耳飾りの冬 — 大貫妙子の〈Hiver〉 [音楽]
今週は冬に戻ったように寒かった。
そのあいだ、ずっと聴いていたCDがあってそれは大貫妙子の《One Fine Day》と《Boucles d'oreilles》という2枚。特に《Boucles d'oreilles》は、以前のアコースティク・アルバム《Pure Acoustic》の再来のような音なのだけれど、もっと緻密で落ち着いていて、ときに暗い。
Boucles d'oreilles はイヤリングとかピアスの意味で、でも、はじめその音だけをたよりになにげなく Boucle d'oreille と書いてしまった。単数形じゃ、まるで真珠のピアスだよね。
One Fine Day にも Boucles d'oreilles にも入っている〈Hiver〉という、ほの暗いワルツの曲がある。One Fine Day のほうは、ちょっとフレンチ風に軽いポップスチューン風で、キーボードの音が、フランス人ってどうして音色を凝って考えないんだろう? ってふうを装っていて、さらっと流れてゆく。でも Boucles d'oreilles だと音はシンプルで、色が無くて、こころ浮き立つものさえない。その無彩色さにかえってときめく。この曲を無限リピートする。イヴェール (Hiver) とは冬のこと。
寒い朝の街は 白い息を吐いて
曇ったガラスの向こうは 冬
今日は休みなのに 誘うひともいない
花売る小さな marché に行こう
自分が、あるいは他のひとたちが白い息を吐いているはずなのに、街が白い息を吐いているようにも聞こえて、「寒い朝の街が白い息を吐いて」 だったら完全に街が息を吐いているのだろうし、「寒い朝の街に白い息を吐いて」 だと私が (または人が) 息を吐いていることになるけれど、「朝の街は」 だとどちらにも属さない。その微妙な曖昧さから心のなかで世界が拡がる。
そして、でも遊ぶひともいないので花屋に行こう、というところで、小さなマルシェの花屋に行こうでは散文なので、花売る小さなマルシェなのだ。マルシェは市場のこと。
その次の、
白い粉雪が舞う街角で
くるくるまわりながら落ちてきて
消える風花 (Hiver)
古いオルゴールの中でひとり踊る
わたしは あなたの
あぁ バレリーナ
は対になっていて、くるくるまわりながら落ちてくる雪と、オルゴールの中でくるくる踊るバレリーナの私、はアナロジーなので、けれどここが Boucles d'oreilles では、ずっと暗い音で占められているから、すでにここから幻想は始まっていて、連想するのはアンデルセンの悲しい物語の数々だったりする。
駅では 恋人たちが抱き合い
わたしは春を届ける小さな花束を抱き
そしてあなたの 腕のなかへ
とびこむの
そう。この最後のところでわかるのだけれど (まぁ、その前からわかっているのだけれど)、わたしにはあなたなんかいなくて、だって、今日は誘うひともいないはずなのに、あなたの腕のなかへなんかとびこめるわけがない。
大貫妙子自身、楽曲解説でこの曲のことを 「いつか王子さまが…って思うのは、永遠の乙女心」 なんだって言っている。
だから、今は冬だけれど、春の予感の花束を抱いてあなたの腕のなかにとびこみたいというのは幻想に過ぎなくて、それはいつか王子様が、なのかもしれないけれど、ずっと王子様は来ないのかもしれなくて、それは Boucles d'oreilles ではより確実にしんみりと感じられる。王子様もゴドーも春も来ないのかもしれない。
そんなふうにして繰り返し聴いていると、私のなかで季節はずっと冬のような気がする。それがきっとビゾンの群れを見る五番目の季節なのだ。
大貫妙子/One Fine Day (EMIミュージック・ジャパン)
大貫妙子/Boucles d'oreilles (Sony Music Direct)
横顔、ヴォセ・エ・ボサノバ
https://www.youtube.com/watch?v=SXCfAUyeQwg
曲自体は殆どしらないのですが、大貫さんの声好きです^^
王子様・・・それを考えると
わたしもずっと冬です!...(>_<)...
中島みゆきの「忘れな草をもう一度」がふと聴きたくなりました。
by リュカ (2015-04-11 10:46)
>> リュカ様
私も好きです。
声の好みというの、ありますね。
ただ誰でも好みは同じということはなくて、
えぇっ? こんな声が好きなの? みたいなことってよくあります。
リュカさんにはNHKのみんなのうたの
〈メトロポリタン美術館〉が似合ってるのかもしれません。
http://www.dailymotion.com/video/x13mp2p
この歌詞は『クローディアの秘密』からのイメージなんですけど。
中島みゆきだと単なる冬じゃなくて、
雨と風の荒れ狂う嵐が丘の真冬って感じがあって、
そのメチャクチャ暗いイメージが懐かしいときってありますね。
by lequiche (2015-04-11 13:52)
メトロポリタン美術館、聴いてみましたよ♪
楽しい気分になりました!
by リュカ (2015-04-17 13:29)
>> リュカ様
お聴きいただきありがとうございます。
ちょっと昔の曲ですけど、
美術館のわくわく感が伝わってきますね。
ピーターラビットとわたしも同じですが、
子どもの心をよくとらえていると思います。
by lequiche (2015-04-18 05:48)