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最後の First Song — スタン・ゲッツ [音楽]

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Stan Getz

聴こうとする音楽が何もないとき、あるいは何か聴こうとしても何も思い浮かばないとき、片端から思いつくままに聴いてみて、それがそのときの気分にフィットすることもあるけれど、全然その日の空気にそぐわなくて、そんなときは音楽は何の力も持ち得ないのかもしれないとひそかに思ってしまうこともある。

ファン・ダリエンソは、以前、銀座の山野楽器にものすごい枚数の種類のCDが並んでいて、全部はとても買い切れず、そのなかから2枚ほど、少し録音年の離れたのをカンだけで選んでみたのだが、あのタイトな、タイト過ぎるリズムはどれも同じで、むしろその 「リズム命!」 みたいな割り切り方こそがダリエンソなのだろう。
誤解される言い方をすればダリエンソには感傷が無い。乾いた、気持ちのよいリズムと、その昔のタンゴ全盛の頃のどんどん押し出して来るパワーが全てで、きっとこれをスポーツのようにして聴きたい時もあるのに違いないのだが、でも今は選択を間違えてしまったようだった。

ふと思い出したのだが倉橋由美子の小説に 「そうよ、私は淋しい女なの」 みたいな言葉をつぶやいてリクエストしたオーネット・コールマンの〈Lonely Woman〉を聴くというようなウェットなシーンがあって (記憶だけで書いているので言葉は適当なのだが)、幾らなんでもそれは恥ずかし過ぎるだろうとは思うのだが、でもそういうのが許容されていた時代もきっとあったのに違いないのだ。
つまり音楽というのはどんどんソフィスティケートされていくもので、だから本来あるべきべったりとした素朴な感情表現が恥すべきもののように思えてきて、共感度が妙に稀薄になっていったりする。その究極がダリエンソみたいなドライな印象の音に重なる。

するとスタン・ゲッツのCDが目についた。《People Time》という2枚組のアルバム。1991年3月にコペンハーゲンのカフェ・モンマルトルで収録されたライヴで、スタン・ゲッツのテナーサックスとケニー・バロンのピアノのデュオアルバムである。
このアルバムで聴く曲はいつもきまっていて、それは2枚目の1曲目の〈First Song〉なのだ。その1曲目だけで終わりにしてしまうこともあるし、ついでにずっと聴き続けてしまうこともあるのだが、この〈First Song〉のなんと感傷的なことだろう。

スタン・ゲッツの長い経歴は波乱に富んでいて、スタン・ケントンやベニー・グッドマン楽団に所属していたこともあるし、ジョアン・ジルベルトとのアルバムはボサノヴァのテイストをとり入れた大ヒットアルバムとなる。でもフュージョンが流行ればフュージョンアルバムをリリースしている。
初期の頃は麻薬に溺れ、そしてアルコールにも溺れ、ある意味典型的な昔風のジャズミュージシャンであった。

ゲッツのそのなめらかなテナーはクールの代表であり、超一流ではあるのだが、私はなぜか乗り切らない、中に入っていけない冷たさを感じていた。何枚かアルバムを聴いてみても、冷たさというよりその音に何かの薄い皮膜がかかっていて本当の中身がはっきりとわからないような、ダリエンソと同じで、気持ちはいいのだけれどでも今は聴くときでない、というようなもどかしさを感じていた。

でも《People Time》は、そんなゲッツが最後に辿りついた 「ときの記録」 として残されている。それは感傷とは少し違うような気がする。ただ、今までとり澄ましてクールな装いとなっていた皮膜は無くなっていて、ゲッツの声がそのまま出ている演奏なのではないだろうか。
それを人生を振り返る音とは思いたくない。もっと何か違う、シンプルでありながら彼の深いところから浮かび上がってきた飾りのない言葉なのだろう。

それからフィードバックしてゲッツの過去の作品を聴いていくと、それらの音は別の様相を帯びてくる。ソフィスティケートするのは孤独な作業で、それは表面的なカッコイイ部分だけがとらえられ、本質が理解されるかどうかはわからない。もしかすると本質は存在しないのかもしれない。

〈First Song〉の作曲者、チャーリー・ヘイデンもジャズ・ミュージシャンとして長い歴史を持っているが、その経歴の端緒となったのはオーネット・コールマンのアルバム《The Shape of Jaza to Come》への参加である。アルバムの1曲目はもちろん、あの〈Lonely Woman〉である。

スタン・ゲッツのアルバム《People Time》は、すでに死を意識していた彼の最期のアルバムである。つまりディヌ・リパッティのフェアウェル・コンサートと同じで、それはゲッツの遺書であるといってよい。実際の彼は、その時かなり衰弱していたと伝えられるが、残された音にはそうした弱さは微塵も感じられない。
カフェ・モンマルトルのライヴから3カ月後、ゲッツは亡くなったが、彼の記録は24年経った今も変わらずこうして再生することが可能だ。それは美しい悲しみのようなもので、永遠に動き続ける止まった時計である。


Stan Getz, Kenny Barron/People Time (Mercury)
People Time




Stan Getz, Kenny Barron/First Song:
https://www.youtube.com/watch?v=OM49rvvkjHI
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しのぴん

lequicheさんのブログになにかコメント書いてみたいと思っているのですが、話のレベルが高くてなかなかコメントが書けません・・・(このコメントはコメント書けないと言うコメントですが)。
by しのぴん (2015-03-14 18:28) 

lequiche

>> しのぴん様

コメントありがとうございます。(^^)
いえいえ、レベルは高くないですよ。
なるべく他人とカブらない話題を選んでいるだけですので。(^^;)
しのぴんさんの記事はいつも興味を持っております。
車雑誌の記事なんかよりずっと参考になったりしてます。
by lequiche (2015-03-15 00:46) 

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