいものである。私は他人の批評は究極的には信じないので頼るのは自分の耳だけである。そして実際に聴いてみたら、途中で寝てしまうのかもしれないが。


Great Chopin Performers (Capriccio)
グレート・ショパン・パフォーマンス ショパン・コンクールの覇者たち



Ivo Pgorelić/Chopin: Sonata No.2 mvt.1 (1980 Chopin competition)
http://www.youtube.com/watch?v=WL_I1z5OHe4
mvt.4
http://www.youtube.com/watch?v=EDU7lYJleb4

Ivo Pgorelić/Chopin: Ballade no.2 (1980 Chopin competition)
http://www.youtube.com/watch?v=wTpeMgEs0CU
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