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日本が生んだクラシックの名曲 —『東京人』2022年4月号 [本]

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少し古い話題になってしまったが『東京人』の先月号 (2022年4月号) の特集 「日本が生んだクラシックの名曲」 を読んだ。

片山杜秀と小室敬幸による 「作曲家の近代音楽史」 は明治からの日本の近代・現代音楽の歴史をわかりやすく解説していて、大変興味深い内容だった。また見たことのない写真も多く掲載されていて、当時の日本が西洋文化に触れてそれを急速に理解しようとしていた頃の情熱が感じ取れる。それは無理矢理に背伸びした試みだったのかもしれないが、まさに文明開化の一端としての音楽に対する旺盛な知識欲が存在していたのに違いない。
写真の中では宮城道雄、藤原義江、巖本真理の昭和17年の3ショットというのが意外な組み合わせで特に印象に残る。齋藤秀雄、小澤征爾、山本直純が談笑する3ショットは意外性はないけれどちょっとすごい。

ごく初期の音楽家のひとりとして幸田延 (こうだ・のぶ 1870−1946) が取り上げられている。彼女はボストンのニューイングランド音楽院やウィーン楽友協会音楽院でピアノ、ヴァイオリン、楽理などを学び、日本政府が西洋音楽振興のために作った音楽取調掛から発展した東京音楽学校で教鞭をとった。wikiによれば瀧廉太郎、三浦環、本居長世、山田耕筰などを育てたとある。
1897年に発表されたヴァイオリン・ソナタ変ホ長調は日本人初の器楽曲であり、YouTubeでも聴くことができる。とりたてて特徴のある作品ではないけれど素直で分かりやすい曲想であり、現代でも十分に鑑賞に堪える。CDなども複数に出ているようだ。
東京音楽学校は東京藝術大学の音楽学部の前身であり、そして幸田延は幸田露伴の妹である。幸田家は幸田露伴→幸田文→青木玉→青木奈緒という4代にわたる文学者の家系なのは知っていたが音楽系も兼ね備えていたというのは驚きである。そして幸田延の妹の安藤幸 (あんどう・こう) も明治の黎明期のヴァイオリニストであり、彼女の息子は小説家の高木卓である。この幸田ファミリーはすごい。

伊福部昭が彼の弟子の中でも黛敏郎を別格に評価していたという記述にも、なるほどと納得できる部分がある。片山に拠れば、オーケストラを強く鳴らしたいという欲求の点において伊福部と黛には共通点があるとしていて、つまりゴジラと涅槃の共演であって、ともかく爆音、そして本質的な孤独さとそれに耐える矜持の深さも似ているという。

ただ、これはこの特集の中での座談会で山田和樹が発言していることだが、海外で日本人作曲家の作品をプログラムにあげるということになると、どうしても武満徹になってしまう。それ以外の作曲家も、ということで三善晃《管弦楽のための協奏曲》をやることにしたとのことで、その意欲に共感する。同曲はシェーンベルクの影響があるとも言われるが、ブーレーズの華やかな部分を連想してしまう曲のように私は感じる。
もっとも三善晃という名前から最初に連想してしまうのは日本アニメーション/フジテレビによる《赤毛のアン》のオープニングテーマである。凡百のアニメ主題歌とは全然違う曲想に、最初聴いたとき 「こんなのやっちゃって、いいの?」 と驚いたのを覚えているからだ。

Naxosには片山杜秀が企画した《日本作曲家選輯 片山杜秀エディション》というボックスセットがあって解説を参照するときにも便利なのだが、現在は絶版なので興味を持った楽曲はNaxosの単売で見つけるしかない。J-popと違って日本の現代音楽は裾野がとても狭い。片山は現代音楽の退潮の原因は難解さか、それとも教養の消滅か、と書いているが、絶滅危惧種などと言わずに、もう少し一般教養となってもよいのではないかとひそかに思うのである。

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東京人2022年4月号 特集 「日本が生んだクラシックの名曲」
(都市出版)
東京人2022年4月号 特集「日本が生んだクラシックの名曲」[雑誌]




三善晃:管弦楽のための協奏曲
https://www.nicovideo.jp/watch/sm8188066

幸田延:ヴァイオリンソナタ 第1番 変ホ長調
https://www.youtube.com/watch?v=yryTmyT_0QA

赤毛のアン 第1話 「マシュウ・カスバート驚く」
https://www.youtube.com/watch?v=DBQgH2o8YKI
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コメント 2

末尾ルコ(アルベール)

