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ストックホルム1967年のマイルス [音楽]

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Wayne Shorter (Stockholm, October 31st, 1967)

マイルス・デイヴィスの音楽的ピークは幾つもあるし、また人それぞれで感じかたも違うと思うが、アルバムタイトルでいえば《Miles Smiles》からの3枚、つまり《Miles Smiles》(1967)、《Sorcerer》(1967)、《Nefertiti》(1968) はその特異なコンセプトによって最も輝いている作品群のように思える。これらは1966〜1967年にレコーディングされている。正確にいえばそれらの少し前の《E.S.P.》(1965) がその始まりで、その後に2枚のジョージ・コールマンをテナーに据えた1964年レコーディングのライヴ・アルバムが存在するがそれを省くと、《E.S.P.》から1966〜1967年録音の3枚へと続くこれらの4枚が、マイルスのアコースティクにおける最高峰であって同時にアコースティクの終焉ともいえるのだが、そのコンセプトをリードしていたのがウェイン・ショーターである。
以前、これらのショーターとのマイルスのアルバムを 「軒を貸して云々」 と書いていた評論家がいたが、音楽がわかっていない。

しかしマイルスのセッショングラフィを見るとわかるように、この時期のマイルスのライヴは、このウェイン・ショーターが主導したコンセプトとはやや異なる。ライヴはセッション・レコーディングのようにかっちりとしたものでなく、もっとずっとフリーで、それでいながら厳密な構成を保っている。
もう少し細かく時系列的にレコーディング・デイトを見ていくと、

 《Miles Smiles》October 24–October 25, 1966
 《Sorcerer》May 16–24, 1967; August 21, 1962 (track 7)
 《Nefertiti》June 7, 22-23 and July 19, 1967

であるが、《Nefertiti》のレコーディングの最後がColumbia 30th Street Studio, New York NYで7月19日となっていて、その後がしばらく空白である。そして10月28日から始まるヨーロッパ・ツアーは、つまり《Nefertiti》レコーディング後のライヴであるのだが、これらのライヴにおける緊張感と完成度はまさに完璧であり、それは結果として純粋なアコースティク・インストゥルメンツとの訣別でもあったのである。

 10月28日:アントワープ (ベルギー)
 10月29日:ロンドン (UK)
 10月30日:ロッテルダム (オランダ)
 10月31日:ストックホルム (スウェーデン)
 11月01日:ヘルシンキ (フィンランド)
 11月02日:コペンハーゲン (デンマーク)
 11月04日:ベルリン (ドイツ)
 11月06日:パリ (フランス)
 11月07日:カールスルーエ (ドイツ)

と続くこの楽旅の中でストックホルムの映像は有名であり、完成度も非常に高い。この後にエレクトリック化が始まり、そして《In a Silent Way》(1969)、《Bitches Brew》(1970) へと変貌していくとはとても考えられない雰囲気なのだが、それに至るブリッジとしての《Miles in the Sky》(1968)、《Filles de Kilimanjaro》(1968〜1969) を聴くと、変貌して行くマイルスの必然性をしっかり読み取ることができる。

だがそれに至る直前の1967年10〜11月のヨーロッパ・ツアーこそが、あえて言ってしまえばマイルスの頂点であるように思うのだ (したがってBootleg seriesでいえば最も重要なのはvol.1である)。ただ、このツアーにおけるウェイン・ショーターのソロはやや暗い。もともとそうしたテイストのあるテナーではあるのだが、マイルスを下支えする異質な冥府の王という印象もある。そしてこの時期のトニー・ウィリアムスは最も高いテンションを維持しているように感じる (もっとも私が特に評価するのは《Filles de Kilimanjaro》におけるドラミングであるが)。
下記にリンクしたのは10月31日スウェーデンのストックホルムにおけるライヴである。〈Agitations〉から始まるマイルスの音はスリリングで一分の隙もない。

そしてウェイン・ショーターはマイルス・バンドにおける歴代のリード奏者の中で、ジョン・コルトレーンと並んで最高のテナーであった。


Miles Davis/Live in Europe
The Bootleg Series vol.1 (Sony Legacy)
Miles Davis Live in Europe 1967 (The Bootleg Series Vol. 1)




Miles Davis Quintet
Konserthuset, Stockholm, Sweden,
October 31st, 1967 (in color)
https://www.youtube.com/watch?v=hp0Ec-N45t0
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末尾ルコ(アルベール)

Miles Davis Quintet, concert in Stockholm, Sweden、視聴させていただきました。
これは本当に素晴らしい!時間も長くないし、何度でも視聴したくなります。ご紹介有難うございます。
ウェイン・ショーターも亡くなりましたね。ウェザー・リポートを含め、彼の作品で未聴のものも少なからずあるので今後聴いていきたいと思ってます。
表現者のピークは、それは偉大な人であればあるほどいつなのか分かりにくいことがありますね。今回のお記事、マイルスをこれからも聴いていく中で、とても示唆していただけました。有難うございます。

ナーズム・ヒクメットという人物は知りませんでした。いろいろ調べてみます。もともと歴史は大好きなのですが(フランス史中心ですが)、最近疎かになっていた自覚がありまして、また「歴史とともに生きている」実感を取り戻したいと思います。
ロシアは文学やバレエなど、正直なところ贔屓にしていた国だけに、現在のあまりに無残な状況は残念であり、当然ながら怒りは収まりません。
文化芸術は基本として「断言できない」曖昧な要素を多分に占めるものだと思っておりますが、この「断言できない」という属性が不安でたまらない「何でも断言したい」人たちが嫌うところなのでしょうね。だからすぐに「何十億円で落札」とか「興行成績新記録」とか「再生回数~億回」とか測定可能な世界へ引きずり落そうとするのですよね。本当に醜悪極まりないメンタリティです。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2023-03-06 09:08) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

この動画、もともとはモノクロのようなのですが、
うまくカラーにしてあると思います。
このライヴの緊張感はすごいです。
特にトニー・ウィリアムスのドラミングが絶品で
どんどん煽っていくことにより速度が増していくような
めくるめくような感覚があります。
実際にライヴでは原曲より速くなってしまっているようです。

《Sorcerer》や《Nefertiti》といったアルバムでは
ショーターの呪術的なコンセプトが顕著で
それがこの時期のマイルスの特徴となっています。
マイルスはショーターやウィリアムスに
好きなようにやらせているようにみえて実はそうじゃない、
という部分が理解できないといけないのです。
私は基本的にアコースティク楽器の頃が好きですが
それはエレクトリック初期の頃の電気ピアノに
ごくつまらないソロが頻出することがあるからなので、
それは演奏者の責任だけではなくて
やはり楽器がまだ使い切れるだけこなれていなかった
というふうにも捉えられます。

ウェイン・ショーターはどんなソロでも秀逸です。
マイルスバンド時代でもウェザー・リポートの頃でもかわりなく
それは天性のものです。ご冥福をお祈り致します。

ナーズムは私も知りませんでした。
このあたりの歴史は複雑ですし東西交易の要衝ですので
多種の文化が交配しているという印象も受けます。
ロシアはもうダメだと思います。
中国と同様、過去の文化に対する尊敬がありません。
未来になったら、かつての幻の帝国というふうに
語られるときが来るのでしょう。

あぁ、何でも断言したい……というのよくわかります。
つまりすべてがお金換算なのです。
by lequiche (2023-03-08 01:21)