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川又千秋『林彪の罠』を読む [本]

TinDrum_150405.jpg
Japan/Tin Drum

その時代に流行していたものが、やがて時代遅れとなり、そしてさらに時間が経過すると懐かしいものとして昇格することはよくある。もはや昭和が懐旧の時代となりつつあるように。
SFは未来のことを想像して描くことで、もしかすると現実の未来はそうじゃないかもしれないというリスクを強く抱えている。ヴェルヌやウェルズの作品はいまから振り返ると全然見当違いのイマジネーションを発揮していたりするが、もうそれは歴史的な表現として認知されてしまっているのだから、その過去のときの標本として永遠にそのままでいられる。

ブレードランナーの中でそうした意味で最も目をひくのはカメラ付き公衆電話で、画面が使い込まれてボロボロになっていて、リドリー・スコットの考える未来世界を具現化していたりするが、今の現実の携帯電話の隆盛からすればとても原始的だ。
でもSFはパラレルワールド的というか、今、私たちがいる世界の歴史でない異なった歴史が形成されている世界があるとする設定もあって、たとえば電気が発達せず動力源は蒸気機関が主流となっている未来世界という設定がスチームパンクである。
スチームパンクは異なる世界に対する想像力というよりノスタルジィ寄りなテイストが強い傾向にあって、つまりScienceでなくFantasyを主眼とした物語様式だ。

なにげなく川又千秋の本を読み出したら止まらなくなって、仕事の合間に読み終えてしまった。『林彪の罠』(1982) という一種のハードボイルド小説だが、たぶんそんなに有名ではない。もしかしたら以前読んだことがあるのかもしれないが、記憶が甦らないので初めて読んだのかもしれない。
林彪なんて名前はすでに歴史に埋もれていて、1971年、彼は失脚して飛行機で逃亡途中、撃墜されて死んだのだと思うが、その林彪が実は死んでいなくて日本に匿われていたというのがこのタイトルの由来である。銃器マニアでもある川又の銃の名前や型番の羅列は鉄道マニアに似た部分があって、きっとこれが一番書きたかったことなのだと思う。

ストーリーとしては実は日本に核があって、それを巡る政治的陰謀渦巻くアクション小説といってしまうと身も蓋もなくてすごくありきたりだが、この表現でそんなに間違ってはいないはずだ。それより話のなかに出てくる最も目立つガジェットが、銃以外だと、ブレードランナーと同様にやはり電話で、そればかりが気になってしまって困るのである。私は素直じゃない読者なので。
この時代、携帯電話はあったとしても巨大な軍用みたいなので、今みたいなコンパクトなかたちのはまだ無いはずで (おそらくまだポケベルの時代)、喫茶店の描写に次のようなのがある。

 店内は、日中の雑踏並みにやかましい。ぼんやりしていては、呼び出し
 の声を聞きそこねる。電話の音が聞こえたら、すぐそこへ駆けつけるつ
 もりだ。(p.53)

読んでいて、これが何を言っているのかしばらくわからなかったのだが、つまり喫茶店で待機していて相手から店にかかってきた電話を取り次いでもらうのだという意味なのだと気がついた。まさに昭和の香りなのだが、逆にいうと30年前ってそんなにのんびりした時代だったということなのである。だって殺すか殺されるかの抗争の連絡が喫茶店への電話なのだから。
他にも、電話をかけるときの描写が 「ダイヤルに指をかけた」 (p.140) などと書いてあると、緊迫感よりノスタルジアが勝ってしまう。

他にも襲撃をいっせいに行う際の時間を合わせる描写として、

 そして滝沢の時計は、日本の標準時、明石天文台のそれに、プラス・マ
 イナス・コンマ二秒の精度で合わせてある。(p.75)

とか、

 昨年度、それに本年度の予算で、警戒線各所にTVカメラの設置がはじま
 っていた。しかし、まだまだ数が少なく、警備の確認は、どうしても人
 手に頼らざるをえない。(p.81)

などとあると、当時はそんなものだったんだろうなぁと、むしろほのぼのとしてしまう。だって核兵器の隠してある施設の監視カメラが予算がなくてそんなに数多くつけられないから人手で警備をやってるって話なのだから。いいなあ。

そうそう。ジャパンの《Tin Drum》のジャケットは毛沢東の写真の貼ってある壁の前で、デヴィッド・シルヴィアンが箸でゴハン食べてる写真だったのを思い出したのだが、このアルバムのリリースは1981年11月13日。『林彪の罠』が出された前年だ。つまりこの頃って、そうした 「中国」 のテイストを取り入れることが一種のファッションになっていたのかもしれない。

