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うさぎを追いかけて — アリス=紗良・オット [音楽]

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アルバム《Nightfall》におけるサティはウェットで暗い。PVに映し出される夜の街を徘徊する画面は暗く光がぼやけて美しく滲んで、ほとんどシルエットになった顔にグノシェンヌが重なる。まるで昔のサラ・ムーンを映像にしたようで、サティの粒立ちは高橋アキと違って輪郭が濡れていて、こうしたサティもまたサティだと思う。

しかしアリスは、単にフランス系の曲を集めただけの《Nightfall》に飽き足らなかった。その結果が《Echoes of LIfe》の入れ子構造のようなエディットになったのだと思う。次作はさらに深いシャッフルになってゆくかもしれない。

アリス=紗良・オットはグリーグのアルバム・リリース時のインタヴューで、《抒情小曲集》(Lyriske stykker) を例にとって、グリーグの楽曲構造の不思議さと魅力について語っている。グリーグは同じものが繰り返される。A-B-A-Bと繰り返されながらCに行かない。Aに戻って終わる。これがティピカルなグリーグだ、とアリスは言う。
グリーグの音はキャッチできない。不思議の国のアリスのうさぎのように逃げていってしまう。それがグリーグの魅力なのだそうだ。アリスがアリスについて語るという複層した解読が印象的だ。

グリーグのピアノ協奏曲は、彼のたった1曲だけのPコンなのだが、繰り返し改訂された作品である。第1楽章 Allegro molto moderato は非常に有名で、ある意味通俗かもしれない。アリスのカデンツァは現代的で、でありながらグリーグのテイストから逸脱していない。
Adagio の第2楽章は、アダージョという速度に拠ってときに醸し出される官能性はなく、するりとまるでうさぎが穴をすり抜けるようにアタッカで最終楽章 Allegro moderato molto e marcato へと受け渡される。
この楽章はダンスの変奏なのだと私は思う。美しく、ときにアブストラクトな、といってバルトークのように民族的過ぎたり奇矯だったりすることのない舞踊のリズムがその根底に見え隠れする。この第3楽章のダイナミクスが私は好きだ。

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Alice Sara Ott/Nightfall (Universal Music)
ナイトフォール(通常盤)(SHM-CD)




Alice Sara Ott/Wonderland (Universal Music)
【Amazon.co.jp限定】ワンダーランド (SHM-CD)(キャンペーン特典:クラシック百貨店 特典ロゴ入りコースターつき)




Alice Sara Ott/Satie: Gnossiennes: 1. Lent
https://www.youtube.com/watch?v=qUFxAxTZJZg

Alice Sara Ott/グリーグを語る
https://www.youtube.com/watch?v=Yqs4jEKYvCs

Alice Sara Ott/Edvard Grieg: Klavierkonzert
https://www.youtube.com/watch?v=MbQy4l7l0JE&t=130s
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コメント 10

にゃごにゃご

グリーグの見ました。
びりびりしました。
アマゾンへ飛んでCD買いました。
by にゃごにゃご (2021-12-15 06:59) 

末尾ルコ(アルベール)

アリス=紗良・オットのグリーグ、視聴させていただきましたが、美しいですね~。いつも申しましている如く、クラシック音楽に明るくないわたしはご説明をしっかり理解するには程遠いですが、それでも特別な美しさを感じます。
また今回の文章、いつもに増して美しく、「芸術の神秘」を感じさせていただけているような、芸術自体迷宮そのものであるような夢幻的な気分を味わわせていただきました。
グノシェンヌのPVについて、「サラ・ムーン」の名を出しておられますが、この方については(何となく知っている)程度だったのであらためてチェックしてみますと、素晴らしい写真ばかりですね。今後またいろいろ作品を愉しみたいと思います。
グリーグに関しては、巷間よく耳にする有名曲だけ知っている程度で、積極的に聴こうとしたことはなかったです。「抒情小曲集」などとてもよさそうですね。もちろん今までに耳にしている可能性はありますが、これからは意識して聴いていきます。



YOASOBIの「怪物」。もうしょっちゅう視聴してます。ここ10年くらいでも屈指のナンバーであり、特に武道館でのパフォーマンスは凄まじいクオリティですね。確かにここまでのクオリティに出会えたのは幸せです。
『情熱大陸』などでもAyaseの様子を見ましたが、非常に厳しい表情をしている時間が多い印象です。27歳ということですが、その年齢の日本人男性としては非常に厳しく深いなあと。歌詞を含め、彼の心で何が渦巻いているかとても興味深いです。   RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2021-12-16 19:28) 

sakamono

リンク先のyoutubeで、しばし聞き入ってしまいました^^;。
by sakamono (2021-12-16 22:17) 

lequiche

>> にゃごにゃご様

CDのご購入ありがとうございます。(^^)
グリーグのコンチェルトは
アリス・オットの最も得意とする曲のひとつのようです。
ステージではどんなドレスを着ていても
いつも裸足というのに惹かれますね。
by lequiche (2021-12-17 02:56) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

