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『NIAGARA TRIANGLE Vol.2 読本』を読む [本]

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別冊ステレオサウンドの『NIAGARA TRIANGLE Vol.2 読本』が面白い。
全く広告の入っていないいわゆるムック本だが、関係者へのインタヴューなど中身が濃くて、さすがステレオサウンドと思わせる。

その中で一番面白かったのは金沢明子へのインタヴューである。金沢明子は大瀧詠一の企画した《イエロー・サブマリン音頭》の歌手である。原曲はビートルズの〈イエロー・サブマリン〉であり、それを音頭に編曲してしまったというトンデモな曲であり、当時、ビートルズ原理主義者からは悪ふざけだと大顰蹙をかったことでも知られる。

この作品の成立経緯についてはwikipediaなどにも記述があるが、金沢明子の発言からはやや違ったニュアンスが聞き取れる。以下はその概略である。

金沢はビクターのプロデューサーの飯田久彦から 「ビートルズのイエロー・サブマリンを音頭でカヴァーするという企画があるんだけど、やってみませんか?」 と言われた (飯田久彦というのは日本のポップス黎明期の歌手で〈悲しき街角〉〈ルイジアナ・ママ〉などのヒット曲があるが、このときはすでにビクターでプロデューサーをしていた)。
だがその時点では曲も詞も別のものがついていて、とりあえず企画を通すためのデモ曲のようだった。ここで気がつくのは、最初から 「音頭でカヴァーする」 という意図でかたまっていたようなのである。ところがそれを飯田久彦が大瀧詠一に聴かせたところ、「やるんだったら僕にやらせてよ」 という話になり、大瀧がやることになった。金沢が知っている経緯はそういうものだという。

だが金沢はそのとき、大瀧詠一という人がどういう人かを知らなかった。《A LONG VACATION》がヒットしていた頃だったが、ジャンルの違いもあって、金沢にとってはまだ未知の人だったのである。だが松田聖子の〈風立ちぬ〉も大瀧の作曲だと知って、だんだん 「すごい話かも」 と思うようになった。

そしてレコーディング当日。金沢はまだ大瀧の顔さえ知らなくて、スタジオに入ったらジーンズを穿いて赤鉛筆を耳にはさんだ競艇場にいそうなおじさんがいて、この人誰だろう? と思ったらそれが大瀧詠一だった。《A LONG VACATION》のイメージからすると意外だったとのこと。

曲のアレンジは萩原哲晶で本人もスタジオにいたが、金沢は萩原のことは知っていた。萩原哲晶はクレージーキャッツの編曲者として有名だったからである。大瀧と萩原は録音の数ヶ月前に知り合い、クレージーキャッツのファンだった大瀧が萩原に編曲を依頼したのだとのこと。

さて、いざ録音となって、インタヴューアーの湯浅学が 「何テイク録音されたんですか」 と金沢に聞くと 「1テイク」 なのだという。正確にいうと1.5テイクくらいで、途中まで歌ったら、じゃ本番、ということになった。
なぜ1テイクなのかというと、大瀧から 「空いてるトラックがもう1コしかないんですよ。だから一発OKでよろしくお願いしますね」 と言われたからだとのこと。そしてさらに 「コブシを入れて」 「思いっきりやってください」 とも。ビートルズの曲なのにそんなことをしてもいいのか、とか、We all live in a yellow submarineの部分の英語に自信がなかったが、もうやるしかないと覚悟を決めた。

そしてスタジオのブースで歌い出したら、いままで見えていたガラス越しの人たちが皆、消えてしまった。どうしたのだろうと思っていたのだが、スタッフ一同、しゃがみこんで大爆笑していたのだそうである。
歌い終わってWe all live in a〜のところがぎこちないので、歌い直したいと思ったのだが、大瀧が 「これでいいんです」 というのでそれで終了となってしまった。

インタヴューアーの湯浅学は、トラックがもう無いなどといったのは大瀧のウソで (最も重要なメインの歌のトラックに予備がないはずがない)、金沢に緊張感を持って、さらに先入観無しに歌ってもらいたかったからなのだろうという。

リリース後、金沢が思っていた以上に話題になったが、ビートルズ・ファンから 「ビートルズをバカにしているのか」 とか、ビートルズ・ファンだった金沢の姉からも 「あんた何やってるの?」 と鼻で笑われたりした。
ところが《イエロー・サブマリン音頭》を聴いたポール・マッカートニーは、最後まで聴いてから立ち上がって拍手をしてくれたのだという。原則として歌詞の変更が認められないビートルズの楽曲としては異例の措置である。

