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高橋アキの弾くシューベルト [音楽]

AkiTakahashi_201011.jpg
Morton Feldman/For Bunita Marcus ジャケットより
(左から:Morton Feldman, Bunita Marcus, 高橋アキ)

高橋アキは現代曲演奏のオーソリティとして見られてしまう。一番最近に買った高橋アキのCDは昨年、mode recordsからリリースされたモートン・フェルドマンの《For Bunita Marcus》であるし、その昔、レコードで最初に買った高橋アキは東芝盤の《高橋アキの世界》であった。
このレコードを買ったとき、こんなのは知らないだろうと思って叔父に見せたら 「祖堅か、あいつはうまいぜ」 といきなり言われて驚いた記憶がある。祖堅とは《高橋アキの世界》に収録されている近藤譲の曲でトランペットを吹いている祖堅方正のことである (なお《高橋アキの世界》については→2012年10月06日ブログに、フェルドマンの代表的なピアノ作品集《Aki Takahashi Plays Morton Feldman》(mode records) については→2013年03月19日ブログにすでに書いた)。

だからその高橋アキがシューベルトを弾いたCDが出たときも、あまり食指が動かなかったことは事実である。しかもシューベルトは、これも以前のブログに書いたことだがイェルク・デムスがハンマーフリューゲルで弾いた古いレコードが最初だったので、それの刷り込みがあり (つまり最初に聴いた演奏に馴染んでしまい、それが自分のスタンダードとなってしまうということ)、なかなかその影響から抜け出せなかった。ポリーニの《さすらい人幻想曲》を聴いたときも、そんなに心が動かなかったのである。つまり逆にいうと、その時点でシューベルトは私にとってまだよくわからない存在だったのかもしれなかった (デムスのシューベルトについては→2019年03月20日ブログを参照)。

だがこの前、タワーレコードの宣伝誌『intoxicate』で俵孝太郎が高橋アキのカメラータ最新盤《グラーツ幻想曲》を褒めている記事を読んでいて、そのとき、これ、いいかもしれないと突然思ったのである。それは直感なのだが、未知のCDを買うときなんてだいたい直感とかジャケットデザインが何かいいな、とかその程度のことで決まるものなのだ。でもそれでいて、その《グラーツ幻想曲》は買わないで、最初に出したシューベルトをまず聴いてみようと思ってしまうのが少しだけ天邪鬼なのだともいえる。
高橋アキのシューベルトをリリースされた順にいうのならば、最初が13番 (D.960) と21番 (D.664)、2枚目が19番 (D.958) と20番 (D.959) という具合で、最後期の作品からだんだんと前に戻るようにした選曲がなされている。

D.960はシューベルトの最後のソナタである。それは1828年、彼の死の2ヶ月ほど前に書かれた長大な作品であるが、私がシューベルトのソナタで一番繰り返し聴いた回数の多いのがこの曲である。これは結果論なのかもしれないが、その曲想は暗く、そして死の予感に満ちているように思える。Molto moderatoで始まる音はときどき立ち止まる。立ち止まるのは振り返るためなのだろうか。この暗さに太陽の光は全く見えない。

高橋アキのピアノは現代ピアノであるから当然のようにクリアで、デムスのもこもこしたハンマーフリューゲルとは違う。当然その息づかいも違う。だが第2楽章あたりで、この曲は音と音の途切れる瞬間、無音になる瞬間の長さがとても重要なのだということに気づく。それはピアニストによって微妙に異なるはずだが、高橋アキのタイム感はとても見事だ。というよりそのインターバルの感覚が私の理想とする息づかいに合致していて、それが音楽的感興を呼び覚ます。
原田雅嗣による抽象画風なジャケットは昔のハヤカワミステリの表紙画を連想させる。

