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夏の半ばの翳り — ヴュータン《ヴァイオリン協奏曲第5番》 [音楽]

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以前のブログ (→2012年03月22日 サンクトペテルブルクの冬、アルジェの夏) でアンリ・ヴュータン Henri François Joseph Vieuxtemps (1820〜1881) のヴァイオリン協奏曲について書いたことがあるが、それを書いた頃はまだ3月だったのに、いつの間にか日本もアルジェのような灼熱の夏になってしまった。といってもこれは想像で書いているだけで、アルジェの夏が本当はどんななのか私は知らない。

この協奏曲の全曲盤が出ているので聴いてみた。オーストリアのFuga Liberaというレーベルの《Henri Vieuxtemps/Complete Violin Concertos》というディスクである。オーケストラはパトリック・ダヴァン/ロワイヤル・ドゥ・リエージュ・フィル Patrick Davin / Orchestre Philharmonique Royal de Liège とクレジットされているが、この全曲盤の特色はソリストが7曲それぞれ異なり、若手ヴァイオリニストの腕比べのようなコンセプトになっているらしい。

私が愛聴していたのはNAXOSのミーシャ・カイリン盤だが、これは全曲揃っているのがたまたまこのNAXOS盤だけだからであって、他の演奏があるのなら聴いてみたいと思っていたところ、これを見つけたのである。ところがこのFuga LiberaというレーベルもNAXOSのサイトで解説されているのでNAXOSの扱っているレーベルということになる。
ジャケットを開けると右側にヴァイオリンを弾く14歳のヴュータンの絵が入っている。左側には晩年の肖像があるのだが、ヴュータンと聞いて私がイメージするのはいつも若き日の彼なのだ。

演奏はヴァイオリニストによってやや違いがあって、なかには線の細い人もいるが概ね好演であり、オーケストラも非常によく、2010年の録音のためもあるのか音も安定感があってしかも暖かみがあってきれいだ。

ヴュータンのヴァイオリン協奏曲は、IMSLP (International Music Score Project) でピアノスコア譜とヴァイオリンのパート譜を見ることができるが、G. Schurmer版の解説によれば、早熟の天才ヴァイオリニストであったヴュータンは13歳の頃、父親に連れられてドイツ/オーストリアの楽旅をしたようで、父と息子の旅というところがモーツァルト親子を彷彿とさせる。もっともヴュータンの父親はレオポルド・モーツァルトのようにプロではなくアマチュアの演奏家だったらしい。

ヴュータンはヴァイオリン協奏曲を作曲する際にヴィオッティ (1755〜1824) を目標としていたようだが、ヴュータンが一時師事したシャルル=オーギュスト・ドゥ・ベリオ Charles-Auguste de Bériot (1802〜1870) はヴィオッティの弟子であり、一方でヴュータンがブリュッセルのコンセルヴァトワールの教授時代に育てたのがウジェーヌ・イザイ Eugène-Auguste Ysaÿe (1858〜1931) である。つまりヴィオッティ→ドゥ・ベリオ→ヴュータン→イザイというヴァイオリニストの系譜が存在する。
父とのドイツ/オーストリアの旅の際に、ヴュータンはルイ・シュポーア Louis Spohr、ベルンハルト・モリック Bernhard Molique、ヨーゼフ・マイゼダー Josef Mayseder といったヴァイオリニスト達とも会っていたようで (シュポーアは作曲家としても知られているが)、さらにシューマンとも知り合うが、やはりその頃も業界のつながりというのは重要だったようである。

実はこのFuga Libera盤はかなり前に手に入れたのだが、NAXOS盤と聞き較べてみるとどちらもそれぞれに特徴があって甲乙付けがたいといってよい内容であり、それにヴュータンは私にとって特別な作曲家のひとりでもあり、なかなか文章にすることができないでいた。NAXOS盤はカイリンがひとりで弾いているので、やはり統一感があって気持ちがよいが逆にオーケストラがひとつではなくて、そのオーケストラのレヴェルもFuga Libera盤のほうが上のように思える。

たとえば協奏曲第5番を聴いてみよう。「ル・グレトリ」 というタイトルの付いている第5番はヴュータンのヴァイオリン協奏曲の中で——というよりヴュータンの作品の中で最も人気のある曲である。以前のブログで私はこの曲の作曲年をwikiの記述に従って1858年頃と書いたが、他を読むと1861年頃とあったりするのでよくわからない。ともかくヴュータンの40歳前後の作品である。
この曲のソリストはヨシフ・イヴァノフ Yossif Ivanov というヴュータンと同じベルギー人で、1986年生まれだから演奏時には24歳である。

