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サンソン・フランソワのショパン [音楽]

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廉価盤のCDを随分買っていた時期があって、ともかく曲数を多く効率的に聴くためには少しでも安いほうがいいだろうと考えたからだが、その中にサンソン・フランソワのEMI盤もあった。

最初に聴いたフランソワはドビュッシーのレコードだったと思うが、それはまだピアニストとか作曲者の違いもよく分かっていなかったずっと前のことで、だからそんなにフランソワというピアニストに対する印象が残っていない。
最近CDを整理していて、するとこんなの持っていたっけ? というような盤が出てきて、フランソワもそうして再発見したのである。

夜想曲、前奏曲、マズルカ、即興曲と比較的短めな曲が番号順に入っている。もっとも古い録音がマズルカの1954年、もっとも新しいのが夜想曲の1966年で、これがフランソワの録音のどのへんに位置するのかはよく知らない。フランソワにはたぶん同曲の複数の録音があるはずだと思う。
基本的に買ったCDは全部聴いているので、このフランソワも聴いたはずなのだが全然忘れていた。忘れていたから新鮮である。

サンソン・フランソワ (Sanson François 1924−1970) はフランス人のピアニストでショパンやドビュッシーなどのフランス系のピアノ曲を得意とした人である。
例によって ja.wikipedia を読んでみたら 「フランソワの演奏は他の演奏家とは一線を画す独特なもので、非常に個性的であるため、ピアノを演奏をする人の範とはなり難い」 などと書いてある。この頃、wikiにはどんな (バカな) ことが書いてあるのかが楽しみになってきてしまっている。
フランソワの弾き方は比較的正統と思えるピアニズムであり、このマズルカもいきなり聴くとさすがにちょっと古い感じはあるが、コルトーよりもずっと新しくて、コルトーの音だといかにも古色蒼然としているけれどフランソワは普通に聴ける。
確かに時として弾き飛ばしてしまうようなそのアゴーギクに特徴があるが、そんなに破調なピアニストではない。もっと範となり難いピアニストなんて現代にはゴマンといる。

特に私が気に入っているのはマズルカで、番号の付いているマズルカ51曲が順番に入っているのだが、BGMとしてこんなに抵抗なく聴けるのはそんなにないような気がする。つまり違和感がないのだ。過剰なきらびやかさもなく、といって突き放し過ぎたメカニックな演奏でもなく、普通に聴ける端正なショパンという気がする。

これをBGMにして蓮實重彦を読んでいた。『「ボヴァリー夫人」 論』を読もうと思ったらあまりにも大部なので、まず周辺から読んでみようと思って『「ボヴァリー夫人」 拾遺』をちょっと読んでみたらますますわけがわからなくなってしまった。本当はこういうことをやってはいけないのである。推理小説の結末を先に読んでしまうのに似ている。でも原典そのものがむずかしいからと、つい解説書から読んで、解説だけで読んだ気になってしまうような話はよく聞く。以前、武満徹の本がむずかしいからと解説書だけで済ましている人がいて、武満徹が読めないってどれだけ読解力がないのかと呆れてしまったのだが、今は樋口一葉も現代語訳で読む時代だし、今流行りのピケティだって、雑誌の特集だけ読んで原著は読まずに済ましている人なんて結構いるんじゃないかと思う。

蓮實論のキーワードは 「テクスト的現実」 というので、それと 「文」 phraseと 「言説」 doscours の違いというあたりを読んでいて、わかっている気になりながら実は全然わかってない自分がいるということだけは私でもわかる。
でも鼎談のなかで、エンマ・ボヴァリーという呼称が出てこないという発見が、工藤庸子によってフェミニズムの問題に見事にすり替えられてしまっていて、これには結構笑えた。

この前、リラダンのことを調べていて、それはなぜかというとレプリカントから拡がった想像の翼 (by 村岡花子) が未来のイヴに辿りついたのだが、そしたら松岡正剛の千夜千冊のなかに 「リラダンがモンマルトルのカフェで才気煥発して周囲を瞠目させたのは1857年のこと」 という記述があり、1857年という年は 「19世紀文化史のひとつの頂点をなすもの」 なのだそうで、「前年にはフローベールの『ボヴァリー夫人』が発表され」 そしてこの年にはボードレールの『悪の華』やワーグナーの《トリスタンとイゾルテ》の作られた時というのを読んで、フローベールが歴史のどのへんに位置するのかが見えてきた。
ショパンはすでに亡くなっていて (1810〜1849)、ワーグナーやフローベールよりリラダンのほうが少しだけ後なことに、なぜかホッとする。リラダンの《Deux essais de poésie》が1858年で『未来のイヴ』(L'Ève future) は1886年である。

ややくぐもった音で始まるフランソワのマズルカ。ショパンはフランスで暮らしたが、ポーランドの生まれで、その音には少しだけ土のにおいがする。きらびやかでなく、でもエスプリがあって、望郷の影もあるような微妙なバランスがフランソワのピアノから見えてくるように私は感じる。
フランソワがアル中で破滅的で古風なヴィルトゥオーソだったのというのは伝説だ。伝説は本当なのかもしれないが、そこから想像できるものは少ない。
フランソワに関するとても面白い個人サイトも見つけたのだが、その記事には書いた日付がなくて、一体いつ頃にそれが書かれたのかがわからなかった。ネット上の日付の無い記事は時が止まっているような錯覚を受けてしまう。記事がupされたのは、つい昨日かもしれないし10年前かもしれない。でもどんなに古くても100年前ではないだろう。いまのうちはその時の差が少ないので安心する。


