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ハービー・ハンコック《Speak Like a Child》 [音楽]

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ミュージック・マガジンの坂本龍一追悼号 (2023年6月増刊) には同誌に掲載された昔の記事が再録されているのだが、そのなかで面白いことを発見した。1978年12月号に掲載された坂本と鈴木慶一の対談で坂本のアルバム《千のナイフ》が話題になっている。1978年だからアルバム発売直後の頃である。

鈴木が 「1曲目のサビって言っていいのかな、あそこのメロディ、最高だね」 と褒めたのに対して坂本は、「フランシス・レイみたいでしょ」 と答えながら 「実は、あの曲だけ、ネタがあって、メロディのネタっていうんじゃないんだけど、コード的に」 ハービー・ハンコックの〈スピーク・ライク・ア・チャイルド〉にインスパイアされたと言うのである。これは驚きだった。そして坂本はブルーノート時代のハンコックが好きだったと述懐する。
話題は次にデヴィッド・ボウイの《Low》(1977) に移って〈Warszawa〉が最高だよ、という話で盛り上がるのだが、《Low》はこの対談の前年のリリースだからまさにリアルタイムであり、すごい時代だなと思う。

それは措くとしてハンコックの〈Speak Like a Child〉が〈千のナイフ〉の元ネタというのがよくわからなくて、一応比較して聴いてみたのだが……う〜ん、わかりません。
ただ印象としては、この頃のハンコックのアルバムは《Maiden Voyage》が1965年、サントラ盤をはさんで1968年が《Speak Like a Child》で、まさにハンコックの最盛期なのは確かだ。
アルバム《Speak Like a Child》の収録曲のうち、〈Riot〉はマイルス・デイヴィスのアルバム《Nefertiti》(1968) のために書かれたものであり、〈The Sorcerer〉はマイルスの同名アルバム《Sorcerer》(1967) に収録されたアルバム・タイトル曲である。

実はこのあたりのハンコックのアルバムについて、私は長い間、何だかよくわからない曲という先入観でいた。ハンコックが在籍していた頃のマイルス・クインテットについては以前の記事 「ストックホルム1967年のマイルス」 (→2023年03月05日ブログ) に書いたが (セッション・アルバムで言うならば《E.S.P.》から《Nefertiti》までの)、この時期のいわゆるアコースティク・マイルスの末期におけるマイルスとそのサイドメンの緊張感からすると《Speak Like a Child》はレイドバックしたようなゆるい感じがしたからだろうと推測するのだが、それはなにより私がそれを初めて聴いた時期がまだ若年過ぎたからなのかもしれない。

〈Speak Like a Child〉は有名曲なので、ハンコック自身も何度も再演しているが、現在の私にとってはオリジナルの演奏が一番しっくりと心に沁みる。それにオリジナルの演奏では3管がフリューゲルホーン、アルトフルート、ベーストロンボーンという低めの楽器が使われており、そこにもハンコックのアイデアを感じ取ることができる。

坂本の〈千のナイフ〉も同様に有名曲であり、1stアルバムのタイトル・チューンということもあって、YMOでも演奏されているが、この曲もオリジナルが一番すぐれていると私は思う。メロディはポップで、すたれなくて、いかにも坂本龍一のテイストだ。

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Herbie Hancock/Speak Like a Child
(Universal Music)
スピーク・ライク・ア・チャイルド+3(SHM-CD)




坂本龍一/Thousand Knives (日本コロムビア)
千のナイフ (SACD ハイブリッド)




Herbie Hancock/Speak Like a Child (1968, oroginal)
https://www.youtube.com/watch?v=lTNLWi-xAkE

坂本龍一/Thousand Knives (1978, original)
https://www.youtube.com/watch?v=RIpzzSIoU5g

Herbie Hancock/Speak Like A Child
live in Switzerland, 1984
https://www.youtube.com/watch?v=Ql34lFkH2J0

YMO/Thousand Knives
World Happiness, 2009.08.09
https://www.youtube.com/watch?v=_QxPf2QvyGs
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末尾ルコ(アルベール)

2局続けて聴いてみましたが、共通点を感じることはできませんでした。まあlequiche様でも難しいのにわたしに分かるわけありませんが(笑)。10回くらい連続して続け聴くけば、少しは分かるところがあるかもしれませんが。
60~70年代のポップカルチャーを含めた文化芸術って、やはり凄いですよね。深くしかも時に見かけは浅く、それでいて凄味があるという。その点では現在とはかけ離れた時代だったのではと。80年代からかなり変わりましたね。
今朝「Speak Like a Child」を聴いたのですが、すごく心地よかったです。音楽に限らず芸術って、年齢はもちろん「いつ鑑賞するか」で作品そのものの印象が大きく変わります。だから一度の鑑賞で事足れりという意識はわたし原則捨てております。

