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クリュイタンスのベートーヴェン [音楽]

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André Cluytens

Venias盤のクリュイタンス・ボックスが2セット出ていて、とりあえず買っておいたのを聴き始めたら、すごいです。
このVeniasというのは過去の名盤の再発を専門にしているようなレーベルなのだが、パッケージの表紙も個別のジャケットも全く同じデザインで、シンプルに曲名と演奏者が記載されているだけで、無愛想といえば無愛想なんだけれど、でもとりあえずこのクリュイタンス盤はこれで十分。なぜなら内容が素晴らしいから。

アンドレ・クリュイタンス (André Cluytens) といえばフォーレのレクイエムを筆頭としたフランス物のオーソリティという印象があるが、そうした先入観を見事に打ち砕いてくれたのがベートーヴェンの録音である。
ベルリン・フィルによるベートーヴェンの交響曲全集は1957年から60年にかけて、ベルリンのグルーネヴァルト教会におけるセッション録音である。あまり期待しないで聴き出したら、古さを感じさせない演奏にびっくり。それに音もそんなに悪くない。むしろとても自然で、最近の録音における、ともするとエグさの際立つ色づけがない。

構成は1枚目のCDが第1番と第3番、2枚目が第2番と第4番というようにひとつ置きの奇数−奇数、偶数−偶数という組み合わせで収録されている。今、4枚目の第6番/第8番を聴いているところだが、世評ではこの第6番が名演だということだ。私の感想では第2番が特に印象に残ったが、でもどの曲も遜色なく高い水準の演奏ばかりである。第1番、第2番という最初のほうの曲をこれだけ聴かせてしまうのは非凡であり、クリュイタンスの解析力が並でないことがよくわかる。

音楽の流れはそんなに重たくなく、だからといって軽薄なわけではない。トリッキーな強調とか、えっ? というような妙な解釈もない。それでいて全体の音の姿にキレがあって、スタイリッシュなのかもしれないが、理知的で健康なベートーヴェン像が表出している。
アタマをかきむしるようなベートーヴェンでなければイヤというリスナーには向かないかもしれないが、私はこれはひとつの傑出したベートーヴェン解釈だと思う。
たとえばエーリヒ・クライバーとかカール・シューリヒトだと正統派なんだけどやや古くて辛いかも、という個所が無いわけではなくて、でもカルロス・クライバーだと良いのだけれど時々、えっ? という部分があるので、そういうことを勘案するとこのクリュイタンス盤はスタンダードとして聴くのに、意外にいいのかもしれないとも思ってしまう。

よく知られていて、録音数も飛躍的に多い第5番/第7番をどのように振っているのかと期待していたら、期待以上の音だった。こういうふうな5番はなかなか無い。被虐的で深刻でなく、それでいてベートーヴェンの苦悩がかたちづくられて再現される。指揮者ってこういうものなのか、とも思うが、それよりもなによりも、ベートーヴェンの譜面の書き方がいいのに違いない。あたりまえだけど。
5番って悲劇と絶望のような第1楽章ばかりが強調されがちだけれど、後の楽章にいけばいくほどその未来への確信の強さが強調されるというか、第1楽章はそこへの導入のための長いプレリュードなのだと感じる。

それでくだんの第6番。私が最初に聴いた6番はフルトヴェングラー/ウィーン・フィルで、それは叔母の持っていたレコードだったのだが、まだ小学生だった私はそれを繰り返し聴いていたので、どうしても最初に聴いた音の刷り込みっていうのはすごく影響力があると思うのだが、このクリュイタンスの6番は簡単にそれを凌駕する。もちろんフルトヴェングラーが悪いと言っているのではないのだが、印象が極端に違う。これを言葉にするのはむずかしい。すごく抽象的にいえば田園風景が立体的なのである。ちょっと眠くなる6番というのが今までの私の6番の印象だったのだが、それは平面的な映画のようにして風景を見ていたためなので、風景の中に入り込んで行けるのなら眠さは感じないはずだ。そして第8番の第2楽章の軽やかさにも、第6番に通じる何かがある。
8番まで聴いてきて気がついたのは、クリュイタンスの特徴はそのリズムにあるのだと思う。決して停滞しないリズム。晩年のベームの引き摺るようなリズムとは対極的なリズム。もしかするとカルロス・クライバーより私にとって好ましいかもしれないクリュイタンスのリズムにほとんど陶酔してしまいそうになる。