サンソン・フランソワ/ショパン:マズルカ&即興曲集 (EMI ミュージック・ジャパン)
ショパン:マズルカ&即興曲集




Samson François/Chopin: Mazurkas
https://www.youtube.com/watch?v=B0Ncz5Qpev0
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sig

こんばんは。早速ご訪問、ありがとうございます。
ディアゴスティー二かどこかで最近、ジャズのシリーズを売り出しましたね。名前くらいは知っていますから、ちょっと食指が動いたりして。笑
by sig (2015-04-02 01:18) 

lequiche

>> sig 様

こちらこそありがとうございます。
ジャズのシリーズは、最近のだときっとこれですね。
小学館の「JAZZの巨人」3月31日発売というのです。
http://www.shogakukan.co.jp/pr/jazz2/
この前、DMが来たので知っていました。

ディアゴスティーニとはやや毛色が違いますから、
内容的に面白いかもしれないです。
by lequiche (2015-04-02 04:47) 

末尾ルコ(アルベール)

こんにちは。最近リラダンの「ヴェラ」を久々に読み返しておりました。

                   RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2015-04-02 08:37) 

ponnta1351

度々おいでいただき有難う御座います。
音楽その他に大変お詳しくいらっしゃるので驚いています。
そうですね。ファン・ダリエンソの事に触れられておられましたね。
生で聴いた私はなんて古いんでしょう、と今更思いました。
by ponnta1351 (2015-04-02 11:21) 

desidesi

「ネット上の日付の無い記事は・・・upされたのは、つい昨日かもしれないし10年前かもしれない。」まさにその通りですね〜♪ (๑◔‿◔๑)
なにもしなくても日付くらい自動的にどこかに入っていて欲しいです。
ま、100年後なんて、私の知ったこっちゃないけど・・・。(笑)
by desidesi (2015-04-02 15:42) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

コメントありがとうございます。
おぉ、ヴェラですか。
リラダンという名に反応していただき嬉しいです。
by lequiche (2015-04-03 01:42) 

lequiche

>> ponnta1351 様

いえいえ、全然詳しくなくて何も知らないので
ホントにお恥ずかしいブログですが。

ダリエンソの頃はタンゴが一番イキイキとしていた時期ですね。
生演奏の音はきっとレコードやCDに入りきらない
プレゼンスを持っていると思います。

貴重なパンフレットの画像、大変参考になります。
パンフレットの右上角にチラッと見えるのは、
ミルバ/ピアソラの公演パンフだと思いますが違いますか?
by lequiche (2015-04-03 01:43) 

lequiche

>> desidesi 様

書かれた時によって解釈が違ってしまうことってあると思うんです。
ブログだと日付が入りますが、
いわゆるHPというのは自分で意識しないと入りませんから、
たとえばそこで3年前と書かれていても、それって何年?
ということになってしまうんですよね。
そうそう、100年後は知ったこっちゃないですけど、
その頃には時間を特定できる方法が確立されるかもしれません。
by lequiche (2015-04-03 01:44) 

ponnta1351

追伸
仰る通りパンフレットはピアソラ&ミルバですよ。
by ponnta1351 (2015-04-03 13:52) 

lequiche

>> ponnta1351 様

やはりそうですか。
最後の来日のピアソラですね。
by lequiche (2015-04-05 02:11) 

e-g-g

>忘れていたから新鮮である。
まったく仰るとおりです。

で、私もフランソワの盤を探してみました。
ショパンもあったはずなのですが出てこず、
代わりに?ラベルを弾いたLPが見つかりました。
でもフランソワのショパンをけっこう覚えているのは、
きっとFM放送か何かで聴いたのでしょうね。

まったく、くだらない話ですが、
日本で人気のあった理由のひとつに、
“ サンソン フランソワ ” という名前の響きもあったか、と思います。
品が良くてどこかお洒落で軽妙洒脱な響き。
“ ヴィルヘルム・バックハウス ” の響きはやはり独逸ですし、、、失礼しました。
by e-g-g (2015-04-14 18:53) 

lequiche

>> e-g-g 様

フランソワはやはりフランス系作曲家に強いみたいですね。
以前、まとまった全集があったらしいのですが、
現在は入手不可能で、作曲家毎のセットでまとまっているようです。
そんなにトリッキーという感じは受けないのですが、
でも弾き飛ばしてしまう個所に妙にパッショネイトなものを感じます。

フランソワとバックハウスの名前の比較、
声に出して笑ってしまいました。すごぉい!!!(^o^)
やっぱり名前っていうのもその人の雰囲気をかたちづくっていますね。
サンソン・フランソワ=おフランスみたいな語感ですけど、
でも晩年は単なる酒乱のオヤジだったらしくて、
きっとアブサンでも飲んでたんじゃないか、って
勝手な妄想をしています。(^^;)
by lequiche (2015-04-15 11:22) 

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