この曲は当初、《NIAGARA TRIANGLE Vol.2》の最後のトラックに入れられるはずだった。また、この曲の編曲が萩原哲晶にとっての遺作となった。

とりあえず今回は《イエロー・サブマリン音頭》の話題だけで終わってしまいましたが、まぁいいでしょう。


NIAGARA TRIANGLE Vol.2 読本 (別冊ステレオサウンド)
(ステレオサウンド)
NIAGARA TRIANGLE Vol.2 読本 (別冊ステレオサウンド)




NIAGARA TRIANGLE Vol.2 40th Anniversary Edition (通常盤)
(SMR)
NIAGARA TRIANGLE Vol.2 40th Anniversary Edition (通常盤) (特典なし)




金沢明子/イエロー・サブマリン音頭
https://www.youtube.com/watch?v=CBML0RP5tg8

原田知世/A面で恋をして
https://www.youtube.com/watch?v=Fdjiq-uq7iE

Buddy Holly/Everyday
〈A面で恋をして〉の元ネタと思われる曲
https://www.youtube.com/watch?v=GEE2TyadgEM
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コメント 10

ゆうのすけ

このシングルは 発売当初になんか面白そう!と思って買いました。
今でも持っているんですが 周りでは評判良くなかったんですよね。
私は熱狂的な ビートルズ世代ではない(カーペンターズの世代ですね。)ので そんなにいけないことなの?!なんて思ってたら 一時市場でも結構な高値で取引されてたんですよね。^^;
私もこのところ 宝島社から出てた古いムック本(大瀧詠一・山下達郎・佐野元春を深堀した。)を読み返してました。
大滝さん 忙しくなってきている時期なのに 結構入れ込んでたようですね。^^♪~
by ゆうのすけ (2022-04-20 14:35) 

末尾ルコ(アルベール)

金沢明子って名前はずっと前からよく知ってたんですが、最も有名な曲が「イエローサブマリン温度」なんですね。しかもチャートでは64位が最上位だそうで、それが結局ずっと聴き継がれる楽曲となったのは、大瀧詠一はじめスタッフたちの力と慧眼だったのでしょうか。確かに一度聴くと忘れ難いインパクトはありました。

>赤鉛筆を耳にはさんだ競艇場にいそうなおじさん

これ、インパクトありますね。あの大瀧詠一が耳に鉛筆を。耳に鉛筆やペンを挟むという文化(笑)自体無くなっていますからとても新鮮です。わたしもやってみようかな~(笑)。
「イエローサブマリン音頭」は作詞が松本隆ですよね。さすがにツボを押さえた歌詞だと思います。



>音そのものよりも理論のほうが勝ってしまっていて

なるほどです。聴く前から解説が必要なイメージはありますね。それにしても現代音楽の作曲家って、自分の音楽を(難解である)と思いつつ作っているのでしょうか、それとも難解な作品を作っているつもりはないのに、結果的にそんなイメージになっているのか。哲学などが難解であるのは分かりますが、音楽は本来、鑑賞者のすべきは「聴くのみ」ですから、どんな音楽でも心の持ちようで愉しめる気もします。鑑賞者の心構えも問題になるのでしょうね。

カセットテープをケースに入れずに使いものにならなくなったこと多々ありまして、それでもたまに忘れちゃうという不束なヒヨコです、わたし。
そう言えば以前よく言われてたのは、レコードだとジャケットから慎重に取り出して慎重にプレイヤーにかけるという過程どのものが儀式的であり、音楽に対するリスペクトなどに繋がっているという。これはまさにその通りで、レコード以外ではまず感じることのできない精神のありようですよね。敢えて面倒なことをやる中に、人間精神にとって大切なものも多くありそうです。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2022-04-20 19:34) 

NO14Ruggerman

「イエローサブマリン音頭」・・非常に懐かしいです!
しかし大瀧詠一がプロデュースしたとは全く知りませんでした。
私の中で点と点で把握している事柄が線で結ばれ、さらに線と
線の繋がりが面を形成していることが後になってわかることに
とても快感を覚えます。
by NO14Ruggerman (2022-04-21 09:41) 

lequiche

>> ゆうのすけ様

リアルタイムでシングルを買われたんですか!
さすが、ゆうのすけさんです。
実は私は〈夢で逢えたら〉のような曲でも
大瀧作品だと知ったのはずっと後になってからです。

大瀧さんはクレイジーキャッツみたいな
お笑いがとてもお好きでしたから、
萩原哲晶さんに編曲してもらうということで
すごく舞い上がっていたのだと思います。
この〈イエロー・サブマリン音頭〉の編曲はすごいです。
by lequiche (2022-04-22 02:50) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

