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夕焼けみたいに沈む気持ち、あるいは過去の歌の記憶 [音楽]

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最も幼い頃の記憶の中に祖母に連れられて行った場所の記憶というのがあって、たとえば桜木町とか田原町という駅の名前が今でも覚えている記憶のひとつだ (桜木町とはJR根岸線横浜駅のひとつ隣の駅、田原町というのは地下鉄銀座線浅草駅のひとつ前の駅である)。
その記憶は断片化していて、かすかに残る当時の風景の記憶もほとんど消えていて、もはや記号化された抽象的な単語となってしまっているので、だからその言葉を聞くと横浜とか浅草というその具体的な場所の記憶というよりも、祖母との楽しかった頃のことを思い出す一種の触媒として私の記憶に作用する。

今から思うとなぜあんなに煩雑に桜木町に連れられて行ったのかが謎なのだが、たぶん何か仕事の用件があって行かなければならなかったのだろうけれど、それを聞きたくてもすでに祖母はこの世にいないのでそれは永遠に謎のままだ。とりあえずその用事が済んでしまうと祖母にも開放感があるのが幼い私にもわかって、その後はついでにちょっと遊ぼうというのがいつもの流れ。明るい港の風景のような記憶が甦りそうになることもあるが、それが私の幼い頃の本当の記憶なのか、それとももっと後の記憶があたかもその時のことだったように強引に関連づけられたものなのかもよくわからない。

山崎まさよしの〈One more time, One more chance〉という曲の歌詞の中に桜木町という言葉が出てくる。「いつでも捜しているよ どっかに君の姿を 明け方の街 桜木町で」 という部分を初めて聞いたとき、それは衝撃的な不意打ちだった。その歌詞の内容とは無関係に私の中の古い記憶にその 「桜木町」 という言葉が作用して、懐かしさのような、私にだけわかるごく内省的な幼い頃の空間が立ちのぼってきたような気がした。
でもそれは山崎まさよしの歌ではなくて、Sotte Bosseのカヴァーを聞いたときのことである。

Sotte Bosseの歌の記憶も、もう随分過去のことになってしまったとあらためて思う。ヴィレッジヴァンガードという雑貨店で繰り返しかかっていた《Essence of life》はあの店の雑多な商品と雑然とした雰囲気の中で、ふと耳をそばだたせるなにかを持っていた。「あれ誰が歌ってるの?」 というような口づてでだんだんと評判が広がっていったように覚えている。カヴァーの流行の一端を担ったともいえるだろう。
その《Essence of life》の7曲目に〈One more time, One more chance〉が入っていた。

歌は、必ずしもその曲や歌詞に共感するから記憶しているということばかりではなくて、その曲あるいはその曲を聞いた時に共有していた自分の過去の記憶とシンクロして、記憶から呼び覚まされるということもあるのではないかと思う。
《Essence of life》はあの時代を切り取るためのハサミなのだ。

Sotte Bosse と同じ頃だったか、それともそれよりちょっと後の記憶としての Perfume の曲の幾つか。テクノライクにもかかわらず〈I still love U〉はその中で少しだけ異質で、なんとなく和風な印象として残っているのはきっとその歌詞のせいだ。
ゲンズブールの〈Cargo culte〉の歌詞について考えていたとき、バンジャマン・バルーによれば、その書き方はアルチュール・クラヴァン (Arthur Cravan, 1887-1918) の提唱していた〈prosepoême〉に近いのだという (韻が行を重ねる毎に次第に強くなること、または次第に弱くなることを理想とする手法をprosepoêmeと名付けた)。少なくともフランス語詞の形式において、すべては韻があるかないかの違いにあり、韻が最も重要だが (ゲンズブールは内容よりも韻だと考えていたはずだ)、日本語の詞にはそのような韻がない。そのかわりにごく微少な助詞の使い方の違いなどで印象に差異が生じる。〈I still love U〉はそうしたかたちの詞で、抽象的でありながら、しんとした感情の機微が見え隠れする。ときどきトニック・マイナーで終わるべきところがトニックになったりする小さな仕掛けも含めて、それは柔らかな言葉のように見えながら、いつまでも残る過去の痛みに近い。

