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down to the river — ブルース・スプリングスティーン [音楽]

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YouTubeを見ていたら、比較的最近のブルース・スプリングスティーンのライヴ動画があった。スプリングスティーンは、今でも現役ではあるけれど、爆発的に売れたのはすでに過去のことで、そのチューンはノスタルジィの領域に入っているのかと勝手に思いこんでいた。

その曲は〈The River〉で、2009年のライヴ。スプリングスティーンの現在の姿はさすがに年輪を刻んでいるように見えるけれど、でもその歌詞に心うたれた。というより、音楽にはやはり出会うべきときがあって、時期が違えばその意味を正確に受け取ることはできないのかもしれないと私は思うようになった。つまりこれも一種のバイオリズムなのかもしれない。

そもそもアルバム《The River》から最大ヒット作の《Born in the U.S.A.》がリリースされていた頃、日本はバブル景気前夜であって、そうした時期にどのように聴かれて解釈されてきたのかということを考えると、どこか違っていたのではないかという疑問が残る。
リアルタイムでは肯定的なアメリカ愛の曲みたいなとらえられかたをしていたのかもしれず、だが時間を経た現在の目から見ると、いったいどうすればそう思えてしまえるのか、という落差が存在する。

〈Born in the U.S.A.〉という曲は 「オレはアメリカで生まれた」 というそのリフレインだけ聞けばアメリカ賛歌みたいな錯覚に陥るのかもしれないが、詞の内容はそうではない。むしろその当時のアメリカの状況を否定的に捉えた内容のはずだ。
だが、たとえば〈Y.M.C.A.〉という曲が原曲の本来持っていた内容 (つまりゲイのことを歌っている内容であること) をまったく考えない、たぶんわざと知らないフリをしたコンセプトのもとに日本でヒットしたのと同じように、〈Born in the U.S.A.〉もその毒をうまく中和する方向性で政治的に利用された傾向はあるのかもしれない。政治とはもともとそういうものである。

1980年代の日本は、マヤカシのバブル景気という時代であったにせよ上り坂の経済であったが、アメリカはレーガンの時代であり、彼の施策はアメリカの疲弊を建て直そうとしながらも貧富の差を広げるだけの下り坂の現実を作る結果となったが、これをレーガノミクスという。
富める者が利潤を得てそれが世の中に還元されることにより貧しき者の収入も上がって景気が回復するというのは虚偽であって、富める者はますます富を溜め込むだけであり、貧しき者がますます貧しくなることは、少し考えれば小学生でもわかる論理なのではないだろうか。施策的な違いはあるけれど、なんとかミクスという言葉に踊らされている今の日本に同じ姿を見ることができる。

音楽が政治のような現実に対して直接的に作用することは無いと私は考えるが、しかし実際には音楽に限らず芸術がナマグサイ現実に取り入れられることはあるし、特にアメリカではスプリングスティーンのような楽曲とそのコンセプトは、曲の意図とは別の次元で利用したり利用されたりする方法論が存在する。

だが、今、少し年齢を重ねたスプリングスティーンが歌う〈The River〉は、彼がそれを最初に歌ったときのニュアンスとはやや違っていて、だからといって決してノスタルジックに堕ちる懐かしい曲でもなくて、詞そのものがより身近になっているような気がする。
それはスプリングスティーン自身が、より客観的に自分の歌を解釈できているからなのからだと思う。

スプリングスティーンのライヴはそのパワフルさで迫ってくることで圧倒的であり、私の経験したライヴは4時間に達するものであった。ある種のトリップ体験のようでもある。そういう彼のパワーが今も健在であることはYouTubeの動画からも窺い知れる。

そのライヴのとき最も心に沁みた曲は〈Downbound Train〉であった。比較的地味めな曲であるが、照明の色彩が変わるように、音そのものがダークな方向にくるっと変わったのが感じられた。
Downbound Train とは下り列車のことではあるけれど、down という言葉が複数の意味を持っていることはすぐにわかる。そして〈The River〉のリフレインも down to the river we’d ride と、down が繰り返し現れる。down とは気分が塞ぐという意味にほかならない。
そして今の時代、私の乗っている列車は富める者のみが乗車できる最新型の特急列車ではなくて、くたびれた車体の陰鬱な Downbound Train なのだ。


ブルース・スプリングスティーン/アルバム・コレクションVol.1 (SMJ)
アルバム・コレクションVol.1 1973-1984(BOX)




Bruce Springsteen/The River
Glastonbury 2009
https://www.youtube.com/watch?v=-3HDzjGqXY0

Bruce Springsteen/Downbound Train
Olympic Park, London, June 30, 2013
https://www.youtube.com/watch?v=5gfZvXj2psw
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コメント 4

シルフ

The Riverを最初に聴いた時は詩に強く打たれましたね。スプリングスティーン=The Riverでしかなかった。
大ヒットしたBorn in the U.S.A.だけれど、詩を理解してる人ってどれだけいたのかな?
もっとも、かくいうシルフちゃんもC.C.R.の「雨を見たかい」で晴れ間に降る雨って、「キツネの嫁入り」かいっって思っていたんですが…(笑) 後でナパーム弾のことだと知って…絶句。
by シルフ (2014-11-24 15:17) 

DEBDYLAN

ブルースは僕のアイドルです。
『BORN IN THE U.S.A.』の頃の残像が未だに強烈なのか、
日本ではもう”過去の人”、”熱くてダサいアメリカン・ロッカー”
って扱いだったりしますよね^^;
実際にはまだまだ精力的に活動してるんだけど。

円熟味を増した彼のストーリー・テラーっぷり、
今も堪能してます^^。

by DEBDYLAN (2014-11-24 22:39) 

lequiche

>> シルフ様

Riverは、やっぱりそうですか。
私はそんなにスプリングスティーンを知りませんが、
これは特別な曲だなっていう印象がありましたね。

Born in the U.S.A.は、その外見的なイキのよさから、
政治的にわざと曲解されて利用されてしまった、
というのを読んで、政治とかマスメディアっていうのは怖いなぁ、
と思ったので、つい政治的な傾向の不満を書いてしまいました。
というか、今回の衆院選を見ていても、
比較的低レヴェルの情報操作で政治っていうのは動くものなんだ
というのがよくわかって、イヤなジャンルだなと思いました。
(ジャンルって言い方は、つまり私流の皮肉の表現です ^^;)

スプリングスティーンをクロニクルに聴いていくと、
River → Nebraska → Born in the U.S.A. という順序のなかで、
Nebraskaというのはブログ本文には書きませんでしたが
スプリングスティーンの作品解析の過程で重要だと思うんです。

C.C.R.というのはほとんど名前っきり知らないですが、
そういうのってあるんですね。
やはり特にアメリカのバンドの場合、
そうした社会性/政治性としての内容がついて回るので、
単純に音楽性だけでは評価し切れない部分が存在すると思います。
by lequiche (2014-11-25 02:19) 

lequiche

>> DEBDYLAN 様

コメントありがとうございます。
いつもいろいろと参考にさせていただいております。
スプリングスティーンはある意味正統派のアメリカンロックで、
熱いですけどダサいとは私は思いませんし、
ダサいと言ってしまう人は
きっと音楽の本質がわからない人ではないかと思います。

私がスプリングスティーンのライヴを見たときには
まだEストリートバンドにクラレンス・クレモンズがいて、
それがいなくなってしまったのは寂しいですが、
円熟味ということでは例えばデヴィッド・ギルモアなんかと同じで
シブさもあるけれど、決して音楽として後退してはいない
というスタンスが尊敬できます。
by lequiche (2014-11-25 02:20) 

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