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ハレのバッハ [音楽]

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バッハには20人の子どもがいたというのはよく知られた話だが、どうしてもそれは 「あんなにたくさんの曲を書いていながら、すごいなぁ」 という下世話な話題になってしまいがちだし、その子どもの人数の多さから21人目の子どもだというふれこみのP・D・Q・バッハというギャグまで生み出している。
実際にはバッハの20人の子どものうち、半分は子どものうちに亡くなっているのだが、残りの10人のうち、作曲家として名を成したのが4人いる。ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ、ヨハン・クリストフ・フリードリヒ・バッハ、ヨハン・クリスティアン・バッハである。

この4人のうち最もすぐれていて、かつ有名なのはカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ――いわゆるC・P・E・バッハであると思うのだが、それは父親の影響を受けながらもその書法を引き継ぐようなことはなく、彼独自の作品を生み出し、その後の世代であるベートーヴェンなどへの橋渡しをしたという業績にある。

でありながら、父バッハの存在があまりにも巨大過ぎるため、どうしてもバッハといえばJ・S・バッハだし、まだ知らない曲がたくさんあるのに息子の曲を聴くのもどうだろう、みたいなことで、意外にC・P・E・バッハへ興味を拡げることにためらいがある。
それをクリアするひとつのきっかけとなったのは武久源造の演奏であった。音はJ・S・バッハからの継続した流儀であり、つまりバロックの音構造であるように見せかけながらやがて微妙にバロックから離れ出す。そう感じたとき、それがC・P・E・バッハに対する興味なのか、武久源造という演奏家に対する興味なのかが私自身の中でも判然としなかったのだが、C・P・E・バッハはチェンバロを好まずクラヴィコードやフォルテピアノを想定して曲を書いたというのも、時代の流れによる楽器の変遷に対応したということだけでなく、脱バロックの意志を示しているように思う。
それゆえに現代ピアノで弾かれたC・P・E・バッハはすでに完全にバロックではなく、何かもっと次の違う次世代のものであるという確信に至るのである。

だが、そうしてお手軽にYouTubeを渉猟しているうちに、どんどん本来のテーマから逸れていくのが移り気というか愉しみでもあるのだが、バッハの4人の息子の中で、たぶん一番聴かれていないマイナーな人がヴィルヘルム・フリーデマン・バッハであるといっていいだろう。
wikipediaでもフリーデマン・バッハに対する記述はそんなに重きを置かれていないし、ja.wikiには曲のリストさえない。過保護で夢想家で虚栄心があり猜疑心があり人望がなくて、と、もうさんざんな書かれようである。晩年は職を捨て放浪の日々だったという記述まである。

そのフリーデマン・バッハのフルートのためのデュオを聴く。この編成の曲はFk54からFk59まで6曲が存在するが、下にリンクしたYouTubeの動画はf-mollのFk58であり、フルートとオーボエによるデュオで演奏されている。
ありふれた通俗な表現でいってしまえば、エマヌエル・バッハが太陽とするとフリーデマン・バッハは月である。エマヌエル・バッハのかっちりとした構成力と明快さがその特徴だとすれば、フリーデマン・バッハはもっとルーズで恣意的で気ままである。だがその中にかすかなひらめきと翳りとそして寂寥が存在している。悲しさといってもよい。だがその悲しさは何となくふわふわとしていて、その存在感そのものが稀薄である。
光があれば必ず影がある。兄弟とか姉妹というものは、不思議に必ず対照的な性格があらわれたりするが、それはバッハの息子たちの間でも当然のごとく、顕著である。それがキリスト教的にいえば神の摂理というものなのだろうか。
フリーデマン・バッハはそんな気持ちで、そんな意味あいでこの曲を書いたのではないかもしれない。だが意識下にあるイメージが何百年も経った曲の中に残ってしまうというのが、いわゆる音楽の魔のしるしなのである。


Sebastian Wittiber, José Luis Garcia Vegara/
Wilhelm Friedemann Bach: Duo Nr.6 in f-moll Fk58
https://www.youtube.com/watch?v=kw8EumF3zqo

武久源造/
C.P.E. Bach: 12 Variations auf die Folie d’Espagne Wq.118/9
https://www.youtube.com/watch?v=aBzkMRd6Em4

中川京子/C.P.E. Bach: Solfeggietto c-moll Wq.117
https://www.youtube.com/watch?v=Xm79mUVD_2I


Patrick Gallois, Kazunori Seo/
Wilhelm Friedemann Bach: Duets for Two Flutes (NAXOS)
W.F.バッハ:2本のフルートのための 二重奏曲集




