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ゲイリー・ピーコック/マリリン・クリスペル《Azure》を聴く [音楽]

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マリリン・クリスペル (Marilyn Crispell, 1947-) はフィラデルフィア生まれのジャズ・ピアニストである。ニューイングランド音楽院ではクラシックを学んでいたが、ジャズに目ざめたのはジョン・コルトレーンを聴いたことがきっかけであるといわれる。
私がクリスペルに注目したのはアンソニー・ブラクストンの英Leo盤のクァルテットでの演奏である。アヴァンギャルドなジャズでありながら、このクァルテットには親密な暖かさのようなものが漂っていた (そのことはすでに書いた→2013年08月06日ブログ)。

ゲイリー・ピーコック (Gary Peacock, 1935-) はキース・ジャレット、ジャック・ディジョネットとのグループ〈スタンダーズ〉で有名だが、ジャズ・ベースの重鎮である。

そのクリスペルとピーコックのデュオによる作品、独ECM盤の《Azure》を聴く。2013年のリリースだが、レコーディングは2011年1~2月のニューヨークである。モノクロの黒っぽいジャケットであるが、中のパンフレットの裏面は真っ赤である。

アルバムの全体のトーンは静謐で、アヴァンギャルドなアプローチの曲もあるが、一貫して理知的だ。指を動かすことの練習曲のような〈Patterns〉から始まるが決して難解ではなく、ピアノの音がクリアで、休符とのバランスが絶妙である。頂上までなかなか上がりきらないもどかしさをわざと楽しんでいるかのような、それでいて内省的なテイストを感じることで、いままでのクリスペルとやや異なる印象を受ける。それはベースとのデュオというフォーマットにあるのかもしれない。
私の感じたアルバムのピークはtr5から7までの3曲、〈Waltz After David M〉〈Lullaby〉〈The Lea〉である。〈Waltz After David M〉はペダルを多用したイントロに続いてテーマが始まるが、うっすらとしたひなたとひかげの間を、微妙に使い分けて彷徨うクリスペルの音に、しっとりと寄り添うようなベースが深い奥行きを醸し出す。ベースソロがあり、それに続くクリスペルの音はクリアでありながら調性の谷間を漂っているかのようだ。シェードをあげてもそのまた向こうにシェードが続く、淡く色づけされた風景が続く。
〈Lullaby〉も暗い光の中に何か見えそうな気がして、でもことごとく裏切られてしまうような禁欲的なピアノが続く。後半、ピアノの長い和音の上を堅実そうに歩くベース、そしてピアノとベースのアブストラクトな6音ずつのユニゾンの繰り返しが印象的だ。
〈The Lea〉もベースソロから始まるが、ピアノが入って来ると突然、空気は叙情的に変わってゆく。アルバムの中で最も感傷的なテーマをクリスペルが弾いて簡単に終わる。

アルバムには〈Blue〉という曲もあって、でも最後にアルバムタイトルである〈Azure〉という曲もある。blue も azure も青だがニュアンスが少し違う。藍は藍より出でて藍より青し、みたいな成句を思わず連想してしまう。
azure は言語によって azur だったり azul だったりするが、その語源はトルキスタンで産出されるラピスラズリ (lapis lazuli) の色からである。

     *

ECMのサイトに、アルバムタイトル曲〈Azure〉があったので下記にリンクした。
その他にも、サンプルとしての動画を探していたが、その時、Vision Festival 20というイヴェントでの動画を見つけた。Vision FestivalはArt for Artという団体で主催されているフリー・ジャズのフェスティヴァルで、2018年が第23回となっている。
したがって、クリスペルが出演したVision Festival 20は、2015年ということになる。ブラクストン・クァルテットでもドラムを担当していたジェリー・ヘミングウェイとのデュオであるが、後半のヘミングウェイの木琴類でのインプロヴィゼーションが刺激的である。

