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タイムマシンにおねがい ― サディスティック・ミカ・バンド [音楽]

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YouTubeを探してみると、加藤和彦をキーワードにしてみても出てくるのは〈あの素晴らしい愛をもう一度〉ばかりなのだ。教科書にも載っているし、世間的な評価とは、そういうものなのかもしれないのだけれど。以前の記事と重複するのだが、あらためて加藤和彦について書こうと思う。

加藤和彦 (1947.03.21-2009.10.16) は《パパ・ヘミングウェイ》(1979)、《うたかたのオペラ》(1980)、《ベル・エキセントリック》(1981) という、いわゆるヨーロッパ3部作が最もすぐれていると言われるが、残念ながらその動画は今、YouTubeの中では見つからない。もっとも私が聴いた加藤和彦はもっと後の《ヴェネツィア》(1984) が最初だ、ということは以前に書いた。それさえも後追いで聴いたのだが、ヨーロッパ3部作を経て、《あの頃、マリー・ローランサン》(1983) の次の《ヴェネツィア》、そのデカダンな表情は持続していて変わらない。ヴィスコンティに倣うようにヴェネツィアはいつまでも憂いの都市なのだ。
《うたかたのオペラ》はベルリンをテーマにしているが (つまり《Low》から《heathen》に至るデヴィッド・ボウイを連想してしまうが)、そのジャケットには L’opéra fragile というタイトルが読み取れる。「うたかた」 はボリス・ヴィアンが描いたような écume でなく fragile なのだ。
大貫妙子への編曲や、ちわきまゆみへの提供曲など、そこから聞こえてくるのは憂鬱な想念と遠い瞳である。そうした退嬰の音こそが聴きたい音なのであって、かつて坂本龍一が 「この熱情的な暗さは」 みたいなことを言っていたように覚えているが、それは多分に病み上がりの、身体に力が入らないときに聴く、いつもと違うような印象に感じられてしまう音楽に似て、決して爽やかで、ときにほの暗いフォークソングではない。

もちろん加藤和彦の音楽活動の最初はフォーク・グループから始まったのではあるけれど、ドノヴァンの影響があることからも、それはアメリカンなフォーク・ソング・スタイルをルーツとしていないことがわかる。ドノヴァンの音にはサイケデリックがベースとして存在するが、もっとルーツを辿っていけばそれはスコットランドの暗い倦怠である。そしてサディスティック・ミカ・バンドのコンセプトはグラムでもありポップでもあるが、その精神性はきっとパンクなのだ。
加藤のソロアルバムはデカダンであるがラグジュアリーであり、決してパンクでもグラムでもなく、バンドに対するスタンスとはかなり異なる。それゆえに時々バンドに還ることがリフレッシュとして必要だったのかもしれない。
だがそれよりも、種々雑多な提供曲の彩りに驚いてしまう。それだけ才能に恵まれていたのかもしれないが、それでいてどの曲にも加藤和彦がいて、その個性は比類がない。自然に 「しるし」 は現れ、その穏やかな音の表情が空間を満たす音楽を支配する。でもそうした 「お仕事」 が本来の音楽的思想の基盤を消耗させてしまったのかもしれないとも思う。

サディスティック・ミカ・バンドは結成から解散まで1972~75年の4年間しかないが、その後も何回か再結成されている。どこまでをサディスティック・ミカ・バンドと称するかによって差があるが、とりあえず3回結成されたというふうに考えるのが自然だろう。今回、調べていたらドラムは初めから高橋幸宏ではなく、最も初期にはつのだ☆ひろが在籍していたことを知った。後期のジャックス、渡辺貞夫など、つのだの活動の幅広さと存在感に驚いてしまう。

ミカ・バンドの最大のヒット曲は〈タイムマシンにおねがい〉である。ミカ、桐島かれん、そして木村カエラと、歌手を変えた3つのヴァージョンがある。桐島かれんの時期のアルバム《天晴》(1989) の最初の曲〈Boys & Girls〉というタイトルは、ブライアン・フェリーのアルバム《Boys and Girls》(1985) を意識しているように思える。音楽のトレンドもロキシー後の爛熟した時代だったように感じる。
ライブ・イン・トーキョー (1989年04月09日) における桐島かれんのヴォーカルは、ぶっ飛んでいて、各メンバーも元気でなかなか見せる。大村憲司のギターも鋭角的だ。ファッションがバブルっぽいこと、そして流行だったのかもしれないスタインバーガーの使用など、いかにもその当時を彷彿とさせる映像である。

