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コルネットと尖った耳 — ビックス・バイダーベックに [音楽]

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ジャズ・トランペッターで気になっている人が私には3人いて、それはクリフォード・ブラウン、ブッカー・リトル、そしてビックス・バイダーベックである。

クリフォード・ブラウンは1954年のアート・ブレイキーとのライヴ《A Night at Birdland》が一番輝いているように思える。張りのある明るい音色のフレージングは完璧でこれ以上のトランペットは存在しない。バードランドはチャーリー・パーカーのニックネームであるバードからとられた店名のジャズクラブだが、ブレイキーにクリフォードを紹介したのもパーカーである。だが彼の録音はそんなに多くない。25歳で交通事故により亡くなったからである。

ブッカー・リトルはエリック・ドルフィーとの1961年のファイヴ・スポットのライヴで有名であるが、ジョン・コルトレーンが太陽ならばドルフィーは月というのと同じように、クリフォード・ブラウンが太陽ならブッカー・リトルは月である。それも木星あたりの暗い影の月なのかもしれない。ファイヴ・スポットのライヴは、だから月の光に満ちているはずだがその音は限りなく熱い。
でも私は、たとえばフランク・ストロジャーのアルバム《Fantastic》にサイドメンとして参加しているリトルが好きだ。彼はドルフィーとの時のようにがんばっていなくて、ちょっとルーズでやや曖昧なフレージングがあったりするが、その心許なさが真のブッカー・リトルなのかもしれないと思う。だがリトルの録音もとても少ない。彼はファイヴ・スポットのライヴから4ヵ月後、23歳で亡くなってしまった。

ビックス・バイダーベックはクリフォード・ブラウンやブッカー・リトルなどよりももっと前の、ジャズ創生期の伝説の人である。いわゆるディキシーランドジャズの時代であるが、当時最も人気のあった、そして今でも最も有名であるルイ・アームストロングに較べると名前を知る人は少ない。ビックスはサッチモの力強く元気な音に較べると、ちょっと違っていてやや翳りがある、それでいて凜とした音をしている。
フランシス・フォード・コッポラの映画《コットンクラブ》の主人公、リチャード・ギアの演じたディキシーはビックス・バイダーベックのことである。

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バイダーベックの音源は以前は手に入りにくかったが、最近はかなりの種類が出回っているようだ。最も有名なもののひとつに《Singin’ The Blues》というCDがあって、これはフランキー・トランバウアー楽団を主体としたバイダーベックの記録である。
ディキシーランド・ジャズはマーチングバンドをルーツとしているが、印象的なのはクラリネットの音である。クラリネットはディキシーを経てスウィングの初期まで続くが、やがてサックスが優勢となり淘汰されてゆく。
トランバウアーはCメロディ・サックスという不思議な楽器を使っていて、これも時代の変革の途中だったからという意味あいもあるのだろう。

バイダーベックは世界恐慌により銀行預金を失い、アルコールにおぼれて身体を壊し亡くなってしまう。28歳であった。ビックスのその生き方とナイーヴさ、そして没落してゆく晩年のさまには、スコット・フィッツジェラルドに通じる印象がある。
トランバウアー楽団後のビックスの所属楽団のリーダーであったポール・ホワイトマンは、ビックスが自分の楽団に戻ってくる期待をこめ給料を支払い続けていたが、ビックスが戻ってくることはなかった。
トランバウアーは無二の友ビックスを失ってから後、音楽をやめパイロットになってしまう。

斎藤憐の戯曲《上海バンスキング》はもう少し時代を下った日中戦争開戦前夜の頃の上海に生きるジャズ・ミュージシャンの話であるが、オンシアター自由劇場の芝居はガラス屋の狭い地下に下水のにおいのする上海の租界が広がっていて、彼等の演奏する曲はまだスウィングであり、串田和美の演じる波多野の楽器はクラリネットであったが、ストーリーの後半、「アメリカでバップという新しいジャズが出てきたが、オレにはよくわからない」 というようなセリフがあって、そして彼等はスウィングの終焉と共に死んでゆくのである。
クラリネットの波多野とトランペットのバクマツ (笹野高史) のコンビは、トランバウアーとビックスのようだ。

そのようにして時代は移ってゆくものなのだろう。若くして亡くなってしまったミュージシャンはいつまでも若い輝きを失わないゆえに、それは永遠の未完成のままに残される。


Bix Beiderbecke/Singin’ The Blues Volume 1 (Columbia)
Singin the Blues 1




Francis Ford Coppola/The Cotton Club (1984)
コットンクラブ LBX-803 [DVD]




Singin’ The Blues
http://www.youtube.com/watch?v=uo11LQGu3X8
最初のソロがトランバウアーのCメロディ・サックス、
1:02頃からのソロがビックス・バイダーベック、
2:14頃からの短いクラリネット・ソロがジミー・ドーシー。
ジミー・ドーシーはトミー・ドーシーの兄である。

Cotton Club (trailer)
http://www.youtube.com/watch?v=fru1zRGhs-Y
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