高橋アキはサティのピアノ曲演奏でそれをポピュラーにしたことでも知られるが、サティの楽譜の校訂版はユニークなレイアウトで、注意書きのメモもあったりして楽しい。


高橋アキ/シューベルト:ピアノ・ソナタ集 D.960&664
(カメラータ・トウキョウ)
シューベルト:ピアノ・ソナタ集 D.960&664




高橋アキ/シューベルト:ピアノ・ソナタ集 D.958&959
(カメラータ・トウキョウ)
シューベルト:ピアノ・ソナタ D.958&D.959




高橋アキ/シューベルト:グラーツ幻想曲
(カメラータ・トウキョウ)
シューベルト:グラーツ幻想曲




高橋アキ/シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960
https://www.youtube.com/watch?v=qlIFB786LIs

高橋アキ/サティ:3つのジムノペディ
https://www.youtube.com/watch?v=Kc34gdS3SFI

高橋アキ/Paul McCartney: Yesterday
編曲・三宅榛名
https://www.youtube.com/watch?v=hz_n1qMKHI8
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末尾ルコ(アルベール)

リンクしてくださっている「高橋アキ/シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960」聴かせていただきました。
おそらくわたしにとっては初体験であろうこの曲、感想としては(端正で美しいなあ・・・)くらいしか出てこない自分が情けないですが、こうした曲ももっと身近に聴き込んでいきたいと思います。
高橋アキというピアニストも存じませんで、でもキャリアを見るとおもしろそうな方ですね。今後いろいろ聴いてみます。

シューベルトというあまりに有名なクラシック作曲家ですが、わたしが親しんできたのは人口に膾炙した歌曲がほとんどでした。
「冬の旅」とか「死と乙女」とか「ます」とか。
こうした曲に感じるのは「豪雪の中の暖かさ」といったもので、しかしシューベルトに感じられる「死の予感」というものは、どことなく分かるような気がします。

・・・

> それが音楽の聴き方かなぁとも思います。

確かにそうですね。
だから軽々に、「終わった」とか「オワコン」とか言ってはならないですよね。
とにかく「オワコン」という言葉、大嫌いな言葉の一つですが、どのようなことについても、「消費されて終わり」というどうしようもない意識が蔓延っている状況を象徴している言葉だと思います。

LPレコードジャケットはまさに音楽とともにある存在として最も相応しい大きさと形態、質感だったのではないでしょうか。
あの大きさと材質こそ、優れた音楽に相応しい存在だったのだとあらためて思います。
なにせ買った時の達成感が今でも記憶に新しいです。
ジャケットを手に取り、レジへ持って行き、レコード店の袋へ入れてもらってそれを大事に持って帰り、そして取り出してレコード針を落とすまでの一連の行為がすべて音楽を鑑賞するための儀式的行為となりえていたのだなあと(レコード針を落とす行為が儀式的だという意見はよく見かけましたが、わたしはレコード店からの行為が儀式的だったと思います)。
さらに時にクラスメートに貸すために学校へ持って行く際もレコード店の袋へ入れて、落としたり何かに当てたりしないように慎重に・・・そうした行為も内心の誇らしさを伴うものでした。バッグへ入れられるCDとは大違いです。

『わたくし率 イン 歯ー、または世界』は尖がってましたよね。
最近読んだものの一つが、『すべて真夜中の恋人たち』でして、これは難しい感じも捻った表現も遣わす、とてもスムースな文体でしかもまったく飽きずに愉しめました。

池田エライザですが、何と言っても驚いたのはこの若さで日本で映画を早くも監督したということで、未見なので内容に関しては何も言えないけれど、どのような経緯があったにせよ、日本で「女優」が映画監督をするのはまったく稀有なことで、それだけでも注目せざるを得ません。
彼女が「ぼくたちの失敗」を歌う際に「フランス映画のように歌いたい」と言ったのですが、レオス・カラックスなどフランス映画に対する愛をよく語ってくれていて、そのあたりも嬉しく感じています。
沖縄出身の若手女優で玉城ティナという人もいるのですが、10代の頃からラース・フォン・トリアが好きというのです。
この話が背伸びしてのものなのか、本当に好きなのかは分かりませんが、少し前の若手女優からはこんな言葉聞かれなかったもので、こうした人たちを中心に、時代が変わりつつある感も抱いています。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2020-10-12 12:16) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