Vision Festival 20の動画にはイングリッド・ラブロックの動画などもあって、日本と違ってアメリカではまだアヴァンギャルド・ジャズも健在なように思える。女性奏者はアルトよりテナーを持っているほうがインパクトがあってカッコいい (もっともラブロックは身体が大きいほうなので普通に見えてしまうのだけれど)。Reiも言っていたが、小さい女性が大きい楽器 (Reiの場合だとギター) を弾いているほうが、弾きこなしている感があってカッコいいのだ。いつだったか、御茶ノ水駅で、おそらくチューバのケースをかついでいる女子高生がいて、ステキ過ぎると思ってしまったのである。


Gary Peacock, Marilyn Crispell/Azure (ECM)
Azure




Gary Peacock, Marilyn Crispell/Azure
http://player.ecmrecords.com/peacock-crispell---azure/media

Marilyn Crispell & Gerry Hemingway
Vision Festival 20, Judson Memorial Church; New York, NY: July 8, 2015
https://www.youtube.com/watch?v=cU6fnDPFPwQ

Ingrid Laubrock Sextet
Vision Festival 20, July 11, 2015
https://www.youtube.com/watch?v=UyXNymrlXVw

Arts for Art HP
https://www.artsforart.org
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末尾ルコ(アルベール)

動画、視聴いたしました。わたし、こういう感じの音は好きなのです。
でもゲイリー・ピーコックもマリリン・クリスペルもイングリッド・ラブロックも今回のお記事を拝読するまで知らなかった我が身を振り返り、思わず梅雨入りした夜空を眺めてしまいました(笑)。
「アヴァンギャルド」という言葉なのですが、ジャズの世界では現在もよく使われているのでしょうか。他の分野ではあまり使われなくなってますよね。わたし10代の頃にはこの言葉が大好きでして(笑)。「やはりこの作品はアヴァンギャルドだから・・・」とか言って、一人悦に入ってました。
誰のレコードだか忘れましたが、「アヴァンギャルド・ダブ・ポップ」とか銘打たれたものがありまして、この言葉だけで買いたくなったものです。買ったかどうかは忘れましたが(笑)。やはり「アヴァンギャルド」、響きもいいですよね。
それにしてもいつながら音楽をお語りになるlequiche様の言語運用にはうっとりです。音楽の展開にしたがって、的確なワードがビシビシと嵌っていっている感触です。
韻文にしても散文にしても、よき言葉の運用は音楽との共通点が多くなるものだと思うのですが、あらためてそうした認識を呼び覚ま
していただけております。
「色の名前」というのはとてもおもしろいですね。わたしも大好きですが、なかなか覚えられません。
アドニス・ブルーとかカンタベリー・ローズとか、イマジネーションを広げてくれます。
単純に赤とか青とかだけで済ますのがいかに乱暴かよく分かります。
フランス語では、Rouge de Mars、Rouge d'Andrinople、Rouge Bismarckなど、いいですよね。もちろん日本語の色を表す言葉も大好きなものがいくらでもあります。
思えば現代では商品として販売されている絵具も、もともとは自然界にある様々な素材を工夫して「色」としたものですよね。しかし自然界には人間が工夫した「色」を遥かに上回る無限に近い色彩が存在する。
まさに自然は神秘です。

「大塚愛の不安」に関するお話、とても興味深いです。
人間は「不安存在」という一面を常に持っていて、潜在的な不安から目を逸らそうとする精神的行為が様々な病的心理や行為を呼ぶこともよく知られています。
「不安」に関してはわたし自身、とても大きな経験もあり、「不安」に迫る表現にはとても興味があります。

あの高級そうなライブ会場は、ビルボード東京なのですね。となれば、チケット料もお高いのでしょうね(笑)。
わたしは今、「歌そのもの」にとても興味があるのですが、優秀な演歌歌手の圧倒的な歌唱を聴いていて、正直なところ(こんな歌ばかりじゃ、もったいないな)と感じています。歌詞なんかもですね~、今のままじゃ特に女性にはどんどん受け入れられなくなりますよね。
フランス・ブリュッヘン、ご紹介有難うございます。まったく存じませんでした(笑)。でも古楽には興味あります。またいろいろチェックしてみたいと思います。