Wilhelm Friedemann Bach Edition (Brilliant Classics)
BACH/ EDITION -BOX SET
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末尾ルコ(アルベール)

> バッハには20人の子どもがいたというのはよく知られた話

知りませんでした(笑)。
バッハのちょっとした伝記も読んだはずですが、白昼夢でも見ながら読んでいたのかもしれません。
だから彼の子どもたちの業績もまったく知りませんでしたが、リンクくださっている動画は心地よく視聴させていただきました。

武久源造という人は初めて知りましたが、演奏する姿も独特の雰囲気がありますね。
今回リンクくださっている動画しか視聴したことないのでその範囲でのイメージでしかありませんが、静謐で求道者的佇まいが目を引きます。

> 脱バロックの意志を示しているように思う。

その辺りの詳細はわたしには分かりませんが、確かに動画を視聴して今までバロックを聴いて来た感触とは異なるものを感じます。
より現代に近いと言いますか。
そんな感じです。

> いわゆる音楽の魔のしるしなのである。

「言葉」も使わないし、絵画や建築のように目にも見えないし、それだけに籠められた感情が時代を超えて奥深くから露になって来ることもあるのでしょうね。
あるいは感情を超えた何かが聴こえてくる場合もありそうです。
そうした「魔」をできるだけキャッチできるようになりたいものです。
現在ラジオをよくつけているということはお話しましたが、特にクラシック番組はしょっちゅう流しています。
やはり聴き慣れると、徐々に楽器の音そのものの魅力などが分かってきているようにも感じております。

・・・

> 私はその人が必要と感じたときが必要になったとき

それは真実ですね。
どんなに世界的に高い評価を得た作品でも、どうもしっくり来ない場合があります。
それは個人的な理解力の問題か、あるいはタイミングが合わなかったか、たいがいどちらかなのでしょうね。
だから一度挑戦してピンと来なかった作品も、ある程度時を置いて再挑戦する姿勢は持っていたいと思ってます。
どのようなことでも、「必要だ」と感じたタイミングを見逃さないようにしたいものです。
実は恥ずかしながら、少し前までドストエフスキーを(凄いなあ)と感じながらも今一つ本心から入ってない感がかなりありました。
ところが最近、ドストエフスキーがどんどん入って来て、心地いいくらいです。
これも一つのタイミングだと考えています。

> 一種の伏線が散在しているといえるのか、

何か凄く読みたくなってきましたが(笑)。
それにしても萩尾望都も岡田史子の影響を受けていたのですね。
カリスマ性がありますよね、岡田史子の作品は。
レコードもそうなのですが、漫画を含め、本も捨ててしまったものが多くて、今更ながらもったいなかったなと感じます。
でも一度持っていたものをほとんど捨てたのに、今では家が本で溢れ返ってますから、書籍というものは罪深いですね。
竹宮恵子はそうですね、読んでいた当時もやや通俗的なおもしろさかなという印象はありました。

> それは無意識にそうした意味をこめていたという可能性

鑑賞者の豊かな愉しみ方ですね。
確かに多かれ少なかれ、人間は無意識の領域に支配されている部分はありますよね。
それは比較的シンプルな日常の言動から、高度な芸術創造などまで、よく観察すればどうしたって無意識が顔を覗かせているものだと思います。

> 作詩ではなく作詞なので、この違いは大きいです。

なるほどです。
と言いますか、歌の場合「作詞」と書くのは分かっておりましたが、そのような意味があるとは知りませんでした。
確かに歌の場合は「耳から入る」だけでまず聴いた人の心を掴まねばなりませんね。
この点を十分意識して歌を聴くと、また歌詞の世界がとてもおもしろくなりそうです。
ありがとうございます。

> ジグソーパズルに似たスリルがあります。

同感です。
それと同時に、メジャーな作詞者たちには「売れなければならない」という巨大な課題があると思うのですが、そのとてつもないプレッシャーの中でどう表現しているかも、より注目していきたいです。

> 《北の国から》は横山めぐみのデビュー作品ですね。

そうなのですか!
なかなか魅力のある女優だったですけどね。
過去形は不適切かもしれませんが、現在の日本の映像界では、「なかなか魅力のある女優」がいい役をもらえることが少ないんですよね。