『東京人』の特集 「日本が生んだクラシックの名曲」の表紙、昭和の本の表紙のようですね。これが現在の書店に並んでいると逆に目立つのでは。狙ってやっているのでしょうか。
リンクしてくださっている動画視聴いたしました。幸田延:ヴァイオリンソナタ 第1番 変ホ長調」は、作曲者を知らなければまったく普通のクラシック曲の聴こえます。優雅で美しいメロディですね。
東京藝術大学は本当にいい芸術家を輩出しますね。わたし藝大の前を何度となく通り(笑)、イベントだか何だかをやっている時には中に入ったこともありますが、東大などとはまったく違った雰囲気を感じました。従弟に東大や慶応卒がいるんですが、どうにも俗物で。もちろんそうした大学にも俗物でない人たちもいるのでしょうが、藝大の場合は前提として「俗物的」でないイメージがあります。もちろん中には俗物的でない表向きで中身は俗物の人もいるでしょうが。
アニメの『赤毛のアン』を観たことあるかどうかは定かでなですが、このオープニングテーマ。わたしなどは教えていただいて聴いたからこそ(なるほどこれはなかなかの曲)と感じるけれど、知らずに聴いたら普通のアニメテーマ曲と思ったかもしれません。でも確かに豊かな複雑性を持ちつつもポップな雰囲気のあるいい曲ですね。
現代音楽というもの自体、敷居が高いという以前に、一般の人たちはそうした音楽世界があることを生涯知らずに終わっているというイメージがあります。同じく(難解、意味不明)のイメージが強い現代美術ですが、しかしこちらの方が一般の生活の中にインテリアなどの形で入り込んでる感はあります。
「旺盛な知識欲」というのは今まさに日本に大きく欠落している情動ですね。何と言いますか、現代音楽でなくとも映画にしても、「気軽にたのしめ、気軽に感動できた気分になるもの」が好まれて、少しでも「深さ」や「重さ」を感じさせる作品はもとより除外している人たちが多いです。

カセットのソフトが復活してるのですか!あれって持ち運びなどは便利なのですが、テープなので緩んだり巻きついたりするリスクがありました。それと確かLPと同額で、ジャケットのインパクトなどを考えたら格安にしてほしかったです。LPジャケットって、美術品に準ずるくらいの美しさがありますからね。

ラウドな音、わたしも好みです。もちろん今は様々な音楽の中でバランスを取ってますが、原則「(いわゆる)日常性を大きく逸脱する芸術」が無ければ生きていけません(笑)。

by 末尾ルコ(アルベール) (2022-04-15 19:05) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

表紙がモノクロ写真なので時代がかった印象がありますが、
確かに狙って作ったのかもしれませんね。

大学によってどのような人物が多いのかはよくわかりませんが、
幸田延は日本の西洋音楽史の黎明期において
最も重要な人だと思います。
ボストンとウィーンと両方で学んだというのもすごいですし、
後進への教育に対しても名前が出てきます。
NHKの2020年の朝ドラ《エール》は古関裕而がモデルですが
このドラマに三浦環が出てきました。
柴咲コウが演じていた双浦環です。脚色はされていますけど。

一般的に現代音楽と呼ばれるジャンルは
音そのものよりも理論のほうが勝ってしまっていて
難解という評価を受けてしまいがちな部分があるようです。
現代音楽の作曲家も自分が本来やりたい技法で作曲しても
曲が売れずに、たとえば映画音楽などを書いていたり
という傾向はよくあったようです。
武満徹もそうですしショスタコーヴィチもそうです。
それと武満徹の作品が優れているのはともかくとして
あまりにもネームヴァリューが偏ってしまっているのは、
つまり武満の一人勝ち状態なのはどうかなとも思います。
それと日本の場合、難解な曲を書く現代音楽作曲家と
わかりやすい曲を書くポップス系の作曲家という構造が
あまりにも極端に出過ぎてしまっている弊害もあります。
ボリス・チャイコフスキーみたいな
面白さを感じる境界線上の作曲家が出てきてもよさそうなのに
とも思うのですが、そのへんは旧態依然ですね。

カセットテープは時代遅れということで
一時、ほとんど無くなってしまいましたが、
最近はやや復活しているように思います。
全然無くなってしまった頃もカセット・メディアを出していたのが
綾小路きみまろで、お年寄りにはカセットが
取り扱いの上で一番易しいからなのでしょうね。
ただカセットの基本的メンテナンスとして
移動の際には必ずケースに入れることが必要です。
もっといえば聴くとき以外は常時、ケースに入れて
テープを固定することです。
裸のままだとテープが緩んでしまいますから。
by lequiche (2022-04-19 02:32)