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クリュイタンスのラヴェルその他 [音楽]

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André Cluytens (1965)

Venias盤のクリュイタンス・ボックス vol.1の続きです。

クリュイタンスのベートーヴェンの第9番は第1楽章の入りかたがすごく洗練されているというか、ちょっとクールで異質な音に聞こえて、9番シンフォニーの怒濤のイメージからは少し外れている。そもそも9番というのはベートーヴェンが作曲した最後の交響曲でしかも合唱が付いているという特殊な曲であるということだけでなく、フルトヴェングラーのバイロイト盤が9番のイメージそのものをかたちづくっているわけで (少なくともたぶん日本の昔からのクラシックシーンにおいて)、もうベートーヴェンは完全に聴力を失っていたから彼の音楽は魂の叫びであって云々というような惹句の付きそうな、ベートーヴェンのパッショネイトな部分が9番という曲には確かに存在するのだけど、でも音楽って、特にクラシックと区割りされるジャンルは、そんなTVのバラエティ番組の解説みたいなのとは少し異なる位置にあるはずなのだと思う。小学生向けの伝記本じゃないんだから。

クリュイタンスのリズムというのは独特で、この9番においても、インテンポなんだけれどそれでどんどん押し切っていくというのとは違って、回り始めてしまった車輪をそのまま抵抗なく回してやるというか、作為的に音を作っていくのでない方向性がとても印象に残る。
それが爽やかとか軽いとかいう形容にすると全然ズレてしまうので、アクがなくて聞きやすいという印象がある。巨匠なのに 「オレがオレが」 みたいな自己主張があまりない。ベルリン・フィルのベートーヴェン全集はクリュイタンスとの録音が初めての全集なのだという。

ベートーヴェンの全集では、私はバーンスタイン盤を持っていて、バーンスタインはマーラー全集もあるのだが、どちらも全部聴くとへとへとになってしまうような気がして、もちろん内容的には格調高い名盤なのだけれど、全部を通して聴くようなことはまずない。でもクリュイタンス盤ならベートーヴェンは簡単に聴けてしまうような気がする。もっともマーラーに関しては、クリュイタンスには《さすらう若者の歌》があるくらいで、交響曲の録音があるのかどうかは知らない。たぶん録音はしていないのではないかと思う。

さて、vol.1の6枚目以降はいかにもクリュイタンスらしさの漂うフランスものが並んでいる。
ベルリオーズの《幻想交響曲》はフォーレの《レクイエム》とともに、クリュイタンスのもっとも有名なレパートリーだが、vol.1に収録されているのはどちらも有名なほうで、幻想が1958年フィルハーモニア管、レクイエムが1962年パリ音楽院とのセッションである。
というのは、vol.2のセットにはそれぞれの同曲の別録音、1955年パリ・オペラ座管、1950年コロンビア管の録音が収録されているからである。つまりvol.2はほとんどモノラル期の録音の集成といってよい。

《幻想交響曲》は何年か前に廉価盤で出ていたのを買った覚えがあるのだが、今あらためて聴いてみると、そんな最近に聴いた記憶ではなくてもっと昔から何度も聴いていたdéjà-vuみたいな記憶があることに気づいた (音なのだからvuと言うのは少し変だが)。
音の記憶というのは曖昧そうでいて意外にシビアな部分があって、たとえばクラシックなら、すでに知っている曲の場合、それが聞き慣れた演奏であるか、それとも初めて聴く演奏なのかは、すぐにはわからなくても次第にわかってくるものなのだと思う。それでこの《幻想》を聴くと明らかに手垢のつくくらい何度も聴いた感触がある。それは音の輪郭のそこここに見知ったかたちで現れる。でも私はごく最近、廉価盤を買うまでこのディスクは持っていなかったはずなのだ。だとしたらどこでその既知感のある記憶が生成されたのだろうか。どこかで何回も繰り返し流されていたのを無意識に聴いていてそれが潜在的に残っていたとか、いろいろ考えてみたがよくわからない。
自分の記憶なんて、自覚もなく無意識のうちに簡単に捏造したり消去したりできるのかもしれない、と考えてみたりする。