そして長い時を経て、木村カエラを歌手に迎えたのが最後のミカ・バンドであるが、私はその最後のミカ・バンドしか知らない。だが〈タイムマシンにおねがい〉はもはやスタンダード曲になっていたから、そういう曲があることは知っていた。
YouTubeを探すと、ミュージックステーション (2006年10月27日) と、NHKホールでのライヴ (2007年03月08日) の動画がある。どちらも木村カエラの歌唱はシャープで屈託がなく、煌めいている。この最後の時期に、かろうじて私は伝説ともいえるミカ・バンドの歴史に追いついた。それまでそれは私にとって未知の領域だった。しかしやっと追いついた時、すでにゴールは過ぎていたのかもしれない。この日のNHKホールの異様なほどのホールの雰囲気と高まりは結果として突出したピークであり、やがてグラフはゆるやかに下降してノイズに埋もれることになる。そしてそれは本当に最後の、ミカ・バンドの輝かしき終焉であった。


サディスティック・ミカ・バンド/Live in Tokyo
(コロムビアミュージックエンタテインメント)
LIVE in Tokyo




サディスティック・ミカ・バンド/Big Bang, Bang! (木村カエラ)
ミュージックステーション 2006.10.27.
https://www.youtube.com/watch?v=9CnBhmcmx20

サディスティック・ミカ・バンド/タイムマシンにおねがい (木村カエラ)
NHKホール 2007.03.08
https://www.youtube.com/watch?v=HyNpr7Zyucs

サディスティック・ミカ・バンド/タイムマシンにおねがい (木村カエラ)
PV 2006
https://www.youtube.com/watch?v=LBpoOCeQC7k

サディスティック・ミカ・バンド/タイムマシンにおねがい (桐島かれん)
東京ベイNKホール 1989.04.09
https://www.youtube.com/watch?v=ZO_czc4v8Cs

サディスティック・ミカ・バンド/タイムマシンにおねがい (ミカ)
orginal 1974
https://www.youtube.com/watch?v=b8ATGykcyYg

高中正義バンド/タイムマシンにおねがい (ミカ)
虹伝説 II, Live at Budokan: 日本武道館 1997.09.05
https://www.youtube.com/watch?v=RjraqYb2EbQ

北畠美枝/だいじょうぶマイ・フレンド
(わざとオリジナルでない歌唱をリンクしておく)
https://www.youtube.com/watch?v=6IR3skMdjl8
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末尾ルコ(アルベール)

加藤和彦をキーワードにして、「あの素晴らしい愛をもう一度」ばかりなのですか。
一人の表現者が積み上げてきた歴史が一つのイメージに、しかも必ずしもその表現者の最上の創作ではないと思われる作品に固定される状況はよくありませんね。
例えばデヴィッド・ボウイだと「レッツ・ダンス」とか、どうしても世間はそのような「分かりやすさ」を代表作としてしまいがちです。

リンクしてくださっている動画拝見しましたが、おもしろいですね。やっぱりタモリとのトークとか。
タモリはミュージシャンの感覚を深いところで理解しているようなので、ちょっとしたやりとりの中にもしっかりした交信がある気がします。
特に加藤和彦が木村カエラの発音を褒めるところがいいですね。返す刀で(笑)、英語風のアクセントを取り入れた日本語を「大嫌い!」と言うのが、わたしも原則同感なので心地よいです。
桐島かれんはこの頃、ウエストが細いですね~(笑)。まあモデル関係の人たちはだいたいこんなもんでしょうが。そして木村カエラと比べると、やや素人臭さも感じられます。
ヴォーカリストが歌ってない時間に間を持たせるのは難しいんですよね。
高中正義バンドにはCharが出てきましたね。
カッコいいですね~。
高中正義は高校の同級生の中でもミュージョン好きに崇められておりました。
「だいじょうぶマイ・フレンド」は映画の予告でピーター・フォンダが空飛んでいるシーンをよく見かけた・・・わけではないのでしょうが、一度見かけたら忘れかねるシーンでしたね。

「タイムマシンにお願い」は、わたしが高校時代から卒業直後まで一瞬やっていたパンクバンドのリーダーが別バンドでやっていたことで知りました。
もちろん、いい曲だと感じましたし、その後いろいろ加藤和彦の作品を聴きました。
個人的にあまり熱中できなかったのは、少々鼻につく要素があったのが理由なのですが、今振り返るとどう考えてもわたしの理解不足、解釈の誤りだったと分かります。
当時のわたしは加藤和彦の佇まいや歌詞、曲想などに、「小ジャレた感じ」や「スカした感じ」を受けていたのですね。
そこでlequiche様の次のお言葉です。

>その精神性はきっとパンクなのだ。

今まさに、(なるほど!)と感得できた気がするのです。
「音をパンク風」にするのがパンクではなくて、精神性が根底にあるべきなのですよね。
今後また加藤和彦についても新たな気分で聴き直していきたいと思います。
それと、木村カエラもこうして観るとカッコいいですね。
と言いますのも、これまでそう思ってなかったからですが、と言いますか、要するに木村カエラについても存在を知っていただけで、まともに聴こうとしていなかったんです。
なにかこう、いろいろ損している気がしてきましたので、今日を契機に(笑)生活態度を見直していくと決意いたしました!

