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ピンクの楽譜 — カトリーヌ・ソヴァージュ [音楽]

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ソヴァージュ sauvage とは英語でいえば savage のことであり、「野蛮な」 「未開の」 「野生の」 といった意味がある。この言葉から連想するのはクロード・レヴィ=ストロースの《La pensée sauvage》(野生の思考/1962) だ。
たぶんそれは私が初めて読んだレヴィ=ストロースで、もうほとんど内容は忘れてしまったけれど印象的な幾つかのエピソードだけはいまだに私の中で生き続けている。たとえばアフリカのある種族には何種類もの黒があって、ヨーロッパ人では同じ色に見えるそれらを見分けることができることとか。
パンセというのはパンジーのことでもあり、そして思考のことでもあるので、野生のパンジーの表紙はそれがダブル・ミーニングであることを示している。

『野生の思考』は『神話論理』(Les mythologiques/1964-71) に先行する著書であり、つまり『神話論理』へのガイドのようなものなのだということを最近知った。というのは後者は数年前に翻訳が刊行されたため、もっとずっと後に書かれた作品だと信じ込んでいたからである。
錯覚なんてこんなものなのか、とふと思う。

そしてソヴァージュから連想するもうひとつ、それはカトリーヌ・ソヴァージュという名前の歌手である。
カトリーヌ・ソヴァージュ Catherine Sauvage というのは芸名で、本名はジャニーヌ・マルセル・ソニエ Jeanine Marcelle Saunier というが、レオ・フェレの作った〈Paris canaille〉(パリ・カナイユ/邦題:パリ野郎) という大ヒット曲が最も有名である。1953年の作というから、もう60年も前の曲だ。これは本当に大ヒット曲らしくて、同名の映画まで作られているらしいが残念ながらまだ未見である。その編曲をしたのは若きミシェル・ルグランであった。
カナイユ canaille というのは不良とかゴロツキという意味で、fr.wikiにも Paris canaille という映画タイトルで載っているが、もともとは Paris coquin というタイトルだったらしい。coquin というのはいかがわしい、とか猥褻という意味があるのでやや無難な canaille になったのかもしれない。

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レオ・フェレ Léo Ferré

例によって私はそんなに真面目なリスナーではないので、何枚かのアルバムは聴いたはずなのだが、どこに行ってしまったのか今出てこなくて記憶とyoutubeをたよりにして書いているだけなのだが、ソヴァージュの歌はシャンソンとしては比較的正統派で、アネゴ肌で、レオ・フェレという高踏的なライターの作品を歌うのに最も適切な歌手だったといえるだろう。
そして彼女はピアノ1台だけの伴奏で歌うことがよくあるが、そのピアニストがいつもものすごいテクニックなのである。テクニックというより曲芸ピアニストといったほうがよいのかもしれない。速い曲でそれが顕著にあらわれ、そのピアノ伴奏の上に自分の歌を乗せるのが至上のものだと思っているらしいことが見て取れる。

〈Paris canaille〉は、つまり〈リンゴ追分〉とか〈天城越え〉と同じで、これ1曲で営業していけるみたいな曲なのだと思うのだけれど、私が聴いたのはそうした営業としての晩年のソヴァージュで、たまたま指定されたその席は脇のバルコニーの上から見下ろすようなポジションにあって、ピアニストの後ろ姿が見える場所だった。
だからピアノの譜面台に広げられた楽譜が正面から見えるのだが、それがピンク色の紙の楽譜だったのである。なぜ紙がピンクなのだろうか。気になって仕方がない。
ピアニストは若くて、そしていつものようにものすごいテクニックだった。時として歌手を食ってしまうほどのピアニズムなのである。ソヴァージュは緩急自在の歌唱で、さすがにちょっと年齢は感じさせたが、もちろん〈Paris canaille〉も歌い、またゆったりとした歌にも味わいがあり、濃密でシャンソン黄金期の片鱗を見た思いがした。

後になって、そのピンクの楽譜の意味がわかった。その楽譜の上に赤ワインをこぼしたので紙がピンク色に染まっていたのである。こういうのを 「粋」 というのだろうか。あまりにも粋過ぎて、もしかするとわざとこぼしてそういうカッコよ過ぎる楽譜に仕立てたのかもしれない、とも邪推してしまう。上等な上着の裏地をビリビリに破ってしまったりとか、新品のバーキンを足で踏んづけてしまったりとか、そういうのに似ている。
でもきっと、ついこぼして楽譜を汚してしまったのに違いないと思ったほうが、シャンソンの粋な香りは保てるのである。だから単に 「ワインをこぼした、だらしないピアニストだ」 と思うことにしよう、と私は決めた。
ということでソヴァージュの最も鮮烈な記憶は、あのピンクの楽譜なのである。


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La pensée sauvage

Catherine Sauvage/Chanson Française (Universal Import)
Chanson Francaise




Catherine Sauvage/Anthologie 1951-1959
http://www.hmv.co.jp/artist_Catherine-Sauvage_000000000057155/item_Anthologie-1951-1959_4939467

Catherine Sauvage/Paris Canaille
http://www.youtube.com/watch?v=f2X_Nwqb7IA
Catherine Sauvage/Vingt ans
http://www.youtube.com/watch?v=7eS33WSZdRU

Léo Ferré/Avec le temps
http://www.youtube.com/watch?v=VPZSsBfVlro
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