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森高千里 The Singles を聴く [音楽]

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今、夏の終わり、この時期はべったりとした湿度の高い執拗な夏が居残っているような季節のはずだが、今日はなぜかクリアで爽やかとも感じられる一日だった。
そんな日に、買っておいたCDのパッケージを開けてみた。

アルバム《The Singles/Chisato Moritaka》は森高千里の全シングルを収録した3枚組である。私はそんなに熱心に森高千里を聴いたことはなくて、だから私にとって最初に印象的だったアルバムは、たぶん《TAIYO》である。
つまりアイドルなアイコンとしての森高千里が失われつつあった時期からのほうが彼女の歌は本当に輝き始めていたと私は思う。というか彼女の歌は、メインの歌手とバックの演奏という関係性でなく、声も楽器のひとつとして扱われていて、歌も含めたバンド全体のグループサウンドとしての魅力があって、それがはっきりと出てきているのがこうした後期のアルバムなのではないかと感じる。

こうして編年体のようにして最初から聴いてみると、このいわば〈森高組〉というべきユニット/プロジェクトは、かなり早い時期からしっかりとした確信犯的コンセプトを確立させていて、それは少し時代を経て冷静な目で見て初めてわかるのかもしれない。それは歌詞にも彼女のビジュアルにも同様に言えることだ。
だから後で振り返ってみて 「若気の至り」 的な、顔から火が出るような恥ずかしさは、たぶん森高には存在しない。なぜならそれは最初から周到に計画されていたことだからである。

私にとってベストな曲は、だからたとえば〈ララ サンシャイン〉とか〈SO BLUE〉であって、あとこれはThe Singlesには入っていないが〈夜の煙突〉であったりする。
彼女の歌詞はごく普通のむずかしくない単語だけで成立していて、こうした全く選りすぐられていないような単語のみで成立する歌詞というのは、逆にすごくアヴァンギャルドなのだと思う。
また、タイアップのCM用の曲などが多くて、それらは曲先がほとんどだと聞くが、そこにクライアントを満足させるべく歌詞を嵌め込んでいった彼女の作詞能力はかなりすごいのではないだろうか。
しかし何よりも驚くのは、この音のクリアさだ。ごく初期の曲には試行錯誤があるが、すぐに音づくりは安定し、それは最後まで洗練されこそすれクォリティが落ちることはない。これは森高千里の声に特殊な魅力があることによって生じた求心力であるのだろう。
そしてwetでないこと。最も日本的情緒を感じさせる失恋な歌詞ほど乾いていて、その言葉の裏に感情を持ち得ない。それはあらかじめ計画されコントロールされたものだ。

音楽というものはup to dateで感じるものと、少し時間が経ってからの様相とが異なるものがある。リアルタイムはその新鮮さがウリであるが、鮮度がこれだけ持続している音楽というのは稀有のものである。

YouTubeには現在、森高千里公式チャンネルというのができていて、今はSWEET CANDYのPVが最初に出てくるが、モノクロの動画が美しい。モノクロームは最も多くの色彩を含むものであり、私のこだわりもそこにある。それは比喩的に考えれば音楽でも同じである。

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Chisato Moritaka Official YouTube Channel
http://www.youtube.com/user/moritakachannel

The Singles/Chisato Moritaka (Warner Music Japan)
ザ・シングルス(初回生産限定仕様)




夜の煙突
http://www.youtube.com/watch?v=2Aqa-XazrBc
ララ サンシャイン
http://www.youtube.com/watch?v=A32qXsx6fgA
SO BLUE
http://www.youtube.com/watch?v=KvSj_R-uZHg
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