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嵐が丘とテンシュテット [音楽]

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Klaus Tennstedt

テンシュテットのマーラーとよく言われる。でもマーラーのCDは複数にあるし、とりあえずバーンスタインで聴いてるからいいんじゃないかなと思っていた。だが、数合わせで何か買わないと、という時にたまたまテンシュテットのマーラーが目に付いたので買っておいた。ロンドン・フィルである。
データを見ると1977年から86年までのスタジオ録音と1988年から93年までの数曲のライヴ録音という構成になっている。

クラウス・テンシュテット (Klaus Tennstedt, 1926-1998) はドイツ人の指揮者で、旧・東ドイツで活動していたが、1970年に西ドイツに亡命。それ以後に名前が比較的知られるようになる。ロンドン・フィルとの演奏に定評があり、1983年から87年まで音楽監督を務めた。

まず、マーラーの交響曲第1番を聴き始めたとき、指揮者によってこんなにも音が違うということの最たるものとしてこれが例になるのではないかと思ってしまった。
基本的に私は作曲家優先なので、極端にいえば、曲が聴ければ演奏は誰でもいいと思っているのが常なのだが、テンシュテットはそれを思い切り打ち砕く。第1楽章の出だし、カッコウが鳴いてだんだんと明るくなってゆくあたりでも、テンシュテットの音はずっと何かの影を引き摺っている。それは憂鬱の影だ。なぜこんなに暗いのだろうか。

民謡 Frère Jacques (Are You Sleeping?) を元に短調化したメロディから始まる第3楽章の、主題が終わって変奏されていくときの繊細で憂鬱な動き。いつも心はなぜか空しい、呆けていて何もなくて、そんな言葉がずっと持続している。
私は今まで、この第3楽章がちょっと安易で通俗というふうにとらえていたのだが、テンシュテットの音は全然違う。この主題はうらぶれたサーカスのようなイメージで、色褪せた思い出のように頭の中にまとわりつく。

第2番の第3楽章は、冒頭のティンパニに続く弦の表情の付け方に完全に引き込まれる。このリズムと木管のうねりくねるような一瞬一瞬の動きは邪悪で、鳥肌が立つようで、限りなく美しい。その弦や木管の奏でるさりげない邪悪さはバルトークの《中国の不思議な役人》を彷彿とさせる。
第5楽章 Im Tempo des Scherzos (Wild herausfahrend) は異常に長く、バランスから見たらひとつの楽章という長さを逸脱している。
マーラーは陰鬱で、暗く悲しげで不安定な心を現しているが、むしろ明るい曲調のときにその明るさの背景にいつも見える狂気の影のほうが強く訴えてくるものを持っている。明るさはいつも見せかけだ。

第1番から第3番まで聴いて、その先に行けず何度も繰り返し聴き直してしまう魔力がテンシュテットには存在している。

前ブログでケイト・ブッシュのことを書いたのを突然私は思い出す。ケイト・ブッシュの最高傑作は《The Dreaming》だと思うが、それは一種の狂気を伴っているからで、でもデビュー曲の〈嵐が丘〉が、そうしたタイトルが付けられていることについて私は少し不満だった。
〈嵐が丘〉(Wuthering Heights) はエミリー・ブロンテの同名の小説からとられたタイトルだが、〈嵐が丘〉なのならばもっと狂乱じみて破壊的で《The Dreaming》の音のようにダークでなくてはならないはずだ。
むしろこのテンシュテットのマーラーのほうが嵐が丘にふさわしい。なぜドイツの音楽からイギリスの小説を連想したのかわからないが、私が直感的に思ったのはそんなことだ。
エミリー・ブロンテは、たった1作の長編を書いただけで30歳で早世する。エミリーだけでなくブロンテ姉妹は皆、短い生涯であった (長女のシャーロットが38歳、三女のアンが29歳)。エミリーの生前、その作品は通俗的な読者たちからは評価されなかった。エミリーの技法が当時の文学作品としては先進的過ぎたためである。

グスタフ・マーラーの作品は常にまやかしの希望と大量の絶望と孤独に満ちていて、今でこそその作品は有名だが、その当時どれだけマーラーの作品が理解されていたのだろうか。その生涯は、娘 (長女マリア・アンナ) に先立たれ、齢の離れた若き妻のアルマとは次第に心が離れ、彼自身も50歳で死を迎える。極端な絶賛と連鎖する不幸の歴史がマーラーの作品の通奏低音である。femme fatale とも呼ばれたアルマだけが長命であった。

