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唐十郎『ビニールの城』 [シアター]

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唐十郎 (1983/NHKアーカイブスより)

タイトルがカッコイイと思ってどんな内容かも知らずに観た映画がある。それは清水邦夫・田原総一朗による《あらかじめ失われた恋人たちよ》で、まだ映画にもその他の芸術作品にも疎い頃だったし、それに今だったら 「あらかじめ失われた恋人たちよ」 というタイトルに反応するかどうかは微妙で、むしろ気恥ずかしい過去の記憶に過ぎないのかもしれない。どこだったか忘れてしまった名画座で観客もごく少なかった。

結局、その映画がどういうことを描いているのか、理解力の足りなかった当時の私にはよくわからなかった。主演は石橋蓮司と加納典明、そして桃井かおりで、ストーリーは忘れてしまったが、石橋蓮司の一種の狂言回し的な演技が強く印象に残っている。この映画は桃井かおりの2作目の出演映画で、だがたぶん私はこの映画より前に《もう頬づえはつかない》を観ていたような気がする。でもその映画の記憶も全くなくて、YouTubeで予告編など観ても何も思い出せず、コップの水をこぼすシーンしか覚えていない。
《もう頬づえはつかない》はたぶん《サード》を観て、東陽一つながりで観たのだと思う。《サード》はいかにも寺山修司らしい脚本だった。意味のないような祭りのシーンに、たまらなく寂寥を感じる。

さて、その石橋蓮司だが、青俳、現代人劇場、櫻社を経て1976年に緑魔子と劇団第七病棟を結成する。第七病棟は唐十郎、山崎哲の作品を上演していたが、劇団の4回目に上演されたのが唐十郎の『ビニールの城』である。

同公演は浅草の映画館であった常盤座 [ときわざ] で上演されたのだが、このとき常盤座は閉館しており、そうした会場を使うのが第七病棟の戦略でもあった。客席は比較的傾斜の急な、見やすい客席で、私は演劇好きの知人らに誘われて初めて第七病棟を観たのだが、例によってストーリーはほとんど覚えていないが、とても美しい舞台だった。唐十郎の舞台は、本人の状況劇場に限らず、その視覚的印象が強く印象に残る。ストーリーは忘れているのに、そのシーンの印象だけはいつまでも心に残るのだ。
その日、私たちの席の後ろの列の席に、なんと唐十郎が座っていて、後ろから見張られているようで、私たちはビビッてしまった。芝居が終わったとき、満員の客と一緒に大拍手をしたのはもちろんである。だが、唐十郎を見かけたのはそれだけではなくて、ごく小さな劇団 (劇団名も忘れてしまった) で観客が20人くらいしかいない公演を観に来ていて、勉強家だなぁと思ったものである。

唐十郎の戯曲は戯曲だけで完璧に完成している作風で、冬樹社版の『唐十郎全作品集』は再読に耐えうる稀有の戯曲集成である (全巻完結していないのだが冬樹社は無くなってしまった)。
状況劇場の芝居では唐十郎本人が出てくると、それはまさに観客への大サーヴィスで、とてもウケた。あの雰囲気は何だったのだろう。もっとも最近、演劇鑑賞から私は遠ざかってしまったが、あの唐十郎がもう観られないのだと思うと語るべき言葉もない。


劇団唐ゼミ/第15回・下谷万年町物語 (初演}
https://www.youtube.com/watch?v=37B2TaEp2zw

NHK このひとこのまち/下谷万年町寸劇
https://www.youtube.com/watch?v=pVv5FMgWUmc

蜷川幸雄・演出/下谷万年町物語
https://www.bilibili.com/video/BV19u4m1g7iP/

〈参考〉
偶然だが HOMINIS 2024年05月06日の記事に
映画《もう頬づえはつかない》の解説が載っている。
https://hominis.media/category/actor/post12222
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末尾ルコ(アルベール)

唐十朗の演劇には縁のなかったわたしにとって彼はまず「佐川君からの手紙」の芥川賞作家でした。なにせ題材が題材でしたからわたしの周囲でもけっこうな話題で、読んでた者も何人かいました。ただ、猟奇的内容を期待していた向きには肩透かしだったようです。
今回の死去に対して麿赤兒もコメントを出してますね。わたし不明を恥じねばなりませんが、麿赤兒は大森立嗣、
大森南朋の父親だったのですね。なんと今まで知りませんでした。
「あらかじめ失われた恋人たちよ」は未見です。観てみたいと思います。若き日の石橋蓮司、桃井かおりが見られるだけでも大いに価値ありですからね。「もう頬づえはつかない」は同時話題性も十分でしたね。でもわたしも内容、よく覚えてないんです。こちらも近々鑑賞予定です。


