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Libertangoを聴く — 小松亮太 [音楽]

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小松亮太 (ららら♪クラブより)

小松亮太の『タンゴの真実』という本を今、読んでいるのだが、出版社の広告によればすでに重版ということらしい。本当なのだろうか? はっきり言って専門書である。だがこうした本が売れるのなら、もちろん売れて欲しい。今年読んだ音楽関係の本の中ではダントツ1位の内容である。って、まだ読み終わっていないうちに言うのだが。

あまりにも日本はピアソラという存在を絶対のものにし過ぎている、という反省も、この本には籠められているような気がする。もちろん小松亮太だってピアソラへのオマージュからその音楽を始めたのに違いないのだが、でももっと冷静にアルゼンチン・タンゴ全体を俯瞰している視点が素晴らしい。
小松の解説を読むとタンゴはその生成過程が人工的であり、それはブラジルにおけるボサノヴァに似ている。そしてまた、なぜアルゼンチンにおいて複数の音楽ジャンルが併存しているのかということが理解できる。それはコンチネンタル・タンゴとは何かについての解説でも同様で、そうした歴史があることを初めて知った。タンゴは編曲が重要であり、そのあたりがジャズとは全く異なる。小松も、タンゴはジャズのように、ワッと集まってジャム・セッションというようなわけにはいかない、と書いている。

といいながら、とりあえず音源として比較するには最も良く知られている曲がふさわしい。ということで辿り着くのは、たとえばピアソラの〈リベルタンゴ〉。これはクラシックだったらベートーヴェンやブラームスの有名曲で聴き較べするのと同じだ。さすがに幾つもの動画があって、これだったら日本もまだ棄てたものではない、と思ってしまった。

小松亮太の演奏は自己のグループでのものと、葉加瀬太郎とのコラボレーションのものがある。やはり自己のグループでの演奏のほうが音も練れていて構成もスクエアで格調が高い。特にギターソロが終わった後に入って来る小松のバンドネオンがスリリングだ。ピアソラとは違い、完全に自分の音楽として自立している。そのリズムのダイナミズムはピアソラの呈示したリズムのコントラストのさらなる拡大解釈のようにも感じる。
葉加瀬太郎ヴァージョンも、タンゴ・プロパーでない葉加瀬だが、少しテイストが異なっていることがかえって面白いように思う。異質な組み合わせが新しい感覚を生み出すこともあるからだ。

だが同時に三浦一馬の〈リベルタンゴ〉を見つけた。三浦の演奏はピアソラや小松と違ってかなり速く、それは若い感性によってコントロールされたスピード感であり、曲自体はすでにタンゴ・クラシックといってもよい作品にもかかわらず古さがなく、今の時代の音楽という印象を強く受ける。この前のめりのスピードは小松亮太とは異なる方向性である。それにバンド全体の粒が揃っていてサウンドに緻密さが感じられる。これは〈ブエノスアイレスの冬〉の2019年のライヴ映像を見て、より強まった。キンテートの各々のメンバーの技術と、何よりその音楽性が非常に高い。三浦一馬も小松亮太と同様に自分の音を持った奏者である。


小松亮太/タンゴの真実 (旬報社)
タンゴの真実




小松亮太/ピアソラ:パンドネオン協奏曲 (SMJ)
ピアソラ:バンドネオン協奏曲 他




三浦一馬/ブエノスアイレス午前零時 (キングレコード)
ブエノスアイレス午前零時




小松亮太/Libertango
https://www.youtube.com/watch?v=fsnuBEeDo3g

葉加瀬太郎 with 小松亮太/Libertango
https://www.youtube.com/watch?v=TNT5vwUNa6k

三浦一馬/Libertango
https://www.youtube.com/watch?v=f8kqLo0U6_k

三浦一馬/Invierno Porteño
https://www.youtube.com/watch?v=G-jPzBrNa64

バンドネオン奏者三浦一馬
NHK『こんにちは、いっとろっけん』で紹介 (2009)
https://www.youtube.com/watch?v=PW9dMw6ZkGo
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末尾ルコ(アルベール)