北欧の作曲家といえばシベリウスかグリーグですが、
特にピアノ曲においてはグリーグです。
もっともグリーグで一番の有名曲は《ペール・ギュント》ですが。

サティはルイ・マルの映画《鬼火》の音楽に使われて
有名になったのではないかと思います。
ただアリス=紗良・オットの解釈は
よく耳にするサティとは少し違うように聞こえます。
サティはクリアで乾燥した音で構築された奇妙さの音楽
というように私には思えていたのですが、
彼女の弾き方は微妙に滲んでいるように感じて
私はそれをウェットだと表現しました。

サラ・ムーンはアドヴァタイジングの分野で
一世を風靡したカメラマンでキャシャレルの写真が有名です。
googleなどで 「Sarah Moon cacharel」 で検索すると
画像がたくさん出てきます。
マニエリスムの絵画のような写真です。
彼女は、分野としてはスティルなのですが、
ディオール・オムのCM動画を撮ったことがあり、
10年も昔ですが、このブログに記事を書きました。
ずばり言ってしまえばホモセクシュアルを連想させる
まさにディール・オムらしい映像です。
いまだに動画は観ることができます

https://lequiche.blog.ss-blog.jp/2012-02-16

Dior homme/A Film by Sarah Moon
https://www.youtube.com/watch?v=m2yoTSplkxA

YOASOBIを初めて記事にしたのは昨年6月でした。
「車の中でFMを聴いていたら〈夜に駆ける〉が流れてきて、
これっていいなあと思って、無限ループのようにして聴いていた」
と軽く書いていますが、実は本心では愕然としていまして
なぜこんなのをいままで知らなかったのだろう?
乗り遅れてしまった……という気持ちだったのです。

Ayaseは何もないところから始めた、と言っている通り、
最初は中古のMacBookだけで作っていたとのことで、
しかも妹の部屋に同居させてもらって
そのDKで作っていたのだそうです。
だから機材になどにはこだわらない、
何もないところからでも音楽はできると言っています。
今はどのブランドもふたりに服を着せたがっていますが、
どんな服を着ようとかまわない、服にはこだわらない、
とも言っています。
昔、小林秀雄はモーツァルトの音楽を
「疾走する悲しみ」 と形容しましたが、
Ayaseの音楽にも同様の疾走感と悲哀が感じられます。
それは安っぽいものでなく、もっとずっと暗い部分から
発せられているように感じるのです。
ikuraの歌唱もすごいです。
いくら2年経っているとはいえ、いきなりの武道館で
このベテランのような風格は何だ? と思ってしまいます。

LiSAとUruのためにAyaseが書いた曲を聴くと
彼はオファーに応じてどういうふうにでも書けるのだ、
ということがよくわかります。
さらっと書いていて、でもYOASOBIへの曲とは違って、
それでありながらきちんとAyase色が出ている。
このフレキシビリティはすごいですね。

LiSA×Uru/再会
https://www.youtube.com/watch?v=impSuIygMiQ
by lequiche (2021-12-17 02:56) 

lequiche

>> sakamono 様

そう言っていただけるとうれしいです。
形容がおかしいかもしれませんが、
彼女の持っている音楽の魔性のようなものに
引き寄せられてしまいます。
by lequiche (2021-12-17 02:56) 

にゃごにゃご

lequiche さま

昨日早速聴きました。
背中から後頭部から、ぞわぞわして。
とっても良かったです。
裸足、ペダルの感触が直接伝わってくるので、細かい力の入れ具合がわかるのかな。
by にゃごにゃご (2021-12-17 06:55) 

lequiche

>> にゃごにゃご様

気に入っていただけて幸いです。
アリス・オットは 「裸足のときが一番リラックスする」
と言っています。
それで演奏するときは裸足なのだそうです。

裸足で演奏する人は、コパチンスカヤもそうです。

Patricia Kopatchinskaja/Tchaikovsky: Violin Concerto Op. 35
https://www.youtube.com/watch?v=-1MTqZQ9rA0

クラシック以外でしたらビョークは有名ですね。

Björk/Jóga
Vespertine Live at Royal Opera House
https://www.youtube.com/watch?v=tU_Wx8ooRjI
by lequiche (2021-12-18 01:52) 

にゃごにゃご

lequiche さま

「裸足のときが一番リラックスする」
なるほど、そうなんですね。
コバチンスカヤのチャイコフスキー観ました。
とっても魅力的です。
ありがとうございます!!

by にゃごにゃご (2021-12-18 16:30) 

lequiche

>> にゃごにゃご様

コバチンスカヤも聴いていただきましたか。
ありがとうございます。
彼女は一見ワイルドに見えますが、
実はそうではないです。
おそろしいテクニックと歌心がありますね。
by lequiche (2021-12-20 01:30)