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コパチンスカヤのアンタイル《ヴァイオリン・ソナタ第1番》 [音楽]

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George Antheil (1928)

先日の新聞のコンサート評で、片山杜秀がパトリツィア・コパチンスカヤのコンサート評を 「凄絶を極めた」 という表現で語っていた。
トッパンホールで行われたコンサートはシェーンベルクの《幻想曲》、ベートーヴェンの《ソナタ第7番》、そしてアンタイルの《ソナタ第1番》。メインはもちろんベートーヴェンとアンタイルであって、その一種の狂躁とでもいうべき演奏の様子が伝わってくる。

コパチンスカヤのことは2月23日の記事に書いたばかりだが、前回のメインはファジル・サイの書いたソナタと2人の演奏が焦点だったのに対し、先月の東京でのコンサートは彼女が最近組んでいるピアニストであるヨーナス・アホネンとのデュオであり、感触としてはアホネンのほうがヴァイオリニストをより煽りたてるキャラクターのようである。片山はアホネンをメフィストフェレスのようだと言い、ひたすらヴァイオリニストを挑発するとも言う。
そしてファジル・サイとのデュオでとりあげられていたベートーヴェンは第9番のクロイツェルだったが、このアホネンとの演奏で弾かれたのは第7番 c-mollのソナタである。第6番〜第8番の3曲は作品30としてまとめられアレクサンドル1世へ献呈された曲である。3曲の調性は順にA-dur、c-moll、G-durであり、つまり第7番はおおらかな長調の曲想にはさまれた悲嘆の調性である。

だがそれより注目すべきなのはアンタイルのソナタである。
ジョージ・アンタイル (George Antheil, 1900−1959) はアメリカの作曲家であるが、経歴の初期は主にストラヴィンスキー的作風で、後期は映画音楽の作曲家として知られる。
アメリカの作曲家であるのにもかかわらず、en.wikiにはなぜか作曲リストがないのでfr.wikiのŒuvresの項を参照していたのだが、最も有名なのは初期に書かれた《Ballet mécanique》(1923−1925) だろう。坂本龍一にも同名の作品があるが、アンタイルをリスペクトしたものであるのかもしれないが曲想は全く異なる。
ただ坂本の〈Ballet mécanique〉を擁したアルバム《未来派野郎》に使われているインダストリアルなサウンド形成には影響があるようにも感じる。

アンタイルはボリス・チャイコフスキーほどには平明 (というか韜晦的) でなく、かといって以前、コパチンスカヤがリリースしたウストヴォーリスカヤほど難解ではない。
《ヴァイオリン・ソナタ第1番》はピアノが一定のリズムをキープし、そのうえにヴァイオリンがメロディを重ねるという手法であり、ヴァイオリンのメロディラインはトリッキーだが、悲劇的に陥ることはない。面白いのは (おそらく) わざと汚い音質を出すように書かれている部分があることだ。
パルス的に畳みかけて行く書法はバルトークの急速調の楽章を連想させることもある。ただピアノの和音が不協和で鳴り響くようなことはあまりない。アホネンのピアニズムは軽快で、この曲の印象に合っている。
逆にいえばこの曲は軽快ではあるけれど内包されている意味性は薄い。そうした傾向は即物性を帯びたメカニックで規則的な音から醸し出される陶酔であり、後年の映画音楽作曲の原点として見ることができる。

下記にリンクしたのはコパチンスカヤとアホネンによるアンタイルの〈ヴァイオリン・ソナタ第1番〉とベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第7番。〈バレエ・メカニク〉の古い動画、マルカンドレ・アムランの弾く〈ジャズ・ソナタ〉。
そして参考としてBerliner Philharmonikerのサイトにあるウストヴォーリスカヤを弾くコパチンスカヤ。ごく短いさわりだけだが。

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パトリツィア・コパチンスカヤ&ヨーナス・アホネン
(朝日新聞digitalより)


パトリツィア・コパチンスカヤ、ヨーナス・アホネン/
ジョージ・アンタイルの見た世界 (ALPHA CLASSICS)
『ジョージ・アンタイルの見た世界』




Patricia Kopatchinskaja & Joonas Ahonen/
Antheil: Sonate pour violon no 1
https://www.youtube.com/watch?v=qugYuwd3QwQ

Patricia Kopatchinskaja & Joonas Ahonen/
Beethoven: Sonata for violin and pian No.7,
c-moll, op.30-2
https://www.youtube.com/watch?v=z_Z63cZGnEA

Le Ballet Mecanique 1924
https://www.youtube.com/watch?v=wi53TfeqgWM

Marc-André Hamelin/Antheil: Jazz Sonata
https://www.youtube.com/watch?v=eJUAvTCT7po

Patricia Kopatchinskaja/Ustvolskaya: Violin Sonata
https://www.youtube.com/watch?v=cOQhyFkVK1c
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末尾ルコ(アルベール)