> なぜならTVとは娯楽ですから。

最近、木村文乃という女優が、「仕事で疲れて帰って来て、テレビで深刻なものなど観たくないでしょう。だからテレビドラマではニコニコ笑うような役でもやります。映画はお金を払ってきてくださるのだから、ストイックにやります」という意味の発言をしているのを読みましたが、まあそういうことなのでしょうね。
せめて多くの人たちが、「普段はテレビでリラックス。週末は映画をじっくり」といったスタイルであればいいのですが、象徴的な意味も含めて「テレビだけ」という人たちが大多数になってしまってます。
もちろんいまだテレビにもおもしろいものがないわけではありませんが。                       RUKO


by 末尾ルコ(アルベール) (2019-08-12 13:26) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

あはは、そうですか。(^^)
バッハの4人の息子といっても
よく演奏されるのは圧倒的にエマヌエル・バッハなんです。
父バッハよりもテレマンの影響を受けたといわれていますが、
そのへんも私はよくわかりません。
音楽的な影響というのはある程度の曲数を聴かないと
具体的に実感できないです。

武久源造は日本における古楽において、もはや重鎮です。
wikiを読んでいて知ったのですが、小林道夫に師事していますね。
武久源造の演奏はALMレコードという
小さな (でも信頼できる) レーベルからリリースされているので
あまり知られていないかもしれませんが。
エマヌエル・バッハはクラヴィコードが好きだったということからも
その音楽の親和性に寄与する印象があると思います。
ソルフェジエットはピアノ発表会などでよく選曲されますが、
ピアノで弾くと完全にバロックからは切れていますね。
そして実際にそういうスタンスの曲であると思います。

エマヌエル・バッハは世俗的にも作曲家として成功し、
そして父を受け継いだ信仰心もあったようです。
対するフリーデマンは完全に正反対で、
ストーンズにProdigal Sonという曲がありますが、
突飛な連想ですけれど、思わずそれを思い出してしまいます。
そしてこんなに簡単にサンプリングしてはいけないのですが、
たとえばリンクした曲にも2人の違いが如実にあらわれています。

無理して読まなくてはならない本もありますが、
自分が読みたいと思ったときに読む本が
読書の喜びなのでしょうね。
ドストエフスキーですか。
私は高校生のとき、長めの作品を続けて読みましたが、
あっという間に読みましたし、
その時期が好適だったのだと思います。
でも今読むとまた違った印象になるかもしれません。

本は基本的にはどんどん増えてしまうものですから、
仕方が無いのかもしれません。
竹宮惠子の『変奏曲』は彼女の趣味的な作品ですが、
音楽の深層に触れていると思います。
エドナンとニーノという親子の問題もありましたし。

作者の自作に対する解釈は自分の作品なのですから
それが一番正しいとは思うのですが、
でもそうともいえない部分があります。
ですから作者が違うといっても
「こういうふうにも解釈できるよね」
という言い方もできると思うのです。
作者の無意識が通り過ぎてしまっている部分を
第三者がとらえる可能性だってあるのです。

基本的に音楽のwordsは作詞と表記しますが、
浅川マキは作詩と表記することにこだわっていたそうです。
ですから作詞という言葉だけで括ることは
できないかもしれないです。

映画とTVの関係性は、
どうしても映画のほうがTVよりエラいみたいな思考が
昔からあったのだと思いますが、
でも単純に較べられるようなものではないです。
TVというのはお手軽かもしれないですけれど、
コンビニがこれだけ成長して生活の一部になったのと同様に
それなりの進化を遂げてきました。
そして今、ネットがTVに対する新たな対抗者ではないでしょうか。
今後どのようになっていくのかはまだわかりません。
by lequiche (2019-08-12 22:07) 

英ちゃん

ぁっ、青い電車はまた多摩湖線を走ってるんだね。
この前行った西武多摩川線は3色の電車が走ってます。
定番の黄色と赤と白です。
いろんな色の電車があると、それなりに楽しいけどね。
by 英ちゃん (2019-08-14 00:00) 

lequiche

青い電車はよく見かけるんですけど、
たまに多摩湖線に乗ろうとすると違う色なんです。
ですから青い電車に乗ったことはありません。
なんとなく残念です。(^^)
by lequiche (2019-08-14 01:00) 

英ちゃん

多摩湖線は、今月末あたりに行こうと思ってます。
青い電車が来るまで待とうかな?
てゆーか、最近「駅探訪」をしてるので西武線も行きたい駅がいっぱいあるのだ(゚□゚)
by 英ちゃん (2019-08-16 15:13) 

lequiche

>> 英ちゃん様

あ、そうなんですか。
青い電車が来るといいですね。
西武線って探訪するの、かなり大変のような気がします。
by lequiche (2019-08-17 22:58) 

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