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ウェンディが飛ぶために [音楽]

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Arthur Sullivan (1842〜1900)

《TRICK》面白〜い!
お正月特番のTVで、番宣というか映画のCMというか、例のパターンでやってるのをちょっとだけ観てたんですけど、仲間由紀恵の人工的ともいえる 「ため口」 と、話全体を支配している脱力感。これってたぶん発想がマンガですよね〜。
実は私、《TRICK》というのを初めて見たので、今更なこんなことを書いてしまってるわけなんですが、つまり寅さんとかそうした居心地の良い日本映画はすべて、繰り返す常套と通俗のつづれ織りで成り立っていて、それは映画 (とかドラマ) という閉じた回路の中のユートピアなのかもしれない、と思ってしまう。

通俗というのは悪いことでも否定的なニュアンスに対する表現でもなくて、ヴァイタリティがあって社会を活性化させるメソッドのひとつなのではないかと思うわけで、かつてのハンナ・バーベラのアニメみたいな永遠のワンパターン、永遠のステロタイプな構造が、飽きそうで飽きない永久機関みたいな通俗圏を形成するんだということです。

《Qさま!!》というクイズ番組を観ていたら、問題の中にハールーン・アッ=ラシードというアッバース朝の王様の名前が出てきたのですが、つまり《千夜一夜物語》だっていたずらに延々と長い夜伽の話というだけでなくて、変化に富んでいるようでマンネリ、そのマンネリが少しずつ変化しているので飽きさせないという 「引きつけ効果」 が根幹となっているのではないでしょうか。シェラザードもハンナ・バーベラも 「騙し」 の手法としては変わらない気がする。

大谷能生の『ジャズと自由は手をとって (地獄に) 行く』という本を読んでみたら、タイトルは刺激的なんだけれど、内容はごく平易で基本的な話題が多くてちょっと肩すかし。でも通俗というか、高踏的でないものに対するアプローチに興味を感じてランダムに読んでみる。

たとえばセルジュ・ゲンズブールについて。

 マイナー芸術とは、大衆の芸術であり、大衆とは、十九世紀的な規範や
 倫理とは相容れない存在である。ぼくたちはみな大衆であるが、しかし、
 ぼくたちが暮らしている国家には、まだ近代を支配していた宗教や資本
 や軍隊や教育や警察の力ががっちりと組み込まれており、いまだに、わ
 たしたちがなければあなたたちは生きていけませんよ、と陰に陽に圧力
 をかけ続けている。本当にそうか? ゲンスブールは 「マイナー芸術時
 代の芸術家」 として、それらのくびきに次々と挑んでゆく。そのやりか
 たは容赦のないものであり、ぼくは彼の吹きかけた挑発の香りにいまで
 も陶然としてしまう。(p.67)

他にもゲンズブールとボリス・ヴィアンについて、その共通点もあり相違する部分もあるということについて述べていて、ちょっと強引な部分もあるが、もともとが2人ともマイナーであったことは同じで、一種の反逆精神という点では一致した挑発的作風を持続していたということなのかもしれない。
ゲンズブールは、前にも書いたけれど、雑なのか計算なのかよくわからないところがあって、私は雑なんだと思っているのだが、あえて雑なのを嫌わずにそのまま選択してしまう勇気が彼の天才性なのであって、だからやっぱり計画性はあるのかもしれない。
また、大谷が書くように、彼のファッションがジェーン・バーキンと付き合いだしてからのものというのはその通りで、たとえばレペトの靴なんかはあきらかにバーキンがコーディネートして彼のキャラクターを創ったのに違いなくて、音楽ではゲンズブールはバーキンをプロデュースしているが、ファッションでは逆にプロデュースされているという補完関係に他ならない。

ロベール・ブレッソンの《白夜》Quatre nuits d’un rêveur について書かれたものの中で、その音楽の使い方については、

 その場での変化を優先するこういったポピュラー・ミュージックは、も
 ともとの構造に歪みやズレや遊びを含んでおり、気まぐれな軽さでもっ
 て人の口の上にあらわれ、また、あっさりと消え去ることの出来る弱さ
 を持っている。いわばこれらは実に尻軽な音楽なのである。(p.98)

フレンチ・ポップスでもなくクラシックでもなく、こうした尻軽な音楽を使うブレッソンの意図という見方が的確で、最初は今更なんでブレッソン? みたいな印象もあったけれど、でもブレッソンという監督の持つ特有のクセみたいなのを大谷は言っているので、消費財としての音楽とか大衆の芸術はつまり通俗の定義にも連なっていくのだと思う。

