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ビル・エヴァンス《Conversations with Myself》を聴く [音楽]

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Bill Evans with Monica Zetterlund, 1966 (thebillevans.tumblr.comより)

ビル・エヴァンスには《Conversations with Myself》(1963) というアルバムがあって、サイドメンのいないひとりだけの演奏であるが、単なるソロピアノではなく、自分のピアノを重ねた多重録音によって成り立っている。
ジャズ・マニアには、そのようにして編集された音はジャズじゃないという意見もあって、つまり一発で録った演奏のみが優れたジャズであるとする考えらしいのだが、クラシックでもつぎはぎエディットするのはカラヤン以降はあたり前だし、ライヴ録音でさえ編集されている盤があるし、ジャズでもマイルス・デイヴィスの《In a Silent Way》が編集による完成形であることはよく知られた事実である。

ということでビル・エヴァンスのこのアルバムは、ジャズという音楽の〈1回性〉を重視するリスナーにとっては邪道なのかもしれないし、自分の弾いた音を聴きながら、さらに自分の音を重ねるという方法論がナルシスティックだという批判もあるようだ。
また、1961年のヴィレッジ・ヴァンガード・セッション直後にスコット・ラファロを失って、その精神的打撃からエヴァンスがなかなか回復できなかったから内省的な音楽に偏ってしまったというような伝説もある。
そうした伝説に騙されて、私も聞き返してみることがあまり無かったのだが、でもそうした見方は単に先入観と推測だけで語られていることに過ぎなくて、実際にこのアルバムを聴いてみると、かなり違った印象を受ける。

まず全体の大雑把な印象は強いアタックとスウィング感があって比較的スピードのある曲が多く、そしてクセのあるセロニアス・モンク曲が3曲もあるあたりから、エヴァンスが目指していたのは耽美とか内省ではなくてむしろ実験的/挑戦的な色合いが濃いと思われる。
ヴィレッジ・ヴァンガード・セッションの翌年、1962年のデータを見ると、ジム・ホールとのデュオ《Undercurrent》を経て、《Interplay》《Loose Blues》といった管を加えたセッションアルバムがあり、模索といえばそうなのかもしれないが、単なるピアノトリオだけに頼らないアプローチを実験していたともとれる。

アルバム最後のトラックの〈Sleepin’ Bee〉はその後のアルバム《Trio 64》でも取り上げられ、そして1968年の《at the Montreux Jazz Festival》でも演奏されているメリハリのある佳曲である。この曲で締めくくられているのは次につながる前向きの明るさがエヴァンスの心情にあるように感じられる。

だがそうした中で唯一、暗いとまではいえないのだが、やや異質な演奏がある。7曲目の〈N.Y.C.’s No Lark〉だ。マイナーを基調とした音は気怠くて、なんとなく不穏な空気を漂わせ、いつものエヴァンスの手クセとはやや違うジャズ的でない音が混じる。終末部で、ほんの一瞬ものすごく速いパッセージが幾つも交錯し、終わりらしくなく終わる。

アルバム《Conversations with Myself》セッションは1963年2月6日にまずこの曲が録音された。〈N.Y.C.’s No Lark〉はエヴァンスの自作曲で、そのタイトルは Sonny Clark のアナグラムである。
ソニー・クラークはビル・エヴァンスよりやや先輩のピアニストで、1951年にピアニストとして仕事を始め、1953年にはテディ・チャールズ、アート・ペッパー、バディ・デフランコなどのアルバムに加わり、1955年に自身最初のアルバム《Oakland 1955》をリリースした。大ヒットアルバム《Cool Struttin’》が発売されたのは1958年である。
対して、ビル・エヴァンスの1st《New Jazz Conceptions》(1957) が録音されたのは1956年の9月、2ndの《Everybody Digs Bill Evans》が発売されたのは1959年3月である。
だがソニー・クラークは薬の過剰摂取がもとで1963年1月13日に31歳で亡くなっている。つまりエヴァンスの〈N.Y.C.’s No Lark〉はソニー・クラークの死から約3週間後に弾かれた、彼のためのレクイエムなのだ。

ソニー・クラークはサイドメンとしての録音が多数あるが、リーダー・アルバムはそんなに多くない。《Cool Struttin’》もアメリカでは日本ほど有名なアルバムではないとのことである。
私が好きなのは《Cool Struttin’》より前に発表されているピアノトリオのアルバム《Sonny Clark Trio》である。ピアノの鍵盤の線画を無造作に重ねて配置したブルーノートらしいデザインのジャケット。冒頭のガレスピーの曲〈Be-Bop〉の速いパッセージに惹かれる。
音がときどきこぼれたり完全に弾き切れてなくて、左手はコード (というより単音だったりする) をシンプルに鳴らすだけ。リズムも不安定だったりするのだが、その全体的な雰囲気がノスタルジックで心地よい。

ビル・エヴァンスはどうしてもそのコードワークと繊細なピアニズムばかりが強調される傾向にあるが、その力強いタッチが彼のもうひとつの顔であり、それはすでにジョージ・ラッセルのオーケストラにおけるエヴァンスのアプローチの項で書いたが (→2014年10月09日ブログ)、右手だけでどんどん弾いていく手クセのあるラインのなかにエヴァンスの真髄があるような気がする。そしてそれはソニー・クラークの、端正でなくむしろときどき破綻するような、けれどどこまでもストレートなラインに通じるものがあると思う。
〈N.Y.C.’s No Lark〉の最後に現れる急速なパッセージはそうしたクラークへのリスペクトであり憧憬でもあるのだろうが、エヴァンスは全く崩れることなく弾き切ってゆく。
その頃のジャズシーンには短命なジャズメンが多い。それゆえに一瞬の音のひらめきは鋭く心に突き刺さりいつまでも残り続ける。


Bill Evans/Conversations with Myself (Polygram Records)
Conversations With Myself




Sonny Clark Trio (Blue Note Records)
Sonny Clark Trio




Bill Evans/N.Y.C.’s No Lark
https://www.youtube.com/watch?v=-G3-yUZEh-E

Sonny Clark/Be-Bop
https://www.youtube.com/watch?v=WFwSumEDj24
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コメント 2

Enrique

録音編集や多重録音,特に後者はまがい物,混ぜ物と言った様な見方が有ると思いますが,実験的試みととらえれば評価も出来ると。確立したスタイルに留まる方が安全ではあるわけですが,革新を怠れば陳腐化する世界でもありますし。
by Enrique (2015-10-22 06:37) 

lequiche

>> Enrique 様

シンセ系の音楽では編集するのがあたりまえですし、
ポピュラー音楽では一発録りというのはほとんど存在しません。
でもジャズだとそれはいけないことみたいな信仰があるのは
ちょっと不思議です (あえて信仰という言葉を使ってしまいます)。
現実に今ではスタジオ録音のジャズでは、つぎはぎはあるはずです。

フルトヴェングラーのバイロイトの9番が、
最近になって編集だということがわかってきたのは
そうした一発録り信仰を打ち破る意味で面白かったです。

最終的な完成形で評価するのが音楽であって、
その方法論がどうかはまた別の問題だと思います。
ですからバロック期の作品もピリオド楽器を使えば良いのではなくて、
ピリオド楽器で演奏された音楽が良ければ
それが良い音楽と言えるのだと思います。
by lequiche (2015-10-22 21:23) 

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