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宇多田ヒカルのミックスからシンセのことなど [音楽]

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Isao Tomita

雑誌『Sound & Recording Magazine』の11月号に宇多田ヒカルの今回のアルバム《Fantôme》をミックスしたスティーヴ・フィッツモーリス (Steve Fitzmaurice) の記事が載っていた。
今回のアルバムは意外にも海外でかなり売れているとのことで、というのは過去に全英語詞のアルバムを出したのにもかかわらずほとんど売れなかったのに、今回のジャポニスムみたいな内容の作品がなぜ売れたのか、というのが漠然とした謎みたいなのだ。音楽がよかったから売れたのだ、と言ってしまえば簡単なのだが、コトはそんなにシンプルではない。

サンレコの記事はあまりに専門的なので、そういう部分はわからないが、フィッツモーリスはいままで宇多田のことは知らず、今回のミックスにあたって初めて聴いたときの印象として 「レディオヘッドやビョークに通じる実験的なニュアンスが感じられ」 たというようなことを言っている。
先日のブログのコメント欄で私は 「海外ではたぶん、たとえばビョークとか、そういう捉え方で聴かれているのではないか」 と書いたが、そういう見方でやはり正解だった。

しかし記事を読んでいくとフィッツモーリスが担当している部分は、ミックスが基本であって、それにプラスしてヴォーカル以外のレコーディングも行ったとある。肝心のヴォーカル・トラックは小森雅仁によって別の場所で録音され、おそらく完パケのものがフィッツモーリスのもとに送られてきて、それらとインストウルメンツとを合わせて彼がミックスしているのだということだ。
だから最も肝心な部分であるヴォーカルがどのように入れられたかということは、この記事からは窺い知れないのである。

フィッツモーリスのミックスは一度NEVEに通して、つまりアナログのシステムにおける処理であり、アナログのアウトボードなども適宜使用し、完成形をProToolsに戻すという方法だと語っている。そして、だからといって音像がレトロに傾かないように、生音にデジタル音をかぶせたりしているようだ。
彼のミックスのポリシーとしての 「最近は音を重ね過ぎた音が跋扈しているので、音を重ね過ぎないで空間を残す」 「重心を低く、シンプルに」 というあたりにこだわりが感じられる。やたらに音数を増やさないで、むしろ引き算でいくというのが (これも同様に前回のコメに書いたことだが) プリンスっぽい考え方なのだと思う。
DAWだけで完結するミキシングは嫌いといい、マイク・セッティングが肝心なのでEQはほとんど使わない、音は細かくフェーダーで調整するとのこと。そのあたりも昔気質だ (写真を例にとるのなら、撮影そのものこそが重要で、あとからPhotoshopでいじるのは邪道、というのに近い)。
こうした作業のほとんどがイギリスで行われているというのが宇多田サウンドの特徴となっている。アメリカとイギリスでは、やはり音に対する考え方が異なるのだろうなという印象がある。
アナログに落とすということは普通に考えれば劣化だが、SNが良いか悪いかというのは音質つまり音響の問題であって音楽の問題とは違う。

一方、『Keyboard magazine』の秋号では冨田勲の追悼という意味あいがあるのか、昔の記事の再録も含めた冨田特集になっていてなかなか読ませた。冨田がmoogで曲を作り始めた頃は、すべての音はモノフォニックで、それらを気の遠くなるほど重ねていくことによってあのサウンドを作り出していたわけで、初期の、まだ未完成なポリシンセが出始めた頃に冨田は否定的なことを言っていたようである。
2014年の冨田と小室哲哉の対談は冨田晩年の時期であるのにも関わらず意気軒昂でまだまだ次を見据えていて、このようにして最後まで現役だったのだから残念だけれど仕方がないと思うしかない。
《Switched on Bach》のウォルター・カーロスに対抗してmoogを始めたというのが冨田の動機だとのことだが、小室との対談では、いきなりシンクラヴィアの悪口を言ったり (高価で故障が多かったとのこと)、絶頂期だった頃の野外のコンサートの思い出とか、その歴史がシンセの歴史とオーヴァーラップしていてまさにプログレッシヴである。
小室の発言で印象に残ったのは、今、ハード・シンセとソフト・シンセではソフト・シンセのほうがしっくりくること。それはハード・シンセだと音がいろいろな経路を通るためにスピードが遅く感じられるとのことなのだ。ハード・シンセをアウトボードのよう、と表現しているのが面白い。
また、同じ音でありながらソフト・シンセのほうが音像がくっきりしていて、音がきれいだというのである。冨田が、それは平均律じゃないの? だとしたらつじつまが合わなくなるはず、と訊くと、いや平均律なんだけれど精度が高いので和音によってうねりが無く聞こえる、と小室はいう。このへん、やはり音を極めていないとわからない会話である。

そんなことから、話題はどんどんずれるのだけれど、YouTubeを見ていたら松武秀樹のテクノスクールという番組で、浅倉大介の自宅スタジオ訪問というのに行き当たって、ハード・シンセの巣窟のようななかでの2人の会話がマニアック過ぎて楽しく観てしまった。機種番号がやたら出てくるのは、どのジャンルのマニアにも共通している。
サンレコの記事によれば、このスタジオとは別の部屋に大きなmoogがあり、それはエマーソン・モーグ・モジュラー・システムというのだそうだ。機種名にエマーソンという名前が付けられてしまっているのがちょっとすごい。
JD-XAのデモ動画もあるが、小室哲哉と浅倉大介ではやっぱりアプローチが違う、というのが確実にわかる。こういうのもまたシンセの歴史の経過点となっていくのだろう。