林彪という固有名詞はインパクトがあったのかもしれないが、でもストーリーの中でそれが生かされているかというとちょっと微妙な感じがする。ひとつの確定した歴史というジグソーパズルの中に異なったピースを混入させることは意外にむずかしいのではないだろうか。よほどその世界観が周到なものでないと存在感が空振りする。
この前、緒方貞子の『満州事変』(1966) という本を読んでいたのだが、そこから連想して突然思い出したのが佐藤信の『ブランキ殺し上海の春』(1979) であった。偽りの捏造された歴史が重層的にあらわれるすぐれた戯曲なのだが、やはり一種のパラレルワールドものであって、ルイ・オーギュスト・ブランキも出てくるが、さる高貴な人もチラッと出てくる。林彪と同様にその存在感を出すのはむずかしい。
オンシアター自由劇場の《上海バンスキング》の初演も1979年で、この時期は第2次大戦後への見返しが何らかのムーヴメントとして存在していたのかもしれないような感じがする。

もっとも川又千秋のもっとも印象に残る小説は『幻詩狩り』(1984) で、私はここからシュルレアリスムを学んだような気がする。と思っていたのに、拡げてみたら、ほとんど読んだ記憶が無い。そんなに人間の記憶って曖昧なのか、単純に記憶力が衰えているのか、それとももともとバカなのか、きっとその全部なのに違いない。

川又千秋150405_r.jpg


川又千秋/林彪の罠 (祥伝社)
林彪の罠―筑波・核戦略都市を奪回せよ 長編冒険アクション小説 (1982年) (Non novel)




川又千秋/幻詩狩り (東京創元社)
幻詩狩り (創元SF文庫)

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シルフ

今日の記事は大変面白くてじっくりと読ませていただいました。シルフちゃんも本来ブログはこういうスタイルを目指していたのに、随分とブレてブレてブレ乱してますよね。パラレルな世界ではそういうスタイルの本来のシルフがいるのかも知れません(笑)
ジャパンはアルバムを何枚か持ってましたが、音楽的にはさほどインスパイアされませんでしたが、アート的なセンスは高かった気がします。スパークスとかも。後者は詩が良かった。
なんかシルヴァーヘッドのデバレスっぽい感じもします。コンテンポラリーアートをやればイイのに
by シルフ (2015-04-05 10:05) 

desidesi

そういえば、携帯電話やインターネットプロバイダが一般化した頃から
SF小説を読まなくなっちゃったのかもしれないな〜♪ (๑◔‿◔๑)
今までのSFのインフラ設定がざっくり変わっちゃったから
ちょっと醒めちゃったのは確かかもしれない。
でも “ブレードランナー” は、今さら観てみたいかも〜♪ (๑◔‿◔๑)
by desidesi (2015-04-05 11:05) 

lequiche

>> シルフ様

どうもありがとうございます。
シルフさんのスタイルはいいと思いますよ。
内容は高度なのにギャグかましてアタリが柔らかいというか、
とても考えられていると思います。

ジャパンは日本主導のバンドと言われていますし、
チープトリックなんかと同じで、
まずミーハー的人気からスタートしたって部分があります。
でも初期の2枚をデヴィシルは否定してますけど、
最近は再評価されてる面もあるみたいです。
私はソロ独立後の1枚目 Brilliant Trees が好きです。
その後、だんだんとシブくなってきたのはいいんですけど、
シブ過ぎる部分もあって……ぅ〜ん。(^^;)

スパークスって長い経歴があるバンドらしいんですが、
名前も知りませんでした。トホホ。(^^;)
ちょっと聴いてみたいと思います。
ジョルジオ・モロダーのプロデュースしたのもありますね。
モロダーは必ず名前の出てくる人ですが、
ジャパンの Life in Tokyo もモロダーがやってます。

シルヴァーヘッドは一応名前は知ってましたが、
そうですか。これもちょっと勉強してみます。
by lequiche (2015-04-05 12:48) 

lequiche

>> desidesi 様

そうそう。現実が想像を追い越してしまったというか、
サイエンス色が強い作品ほど陳腐になる傾向はありますね。
でも逆に昔のSF映画だと宇宙船の操縦室なんて
ランプがやたらチカチカしててどきどきわくわくしませんか?
ああいうチープ感にときめいてしまいます。
バカにしてるわけではないんですけど、
センスオブワンダーがあって懐かしくて好きですね。
だからシリアスに作られた映画、
たとえば2001年宇宙の旅みたいなのには、
ときめきがないんです。
キューブリックって私の中では評価が低い監督ですね。
バリー・リンドンを除いては。

