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クレンペラーのマーラー [音楽]

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きっかけはチェリビダッケである。ワーナー・クラシック盤のチェリビダッケ・エディションを聴き始めたことを以前のブログに書いたが (→2015年11月14日ブログ)、そのときは2セットしか持っていなかったので、その後、評価が高いといわれるブルックナー・セットなどを底値のときに買って、4つのセットが揃ったのだけれど、安心してそのままになっていた。
時間のあるときに少しずつ聴こうと思っていたのだが、ふと、魔がさしたのだろうか、モーツァルトのレクイエムを選んで聴いてみたら……う~ん。

ほとんどの演奏でチェリビダッケは速度が遅いと言われる。それは彼の特徴であるととらえればよいのだが、このモーツァルトはそういうのとは違っているように思える。速度の問題ではなくてリズムの問題なのだ。この一音一音に抑揚のないような、リズムにリミッターかけられているような (という無理な形容をしてみるが、要するにベッタリとして音楽の躍動感の乏しい) レクイエムでは、死者に祈る時にだけ着る黒い服のようではなくて、それはまるで、灰色の、もっさりと暑苦しいフリースの服のように感じられて、特に今は夏だからなおさらなのだが、それはいわば死者のためのレクイエムではなくてモーツァルトのためのレクイエムのようだった。
もちろん好き嫌いもあるし、指揮者にだって得手不得手はある。このモーツァルトを至高だと考えるファンだっているだろう。でも少なくとも私の理想とするモーツァルトにはかなり遠いように思えた。

そこで思い出したのがクレンペラーの振る《魔笛》だった。実は最初にクレンペラーを聴いたとき、スクエアな輪郭で、モーツァルトの愉悦とは少し違うような違和感があって、なんとなく謹厳実直というのか、融通がきかなそうで堅苦しそうな音楽のようにも思えて、でもそれはクレンペラーの外見から来る先入観なのに違いなかった。
だから《魔笛》も、なかなか入り込みにくいような気がしたのだが、それはごく感情的で音楽を識らない情動に過ぎなかったのだと今では思える。

そのクレンペラーのマーラーがある。クレンペラーはたとえばマーラーの第2番を何度も演奏していたりするのに、演奏していない交響曲もあって、マーラーの全集としては成立しない。なぜ演奏しない曲があったかということについて、嫌いな曲だから演奏しなかったとするのならまだしも、クレンペラーに理解力が無かったからマーラーの意図するところがわからなかったのだ、などという解釈は洒落で言っているのだとしてもくだらな過ぎる。
むしろ、なんでも片端から演奏してしまうのでなく、自分のテリトリーを狭めるという考え方もあるのではないかと思う。たとえばカルロス・クライバーもまたそうしたなかのひとりであったはずだ。

オットー・クレンペラーはブルーノ・ワルターと並んでマーラーから直接手ほどきを受けた指揮者のひとりであるが、2人の解釈は異なり、お互いにあまり好意的でなかったようなことが言われている。

聴いたのはクレンペラーのEMI盤で、これがいまのところ一番廉価である。1枚目の第2番を聴いてみる。オケはフィルハーモニア、1961~62年録音とある。
バーンスタインやテンシュテットと較べると、より冷静にマーラーが聴けるような印象がある。それはクレンペラーの演奏に熱がないのではなくて、パセティックな感覚に左右されない、もっと分析的な聴き方ができるという意味で、それはとても面白い。
マーラーは作曲の才能もあった妻アルマに 「キミみたいなのは音楽的才能のうちには入らないのだから辞めたまえ」 みたいなことを言ったトンデモ亭主だったのだが、それだけのことを臆面もなく言えてしまうだけの才能があったことは確かである。
そうしたマーラー的性格までも含めて音楽のなかに表現したのがバーンスタインやテンシュテットだとすれば、音楽の構造をまず優先していたのがクレンペラーであるような気がする。いままで食わず嫌いだったクレンペラーが、そうでもないように思えてきた。

     *

第2番の第3楽章スケルツォは、くねくねと上下する弦の響きに魅力がある。この弦の流れが全てといってもよい。
冒頭に2回、ティンパニが強く鳴ってから8分の3拍子でリズムが刻まれ始める。ティンパニ、ファゴットによる 「ド_ソ」 「_ミレ」 が下支えの音で、合わさって 「ドミレ」 と聞こえる3拍になるが (c-mollなのでミは♭)、上から入って来るコーラングレとクラリネットの音が妖しげだ。
しかもこれらが少しずつ時差をつけて入ってくる。ティンパニは5小節目から、ファゴットが7小節目から、そして8小節目からクラリネットが、10小節目からコーラングレともう1本のクラリネットとコントラ・ファゴットが、という具合で、このイントロのほんの数小節が蠱惑的だ。あっという間にウワッと増えて、13小節目で沈黙する。生き残るのは12小節3拍目から始まる1stヴァイオリンのくねくねとしたラインだ。3拍子のリズムは低音弦に引き継がれる。