如月小春「都会の生活」、聴きました。「Neo-Plant Nega」と「Neo-Plant Posi」、ものの見事に坂本龍一の世界ですね。気持ちいいです。勢いに乗って、久々に「エスペラント」と「未来派野郎」も聴きました。やはりいい、素晴らしい。
で、「未来派野郎」のお記事ですが、「イノセント」、久々に観ようと思ってたところなんです。実はわたし、「家族の肖像」 と「イノセント」は日本封切り時に映画館で鑑賞してまして、当時はもちろん理解できてなかったですが、最も幸福な映画体験のひとつとしていつまでも記憶に新しいです。lequiche様と同様、蓮実重彦も「イノセント」をヴィスコンティの最高と見なしてますね。
RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2024-05-06 10:30) 

kiyotan

清水邦夫・田原総一朗この取り合わせで映画他にも
あったと記憶しています。
清水邦夫さんの戯曲のタイトルすごく長かったですよね。
懐かしいな
by kiyotan (2024-05-06 22:13) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

『佐川君からの手紙』は良く書けていましたが
そんなに衝撃的な内容ではなかったですね。
芥川賞は必ずしもその作家の傑作に与えられるとは限らない
という感じがします。
どちらかというと年功序列で、
何回か候補にあがっていたからそろそろ今回は……
みたいな。

状況劇場に在籍していた頃の麿赤兒は知りませんし
大駱駝艦も一度しか観たことがありませんが、
存在感のある役者ですね。
鈴木清順の《ツィゴイネルワイゼン》にも
出演していましたし。
ちなみに《ツィゴイネルワイゼン》は新宿を歩いていたら
チラシをもらってシネマ・プラセットのテントで観ました。
立派な円筒型のテントでしたが。

清水邦夫と田原総一朗はこのコンビで
幾つか作品があると思います。
《あらかじめ失われた恋人たちよ》は今観ると
古色蒼然という感じがするかもしれませんが
歴史のなかの作品のひとつとして認識できると思います。

坂本龍一は本人のアルバムだけでも大変な量ですし、
全部は聴ききれていませんのでなんともいえませんが、
《エスペラント》と《未来派野郎》はヘヴィーで硬質な音作りで
かなり好きなアルバムです。
あと、私は《/05》みたいなセルフカヴァーも好きです。
それと最近、commmonsの《Year Book》が
結構重要なのだということを教えられました。
坂本龍一はまだまだ登りきれない高峰です。

蓮實先生も《イノセント》を評価していますか。
当然といえば当然ですが。
実は《イノセント》はメディアを持っていないのです。
またそのうち再発されるのを期待しているところです。
by lequiche (2024-05-06 23:19) 

lequiche

>> kiyotan 様

清水邦夫のタイトルは長いのが多かったですね。
「ぼくらが非情の大河をくだる時」 とか。
でも清水邦夫の演劇は観ていなかったような気がします。
記憶が曖昧なのですが、たぶん。

山下洋輔トリオが早大のバリケード内で演奏した
《DANCING古事記》というアルバムがありますが、
これは当時12チャンネルのディレクターだった
田原総一朗が仕掛けたものです。
by lequiche (2024-05-06 23:19) 

ぼんぼちぼちぼち

唐さん、亡くなってしまいやしたね。
もうかなりのお年になられていたから、いつこのようなことが起きてもおかしくないな、とは思っていやしたが。
第七病棟は、一回、観にいったことがありやす。石橋蓮司さんも緑魔子さんも好きなので。
唐さん演出の作品で、一番いいな!と思ったのは、佐野史郎さんの一人芝居「マラカス」でやすね。
唐さんならではのノスタルジーが強く打ち出された作品でやした。
唐さんの戯曲は、これからも、金守珍さんが新宿梁山泊で演られるでやしょうね。
以前、梁山泊を観に行った時は、「新ニ都物語」で、大鶴義丹さんが主演で、打ち上げに参加したら、
その頃まだ御存命だった李さんがたくさん裏話をしてくださいやした。
唐さんに、合掌でやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2024-05-08 21:11) 

lequiche

>> ぼんぼちぼちぼち様

義丹さんの会見に拠れば、
お身体の具合はかなり悪かったようです。
残念ですがしかたがないという部分もあるようです。

第七病棟をご覧になったのですか。
それはラッキーでした。
佐野史郎さんの一人芝居は知りませんでした。
佐野さんと唐さんの関係も長く深いですね。
梁山泊の打ち上げ参加とはすごいです。

ブログ本文にも書きましたが、
唐十郎の戯曲は非常に完成されているので、
これからも繰り返し上演されていくと思います。
寺山修司の戯曲は唐十郎とは正反対で
単なる上演メモに過ぎない、と私は思います。
それをいかに演劇として構築していくのかが
寺山マジックでした。

新・二都物語は状況劇場の初演を花園神社で観ました。
下谷万年町物語も西武劇場の初演で観ました。
前方の席の客にはビニールが配られていましたが、
あんなのでは水は防ぎきれません。
唐十郎って結局、水芸ですから。(笑)
by lequiche (2024-05-09 03:54)