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Voy Cantando ― ヤン・ガルバレク《Dresden》 [音楽]

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Jan Garbarek (2003)

ときによって地名は、単なる地理的な位置だけでなくその言葉自身の持っている歴史までをも映し出す。それは幻影に過ぎないのかもしれないが、少なくとも私にとってはそうだ。たとえばデヴィッド・ギルモアの《ライヴ・イン・グダニスク》というタイトルのグダニスクという言葉から感じとられるものは単なる地名だけで終わらない。
ヤン・ガルバレクのアルバム《Dresden》(ドレスデン/2009) も同様である。ドレスデンという地名から連想するのは、音楽だったらシュターツカペレ・ドレスデンとか、文学だったらエーリッヒ・ケストナーとかが思い浮かぶが、なによりも強く想起されるのは、カート・ヴォネガットの《スローターハウス5》(1969) である。

ヴォネガットのこの小説は作家自身の体験を題材として、ドレスデン爆撃を描いている。そしてヴォネガットの奇妙な諦念のような心情をこめた 「そういうものだ」 (So it goes.) という言葉が繰り返し使われていたことを思い出す。そのヴォネガットの作品を原作としてジョージ・ロイ・ヒルによる同名の映画が作られたが (1972)、音楽にはグレン・グールドが用いられていた。

もちろんガルバレクのこのアルバムは、ヴォネガットとは全く関係ない。しかし、初めてのライヴ・アルバムと記されているそのデータを見ると、Recorded live October 20, 2007: Alter Schlachthof, Dresden とある。
ドイツ語のシュラハトホーフは、英語でいえばスローターハウスである。日本語では、最近は使ってはいけない言葉らしいが、屠殺場 (今の言葉でいえば食肉処理場) のことである。調べてみると、昔からシュラハトホーフであった建物を改装してライヴ・ハウスというか、コンサート・ホールのようにして使っている場所のようである。

コンサートは非常に叙情的で美しく、いつものガルバレク節がたっぷりと聴けるライヴである。
ところどころ、曲をいちいち終わりにせず次の曲に続けてしまう個所があり、そのつながりかた、変化の仕方が素晴らしく深遠だ。

CD1の〈Twelve Moons〉の後半、ガルバレクのソロが続き、それがそのままコロコロと丸いキーボードの音に導かれて次の〈Rondo Amoroso〉へと繋がっていくあたりが、このアルバムのクライマックスのひとつである。ガルバレクのソロは悲しみを湛えているが、いつも決して暗くはならない。最後にはメジャー・スケールに解決していくような優しさがガルバレクの特質である。

パーソネルは

 Jan Garbarek (ss, ts, selje flute)
 Rainer Brüninghaus (p., key)
 Yuri Daniel (b)
 Manu Katché (ds)

のクァルテットであるが、特にライナー・ブリューニングハウスが素晴らしい。アコースティク・ピアノとキーボードを使い分けているが、どちらもその個性が際立っていてセンスが良い。ECMにはブリューニングハウス名義の《Continuum》(1984) というアルバムがあって、マーカス・シュトックハウゼンが参加しているが、残念ながら未聴であり、しかも廃盤らしい。
ブリューニングハウスのコンセプトはミニマル系の音との評を読んだが、それはこのガルバレクのアルバムでも若干感じられる。たとえばCD2のtr3〈Transformations〉における長いピアノ・ソロも、ミニマルとは異なるが、音の連なりかたがジャズでもフュージョンでもなくて、延々と長い弧を描いていくような印象がある。キース・ジャレットのソロピアノを彷彿とさせる個所もあるが、キースほど黒くない。そしてtr4の明るい〈Once〉に移って行く。

CD2の後半は、軽快で明るい音楽が多くなり、tr8〈Nu bein’〉はドラムのリズムに乗ってフルート (selje flute) が祭り囃子のように素朴に吹かれる。マヌ・カチェのドラムはいつも理知的だが決して冷たくはない。
この曲が最後の曲であり、歓声と拍手がやがて手拍子に変わって、アンコールとして演奏されたtr9は〈Voy Cantando〉であるが、この曲のテーマはアルバム《Witchi-tai-to》のメインの曲〈Hasta Siempre〉(Carlos Puebla) を思い出させる。むしろその変奏曲と考えたほうがいいのかもしれない。
〈Voy Cantando〉はアルバム《Legend of the Seven Dreams》(1988) にも収録されているが、このときのピアノもブリューニングハウスである。

Voy Cantando――音楽は結局、歌である。たとえそこに歌詞がなくても。
歌心という少し俗な言葉がガルバレクの音にはいつも含まれていて、それを改めて感じさせてくれる終曲である。


Jan Garbarek Group/Dresden (ECM)
Dresden: In Concert (Ocrd)