テンシュテットは1985年、ロンドン・フィルとの最も緊密な活動の最中に癌が発見され、治療を続けていたが演奏活動は1993年までであり、1998年に死去した。このコンプリート盤の最後に収録されている第7番のライヴはその最後の年、1993年の録音である。


Klaus Tennstedt/Mahler: Complete Symphonies (Warner Classics)
Mahler: Complete Symphonies Klaus Tennstedt




Klaus Tennstedt & Chicago Symphony Orchestra:
Mahler Symphony No.1, 1st Movement, Live 1990
https://www.youtube.com/watch?v=Lj_T-i2bZm4
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青山実花

詳しくなくて申し訳ないのですが、
「嵐が丘」も「ジェーン・エア」も、
物語としてとても好きです。
短い人生の中で、
あれほどの情熱的な小説が書けたブロンテ姉妹には、
とても興味があります。
今から200年ほども前だというのも驚きです。


by 青山実花 (2015-11-27 00:16) 

末尾ルコ(アルベール)

> 最高傑作は《The Dreaming》

同感でございます。最近でもちょいちょい聴いております。
「嵐が丘」原作は世界文学史上特別な作品で、しょっちゅう紐解く「座右の書」の一つです。正しく天才の所業ですね。
映画化のなかなか難しい作品でもありますが、ブニュエルの「嵐が丘」はなかなかよかったです。

                 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2015-11-27 01:09) 

lequiche

>> 青山実花様

ブロンテ姉妹の同時代人にはジョージ・エリオットや
ショパンの恋人として知られるジョルジュ・サンドがいます。
ジョージ・エリオット (メアリー・アン・エヴァンス) も
ジョルジュ・サンド (アマンディーヌ=オーロール=
リュシール・デュパン) も男性名で作品を発表しましたが、
それはブロンテ姉妹がそれぞれカラー・ベル、エリス・ベルという
男性名を使っていたのと共通していて、
その時代の女性の地位はそういうものだったんですね。
どうしても作品を書きたいという情熱がそうさせたので、
いまだに古びない普遍性を持っているというのはすごいです。

私の尊敬するSF作家にジェイムズ・ティプトリーJr.がいますが、
ティプトリーも本名はアリス・シェルドンという女性で、
20世紀になってもSF小説だと男性名であることがまだ必要だった
ということだと想像できます。

グスタフ・マーラーはアルマ・シンドラーと結婚する際に、
アルマがそれまでやっていた作曲を辞めろと言ったのだそうです。
でもアルマは隠れて、尚、勉強を続けていて、
それがまた不倫のタネになったのだという話もあります。

マーラーの作品だって、一般的にその理解が深まったのは
20世紀もかなり後のほうになってからだと思います。
それまでは冗長・散漫で意味不明な曲という評価だったはずです。
優れた作品であればあるほど、なかなか認められないものなのだ、
というような気がします。
by lequiche (2015-11-27 02:09) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

ご同意いただきありがとうございます。
ブロンテの嵐が丘とケイト・ブッシュの Wuthering Heights とが
同じ 「嵐が丘」 とは思えなかったんです。
ただ、同じイギリスという土壌から生まれた共通な何かを感じます。

嵐が丘は特別な作品というのもわかります。
これ1作という希少性を備えていることも含めて奇跡ですね。
ブニュエルの映画は残念ながら観ていません。
是非、観てみたいと思います。
by lequiche (2015-11-27 13:48) 

prin4795

こんな立派なレクチュアを受けて
この楽曲を聞き
また、嵐が丘を改めて読むと
今までとはまた違うものが見え聞こえてくるのかしら?
無知ほど愚かなものはない~
人間は何も見えてない!聞こえてない!
また聞こうともしない!見ようともしない!
もっと五感、六感を磨かねば~
遅い?
by prin4795 (2015-12-06 01:42) 

lequiche

>> prin4795 様

いえいえ、立派というどころか、
テンシュテットとブロンテを一緒にするなんてとんでもない!
というかたがいるかもしれません (確実にいると思います)。(^^;)
でも音楽はどんな聴き方をしても勝手ですし、
本だってどんな読み方をしてもいいはずです。

それとテンシュテットはロンドン・フィルだから、
ロンドン=イギリスで、それでブロンテを連想したのかもしないです。
ただ何事も、まず自分に引き寄せて身近なところから理解する
ということが、より視野を広げてゆくきっかけなのかもしれません。
by lequiche (2015-12-07 04:43) 

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