ずっと前に『タンゴ ガルデルの亡命』という映画を観て、とてもいい感じだったのですが、その後再見できてないんです。また観たいなと思ってるんですけどね、冒頭からカッコよかった。
『タンゴの真実』という本、専門書であるにかかわらず、とても売れているのですね。日本の文化状況を全体として見ると、感性知性ともに衰退の方向へ進んでいると思いますが、しかし各分野にかなり強固なファン層が存在するのも事実で、積極的にいい情報を摂取している人たちとそうでない人たちの差がどんどん広がっている印象です。
ピアソラは一時纏めて聴いてました。「天使のミロンガ」とか好きな曲も多いです。「リベルタンゴ」は本当に多くの演奏家に取り上げられますよね。またいろいろと聴き比べてみます。
タンゴ全般には明るくないですが、もともとアルゼンチン、そして中南米の現代史に興味があり、これまた纏めて読んでいた時期があります。中南米とは関係ないですが、東欧現代史も好きなんですよ(笑)。
中南米の中でもアルゼンチンはやはり独特でブエノスアイレスが「南米のパリ」と呼ばれたり、エヴァ・ペロンやチェ・ゲバラを排出したり、あるいは白人文化の優勢な国であったりと、魅惑的で闇も深い国だなあと大雑把な印象があります。そんな中で生まれ育ったタンゴ、やはりおもしろいですよね。



『ジャズ・トゥナイト』は2時間枠で、トラディショナルな演奏から最新のアルバムまで紹介してくれるのがいいです。最新の作品はロックやヒップホップなどの要素も多く、わたしにとっては聴きやすい。「ジャズ」という言葉はかなり強固な音楽イメージを喚起しますが、現在はそうしたイメージの範疇に収まらない音が多くおもしろいです。

>消極的な人種差別

これは分かりやすい概念ですね。なにせ「日本に差別はない」と本気で信じている人たちもいますから、しっかり目を開いていなければなりません。

>ぬるま湯からはぬるま湯なものきり生成されません。

いやあ、もうその通り!

>当然というのが諸外国の相互認識です。

大坂なおみが全米オープンでBLMへの(基本的)支持を訴えるマスクを装着して出場したことが世界的話題となりましたが、日本ではもうボロカスに言う人たちが多かったです。
こうした人たちは大坂なおみの肌の色で「日本人」を名乗るだけでも気に入らないようで、最近でも試合中ラケットを破壊したという些末なニュースに8000以上のコメントがついていました。その多くは「悪口」ですが。
しかしいつぞやのアンケートでは、日本の子どもたちが最も好きなスポーツ選手に、大坂なおみが1位になってました。もちろん大人でも大坂なおみの熱烈なファンは多く、変わる部分では時代は変わっています。
日本以外の世界ではもちろん、大坂なおみは今までのどんな日本人アスリートを合わせても敵わないようなスーパースターです。

>オトナの文化を否定
>倫理観がなくて

こうした点については酷い状況が加速していますね。倫理観にしても、日本の場合は歪んだ方向へ行く場合が多いですし。結局「精神的芯」がないんですよね。

『GSワンダーランド』ですが、ずっと前に観た印象ですので、今観ると違う感想になると思います。キャストを見ると、水嶋ヒロとか、今は昔な人も出てますね。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2021-05-16 09:34) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

カルロス・ガルデルは伝説のタンゴ歌手といわれる人です。
以下は今、資料がないので記憶だけで書くのですが、
ピアソラは子どもの頃にバンドネオンを始め、
10歳くらいのときにはもう一人前に演奏できていたようです。
そしてガルデルはまだ少年だったピアソラと会ったことがあり、
ピアソラを彼の演奏旅行に誘ったのですが、
まだ子どもだからと両親に反対されました。
ところがガルデルは映画のプロモーションとコンサートを兼ねて、
帰国の途中で飛行機事故で亡くなってしまいます。
もしそのとき、ピアソラがガルデルに同行していたら
ピアソラも一緒に亡くなっていたのです。