今朝はカンヌ映画祭で役所広司が男優賞受賞のニュースに興奮しました。しかもここへ来てヴィム・ヴェンダース作品ですから。
昭和の時代から現在に至るまで図抜けた映画出演を続けている圧倒的俳優としての役所広司。カンヌの男優賞ほど彼に相応しい賞はないでしょう。とてつもなく嬉しいニュースでした。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2023-05-28 19:29) 

Flatfield

ジャコパスのKuri/speak like a child はここから持ってきたんですね。なるほど。
千のナイフのコード進行、そういうのは某番組で「坂本龍一のここがすごい。そのいち コード進行」とかって特集組んでくれれば。w 資本主義なので教授の追悼盤とか出るころかな。
鈴木慶一さんは、人徳あるよね。w
by Flatfield (2023-05-28 20:40) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

坂本龍一はハンコックのコード・プログレッションの傾向に影響された
というようなことを言いたかったのだと思います。
ですからここの部分をパクッて、というようなことではないはずです。
ハービー・ハンコックは、wikipediaに拠れば
クレア・フィッシャーやモーリス・ラヴェルの影響を受けた
とのことですが、フランス印象派の名前をあげるあたりに
坂本龍一との共通性が見られます。
ただ、ラヴェルはフランス印象派といってもややスクエアで
坂本の信奉するドビュッシーのほうが拡張性が高いですが。
尚、クレア・フィッシャーはポピュラー系のアレンジャーですが
プリンスのオーケストレーションもやっていました。

ハンコックは《Maiden Voyage》《Speak Like a Child》などの
自身のアルバムを作りながら同時にマイルス・クインテットの
ピアニストでもあったわけですが、
マイルスのときと自身のアルバムとでは弾き方が異なります。
つまりマイルス・バンドのときはあくまでマイルスのコンセプトが
最優先であって、でも自身のアルバムのムードは違っていた
というところにハンコックの懐の広さを感じます。
ただ、私はマイルスのアコースティク・バンドのコンセプトが
最高だと思っていましたので、それに対してハンコックの
アルバム・コンセプトというのが以前は理解できなかったわけです。
それで 「ゆるいじゃん!」 としか思えなかったのですが、
単にバカだったんですね。(^^;)
特にアルバム《Speak Like a Child》についていえば
3つの管の動きが絶妙で、その上に乗るピアノのセンスが快いです。
坂本龍一は、その当時、「こういうふうにやっていいんだ」、
と思ったのでしょうね。

それとこの《Speak Like a Child》のジャケット・デザインは
秀逸です。画像上のオトナ版写真がジャケット表面、
画像下のコドモ版写真がジャケット裏面です。
通俗的ない言い方をすればオシャレですよね。
このジャケット、CDでなくレコードで欲しいんですが
今、とても高価です。

デヴィッド・ボウイの《Low》は私の一番好きなボウイですが、
でもそれは後追いで聴いたので、
その時点で聴いて 「これすごいね」 と語り合っているのは
とても幸福なことなのではないかと思うのです。
このミュージック・マガジンには坂本龍一が
ボウイにインタヴューした記事も再録されているのですが、
ボウイはクラシック音楽にも詳しくて、
もう……何十年も先を行っていたんですね。
この2023年になってやっと彼の言っていることがわかるのです。

Perfect Daysのことは全然知りませんでした。
役所広司とヴィム・ヴェンダースが全然結びつかなくて
「何それ?」 と思ってしまったのですが……すごすぎます。
でも役所広司の日本語wikiを見ると
カンヌのことなんか何も書いてありません。
かろうじて受賞歴に誰かが書き入れただけです。
でもwiki英語版もフランス語版も、すでに記事の中に
カンヌのことが書かれています。
日本語wikiってほんとにローカルだなぁと思います。
by lequiche (2023-05-30 02:16) 

lequiche

>> Flatfield 様

ジャコパス、もちろんその通りです。
ただ、Kuri/Speak Like a Childを改めて聴くと
これはこれですごいですね。

坂本龍一のコード進行については、千のナイフではないですけど
以前の記事:
「リバーサルオーケストラから派生していろいろ思うこと」
にもリンクしたEテレのScholaが大変参考になります。
これです。戦メリの解説ですが。
(これ以外にもScholaの動画はいくつかあるはずです)

