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封印された未明の光 — バイバ・スクリデのシューマン・コンチェルト [音楽]

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バイバ・スクリデのOrfeo盤の3枚目であるシューマンのコンチェルトを聴く。
シューマンのヴァイオリン協奏曲はd-moll WoO 23という1曲しかなくて、このCDに入っているもう1曲のa-mollの協奏曲 op.129はチェロ協奏曲を自身で編曲したもの。そしてヴァイオリンとオーケストラのためのファンタジィ op.131が2つの協奏曲の間に挟まっている。

この作品はいわゆるシューマン晩年の伝説のまつわる曲のひとつであり、作曲年度は1853年、それはシューマンの死の3年前である。伝説とはつまりこの曲がヴァイオリニストであるヨーゼフ・ヨアヒムのために書かれたものにもかかわらず、クララ・シューマンもヨアヒムもこの曲を演奏不能とし封印してしまった経緯があり、そして作曲年から84年経った1937年にやっとのことで初演されたという過去である。

シューマンの最後の曲であるピアノのための《主題と変奏》も同様にして忌み嫌われた作品であり、出版されたのは1939年である。とりあえず残った作品があったことだけでも僥倖であり、その他の晩年の作品の多くがクララによって廃棄されたといわれる。
それはシューマンが次第に精神に異常をきたしてきたためであった。シューマンの晩年については種々の週刊誌的逸話があるがそれは割愛する。

そうした先入観を持ってこの曲を聴くのはどうなのかという疑問もあるのだが、とりあえずスクリデの演奏を主眼とした聴き方をしてみる。スクリデはやや抑制のきいたアプローチで冷静に曲を進めて行く。
ヨアヒムが封印した理由のひとつとして演奏不能な記譜だったからというのがあるが、スクリデの演奏からはそうした印象は感じられない。それは当時よりも演奏レヴェルが上がっているためなのか、それとも不可能な部分を誰かがあらためたためなのか、というのが不明である。

曲全体の構成は非常に美しい。だが美しいけれど、なにか空虚なものを感じる。その空虚さはずっと在り続けるのでなく、通常の音楽の流れのなかに、ときどき 「過ぎる影」 が現れるような気がする。
具体的にいえば第1楽章のソロ・ヴァイオリンが出るまでのオーケストラの前奏がとても不穏だ。これを不穏と感じるかどうかがリスナーの聴き方の分かれ目となる。第2楽章は比較的柔らかな緩徐楽章で、そこからアタッカで第3楽章につながるのだが、このつなぎかたがちょっとだけ違和感がある。楽理的に間違っているとかそういうことではなくて、聴いていての印象がそうなのである。ちなみにその近くに戻って、つなぎ目だけを聴いてみると別に変ではない。だがずっと曲の最初から聴いてきてアタッカにかかるとなんとなく変なのである。
第3楽章が一番問題であって、表面的にはリズミックな明るい曲想のように見えて、ところどころソロ・ヴァイオリンとオーケストラが合っていない。合っていないというのは演奏が合っていないとか、音が間違っているというのではなくて、もちろんシューマンの楽譜通りに演奏しているのだろうが、イメージとして、ときどき尋常でない音のつながりかたをするように感じられる部分があって、それはあたかも気が遠くなる間際に聞いたデジャ=ヴの記憶のように、曖昧さの中を漂っている。
そうした楽譜上にあるシューマンの、あえていってしまえば、垣間見える狂気とか錯乱みたいなものをスクリデは正確に再現しているように思える。でもその狂気に見えるものは実はシューマンが新しいイメージを表現しようとして書いたものなのかもしれないし、私の単なる思い込みなのかもしれない。シューマンのオーケストレーションにはクセがあり、その鳴らし方が妙な印象を増長させているのに過ぎないのかもしれないとも思うし、ぼんやりと聞いていると、単に美しいコンチェルトにしか聞こえないことも確かである。

同時期に書かれたファンタジィ op.131 には、しかしこの不穏とか錯乱のようなものは見られない。ごく普通な構成を持った曲である。だからやはりd-mollのヴァイオリン協奏曲に特有のなにかがあるのではないかと思うが、それを具体的に指摘できないもどかしさだけが残るのだ。
ただ、ではこれが駄曲かというと決してそういうことはなくて、魅入られて引き込まれてしまいそうな美が存在する。しかしクララがこの曲を世に出さないようにしたという気持ちもわかるのだ。身近にいた彼女にとって、音の醸し出すなかに、感覚に突き刺さるいたたまれない表情があったのでそれを封印したかったのだ。そうした一種のアブナイ雰囲気がときどき出現するのがこの曲の特徴といえるのかもしれない。

スクリデはこの曲ではウィルヘルミではなく、クレーメルの弾いていたエクスバロンというストラドを使用しているとのことだ。そのクレーメルがこのシューマンをどのように弾いているのか聴き較べてみたいと思ってYouTubeを探したらあったのだが、スクリデの演奏とはかなり違う。クレーメルの演奏だとシューマンの脆うさは私の耳には聞こえて来ないのだ。逆にいえばクレーメルはシューマンを自分なりに解釈してから確信を持って演奏しているというふうに感じられる。


Baiba Skride/Schumann: Violinkonzerte
シューマン : ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 WoO23 | ヴァイオリンのための幻想曲 ハ長調 | チェロ協奏曲 イ短調 Op.129 (ヴァイオリン編曲版) (Robert Schumann : Violin Konzerte, Phantasie / Baiba Skride, John Storgards) [輸入盤・日本語解説付]




スクリデのシューマンはYouTubeに無いのでベルクのごく一部を:
Baiba Skride/Berg: Violin Concerto (trailer)
https://www.digitalconcerthall.com/en/concert/1626

Gidon Kremer/Schumann: Violin Concerto
https://www.youtube.com/watch?v=B6PhXvryx2s
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ネオ・アッキー

明けましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になり感謝しております。 今年も宜しくお願い致します。
by ネオ・アッキー (2015-01-03 07:23) 

ぽちの輔

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします^^
by ぽちの輔 (2015-01-03 07:58) 

lequiche

>> ネオ・アッキー様

あけましておめでとうございます。
こちらこそ参考になる記事を、いつもありがとうございます。
全然知らないのに文字で読むだけでプリキュアが結構楽しかったりします。
CCさくらだったら知ってるんですけど。(^^;)
by lequiche (2015-01-04 04:26) 

lequiche

>> ぽちの輔様

あけましておめでとうございます。
わざわざお越しいただきありがとうございます。
こちらこそ今年もよろしくお願い致します。
by lequiche (2015-01-04 04:27) 

Loby

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

by Loby (2015-01-05 05:06) 

lequiche

>> Loby 様

あけましておめでとうございます。
コメントありがとうございます。
今年も楽しいブログを心待ちにしております。
どうぞよろしくお願い致します。
by lequiche (2015-01-06 11:47) 

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