「凄絶を極めた」とまで言われると矢も楯もたまらなくなりますね。その場で体験できたお客さんたちは本当にラッキーです。生涯忘れえぬ記憶となるでしょうね。
リンクしてくださっている動画、すべてではないですが概ね視聴させていただきました。細かなことはいつも通り分かりませんが、「Beethoven: Sonata for violin and pian No.7,c-moll, op.30-2」でのコパチンスカヤの構えがとても戦士的でカッコいいなと。カッコいいと言えば、「Le Ballet Mecanique」は音楽も映像もカッコいいですね。モノクロ映画の雰囲気が醸し出されています。
ジョージ・アンタイルに関しては何も知りませんが、セシル・B・デミル監督、ゲイリー・クーパー、ジーン・アーサー共演の『平原児』の音楽をやってるんですね。未見です。観たいなあ~。
そう言えば坂本龍一についてですが、少し前に『題名のない音楽会』で若手演奏家たちが彼の曲をプレイするという企画がありました。なかなか聴き応えあったのですが、中でも教授が19歳の時に作曲した曲が興味深かったです。クラシック音楽そのもののような内容でしたが、坂本龍一自身は当時ウェーベルン、ベルク、バルトーク、デュティーユ、クセナキスなどをよく聴いていて、特にウェーベルンの影響を受けた旨メッセージしていました。
と申しましてもわたしこの中で辛うじてバルトークを少し知っているくらいで(笑)、また他の作曲家も聴いてみようと思ってます。
他にも「andata」なども演奏されましたが、坂本龍一、近年の作品も素晴らしいですね。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2023-04-02 20:05) 

末尾ルコ(アルベール)

坂本龍一が死去しました。上記コメントを書かせていただいた後、しばらくしてそのニュースを知り驚きました。伝えられていた病状からも覚悟はしていましたが、喪失感は予想以上に深いです。  RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2023-04-03 20:44) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

コパチンスカヤは雑で乱暴な見た目がありますが、
あれは一種の衒いで、決して雑ではありません。
それに雑だったらヴァイオリンなんか弾けないです。

Ballet mécaniqueを製作したのはフェルナン・レジェ、
撮影はマン・レイです。(尚、タイトルに冠詞は付きません)
映像も音響もアヴァンギャルドですし、
ロシア構成主義的なイメージも喚起されます。
アンタイルの音楽は意外に通俗なテイストもありますし、
後年、映画方面にシフトしたのも納得できます。

ヴェーベルンのことは、ずっと以前のブログに書きました。

アントン君と雪の日 — complete webern・boulez
https://lequiche.blog.ss-blog.jp/2012-02-29

彼の曲は短く、曲数自体も多くないので
過去のこの記事にリンクしてあるブーレーズのコンプリート盤が
ヴェーベルンを理解するのに適切だったのですが
現在は廃盤のようです。
最も有名なのは《管弦楽のためのパッサカリア》op.1です。
スリリングですし聴きやすいです。

ユッカ=ペッカ・サラステ/WDR交響楽団:
Webern: Passacaglia op.1
https://www.youtube.com/watch?v=u37qhac1FUI

FMの坂本美雨の番組では、番組の最後に
アナウンサーによる弔文が読まれただけでした。
もちろんあの番組は事前に録音されているからでしょうが、
単にそれだけでなく、簡単に語らないことが
かえって悲しみの深さをあらわしているように思えました。
by lequiche (2023-04-06 01:59) 

coco030705

こんばんは。ご無沙汰です。
こういうヴァイオリンとピアノの演奏は初めて聴きました。今まで美しいというのか、よく知っているような演奏しか聞いたことがなかったので、ちょっと胸がザワつきます。すごいですね。
by coco030705 (2023-04-14 23:35) 

lequiche

>> coco030705 様

リンクをお聴きいただきありがとうございます。
表記の曲はいわゆる現代音楽というジャンルの曲ですから、
伝統的なクラシック音楽より難解ですし特殊な美学に基づいています。
しかしこの曲はそうしたなかでも比較的聴きやすいと思います。

ヴァイオリン曲ではたとえばエイヒベルク (英語読みだとアイクベア)
という作曲家の〈キラーテルソルネク〉という曲があります。
ずっと以前の記事にもリンクしたのですが、
かなり難曲でヴァイオリンのテクニックが試されます。
冒頭は 「静かな難解」 なのですが、
後半はオーケストラがスペクタクルで面白い構成の作品です。
バイバ・スクリデというラトビアのヴァイオリニストが
2001年のエリザベート王妃国際音楽コンクールで優勝したときの
ライヴ映像が下記のリンクです。
全部聴かなくてもよろしいですから
お時間のあるときに、さわりだけでもお聴きください。
スクリデは私の最も信頼するヴァイオリニストのひとりですが、
このとき20歳でした。

Søren Nils Eichberg: Violin Concerto “Qilaatersorneq”
The Queen Elisabeth Violin Competition 2001
http://www.youtube.com/watch?v=Y8rSZM8bdb4

尚、文中にあるボリス・チャイコフスキーという作曲家は
有名なピョートル・チャイコフスキーとは別人です。
by lequiche (2023-04-16 04:02) 

coco030705

バイバ・スクリデの演奏、聴かせていただきました。有難うございます。
今まで聴いていたような、なじみのある音ではなく、全く新しく創った音楽ですね。バイバのテクニックはすごいなと思いました。美人ですね。楽団の人もこういう新しい音楽を演奏するのは、面白いのではないかしらと思いました。
たぶん、ベートーベンもモーツァルトも、出てきた時は現代音楽だったのですから、人々をびっくりさせたのかもしれませんね。

by coco030705 (2023-04-18 23:04) 

lequiche

>> coco030705 様

さらにリンクした演奏をお聴きいただきありがとうございます。
スクリデの演奏しているエイヒベルクの曲は
彼女がエリザベート・コンクールのヴァイオリン部門で優勝したとき、
同年の作曲部門で優勝した曲です。
現代音楽ですがそんなに聴きにくい曲ではないと思います。
冒頭で、左手のピッツィカートが頻出しますが
テクニック的に一番難しい個所です。
スクリデはロシア系の女性の常として、
近年はややふくよかになってしまいましたが (笑)
超絶的テクニックは健在です。

そうです。ベートーヴェンもモーツァルトも
当時は顰蹙を買った部分があったと思います。
新しいものとは常にそういうものです。
by lequiche (2023-04-22 01:30)