坂本龍一についての項では、坂本が対談で通俗について語っている部分があって、そこを孫引きしてみると、

 流行歌というのも、通俗的だから書きたくないメロディだと思ってても、
 歌われれば大衆音楽になってしまう。すごく毒っぽいものだと思うのね。
 大衆って、メロディに関しても、リズムに関しても、これはダサイなっ
 ていうのをみんな気持ちよく買ってくれる。反対なんだよね。
 (p.53・芸術新潮1981年6月号)

これは細野晴臣や高橋幸宏のポップスに通暁している2人に対しての坂本のコンプレックスもあるのかもしれないが、ゲンズブールの 「見えない粗雑さ」 と同じように、知らないフリでダサイものをあえて冒険して出してしまえばそれがトレンドになるという自負と見える発言でもある。

でもこの大谷の著書で一番面白かったのは、横浜のバンドホテルについて書かれている項で (p.162)、バンドホテルというのはもう無くなってしまったホテルなのだが、サザンやクレージケンバンドの歌詞に出てくるだけでなく、「ブルーライト・ヨコハマ」 や 「よこはま・たそがれ」 といった大ヒット歌謡曲のイメージの元でもあるのだという。
横浜というのはそういうイメージを醸造するためのブランドでもあるし、ブレッソンの音楽について書かれているように、軽薄さが最も本質をついていることがあるのは否めない。というか軽薄というのは差別された悪い言葉のように思えるけれど、軽く、力を抜いて、という意味で、もっとも自由に動き回れる形容でもあるのかもしれない。

というのは、ある小説を読んでいて私は 「ピナフォア号の船長」 という歌が出てきたとき、それを架空のものだと思いこんでいたのだけれど、それはアーサー・サリヴァンの歌劇《軍艦ピナフォア》H.M.S. Pinafore のことで、サリヴァンはウィリアム・S・ギルバートとのコンビで幾つもの歌劇を作ったイギリスの作曲家であり、この2人はギルバート&サリヴァンと呼ばれていて、ギルバート・オサリヴァンの芸名もここからとられている。
そうした最も基本的なこと——ちょっと俗でショー・ビジネス的作曲家であったサリヴァンの曲という知識がないとその後の展開が全然読めなかったわけで、でもそれはハールーン・アッ=ラシードが誰なのかすぐにわからなかったのと同様で、つまり通俗の裾野はすごく広いということである。
ウェンディが飛ぶための妖精の粉はさりげないところに置いてあったりするものだ。


大谷能生/ジャズと自由は手をとって (地獄に) 行く (本の雑誌社)
ジャズと自由は手をとって(地獄に)行く

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シルフ

>通俗というのは悪いことでも否定的なニュアンスに対する表現でもなくて、ヴァイタリティがあって社会を活性化させるメソッドのひとつなのではないか…

その通りかもしれませんね。今日のブログすごく面白かったです。
by シルフ (2014-01-09 13:03) 

lequiche

>> シルフ様

そうですか? ありがとうございます。(^^)v
バッハは高踏的でサザンは通俗かっていうと、
そんなことはないんです、というのが私の思うことで。

最終行のウェンディってのがやや唐突ですけど、
ウェンディは一般大衆の代表なので、
ピーターパンに対しては
よくわからない人なので思い入れられないけど、
ウェンディにならシンパシィを感じるという意味です。
by lequiche (2014-01-10 16:10) 

げいなう

ご訪問&niceありがとうございます(●^o^●)
by げいなう (2014-01-11 21:34) 

lequiche

>> げいなう様

こちらこそ、いつもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。(^^)/
by lequiche (2014-01-12 00:31) 

miel-et-citron

本当ですね〜。
いいものが必ずしも受け入れられるとは限らないとか
ダサイものに安心感を抱くこととか。
自分も含め、すべてに置いても矛盾に満ちているのが
世の中なんでしょうかね(=^_^=)
興味深い記事をありがとうございます☆

by miel-et-citron (2014-01-14 21:28) 

lequiche

>> miel-et-citron 様

そうそう。世の中って矛盾だらけなんですね、きっと。
特にファッションは典型的で、
ある時、すごくカッコよかったものが、
流行が変わるとすごくダサく見えてしまったりします。
これがいいものと信じていても、
トレンドから外れると不安なので安心感のほうに依存してしまう。
そういうのって人間の心理の綾だと思います。(^^)
by lequiche (2014-01-16 11:55) 

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