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川上未映子『黄色い家』 [本]

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川上未映子 (東京新聞web 2023年3月12日記事より)

読んでいて次第にとてもしんどくなるのだが、それでもやめられないで読んでしまうという点で、最近では滅多にない没入感のある読書をしてしまうような本である。新聞連載小説だったとのことだが信じられないくらいの緻密さと計画性を持っている作品だと思う。

タイトルの『黄色い家』は風水の 「黄色は金運」 にこだわる主人公・伊藤花の理想の 「家」 をあらわしているのだが、その家は脆くも壊れ、そして彼女自身も壊れてしまう。本のカヴァーを見ると、並記された英語タイトルが 「SISTERS IN YELLOW」 となっているところにも一種の仕掛けを感じる。
花が心惹かれ一緒に暮らすようになった吉川黄美子は花よりかなり年上だが、花と同年代である蘭、桃子というティーンエイジャー3人とあわせれば偽装された四姉妹と考えることもできる。だから「SISTERS」 なのだ。つまりそれは屈折した社会的底辺における『細雪』な物語でもあり、犯罪にはまっていくことでは是枝裕和の映画《万引き家族》をも連想させる。

また、働いて溜めた金を盗まれ落胆する花に、黄美子が 「わたしと一緒にくる?」 と花を誘い、花がそれに瞬時に反応して家を出て行くところ (p.74) は吉田秋生の『海街diary』を連想させる (このマンガの映画化も是枝裕和だったことを思い出す)。

花と黄美子ではじめたスナックは軌道に乗り充実した日々が続くが、火事で店を失ってから目標も喪失し、花はだんだんと悪の道に入って行ってしまう。ATMを利用した不正な引き出しの繰り返し。それは抜けられない道であり最終的な破滅が予感され、そしてその通りな結末がやってくる。金を得るためには何でもすることに執着するあまり、花には心に余裕が無くなってしまい、次第に狂気に近い言動を繰り返すようになる。花の貯めた金を盗んだトロスケを偶然見つけて金を返せと言ったとき、トロスケは花に 「それにしても見た目かわりすぎだろ。昔はもっとこう……普通の顔してただろ」 と言う (p.552)。
そうした意味でこの作品は馳星周の描くようなピカレスク小説でもあり、オウム真理教の狂気や、最近の各種の闇バイトに通底するような色合いを持っている。

花にとって黄美子とはどういう存在だったのか。カリスマだったのか、母親の代替えだったのか、それとも無意識の屈折した恋愛対象だったのか。花には若者が抱いている標準的な恋愛感情がみられず、それは最後まで変化することがない。
金への執着をみせながら、それを現金のまま貯め込んでおき、結果として盗まれたり無心されたりという危険で不安定な状態が続くのにもかかわらず、それを保持したままだということに対して、金とは単なるメタファーであり花の心の寂寥や不安定さをあらわしているのではないかというような象徴主義的感想を持ってしまうのは私の穿ち過ぎなのだろうか。
幸福が全て逃げて行くところにとても共感する。なぜならそれは私が過ぎて来た道に似ているからだ。

川上未映子『黄色い家』その2 2023年04月30日 につづく。


川上未映子/黄色い家 (中央公論新社)
黄色い家 (単行本)

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コメント 2

末尾ルコ(アルベール)

『黄色い家』、評判になってますね。わたしも読んでみたいと思います。
川上未映子を知ったのは芥川賞受賞した時ですが、それ以来全著作読破というわけではないけれど、常に動向を追っている作家の一人です。
余談になりますが、芥川賞受賞直後の川上未映子はそのカリスマ的な外見も手伝ってメディアへの登場も多く、テレビでの宮本浩次との対談も印象的だったのですが、太宰治原作『パンドラの匣』の映画化に出演していて、東京の映画館でそれを観たことを今でも新鮮に記憶しております。是枝監督作品との共通性のご指摘を拝読しながらそんなことを思い出しました。

・・・

坂本龍一の追悼記事、追悼番組いろいろ見ましたが、地元『高知新聞』に載っていた(もちろん『高知新聞』だけの掲載ではありませんが)、浅田彰の談話が最もよかったです。わたしのブログでも取り上げるつもりですが、一部抜粋してみます。

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ただ、特に病気の後は、仮面をかぶった完璧な職人であることをやめ、世界の響きを体で受け止めて音楽にしていく素顔の音楽家になった。最後に自分の音楽を発見するという素晴らしい物語でした。

衰弱し、自分の世界が病室だけに狭まっていく中で、簡潔でありながら大宇宙を凝縮したような豊かさをもつ音楽を遺した。見事な「晩年様式」の達成と言うほかありません。

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浅田彰ならではのバランスの取れた素晴らしい言葉だと思いました。
NHKの『100年インタビュー』も素晴らしい内容で、坂本龍一って10代の頃、新宿で年間300本ほど映画を観ていたということで、映画に対する愛情や知識が凄く深いのですね。そこまでとは知らなかったので、とても嬉しく、坂本龍一をもっと好きになりました。
                       RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2023-04-19 07:44) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

『黄色い家』の題材は限りなく通俗ですが、
それを純文学として書いているのが才能です。
映画出演もされていたんですか。知りませんでした。
予告編を探して観ましたが、良さそうですね。
それに音楽が菊地成孔とのこと。びっくりです。
ご存知かと思いますが若い頃のライヴ動画があります。
映像自体は最初のほうがグチャグチャですが、
歌はそんなに悪くないと思います。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm8582930

浅田彰の引用ありがとうございます。
坂本龍一に対する追悼記事などは今、大量にありますが、
それはそれとして今後、彼の残した音楽を
どのように維持していくかが重要なのだと思います。
まだその評価は定まっていないように感じますし、
それが一過性のものなのかそうではないのか
見極める必要があります。

坂本龍一は映画をたくさん観ていたのですか。
映画音楽とはあくまで映画主体のもので
音楽は映画に合わせなければならない、
自分勝手に作ってはならないというようなことを
言っていましたね。
たとえば〈Rain〉という曲には
シンプルななかにおそろしく多い情報が詰まっています。
あえてオフィシャルでない動画ですが、
Ryuichi Sakamoto/Rain
https://www.youtube.com/watch?v=NrgJOQU8zxU

映画といえば
高知県立美術館でパゾリーニの連続上映がありますね。
by lequiche (2023-04-22 18:27)