世の中の幼児化、ネットの幼児的暴力性に満ちた書き込みを見ていると、文化大革命で紅衛兵たちが我が物顔で大人にリンチを加えるような未来さえ想像してしまいます。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2018-05-30 12:19) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

ジャズにおけるアヴァンギャルドは、
一般的にはフリー・ジャズという名称がよく使われています。
ただ、クリスペルのこの作品の場合は、
フリーの部分はほとんど無く、一定の調性と形式があります。
「フリー」 には 「何やってもいい」 的ニュアンスがありますが、
そうした破壊衝動系とは異なるコンセプトだと思います。
コンテンポラリーという言葉もありますが、
それだと曖昧で少し拡がり過ぎてしまうような気がします。
また、ECM的な音の作り方の形容として
ニューエイジ・ミュージックというジャンル名も
かつてありましたが、気持ち悪くて使う気になれません。
ニューエイジ・ミュージックという言葉には
「前衛」 でなく 「後衛」 的なニュアンスを私は感じます。
ということで、アヴァンギャルドです。

ゲイリー・ピーコックは有名ですが、
クリスペルや、ましてラブロックはあまり知られていません。
ほとんどフュージョン系に塗りつぶされてしまっているような
日本に較べると、アメリカやヨーロッパにはまだ多様性があります。
例えばファッションでも、日本では流行色とかデザインなど
なるべく他人と同じような服を着たがりますが、
フランス人はなるべく他人と違う服を着たがります。
そうした個性を尊重することによって
多様性が生まれるのだと思います。

色名は自然にある具体的な色を指すことがよくありますね。
日本語でも鴇色とか桜色とか桃色という色名がありますが、
それらはピンクとは微妙に違います。
でも今は皆、一律にピンクと言ってしまうかもしれません。
私は 「鈍色」 (にびいろ) という言い方をよく使いますが、
鈍色がどんな色かわからない人のほうが多いようです。
例えばスカーレットとクリムゾンは違いますが、
一般的にはもはや固有名詞としてしか認識されません。
でも、しかたがないことなのです。
なぜなら色を区分けする必要が現代には乏しいのです。

不安はネガティヴな感情のなかでも
悲しみとか怒りのようなはっきりとしたかたちをとりません。
そのため、共感もしにくいし共有もしにくいです。
悲しみや怒りのようにはっきりと表出してしまえば
楽なのかもしれませんがそれだけのパワーがありません。
そして不安は不信と共通のステージにあります。
不安という感情を持ち得ない人というのは結構いて、
そういう人は 「本を読むなんて時間の無駄」
というような信念を持っていたりします。

ビルボード東京は行ったことはもちろん無いのですが、
席にランク付けがあるようです。
ですからスノッブな評判は良いようです (皮肉です)。
昔からオペラ劇場などにもランク付けはありますし、
そういうシステムは仕方がない面もあります。

私のよく観ているTV番組に《関ジャム》がありますが、
よくJ-popの歌詞を解析していたりします。
なるほど、と感じる部分もあるのですけれど、
今の時代の閉塞性も同時に感じます。
それはJ-popだけでなく演歌にも別の意味で当てはまります。

ブリュッヘンはもともとはブロックフレーテ、
いわゆるリコーダー (縦笛) の演奏者として出て来た人です。
ルネサンス、バロック期の笛で一番ポピュラーなのは
本来、ブロックフレーテなのですが、
現代フルートで代用していた時期もあったのです。
なぜなら古楽器は使いにくく、音が出しにくいからです。
そうした認識を変えたのがブリュッヘンのテクニックです。

色の区別ができないのと同じで、
幼児性というのは微妙な差異が区別できない、
そもそも基本的な一般常識がないことによります。
ごく雑な言い方をすれば毛沢東もスターリンも
その主眼としているところは愚民政策です。
文化大革命という言い方は間違いで、
文化大粛清くらいが妥当な形容ではないでしょうか。(笑)
by lequiche (2018-05-31 01:34) 

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