初めてマーラーを聴いた頃、まだよく音楽を識らなかった私にとってその第一印象は、ルーズで、もっといえば何かだらしがない音にそれは聞こえた。でもその印象は当たっているのかもしれなくて、たとえばひとつのメロディを複数の楽器に割り振っても、片方は途中でそれを止めたり、少しずつ変化していったりして、きちんと最後まで役目を全うすることがない。音は離合集散して、カレイドスコープの視覚のように予期せぬ方向に動いてゆく。それは古典的書法から見れば気まぐれで軽薄のように見えたのだろうが、実はそうではない。

1stヴァイオリンのくねくねとした動き (12~20) はクラリネットに引き継がれ (20~27)、そしてフルートがつい先ほどの1stヴァイオリンの後半を模倣して (27~31)、1stヴァイオリンが再度同じラインをトレースし始めるが、それに対するリズムはコーラングレもコントラ・ファゴットも欠いていて弱めなので (32~36)、音に埋もれて、前のようなインパクトはない。むしろわざと埋もれたようにしているのかもしれない。

オーボエがちょっと顔を出してから、クラリネットと1stヴァイオリンのかけ合い (44~52) の後、Es管のクラリネットが登場して、奇妙な印象を残す (52~57)。このEsクラの出現する場面が一番好きだ。mit Humorと指示があるが、ユーモアと言っても暗いユーモアであり、もしバスクラだったらもっとドロドロなのに、などと余計なことまで考える。
しばらくして同じパターンの繰り返しがあるが、そこではメロディの一部をオーボエが補強する (91~96)。決して同じでないのがマーラーたる所以だ。Esクラで他に目立つところは、パーカッション的なうるさいスタッカートの始まる個所 (149~) のごく短いフレーズ (154~157) だが、これは直前のピッコロ (148~152) の模倣と思っていいだろう (最初に出てくるピッコロのフレーズは67~71)。
マーラーはこの曲でB管クラリネットを3本、Es管クラリネットを2本用いているが、途中でB管が4本になる個所 (287~) もあり、またA管に持ち替えの個所もある (400~)。

ところどころに、ほとんどトゥッティでクロマティックにすべり落ちてゆく個所があるが (98~102)、そこでもあちこちでバラバラで、ファゴットとヴィオラが1小節ハミ出す (102)。後半でもう一度同様の個所があるが (402~406)、音はさらに増強され、でもやっぱりファゴットなどが1小節ハミ出す。確信犯でやっているので、ぴたっと終わらせたくないのだ。この手口が見かけのだらしなさを醸し出す。
何となく不安げな雰囲気から (340~)、1小節だけでクロマティックにすべり落ちる個所 (347) でも、3拍のうち1~2拍は32分音符4回で3拍目が5連。つまり13個の音でオクターヴすべり落ちたいのだ。

というように聴いていくとき、クレンペラーのマーラーはすこぶる教材的な対象になり得るようにも思える。というふうにして私は10回くらい連続してこの第2番を聴いた。逆に、もっと若い頃、クレンペラーの表現はどんなだったのかということにも俄然興味が湧き出した。


Otto Klemperer/Mahler: Symphonies 2, 4, 7&9,
Das Lied von der Erde (Warner Classics)
Mahler: Symphonies 2, 4, 7 & 9 / Das Lied von der Erde




Klemperer/Mahler: Symphony No. 2 (complete),
Philharmonia Orchestra
https://www.youtube.com/watch?v=urWIADgIgUg
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末尾ルコ(アルベール)

先ほどまで(急に聴きたくなって)レ・リタ・ミツコを聴いていましたが、急きょ現在、リンクしてくださっているマーラーを聴いております。お記事を拝読後に聴くと、何歩も理解が深まったような気分に。あ、前回に書かれておられた漫画家さんの本を何冊か手に入れ、読んでおります。少女漫画自体、もうず~~~っと読んでなかったので、とても新鮮でございます。RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-08-08 01:03) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

レ・リタ・ミツコ、知りませんでした。
いろいろとご存知ですね。
YouTubeなどで見て、全然見当違いかもしれませんが、
私が連想したのはシーナ&ロケッツでした。
音は違いますが、雰囲気に似たようなものを感じます。

マーラーに関してはもっと詳しいかたがたくさんいますので、
私の聴き方などごく幼稚な部類ですが、でもマーラーは、
どちらかというと情念的な面で語られることが多いようです。
細かい書法の積み重ねが
結果としてどのように全体のイメージを左右するか、
ということを見てみるのもいいのではないかと思います。
同様に感じるのにラフマニノフの交響曲があります。
ラフマニノフの交響曲はあまり評価されていませんが、
マーラーと同様にその構造がまだ解析されていないような気もします。

少女マンガに関してもありがとうございます。
私もまだ知らない作家も作品も多いですし、
その裾野は広大ですから楽しいですけど茫漠としていますね。(^^)
by lequiche (2016-08-08 17:39) 

トックリヤシ

ご訪問&nice、ありがとうございます。
by トックリヤシ (2016-08-08 19:59) 

lequiche

>> トックリヤシ様

こちらこそありがとうございます。
そして200万アクセスおめでとうございます。
これからも美しい画像を続けていただけますよう
期待しております。
by lequiche (2016-08-09 11:30) 

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