後半のディスクにはベートーヴェンなどの小さめの曲、つまり序曲などがまとめられていて、またウィーン・フィルとのムジークフェラインでの演奏の断片 (つまり1楽章だけの演奏録音) も収録されているが、まだ聴いていない。どのように違うのかを聴いてみるのも楽しみである。

リチャード・パワーズの『オルフェオ』は愛犬の死から話が始まるのだが、犬の名前はフィデリオというのだ。なぜフィデリオなのか、と考え出すとすべての小説は推理小説になってしまう。
安心してください。クリュイタンス・ボックスには、フィデリオ序曲ももちろん入っています。


André Cluytens The Collection vol.1 (Venias)
アンドレ・クリュイタンス・コレクション 1957-1963録音集




André Cluytens The Collection vol.2 (Venias)
アンドレ・クリュイタンス・コレクションvol.2 1952-62Recordings




André Cluytens/Ravel: Daphnis et Chloé
https://www.youtube.com/watch?v=r0jnd3Gtun0
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lequiche

>> desidesi 様

指揮者の振り方というのはそれぞれ個性があって見飽きないです。
クリュイタンスはベルギー人でベルギーはフランス語圏ですから、
フランスものは当然得意ですよね。
ラヴェルは最も職人的な作曲家だと私は思っていますが、
職人の作品を職人が振るんですから間違いないといえばその通りです。

CDを何で聴くかというと、
オーディオ装置も上を見ればきりがありませんし、
私もごく貧弱なセットしか持っていませんが、
PCでもスピーカーを増設するか、あるいはアンプを通せば、
それなりの音にはなるんじゃないでしょうか。

私はどちらかというとオーディオセットよりソフト派で、
なぜならCDは買い逃すと入手困難になるからですが、
実は良いオーディオセットも買い逃すとなかなか良い物が出ない
ということでは同じだと思います。
by lequiche (2015-10-15 00:56) 

e-g-g

東京オリンピックの少し前の頃、父がクリュイタンス/BPOの
「運命/未完成」のLPを買ってきました。
当時の最新録音だったのでしょう、
たしか「暮らしの手帖」の推薦を読んで買ったものと思います。
後年、大人になった私はその縁もあって?クリュイタンスと
BPOのベートーヴェンの全集はなんの躊躇もなく買いました。

ちなみに父はこのとき二枚のレコードを買ってきました。
この「運命/未完成」ともう一枚がプレスリーのBlue Hawaii。
大正生まれの父の教養主義的な面と、
新し物好きの両方を象徴しているような、今となっては懐かしい記憶です。

クリュイタンスの指揮は迫力には乏しいかもしれませんね、
全集ではありませんが、
ときおりカルロス・クライバーやバーンスタインの指揮を
無性に聴きたくなることもあります。
それでも、このクリュイタンス盤、これまで二番目に多く聴いた全集です。
(一番多く聴いているのはセル/CLOのセットです)

記事を拝読して久しぶりに聴いてみたくなりました。
今年はベートーヴェンもあまり聴いていませんし、
歳を重ねてからのクリュイタンス盤、どんなふうに耳に届くでしょうか、、、

by e-g-g (2015-10-28 12:00) 

lequiche

>> e-g-g 様

素晴らしく貴重なお話をありがとうございます。
当時、きっと最新録音でもあり好評なLPだったのでしょう。
つまりプレスリーも最新のポピュラー音楽だったということですね。

クリュイタンス盤は確かに迫力は無いと思います。
表面的にはごくさらっと音が流れていくという感じで、
熱情的ではないのですが、といって冷たいわけでもなく、
その底にベートーヴェンへの深い理解が籠められているように思います。
なにより上品です。
セルは私はあまり知りませんが、定番のひとつですね。
ベートーヴェンは選択肢が多過ぎるので迷うところです。

カルロス・クライバーは不世出の指揮者ですし、
私はほとんどの盤を持っていますが、
完全主義者のためか、レパートリーがあまり広くなかったのが残念です。
それに父クライバーへのコンプレックスがあったようで、
だからベートーヴェンもあまり録音が無いのではないかと思います。

年齢とともに音楽の嗜好も変わりますし、新しい発見もあるようです。
子どもの頃に聴いた音はそのときはそのときでよかったのでしょうが、
オトナになってから聴くとまた異なった感想を持つように思います。
by lequiche (2015-10-28 17:47) 

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