Schola 坂本龍一/戦場のメリークリスマス 解説
https://www.youtube.com/watch?v=mBctM3EwPno

ここでテンションの解説とともに坂本が言っているのが
最初にトニックでなくサブドミナントを使ったこと。
そうすることによってトーナリティが曖昧になる
とのことですが、そもそもサブドミナントが重要ってことは
たとえばドビュッシーみたいなフランスものとは離れますけど
直感的にわかりますよね。
ブルースハープなんて基本はサブドミナントですから。
そのことはホーナーのハープを買ったとき、
新星堂の店員さんから教わったんですが、
昔は優れた店員さんがいたものです。
って話が逸れすぎてしまいましたが。(^^;)

それと話がそれたついでに言いますと、
上記の 「リバーサルオーケストラ……」 の記事の中で
イ短調の戦メリの楽譜というのがあると書いたのですが、
細かいこと言うと、やっぱりイ短調ではダメですね。
なぜならピアノは平均律で調律されているので、
イ短調と変ロ短調では音と音との幅が微妙に異なりますから
和音の響きも違ってしまいます。
たぶん、イ短調ではあっけらかんとした和声になると
私は思います。ま、どうでもいい話なんですけど。
by lequiche (2023-05-30 03:00) 

NO14Ruggerman

坂本龍一の千のナイフがハンコックのスピーク・ライク・ア・チャイルドにインスパイアされたというくだりは凡人の私には同曲を何百回聴いたところで到底理解不能でしょう。むしろヘッドハンターズのカメレオンあたりに影響を受けた、と言うようなことだったら素人にも分かり易いでしょうけど・・
しかしそれでは芸術家の匂いがまったく感じられないですね。
by NO14Ruggerman (2023-06-03 01:23) 

kome

初期はフユージョンっぽい曲がいろいろありましたね。
その後、実験的なB-2unit、エスペラントではサンプリングが登場して民族音楽的なもの。
現代音楽的なものも当然あったりして。
高橋悠治が漢詩を元にした曲で坂本龍一と作ったレアなのがあるのですが、それも興奮した記憶があります。
晩年は、実験的な攻めの姿勢が薄まったのであまり聞いていません。

by kome (2023-06-03 11:49) 

英ちゃん

lequicheさん、コロナも明けた(国が無理やりにだけど)ので国分寺で飲み会をやりましょうか?
日曜日が良いんだっけ?
ちなみに今月は私は金欠なので来月以降でどうですか?
ここから私にご一報を下さいませ。
https://ws.formzu.net/fgen/S92231559/
よろしくお願いいたします。
by 英ちゃん (2023-06-04 13:41) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

実はジャズ・ピアニストに関してなのですが
マッコイ・タイナーとハービー・ハンコックについて
いろいろと考えることがあったのです。
それはコルトレーンのジャイアント・ステップスから
派生した疑問だったのですが
それはそのうち改めて書こうと思っています。

で、坂本龍一には普通の人ではわからないような
微妙な音感覚があるので、
それがドビュッシーの音楽の中に感じるものを見つけたり、
そしてハンコックの音の中にも何かを見出したのだ
と考えることができます。
それでいてたとえば〈君に、胸キュン。〉みたいな
ポップな傾向もしっかり持っているのがすごいのですが、
それってジャンルは違いますけど
ハンコックの〈ヘッド・ハンターズ〉と同じ意味に思えます。
つまり坂本龍一もハービー・ハンコックも
何でもできるんですよね。(^^)
by lequiche (2023-06-05 14:09) 

lequiche

>> kome 様

あぁなるほど。
どちらかというとアヴァンギャルドなほうがお好きなんですね。
そのときどきの音楽のトレンドに合わせて
その時点での最新機材も使いこなしながら、
でもありきたりでないという何かが必ず存在するのが
坂本龍一の音楽だと思います。

アルバム《エスペラント》は比較的尖っている印象がありますが、
フェアライトCMIが1981年、Emulatorも同年ですけれど
IIになったのが84年で、このへんがサンプリングの最盛期ですね。
初期の頃はビット数も少なくて、でも坂本はデジタルシンセに関しても
たとえばDX7の音はチープだけれどそれが良いみたいなことを
言っていましたが、サンプリングも同様でまだ開発途上なんだけれど
ともかく使ってみる、みたいな姿勢が攻撃的だったと思います。

晩年の作品は身体の不調もあったのでしょうが、
やや内向的になっているようにも見えます。
私も全部を聴いているわけではないですが、
でも《async》など気になるアルバムは多いです。
たとえば同じYMOメンバーでも
クロニクルに細野晴臣の音楽を追いかけるのと
坂本龍一の音楽を追いかけるのでは
その本質がまるで異なるように思います。
by lequiche (2023-06-05 14:38) 

lequiche

>> 英ちゃん様

そうですね〜。実はまだ明けてないような気がしますが、
ま、いいんじゃないですか。(^^)
了解しました。
by lequiche (2023-06-05 14:42)