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Day is Done ― ニック・ドレイクを聴く [音楽]

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 九月も二十日すぎると
 この信仰のない時代の夜もすっかり秋のものだ
 ほそいアスファルトの路をわれわれは黙って歩き
 東京駅でわかれた

と田村隆一が書いたように、長雨とともに季節は振り返りもせずに秋になってしまった。ニック・ドレイクはそうした憂鬱のよぎる秋にふさわしい。
『ストレンジ・デイズ』の Suburbia Suite Collection 1000 の紹介記事のリストの中にその名前はあった。

《Five Leaves Left》は彼のファースト・アルバムで1969年に発表されている。ニック・ドレイクはイギリスのシンガーソングライターであり、音楽のジャンルでいえばフォークなのだろうが、1969年という年のイギリスのミュージック・シーンでヒットしていたのは、ビートルズでいえばアビイ・ロードであり、そしてレッド・ツェッペリンのデビューの年でもあった。
ドレイクの内省的で静謐な音楽はそうした時代の流行から外れたところにあったので、結果としてヒットしなかったという言われ方もされているようだが、果たしてそうだったのだろうか。たとえば、音楽的にはもっとずっとポップだけれど決してギンギンのロックではないギルバート・オサリバンの《Himself》が出たのは1971年であり、必ずしもハードな音楽だけがシーンを席捲していたとも言えないのではないかと思う。
そしてまたフォークソングという語感から来る印象ともドレイクの音楽は異なる。

ドレイクの2枚目のアルバム《Bryter Layter》(1970)、3枚目の《Pink Moon》(1972) もヒットせず、しかも音楽はアルバムを追うにしたがってどんどん暗く、むしろ閉鎖的になっていく。そうした方向性は当時の派手でパワフルな音楽の流行に逆らっていたのだという見方も成り立つ。彼は鬱になり、薬の過剰摂取によって26歳で亡くなったが、もしそれが事故であったのだとしても、それまでの経路がゆるやかな自殺に至るための道であったかもしれないことは確かである。

私が聴いたのは彼の残したわずか3枚のアルバムと、その後の拾遺を集めた《Tuck Box》というセットで、それは過去からの音楽による手紙であり、一種のタイム・カプセルのように作用する。

ドレイクはとりたてて美声であるとか、すごくテクニックがあるとかいうわけではない。だがその声と歌詞と、それによって醸し出される世界の色はあまりにも色が無くて、それは悲しみとか苦悩とは少し違う、虚無のたたずまいのなかにある。
〈Day is Done〉の歌詞にはこんな個所があって、

 When the night is cold
 Some get by but some get old
 Just to show life’s not made of gold
 When the night is cold

 When the bird has flown.
 Got no-one to call your own
 Got no place to call your home
 When the bird has flown.

冷たい夜に、それをなんとかやり過ごす (get by) ことのできる人もいれば、やり過ごせずに年老いてしまう (get old) 人もいる、と歌う。
各連の最初と最後の行は同じ言葉の繰り返しで、整然とした韻。むしろ韻のためにあるような歌詞。少ない言葉で綴られる冷たい世界の描写。冷たい夜も、飛んでいってしまった鳥も、すべては暗喩で、だからその日その日が終わるということも、1日という短い期間でなく、もっとずっと長い人生への暗喩であるのだ。といってもそう表現するのに彼の人生はあまりに短かかったのだが。
聴いていてふと思ったのだが、認められない音楽、認められなかった音楽というのは私のなかで追い求めているテーマのひとつなのかもしれない。

YouTubeでこの〈Day is Done〉を再生していたら、その後にシビル・ベイヤーの《Colour Green》が自動的にかかってしまった。女優であったベイヤーの歌は、1970年頃に録音され死蔵されていたテープを今世紀になってからリリースしたアルバムである。ドレイクと同時期の時代を蘇らせる過去の亡霊のような音楽とも言える。

1969年のヒット作を見ていくと、ポール・マッカートニーのプロディースによるメリー・ホプキンの《Post Card》というアルバムがあった。そして、ブリジット・フォンテーヌの代表作《Comme à la radio》が発表されたのも1969年である。

冒頭の詩は田村隆一の 「星野君のヒント」 という作品であり、その書き出しはこうである。

 「なぜ小鳥はなくか」
 プレス・クラブのバーで
 星野君がぼくにあるアメリカ人の詩を紹介した

なぜ鳥がなくのかも、なぜ鳥は飛んでいってしまうのかも、おそらくそれは同義である。そして冷たい夜を通り抜けられない人がいるように、ゲームやパーティが悲しく終わることもあるように、1日も長い人生も、太陽が沈むのと同様に終わるのだ。それはアンゲロプロスの映画《永遠と一日》というタイトルと同義でもある。


Nick Drake/Five Leaves Left (Universal)
Five Leaves Left




Nick Drake/Day is Done
https://www.youtube.com/watch?v=Y2jxjv0HkwM
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U3

哲学が廃れた背景と同一の世相つまり人の心の不確かさを感じます。
by U3 (2015-09-23 11:09) 

lequiche

>> U3 様

「哲学が廃れた」 という形容はすごいですね。
この時代にはドレイクのような音楽表現の仕方は、
比較的マイナーだったのではないかと思います。
ただ、そうした時代でも我が道を行ける人と、
そうでなくつぶれてしまう人がいることも事実です。
by lequiche (2015-09-24 00:41) 

Kinks girl

はじめまして。最近ニック・ドレイクを知って衝撃を受け、
記事を探してこちらに辿り着きました。
恥ずかしながら音楽を聴いて涙が溢れてしまいました。
孤独と不安に静かにそっと寄り添ってくれる音楽だと思いました。
シビル・ベイヤーも儚く美しい音楽ですね。
60年代のロック・ポップス・フォーク、浅いながらもクラシック(ショパン、ドビュッシュー、シベリウス、フォーレなどなど)やピアソラ、ビル・エヴァンスなども好きです。
過去記事を拝見させていただきますね♫
よろしくお願いします。
by Kinks girl (2015-10-14 18:52) 

lequiche

>> Kinks girl 様

コメントありがとうございます。
音楽雑誌等の記事をぼんやり読んでいても、
多くのディスクの中で、なんとなく反応するものがあって、
そういうのは一度聴いてみることにしています。
ニック・ドレイクもそうした人のひとりです。
こうしたごくマイナーな人が復活して評価されるのは
音楽の面白いところだと思います。

もちろん、いわゆるジャケ買いして失敗することも多いのですが、
そういうのは秘密にして記事には書きません。(^^;)
シビル・ベイヤーまでわざわざお聴きいただき恐縮です。
こういうのって 「あだ花」 なのかもしれませんが、
でも実は音楽に無駄な花は無いのです。

私のブログはごく気ままに書いているだけですので、
たいした内容はありませんが、
少しでもご参考になることがあればうれしいです。
by lequiche (2015-10-15 01:09) 

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