>宇多田ヒカルのアルバム「初恋」が出てきます。
>やはりTVの影響があるのでしょうか。

そうなのですか!それは絶対あるでしょうね。
あの番組を観たら、宇多田ヒカルもナボコフも、どちらも鑑賞したくなるでしょうね。
GLIM SPANKYの動画もそうですが、素晴らしい表現者がどのようなものにインスパイアされてきたかを知るのは常にとてもワクワクします。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2018-10-16 13:38) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

いつもありがとうございます。
10月16日は加藤和彦さんが亡くなった日でしたので
あえて記事にしてみました。

〈あの素晴らしい愛をもう一度〉は、確かに
北山修作詞・加藤和彦作曲というコンビのなかで
最も売れた曲なのかもしれません。
その次はたぶん〈白い色は恋人の色〉でしょうか。
フォークソング系の口当たりの良い曲ですし、
スタンダードとして教科書にもとりあげられている曲です。
歌詞もとても上品ですし、

 心と心が今はもう通わない

というフレーズがとてもよいです。
「もう通わない」 なんて言い方、今はしませんよね。

でも加藤和彦がフォークの人かというと、
少し疑問があるのです。
ではロックの人かというとそうでもないし、
ポップスとか歌謡曲かというとそうとも言い切れない――
どういうふうにでも対応できた、なにか不思議な人です。
フィレキシビリティがある面においては
たとえば、かまやつひろしとかに似ていますが、
もっと器用貧乏というか、本性がよくわからない部分があります。
でも、ヨーロッパ3部作の暗い面が彼の本質なのかもしれない、
と私は思うのです。
どこにも所属できない孤高の人、というとカッコイイのですが、
マイナス面で考えれば悲哀の表情が感じられます。
〈不思議なピーチパイ〉などを聴いても、
明るいポップスでありながら何かほの暗い一面を持っています。

ボウイの〈レッツ・ダンス〉は、売れ線狙いの戦略による
産業ロックなのかもしれませんが、
でもその中にやはりボウイの音楽は確固として存在しています。
転んでもただでは起きないというか、
そういう点で、ショスタコーヴィチに似た感触があります。

「小ジャレた感じ」 とか 「スカした感じ」 というのは
よくわかります。私も、かつてはそう思っていました。
でも、日本でのフォークソング・ブームというのは
いわゆる 「四畳半フォーク」 と呼ばれたものですが、
加藤和彦のフォーク作品はその範疇に入るものではありません。
四畳半フォークというのは限りなく歌謡曲や演歌に近いものであり、
といって歌謡曲や演歌が悪いと言っているのではないのですが、
本来のフォークソングの精神性からするとフォークではないのです。
私がフォークソングだと認識するのは、
たとえばピーター・ポール&マリーとかジョニ・ミッチェルなど、
そうした音楽にのみ強靱な精神性を感じることができるのです。

加藤和彦の声は、どちらかというとフォークソング向きであり、
彼自身の歌唱を聴いても、そんなに上手い歌手ではありません。
でも、音楽とは、そういうものが尺度ではないのです。
そういう意味で加藤和彦は私にとって、ロックなのです。

ケイト・ブッシュを聴くためには、
エミリー・ブロンテやアンデルセンを識るだけでなく
ジェイムズ・ジョイスのフィネガンが必須ですし、
逆にペイル・ファイアを付け焼き刃で読んでも
そんなに簡単には分からないと思うのです。
キーツとかエリオットを経た上でのペイル・ファイアだと思うのです。
ロリコンという言葉を使う人の99%はロリータを読んでいません。
ロリータは空虚な固有名詞に過ぎないのです。
そしてこれは私が繰り返し書いていることですが、
宇多田にはあきらかにケイト・ブッシュの影響があります。

松尾レミがツェッペリンのIIを推薦しても、
その聴き方は昔からのロック・フリーク的な聴き方とは
やや違うように私には感じられました。
だから同列としてピチカートが出てくるのです。
ピチカートで重要なのはコンセプトでありその精神性です。
松尾レミの嗜好を、意外でなく 「ああそうだろうなぁ」 と思えないと
GLIM SPANKYはよくわからないでしょう。
by lequiche (2018-10-17 02:01) 

たじまーる

木村カエラさんが歌っている
タイムマシンにおねがい大好きです。
サディスティック・ミカ・バンドは
あまり知らないのですが(^^ゞ
木村カエラさんの大ファンなので
タイムマシンにおねがいから
彼女の表現力の素晴らしさを
感じることの出来るナンバーかと
私は思ってます(*´∇`*)
by たじまーる (2018-10-25 07:30) 

lequiche

>> たじまーる様

ウェディングソングとしてButterflyがありましたが、
明るい曲が似合いますね。
新曲COLORもエッジィですけど、しなやかで
彼女のきらきらした感じがよく出ていると思います。
by lequiche (2018-10-26 01:45) 

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