でもともかくこの《幻想》は、いまでもこの曲のスタンダードなのだと思う。《幻想》を聴きながらその音楽から湧き出てくる幻想をそのまま絵にしたような石ノ森章太郎のコミックがあったことを唐突に思い出した。
今から考えるとごく稚拙なイメージなのかもしれないが、《幻想》とはそうした視覚に翻訳するのにもわかりやすい雰囲気と構造を持っている。学校の下校時に流されるドヴォルザークほどポピュラーではないにしろ、十分にありふれ過ぎている曲で、なによりも強烈に具象的だ。
それはベルリオーズの次のディスクに収録されているムソルグスキーとかボロディンにもいえて、たとえば《禿山の一夜》なんて、普段ならわざわざ聴くことなんて絶対にない曲だが、こうして流れのついでに聴いてみるとそのカリカチュアライズされたわかりやすさが、ちょっと新鮮である。どうしてもディズニーの昔のアニメのシーンなどを連想してしまうのだけれど。

モーリス・ラヴェルの作品が比較的多く選択されていて、順番に聴いていくとそれはdisc 9のフランクの交響詩4曲の後の《亡き王女のためのパヴァーヌ》から始まる。もはやライト・クラシックあるいはBGMに近い印象を持ってしまってそうした先入観で聴いてしまいがちだが、この曲のラヴェルの真の美しさは、アンニュイとか耽美とは無縁のところにあるというのが改めて感じられる演奏のように思う。
それは同じ有名曲の《ボレロ》にも言えて、一定のリズムの反復と冒頭から次第にクレシェンドしていくオーケストラがこの曲の特徴だが、スネアのリズムはとてもくっきりとしていて、やや大きめでメリハリがあり、繰り返されるパターンが単なる循環するリズムではないように聞こえる。クレシェンドもそんなに大げさでなく、それでいてきちんと曲の全体像は崩れることなく次第に膨れ上がりmaxになって終わる。
ベートーヴェンの演奏と同じで、クリュイタンスはリズムに対する感覚がとりわけ鋭いように思える。無闇に揺らしたり特異なことをしないけれど、その音の作り方にクリュイタンスのなかにある一定の持続するリズムがいつも関与しているような印象がある。

ラヴェルは他に《ダフニスとクロエ》《クープランの墓》《マ・メール・ロワ》などがあるが特に《ダフニスとクロエ》にクリュイタンス独特のアプローチを感じた。クリュイタンスを通して 「時計職人」 的とも言われるラヴェルのオーケストレーションの精緻さが感じられる。

Venias盤はデータの記載法がやや分かりにくくパッケージも簡素だが (紙ボックスがビニールコーティングされていないので、カドがこすれて色がとれる)、何より廉価なのが取り柄。amazonだと高価ですがHMVなどでは3,000円くらいで買えます。


André Cluytens The Collection vol.1 (Venias)
アンドレ・クリュイタンス・コレクション 1957-1963録音集




André Cluytens The Collection vol.2 (Venias)
アンドレ・クリュイタンス・コレクションvol.2 1952-62Recordings




ショスタコーヴィチとクリュイタンスの共演
Dmitri Shostakovich & André Cluytens/Shostakovich: PIano Concerto No.1
https://www.youtube.com/watch?v=nVDJAdeWE1U

関係ないけど、たまたま見つけたフルトヴェングラーの戦時中の動画
Wilhelm Furtwängler/Wagner: Die Meistersinger (live 1942)
https://www.youtube.com/watch?v=3rM96_RS1Os
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コメント 3

Enrique

>巨匠なのに 「オレがオレが」 みたいな自己主張があまりない
良いですね。何よりです。
この方聞いた事無いですが,聞いてみたくなりました。
by Enrique (2015-10-19 06:52) 

lequiche

> Enrique 様

実はすっごく性格悪かったって可能性もありますが。
いや、でもそれはなさそうですね。(^^;)
指揮者というのはあくまで作曲者からオケへの通訳なので、
そこに自分の意見を過剰に入れてはいけないのだと
私は思います。
by lequiche (2015-10-19 19:17) 

lequiche

>> desidesi 様

指揮者は性格悪いかスケベかのどちらかですが、
クリュイタンスはどうもそういう感じではないですね。
でも、じゃ、品位のある音楽なら万事OKかというと、
逆にコッテリしたソース焼きそばが食べたくなるときもあって、
人間の嗜好というのはよくわかりません。

オーケストラというのは私はよくわからないんですが、
そんなに指揮者の権力が介在しないほうが私は好きです。
まず作曲者ありきですから。

音楽は人種という垣根が比較的低いので、
フランス系だからチャラいだろうとか、
ロシア系だから暗くて押しつけがましいだろうとかいうのは、
そんなにないんじゃないかと思います。
まぁ典型的にそういう感じっていう人もいますけど、
人種より、その人の個性のほうが前面に出るようです。
by lequiche (2015-10-21 13:38) 

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