斎藤充正『アストル・ピアソラ 闘うタンゴ』という本があって、
これは詳細なピアソラのディスコグラフィを含めた
タンゴに関する非常に優れた本なのですが、
小松亮太はその本に比肩するような本を書きたいとのことです。
ただ小松は演奏者ですから斎藤とは視点が異なるので
小松のこの本もタンゴに関する非常に有用な解説書だと思います。

アルゼンチンという国は私の印象では不思議な国で、
アタウアルパ・ユパンキとピアソラがどちらもアルゼンチンなのは
どうしてなのか、と思っていたのですが、
この本によってその疑問がある程度氷解しました。

ピアソラをかなりお聴きになっていたとのことですので、
小松亮太や三浦一馬のレベルがどの程度なのかは
おわかりになると思います。
バンドネオンというのは特殊な構造の楽器ですが、
日本人にはこうした複雑系が合っているのかもしれないです。

確かに最近はジャズとかロックといったジャンル分けが
昔ほど厳密ではなくなってきたような気がします。
というよりどちらにも所属しないような音楽性が
どんどん優勢になってきた傾向があるようです。
でありながら、これはあまり言いたくないのですが、
一般的な音楽への興味というのはJ-pop偏重であって、
昔なら誰でもクイーンとかマイケル・ジャクソンとか
知っていたのに、今はそのような最低常識がありません。
ですからテイラー・スウィフトでさえ認知度は低い
というような現象があるように思います。
別に洋楽を聴けとか翻訳書を読めという強制ではないですが、
あまりにも何も知らないというのはどうなのか、
と感じるのです。
現在の音楽シーンだけでなく過去の歴史も
全然知らないということが常態化しつつあるようです。
唯一、映画はまだ外国産の作品が入ってきていますが
今の日本のこのような閉鎖的情勢だと、
そのうち邦画だけになるのではないかと危惧しています。

これは私の個人的な感想なのですが、
日本のオタク文化というのは、本来の日本の文化が
異常に肥大したものと考えることができます。
オタクは細部にわたってこだわりを持つのですが、
それがやや偏執的であり視野が狭いのです。
ですから興味のあることには病的にこだわりますが、
興味の無いことに対しては冷淡です。
そのオタク文化的傾向が全般的に拡がって来た結果、
鎖国状態が起こってしまったような気もするのです。

大坂なおみとか八村兄弟とか喧しいですが、
ヘイトスピーチと根は同じです。

GSという現象は現代から遡って見た場合、
とても人工的というか、無理矢理作ったような、
でもそれが通用してしまったという不思議さがあります。
栗山千明には〈とよす☆ルシフェリン〉という曲があって
このシングルを持っているのですが、
ユニークなキャラ (を演じている?) だと思います。

とよす☆ルシフェリン
https://www.youtube.com/watch?v=cOTpUmbm4Gg

椎名林檎がともさかりえをプロデュースしたのもあって
ややエキセントリックですけれど、
とよす☆ルシフェリンに較べると普通ですね。

ともさかりえ/カプチーノ
https://www.youtube.com/watch?v=5TStlKx2KAk
by lequiche (2021-05-17 01:40) 

ゆうのすけ

lequicheさ~ん ご無沙汰しちゃっています。
ようやっと修理に出していたPCが戻ってきました。
ご心配いただきありがとうございます。まだ調整中ですが次回記事更新は5/30の予定です。拙いブログですがまたよろしくお願い申し上げます。^^☆彡
by ゆうのすけ (2021-05-28 15:46) 

lequiche

>> ゆうのすけ様

修理がうまくいってよかったです。
PCは壊れたままになってしまったり、
買い換えたほうがよかったりすることがありますので。
これからの記事、楽しみにしています。(^^)
by lequiche (2021-05-30 12:16) 

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