高橋アキのシューベルトと聞いたとき、なぜシューベルト?
と思ったのですが、聴いてみるとそのなぜは解消しました。
斬新なシューベルトとかそういうのではないのです。
伝統的な解釈でありながらでも新しい、というのか、
決して年齢を重ねたから古典的な作品を弾くようになった、
というのとも違うのです。
シューベルトのD.960のソナタは最晩年の作品ですが、
最晩年といっても31歳なのです。
歌曲が有名ですが、私は室内楽曲やピアノ独奏曲に
その神髄を聴くような気がします。

高橋悠治と高橋アキは兄妹ですが、
この2人はとんでもないピアニスト兄妹といっていいでしょう。
特に現代音楽の解釈と演奏において
最も信頼できるピアニストといってよいです。

オワコン、よくわからないのでwikiを見てみました。
ああなるほど。下品な言葉ですね。
そういう言葉を使う人たちの間での認識体系ですから
それはそれで放っておけばよいのではないでしょうか。

LPとCDの違いは、比較としては異なるかもしれませんが、
本と電子書籍の違いに似ています。
電子書籍で支障ない人には本は無用の長物でしょう。
CDの形態はカラヤンが決めたという話もありますが、
それがホントかどうかは別として、
なぜあんなプラスチックの開けにくいケースと
ペラペラのチラシみたいなパンフレットにしてしまったのか
そのパッケージングのセンスのなさが、謎ですね。
もっと良いかたちに幾らでもできたはずです。

川上未映子の『わたくし率……』は、面白いんですが、
歯医者云々の部分が私の感覚では少しキモチ悪いかな、
という印象があります。これはあくまで好き嫌いの問題ですが。

池田エライザの映画はこれから公開なんですね。
ラース・フォン・トリアって誰? と思ったのですが、
《ダンサー・イン・ザ・ダーク》の監督ですか。
ビョークを聴いていてその関連で、という可能性もありますし、
そういう視点を持った若い女優がいても不思議ではないです。
年齢や経験値に左右されるものもありますが、
そうでないものもあります。
とりあえず試みてみるというのは面白いと思います。
by lequiche (2020-10-15 01:26) 

Boss365

こんにちは。
コメントご無沙汰しています。高橋アキさんを初めて知りました。
クラシック音楽・現代音楽を聴く機会は少ないですが・・・
ポピュラーミュージックの「Yesterday」演奏は興味深いですね。
ギャップの面白さ?通常のメロディーが異常に美しく聞こえる状況。
もう少し長く聴きたい・楽しみたい感覚になりました!?(=^・ェ・^=)
by Boss365 (2020-10-17 12:23) 

kome

高橋アキさんはあまり聞いたことがないのですが、私が曲を通しで弾けるのは、ジムノペディだけです(汗)。
お兄さんの高橋悠治さんが「すげえ人」といつも感じています。
by kome (2020-10-17 16:36) 

lequiche

>> Boss365 様

〈イエスタデイ〉は三宅榛名の編曲ですが、
これは高橋アキのアルバム《ハイパー・ビートルズ》に
収録されている演奏です。
有名作曲家が競ってビートルズ曲を編曲していて
一種のお遊びですけれど、面白い内容です。
無難な編曲もあり、冒険した編曲もありますが、
西村朗による〈ビコーズ〉はトリッキーで楽しいです。
こんなのです。
https://www.youtube.com/watch?v=-xXNkYPTUEc
by lequiche (2020-10-18 01:59) 

lequiche

>> kome 様

ジムノペディ弾けるってすごいです。(^^)/
高橋アキの逸話として、誰だったか忘れましたが
ある有名作曲家のものすごい難曲を初見でさらっと弾いて、
それを聴いていた作曲家が大変結構でした、と言ったら、
すみません、1カ所間違えましたと高橋アキが答えた
というエピソードがあります。
つまり作曲家はその1カ所の間違いを聞き逃した
ということです。
by lequiche (2020-10-18 01:59) 

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