Jan Garbarek Group/Voy Cantando
Bergen, Norway, 2002.05.25.
https://www.youtube.com/watch?v=gltRJlspbyk

Jan Garbarek/Hasta Siempre
Nancy Jazz Pulsations, France, 2004.10.12.
https://www.youtube.com/watch?v=T5KYZ2F9IRs
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コメント 10

末尾ルコ(アルベール)

拝聴しました。アラブ音楽の夢幻的雰囲気もありますね。とても心地いいです。 映画『スローターハウス5』は子どもの時に初めて鑑賞し、その後しばらくわたしのベスト映画でした。ヴォネガットについて知ったのはかなり後ですが。地名は確かにそれだけで様々なインスピレーションを与えてくれるものが少なからずありますね。「言葉の力」を感じます。わたしの好きな地名は、ダマスカス、イスファファン、ザルツブルク、クレルモンフェラン・・・挙げていけばキリがないですが、例えば日本なら蓮台寺野(←宮本武蔵と吉岡清十郎が決闘したかも 笑 とされる場所)とか。 RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-10-13 01:34) 

Enrique

グダニスクもドレスデンも訪れた土地なので,興味が湧きました。
何処の地名もそれなりに歴史は持つわけですが,確かにこれらの地名は特にそれを色濃く感じます。

by Enrique (2016-10-13 07:03) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

ガルバレクはその特異なメロディライン、
それはインプロヴィゼーションのときも含めてですが、
そして音色に特徴があります。
まだそんなに名前が知られていない頃、
あの音はエフェクターをかけているんじゃないか、
と言われていました。
でもライヴで見たらマイクロフォンしか使ってないよ〜、
ということでびっくり。(^^)

スローターハウス、ベスト映画ですか!
原作も映画も素晴らしいですね。

地名はやはりその語感から来る印象が大きいのかもしれません。
ただそれだけではなくて、やはりその土地特有の何かがあります。
ミシェル・ビュトールに
土地の精霊 (Le Génie du lieu) という作品がありますが、
まさに何か宿っているものがあるような気がします。
蓮台寺野は知りませんでした。カッコいい地名ですね。
by lequiche (2016-10-14 15:04) 

lequiche

>> Enrique 様

どちらも行かれたことがあるのですか。
それは羨ましいです。
グダニスクもドレスデンも歴史の流転という言葉が
感じられる土地ですね。
ギルモアのライヴもグダニスクの造船所のあったところで、
そうしたロケーションから醸し出される何か、も
あるように思います。
by lequiche (2016-10-14 15:04) 

hatumi30331

いつもありがとうございます。
今日は、朝の寒さがこたえましたが・・・・・
今は、ちょっと暑くなってきました。
越して行きつ戻りつしながら・・季節が変わって行くんでしょうね。
by hatumi30331 (2016-10-14 15:58) 

lequiche

>> hatumi30331 様

いつまでも夏みたいだと思っていたら、
急に気温が下がってきましたね。
あまり暑いよりはまだいいですが、
ちょうどよい季節の期間はほんの少しのような気がします。
季節の変わり目ですのでお身体大切にお過ごしください。(^^)
by lequiche (2016-10-14 22:25) 

えーちゃん

私は風邪引きました(^^;
風邪引いたの何年ぶりだろ?
lequicheさんも風邪引かないように気をつけてね。
by えーちゃん (2016-10-15 14:02) 

NO14Ruggerman

リンクのユーチューブを拝聴致しました。
初めて聴くアーチストでしたが2曲とも大変魅力的な演奏ですね。
すっかり気に入りました。
ワタシの古い頭ではヤン・ガルバルグはサンボーンの泣き節を
彷彿とさせ、ライナー・ブリューニングハウスの旋律はチック・
コリア不朽の名盤「ラ・フィエスタ」を連想させるような
若干のラテンテイストを感じ取りました。

<音楽は結局、歌である。たとえそこに歌詞がなくても・・・
全く以て同感です。

by NO14Ruggerman (2016-10-16 00:43) 

lequiche

>> えーちゃん様

そうですか。
夏からいきなり晩秋みたいな変化ですから、
体調を崩しますよね。どうぞお大事に。
私は大丈夫です。(^^)
by lequiche (2016-10-16 02:21) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

お聴きいただきありがとうございます。
ガルバレクはノルウェーのミュージシャンですが、
初期の頃はコルトレーン・フォロアーでした。
一番有名なのはキース・ジャレットの
ヨーロピアン・カルテットにおける演奏です。

曲のタイトルにスペイン語のものがありますから、
ラテン・テイストは感じとれますね。
Voy Cantando というスペイン語は、
英語でいうと I am singing です。
by lequiche (2016-10-16 02:21) 

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