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Daisuke Asakura Private Studio


Sound & Recording Magazine 2016/11月号 (リットーミュージック)
Sound & Recording Magazine (サウンド アンド レコーディング マガジン) 2016年 11月号 [雑誌]




Keyboard magazine 2016 AUTUMN (リットーミュージック)
Keyboard magazine (キーボード マガジン) 2016年10月号 AUTUMN (CD付) [雑誌]




テクノスクール 家庭訪問
浅倉大介さん プライベート・スタジオ ディレクターズ・カット版
https://www.youtube.com/watch?v=3IDPC7eD8KU
DAISUKE ASAKURA PLAYS [JD-X & AIRA]
https://www.youtube.com/watch?v=cYWnwD2lWP4
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コメント 10

NO14Ruggerman

EL&P=展覧会の絵=冨田勲 ですかね。
どちらもよく聴き込みました。
by NO14Ruggerman (2016-10-07 16:23) 

末尾ルコ(アルベール)

ロックを聴き始めた子ども時代、シンセサイザーという存在を初めて知った時のウキウキ感を思い出しました。ギターやドラムスは身近にあるけれど、シンセは正に「特別な人たちの楽器」というイメージで、キース・エマーソンのコードが一杯付いたシンセの写真を見て、(すげえ~~)とか、ピンク・フロイドのリック・ライトは「速弾きしないから、テクがないんじゃない?」とか、適当なことを考えていた無責任な少年時代でした。  RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-10-07 16:54) 

えーちゃん

宇多田ヒカルと言えば、六年間くらい休んでたらしいニャ(^^;
ヒット曲がある歌手は恵まれてるよニャ?
そんだけ休んでても直ぐ復帰できるんだからw
by えーちゃん (2016-10-08 01:25) 

moz

遅ればせながら新譜CD 買いました。
昨日聴き始めましたが、音作りまではまだ ^^;
ただ、いい感じのアルバムですね。一番最初のCD と比べると熟成が進んだというか、年を重ねての恋愛もいいかな的な感じ?
歌詞もそうですが、聴いていると音がそんな風に全体を包んでくれる感じがします。
椎名林檎さんもいい感じです。 ^^
by moz (2016-10-08 05:37) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

展覧会の絵は素材として使いやすいのかもしれませんね。
私はEL&Pはほとんど知らないのです。
というかプログレ全般をあまり知らないので、
遡って聴いているという状態です。
今度詳しく教えてください。(^^)b
by lequiche (2016-10-08 06:03) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

特にモジュラー・シンセは機械のかたまりみたいで、
SF的な味わいがありますね。宇宙船のコクピットみたいな。
NO14Ruggerman さんへのコメにも書きましたが、
私はあまりプログレ系の音楽を知らなくて、
ギルモアのグダニスク・ライヴで
初めて真剣にピンク・フロイドを聴きました。(遅すぎる〜 ^^;)
そのことは以前のブログに書きました。
http://lequiche.blog.so-net.ne.jp/2012-02-09
リチャード・ライトは亡くなりましたが、大変残念です。
素晴らしいキーボーディストです。
ブログタイトルの 「最後の光芒」 とは
もちろんライトのことを指しています。

グダニスクの動画はYouTubeに豊富にあります。
On an Island
https://www.youtube.com/watch?v=9hUjqL8YX30
Comfortably Numb
https://www.youtube.com/watch?v=wCbH1X_duvc
など。
よろしければお時間のあるときにでもご覧ください。

コンサートのフル動画もあります。
https://www.youtube.com/watch?v=l5C4A11aVdc
by lequiche (2016-10-08 06:04) 

lequiche

>> えーちゃん様

はい。久しぶりのアルバムです。
一生復帰しなくても大丈夫なくらいのお金は
持ってるんじゃないかと思いますが (^o^)、
曲を作りたいという情動が起こってきたということが
非常に喜ぶべきことだと思います。
by lequiche (2016-10-08 06:06) 

lequiche

>> moz 様

そうですか。熟成が進んだというのは言えてます。
いろいろと経験を重ねたということですから。
〈俺の彼女〉は曲そのものが椎名ふうですね。

2つ前のブログの宇多田の記事の
Speakeasyさんへのコメに書いたのですが、
Fantômeというタイトルは幽霊とか亡霊であって、
ジャケットの写真——ピンボケのモノクロ写真、
ボブの髪型などを考え合わせると、
宇多田は自分の姿の中に母親を見ているのだと思います。
能の 「井筒」 と同じです。
井筒の女は水に映る自分の姿に業平の面影を見ますが、
宇多田が見ているのは自分の姿のなかにあらわれている
母親の亡霊なのです。
そういう意味でも深いなと思います。
by lequiche (2016-10-08 06:40) 

モリガメ

専門的すぎてチンプンカンプンですが、復帰した宇多田ヒカルがいいですね。肩の力が抜けたような。母になって自分も母にを受け入れたような。
by モリガメ (2016-10-12 08:43) 

lequiche

>> モリガメ様

そうですね。
自分が母親になって、
母親の気持ちがわかるようになったのかもしれません。
ZEROのインタビューなどでも、
素直に明快にこの作品のことを語っていましたが、
それだけ人生を過ごしてきたということだと思います。
by lequiche (2016-10-12 14:20) 

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