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コパチンスカヤを聴く・2 [音楽]

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前回のブログはほとんどウストヴォリスカヤのことに終始してしまったので、今回はコパチンスカヤの演奏について書いてみたい。

パトリツィア・コパチンスカヤ Patricia Kopatchinskaja は1977年生まれのモルドヴァ共和国の首都キシナウ (Chişinău) 出身のヴァイオリニスト。彼女のハイテンションな弾き方は常にセンセーショナルな話題を提供しているといってよい。
現代曲の場合はそのテクニックと曲のコンセプトがうまく合うことが多いので、非常に印象的な演奏となる。たとえばプロコフィエフのコンチェルトについてはすでに以前のブログに書いた (→2014年08月04日ブログ)。

では、もっと時代を遡った伝統的な有名曲の場合はどうなのか。たとえばファジル・サイとのCDではベートーヴェンのクロイツェル・ソナタを弾いている。
最初に聴いたときは、まさに 「なにこれ?」 状態だった。このCDが発売されたとき、評論家の間では毀誉褒貶というか、むしろ否定的な意見が多かったらしい。

難点としてよく言われているのが、音が細いということ。私の印象では、細いのではなくて、音域によって音の強さが一定ではなくて、しかもベタッとした厚手の音色でないために、よけいにエキセントリックさが強調されてしまうことがある。美音かどうかというと、どちらかといえば美音ではない。
クロイツェルではその欠点がよく見えてしまい、まるでポピュラー音楽のような刺激的な捉え方で、しかも音はがさがさしていて、速いパッセージではサイと全然合っていない。固い考え方をすればこんなのはベートーヴェンではない、という人もいるだろう。
ところがamazonなどの購入者評を見ると絶賛ばかりなのである。ああそうなのか、と気がついた。確かに今までの伝統的ベートーヴェン観からすれば、この演奏はとんでもなく外れているのかもしれない。でも、どう聴いてもこれはコパチンスカヤなのだ。その個性の顕示力は驚くべき強さである。そう、だからピアノとヴァイオリンが多少合っていなくてもいいんだ、という見方もできるのである。

そういうふうに聴いてみると、たとえばプロコフィエフだって、オイストラフの弾くのとは随分違う。なによりコパチンスカヤの弾き方は楽しみに満ちている。だから、こういうのも 「あり」 なんだ、ということなのだ。ヘレヴェッヘとのベートーヴェンのコンチェルトも賛否両論の演奏のようだが、ベートーヴェンがこのように演奏されている自分の曲を聴いたら、カンカンになって怒るか、それともオモシレー! って喜ぶか、どちらかだろう。中間は無い。

それでいてバルトークの〈ルーマニアン・フォーク・ダンス〉はもっとジプシー・ヴァイオリンみたいになるかと期待していたら、結構普通だったりする。
ただ、プロコフィエフのコンチェルトだって、相当余裕を持って理解して弾いていることは確かだ。だから聴いていても晦渋でも難解でもなくて楽しい。音楽としての喜びがある。近現代の音楽が難しく聞こえるのは演奏者が作品の構造をわかっていないで譜面を追っているだけの場合によく起こる現象である。

随分以前、それは坂本龍一がポゴレリチのコンサートに初めて行ったときなのだろうと思うが、その感想を 「なんだありゃぁ」 とか 「のけぞりましたね」 というように言っていたのを覚えているが、それは一種の羨望をまじえた褒め言葉に違いなくて、コパチンスカヤのクロイツェルなども同様のインパクトがあるのに違いない。
ポゴレリチは最初のアルバムこそショパンだったけれど (それはショパン・コンクールで落選して、アルゲリッチが審査員をおりてしまったという例の大騒動があったのだからショパンで当然なのだが)、その後がベートーヴェンの32番ソナタで、いきなり32番というのがポゴレリチらしいと今なら思える。
同様に、ランランもよく曲芸ピアニストのようなことを言われ、今でもまだ言われているかもしれないが、何かのコンサートのアンコールで、誰の曲だったかも忘れてしまったのだけれど、非常にゆっくりとしたその曲を緊張感の持続したタッチで正確に弾ききっているのをYouTubeか何かで見て、この人ただものじゃない、とあらためて思ったことがある。
つまりテクニックありきの人はどうしてもその面を強調して見られてしまいがちだが、音楽にはもちろんテクニックは必要だけれど、テクニックはその到達点ではないのである。

コパチンスカヤにはティグラン・マンスリアンを弾いたECM盤があるが、YouTubeではヘレヴェッヘとの〈Romanze〉を聴くことができる。このマンスリアンはいつものコパチンスカヤとちょっと違っていて美しい。


Kopatchinskaja | Say (Naïve)
Kopatchinskaja / Say




Patricia Kopatchinskaja/Prokofiev & Stravinsky Violin Concertos (Naïve)
Stravinsky; Prokofiev: Violin Concertos




Patricia Kopatchinskaja/Mansurian: Romanze
https://www.youtube.com/watch?v=WlUI75DaaVY

Patricia Kopatchinskaja & Fazıl Say/Beethoven: Kreutzer Sonata No.9
https://www.youtube.com/watch?v=OF9fneQ50Us
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コメント 4

リュカ

この人、美人さんですね^^
昨日、コパチンスカヤさんをiTunesで検索してみたのですが
英語(?) が読めなくて、コパチンスカヤさんの曲なのかよく分からず(笑)
家に帰ったらリンク先の youtube 聴いてみます!
by リュカ (2015-01-28 11:10) 

lequiche

>> リュカ様

なかなか魅力がありますね。
動画を見ると、迫力も結構ありますけど。(^^)

リンクしたマンスリアンという作曲家は1937年レバノン生まれで、
あまり知られてないですが注目すべき作曲家のような気がしてます。
私の偏愛するエル=バシャというピアニストもレバノン人なので、
レバノンというのは私にとって
一種のキーワードみたいにもなっています。
by lequiche (2015-01-29 05:16) 

e-g-g

ウストヴォリスカヤもコパチンスカヤも耳にしたのは初めてです。
どちらも、きっと何度も聴くことになるのでしょう。
コパチンスカヤについてはご案内のクロイツェルソナタ、
そしてYoutube繋がりで、シューベルトのソナタも聴いてみました。
若い頃は、クラシックの演奏家もかなり熱心にチェックしていましたが、
昨今はすっかり縁遠くなってしまいました。
こちらのような記事に出会えて、
未知の音楽に触れられるのは嬉しいですね。
by e-g-g (2015-02-17 17:19) 

lequiche

>> e-g-g 様

そのように言っていただけると私も嬉しいです。

ウストヴォリスカヤは最近の流行みたいなものなので、
まだ私もよく知りません。
ある意味、作品全体から漂う自閉的な雰囲気もあり、
あまりに遅過ぎた評価という面もあって興味がありますね。

コパちゃんも、あれこれ言われてますが、
基本的な音楽性とテクニックは相当なものだと思います。

音楽でも何でもそうですが、自分の心の中にも流行があって、
熱心さがときによって変わるのは仕方がないですね。
私も浮き沈みがあります。
でも継続は力なりで、たとえ細くてもずっと途切れないほうが
結果として知識の蓄積になると考えています。
by lequiche (2015-02-18 01:11) 

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