アニバル・トロイロを聴く [音楽]
アニバル・トロイロ Anibal Troilo の日本盤の古いCDがあって、タイトルも素っ気なく 「アニバル・トロイロ」 としか書いてなくて、おそらく日本で編集されたベスト盤なのだろうけど、ふと聴いてみるとトロイロのエッセンスが詰まっている佳盤である。ピアソラの曲なども入っているので、比較的後期の演奏なのだと思える。
1曲目にLa Cumparsitaが入っていて、〈ラ・クンパルシータ〉というのはたぶんタンゴの曲の中で一番演奏されることの多い曲だと思われるが、素材的にどんなに加工することも可能だからたとえばファン・ダリエンソ Juan d’Arienzo みたいなアプローチもあるけれど、あれだとあまりに強烈過ぎてその時は刺激を感じるけれどすぐに飽きてしまう。でもトロイロなら落ち着いていて、だからといって通俗でもなくて、全盛期のタンゴの時代を回想するのにはちょうどよいのかもしれない。
トロイロは1914年ブエノスアイレス生まれのバンドネオン奏者であるが、1937年に23歳で自分の楽団を持った。まだ若造のくせに、などと揶揄されたが彼がそれまで経てきた有名楽団のマンネリズムとは異なるモダンなセンスをすでに持っていた。今聴いてもその先進性は色褪せていない。トロイロが自身の楽団のメンバーに応募してきたアストル・ピアソラを採った時、ピアソラはまだ18歳であった。
トロイロの音は明るく、しっかりした芯を持っていて、バンドネオンのディナーミクの快さ、オブリガートの美しさなど幾つも特徴をあげることができるが、その演奏スタイルの動画を見るといかにもポーカーフェイスで、意識しているのかいないのかわからないが、ちょっと微笑ましい。
このベスト盤にはピアソラの〈ブエノスアイレスの夏 Verano Porteño〉も入っているが、粘っこいピアソラ本人の演奏とは違って、さらっとしていて上品で、さすがトロイロである。
フェルナンド・ソラナス Fernando E. Solanas の映画《スール Sur》のタイトルにもなった〈スール〉はトロイロの作曲である。この映画の音楽を担当しているのはピアソラだが、タンゴの調べは演劇的なものによく合う。
ピアソラの《ブエノスアイレスのマリア Maria de Buenos Aires》はオラシオ・フェレール Horacio Ferrer のテキストに拠るオペリータだが、その冒頭の語りはスペイン語がわからなくても言葉に籠もる力があって素晴らしい。
しかしこうして見ていくと、アルゼンチンという国においてブエノスアイレスという都市名は単に街であることを越えて何かのキーワードのように聞こえる。それはたとえばボルヘスにおいて用いられるときも同様で、東京とかニューヨークとは違った何かをブエノスアイレスは持ち続けてきたのかもしれない。
画像:アニバル・トロイロ (左) とアストル・ピアソラ (右)
Anibal Troilo/La Cumparsita (BMG)
(本文中の日本盤とは異なります)
Anibal Troilo/Quejas de bandonéon
http://www.youtube.com/watch?v=yXVLktRRkwY
Fernando Solanas/Sur
http://www.youtube.com/watch?v=OgOjllSkyNo
Astor PIazzolla/Maria de Buenos Aires
http://www.youtube.com/watch?v=gK4Pz_TwhOk&feature=fvsr
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