〈イエロー・サブマリン音頭〉は最初の構想では
山田邦子に歌わせるつもりだったらしいのですが、
大瀧さんが 「それだと曲を聴く前に
名前でお笑いだということがわかってしまう」 ということで
演歌歌手の中で金沢明子を選択したとのことです。

競艇場のおじさんというのは
多分、金沢明子に対する大瀧さんのおふざけです。
マジメそうな顔して実はふざけている、
あるいは、ふざけているようにみえて実はマジメ、
というのが大瀧詠一の真骨頂と言われています。

私の知っている範囲内では、
現代音楽を難解だと思って作っている作曲家はいません。
結果としてそれが難解に聞こえるだけです。
では何をもって難解とするか、その基準が問題になります。
歌謡曲のほうが現代音楽よりわかりやすいというのは
歌謡曲の持っているパターンとか進行に普段から慣れていて、
それに沿った音づくりになっているから
聴いた時、わかりやすい音楽に聞こえるというだけです。
慣れていない音構造に対して敷居が高く感じるというのは
不慣れなものに対する不安感に他なりません。

カセットテープというのはごく扱いやすいメディアで、
たとえばオープンリールのテープの場合だったら
早巻きで巻き取った場合、テープがきちんと揃いませんから
そのままにしておくとテープがダメになってしまいます。
アナログレコードの扱い方もCDに較べたら
かなりむずかしいですね。
日本人も昔に較べると平均的にいって不器用な人が
多くなっているような印象があります。
by lequiche (2022-04-22 03:15) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

私も最初は知りませんでした。
つながりが無いと思っていたことが
有機的につながっていたことに気付くというのは
なかなか面白いことです。

《NIAGARA TRIANGLE Vol.2》は
大瀧詠一、佐野元春、杉真理の3人で作ったアルバムですが、
以前の記事にも書きましたように
佐野元春と佐藤奈々子、杉真理と須藤薫という関係性があるので
私が書いた佐藤奈々子や須藤薫の話題は
ナイアガラVol.2に持っていくための伏線でもあったのです。

《NIAGARA TRIANGLE Vol.2》には
〈彼女はデリケート〉という佐野元春の曲がありますが、
これは沢田研二のアルバム《G.S.I LOVE YOU》(1980)
に入れるために書かれた曲のセルフカヴァーです。
沢田研二はグループサウンズ〜歌謡曲の人ですが、
ずっとたどっていくとジャンルの境界線上の作品があり、
面白いなと思いました。

たとえば沢田研二のアルバム《いくつかの場面》(1975)
の中に〈あの娘に御用心〉という曲がありますが
これは大瀧詠一・作詞作曲です。
さらにいえばこの〈あの娘に御用心〉というタイトルは
ハーマンズ・ハーミッツの1965年の作品
〈A Must to Avoid〉の邦題なんです。
もっとも曲は全く違うのですがタイトルだけパクっています。
by lequiche (2022-04-22 03:35) 

ぼんぼちぼちぼち

えーっ?!ポールが聴いてくれて、しかも肯定してくれたのでやすか?!
この曲、あっしもやっぱり笑っちゃった派なんでやすが、捨てたもんじゃないんだなあ。
そういえば、蕎麦屋とか居酒屋とかに行くと、たまに和楽器のビートルズの楽曲が流れてやすね。
やっぱあれも、ちょっと笑ってしまいやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2022-04-22 15:30) 

猫毬

とても耳に残っています♪w懐かしい~^^
大瀧さんのプロデュースだったんですねぇ…
さすが♪ですねぇ。
どのような楽曲でも「らしさ」出ていて、
なるほど~。たしかに~。と感じました(;^ω^)
by 猫毬 (2022-04-23 00:36) 

lequiche

>> ぼんぼちぼちぼち様

笑っちゃうように作ってあるので
笑っちゃっていいんです。
ポールはシャレがわかったのでしょうし、
この楽曲のスゴさもわかったんだと思います。
萩原哲晶さんの編曲が凝っていて楽しいですね。
イントロにちらっと〈錨を上げて〉のメロディが入って
それからタンタランタ、タンタランタと半音ずつ下がって行って
歌のアタマに到達するこの技巧、最高です。(^o^)
和楽器のビートルズですか。聴いたことないですけど
今だったらそういうのもあるんでしょうね〜。
by lequiche (2022-04-23 05:50) 

lequiche

>> 猫毬様

大瀧作品の中でも最も優れた楽曲ですね。
編曲もすごいんですが歌詞もすごいです。
他に大瀧詠一作品で有名なのは
三ツ矢サイダーのCMです。
これは幾つもヴァージョンがあります。

大瀧 詠一/CIDER ‘73 ‘74 ‘75
https://www.youtube.com/watch?v=myF6KTi3Ckk
by lequiche (2022-04-23 05:53)