ブレードランナーもディレクターズカットとか
幾つもversionがあるんですが、
いじり過ぎていて、なんかよくないような。
最初に上映されたときの版がいいと思います。

街がゴミでぐちゃぐちゃなところがいいですね。
あと、セバスチャンというのは元祖オタクというか
ピグマリオン・コンプレックスのせつなさが魅力的です。
by lequiche (2015-04-05 12:48) 

CountryBoy

ご無沙汰致しております。
ブログを再開しました。
今後とも宜しくお願い致します
by CountryBoy (2015-04-05 13:21) 

lequiche

>> CountryBoy 様

ご来訪ありがとうございます。
桜の花は散っておりますが、これからは青葉の季節、
また音楽の話題などで少しでも御元気に活躍されることを
お待ち申し上げております。
by lequiche (2015-04-05 13:41) 

johncomeback

ブレードランナーは1番好きなSF映画です。
携帯電話が昔から有ったら、彼女とすれ違いにならず、
違う人生があったかも・・・ たまに夢想したりします。
by johncomeback (2015-04-05 15:54) 

lequiche

>> johncomeback 様

お〜、そうなんですか。良い映画ですよね。
携帯電話が無い頃は待ち合わせもシビアだったような。
auのTVCMみたいに桃太郎の時代の頃から携帯があったら、
違う歴史になっていたんじゃないかと思います。(^^)
by lequiche (2015-04-05 17:17) 

Speakeasy

私は日本語を習い始めてまだ3ヶ月なんですけど・・・
lequicheさんのような文章が書けたらいいな~と思いました(笑)
スチーム・パンクと同時期くらいにサイバー・パンクなるものもありましたよね。『ニューロマンサー』とか・・・
ブレードランナーはブルーレイのコレクターズ・ボックスを買いました。
再びハリソン・フォード(飛行機事故が心配ですけど)が出演する続編も決まったそうで、どのような内容になるのか今から楽しみです。

by Speakeasy (2015-04-05 22:52) 

lequiche

>> Speakeasy 様

日本語3ヶ月って…… (^^;)
いえいえ、私のぐずぐず文章は悪い作文見本みたいなもんです。*(-_-)*

『ニューロマンサー』→ウィリアム・ギブスンですね。
サイバーパンクのほうがメインストリームで、
そのサブジャンルがスチームパンクなんじゃないかと思います。
ギブスンの『ディファレンス・エンジン』はスチームパンクです。

おおぉ、ブルーレイボックスですか。いいですね。
ウチにあるのはたぶんDVDボックスだったと思います。
しょーもないミニカーみたいなのが入っていましたけど。(笑)

ハリソン・フォードはさすがにもう
激しいアクションはできないでしょうから、
どんなふうなキャラになって登場するのか期待してます。
音楽も再度ヴァンゲリスだったらいいんですが。
by lequiche (2015-04-06 00:41) 

Speakeasy

lequicheさん、連続ですいません。

>サイバーパンクのほうがメインストリームで、
>そのサブジャンルがスチームパンクなんじゃないかと思います。
>ギブスンの『ディファレンス・エンジン』はスチームパンクです。

おっしゃる通りですね。しかし、『ディファレンス・エンジン』は読んだ記憶があるのですが、内容は全く覚えておりません(涙)

>しょーもないミニカーみたいなのが入っていましたけど。(笑)

あれ?私のボックスにも、しょーもないミニカーみたいなもの(笑)入ってましたよ。それは若しかしてDVDではなくブルーレイかもしれませんね?

>音楽も再度ヴァンゲリスだったらいいんですが。

そうですね~期待しちゃいます。

by Speakeasy (2015-04-06 20:17) 

lequiche

>> Speakeasy 様

本の記憶って以前何かで読んだことがあるんですが、
17%くらいだったような (もっと少なかったかも)
ともかくある程度時間が経つとほとんど忘れちゃうらしいです。
そういうのを防ぐために、私のブログの本の項目は
自分自身の備忘録として書いてる意味合いもあります。
『ディファレンス・エンジン』再読するにはやや長めですね。

う〜ん、でも確かDVDだったと思いますが。
調べてみます。
たぶんDVDでもBDでも
同じオマケ (ミニカー) が入ってるんじゃないでしょうか。
入れるならもう少し工夫が欲しいですよね。
でも、そういうオマケで良いモノって
まずないような気がします。

ヴァンゲリスも、もう年齢的にどうなのかな、
という感じはしますが、
チャラい音楽になったらイヤですね。
by lequiche (2015-04-07 00:48) 

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