曲は途中に切れ目の無い1楽章形式で素朴なa-mollという調性で始まるが、冒頭のAllegro non troppoのオーケストラがすでに物悲しい。特にオーボエの音が印象的だ。オーケストラのやや長めの前奏が静まると、もっと物憂くてゆったりとしたソロ・ヴァイオリンが登場してくる。ソロはすぐに速度を速めるが、その背後からソロを鼓舞するような弦の動きが美しい。

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やがて曲は明るい表情に変わるが [7]、かといってすっきりと明るくはなくて、薄い紗のかかったような不安な気持ちが持続したままだ。モーツァルトが長調から短調に転調する時は、すっと陽が翳るように色合いが変わるが、ヴュータンの場合は、どんなに明るいように見えても、いつもどこかにうっすらと影があって、それがいつでも悲しみの種となる前兆を秘めている。

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ヴュータンを私が偏愛するのは、ともするとパターン化に終わりそうな変奏部分も非常に丁寧に書き込まれていることである [たとえば14]。ひとつひとつの音に必然性があって、流して書かれていないという印象を受ける。

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そしてアタッカでカデンツァへ。カデンツァはこのCarl Fisher版の楽譜には2種類載っているが、普通に使われるのは長いNo.2のようだ。緩急を自在に使った内容のカデンツァである。

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カデンツァが終わって再びオーケストラが入りAdagioとなる。弦のピチカートの上に乗るソロ・ヴァイオリンは悲しく、この曲の最も頂点となる部分だ。
a tempoとなってピアニシモながら、一瞬表情は明るくなるが [17] それもすぐに翳って、さらに転調して明るい表情の再現を見せるが [20] すぐに終結部に突入していく。フィナーレの Allegro con fuoco は at the nut (弓元で) と指示が書き込まれているように、16分音符の決然とした連鎖で始まる。

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ヴュータンから聴き取れるのはその音の上品さ、ナイーブさであって、曲想は決して下品になることなく常に高貴さを保っている。演奏するにはおそらくテクニックを要する曲であるにもかかわらず、その難易度を誇るようなはったりが見えてこない。あるのはただ、音楽を伝えようとする真摯で、なぜかいつも見える悲しみの表情である。この誰にも踏み込めない悲しみがどこからやってきたのか私は知らない。


Patrick Davin/Orchestre Philharmonique Royal de Liège
Henri Vieuxtemps/Complete Violin Concertos (Fuga Libera)
http://ml.naxos.jp/album/FUG575
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JBLman

ブログがないのでWebで失礼。仕事の合間に知られざる名曲探しでPCオーディオを楽しんでますが。そ!ヴュータンです、こんな名前知りませんでした、ラロのスペイン交響曲は揃えとこうと他の重複がないよにうと選んだCDにヴュータンの5番が入っていて、すゲーと思い、YouTubeで検索、3番と4番聴けて、2と3番のCDを購入、3番もいいけど2番がえー、高校生くらいのガキの作った曲とは思えない絡みつく甘さに感動しました。サラサーテについで好きかも、次は1と4番をそれによっては、6、7番も挑戦しようかかと。隠れた名曲のなんと多いことか、凄いですな.....
by JBLman (2014-05-16 20:16) 

lequiche

>> JBLman 様

コメントありがとうございます。
そうですか。うれしいです。是非、全曲聴いてみてください。

ヴァイオリンのスペシャリストというとラロとヴィオッティが双璧ですが、
よくそのオマケみたいにしてヴュータンが入っていますね。
有名作曲家はどなたもご存知なので、ちょっとマイナーな、
だけれどとてもクォリティの高い作曲家というのがいて、
ヴュータンもそうした中のひとりです。
そういう隠された宝石みたいな人が私は好きです。

センチメンタルなのかもしれないけれど、
あまりベタベタしてなくて、香気のある旋律線という特徴が
私の中でのベストな作曲家として位置づけられています。
ですからあまり有名になり過ぎるのも困るので、
そこそこ人気があるくらいのほうがいいのかなとも思っています。(^^)b
by lequiche (2014-05-18 12:01) 

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