最近識ってハマッてしまった Chvrches のアルバム《Every Open Eye》のジャケットデザインを見ていたら、これってglobeの《Relation》だと気づいた。ネットにもそうした意見が載っていて、基調の色は違うけれど、デザインコンセプトが《Relation》と同じで、でもオリンピック・ロゴのようにパクリじゃなくてglobeに対するリスペクトなのだと思う。それは音の作りかたについても同様に言える。
リチャード・パワーズの『オルフェオ』で作曲家エルズが 「音楽理論の中に音楽の本質はなく、音楽はまず模倣なのだ」 と悟ることとそれは同質なのだ。

でもそうした幼い頃のそんな記憶はいつも記憶の表面にあるわけではもちろんなくて、いつもは、ずっと深いところに沈んでいる。それは胸にしまいこむ遠い記憶である。


SOTTE BOSSE/Essence of life (Essence of life)
Essence of life




Perfume/トライアングル (徳間ジャパンコミュニケーションズ)
トライアングル(初回限定盤)




http://tower.jp/item/2572147/

Chvrches/Every Open Eye (Hostess Entertainment)
Every Open Eye (Deluxe)




Sotte Bosse/One more time, One more chance
https://www.youtube.com/watch?v=WPkW_E62Gns

Perfume/I still love U (live 2009)
https://www.youtube.com/watch?v=s0JHAqI1QUw

Chvrches/Leave a Trace (Pitchfork Music Fes 2015)
https://www.youtube.com/watch?v=ZQoXwGu15HI
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コメント 7

lequiche

>> desidesi 様

「夕焼けみたいに沈む気持ちを」
「曇り空みたいなこの気持ちを」
という対比になってます。
youをUとするのはプリンスのマネですね。
ホントはglobeのことを書こうとしていたんですが、
中田ヤスタカにはYMOや小室哲哉の影響ってあると思います。
そしてChvrchesにも小室サンの影響があります。

え? 違う人だったんですか?
でも正直言っちゃうと Essence of life を超えるカヴァーは
出ていません。
Essence of life があまりに良過ぎだったんだと思います。

ChvrchesはSpeakeasyさんのブログで知りました。
若い女子+男2人というユニットは、globeやELTと同じです。
(ELTは2人になってしまいましたが)
ただまだアルバム2枚なので今後どうなるかわかりませんが。
1枚目の頃より最近のほうが歌は上手くなっていますね。(^^)
小室サンのトランスほど高踏的でなく、ビョークほどビョーキでなく、
というあたりがコンセプトのように思います。
by lequiche (2015-11-01 15:54) 

majyo

ある意味では、親より祖母との思い出の方が
小さい時はあるかもしれません。
私も随分色々と連れて行ってもらいました。
桜木町と田原町、断片的なのが良いのかもしれません
もう、どうしてそこへ行ったのか?聞くことが出来ないから
思い出に残るのかもしれませんね。
今日はしまっておいた記憶をこちらを拝見し
思い出しました。

by majyo (2015-11-01 22:13) 

lequiche

>> majyo 様

祖母にとっては孫は子どもよりもかわいいのでしょうね。
それに私の祖母はまだ若く元気でしたので、
かなりあちこちに行った記憶があります。
断片的な風景が記憶にはあるのですが、
それが本当にその時の記憶なのかどうかはわかりません。
でも、映画を観るような鮮明な印象があるんですよね。
空気感とか、光線の入り具合とか。

「夕焼けみたいに沈む気持ち」 は歌詞ですが、
夕焼けみたいに沈む気持ちに似た今の気持ちと
記憶の中の幾つもの夕焼けみたいな気持ちが堆積して、
より重い記憶となっていくような気がしています。
by lequiche (2015-11-02 01:54) 

リュカ

One more time, One more chance に出てくる桜木町という言葉が出てくるフレーズは耳に残ります。
大好きな曲でiPhone にも入れてるの♪
私は横浜に住んでいる母の姉に連れられて、初めて訪れた桜木町を
ぼんやり覚えてます。やっぱり小さかった^^
普段生活している北海道の景色とは全然違っていて、なんだか異国に来たような、そんな気分でした。
博物館も洋風で童話の世界に入り込んだよな気持ちになったのをぼんやり覚えてます。
by リュカ (2015-11-02 10:17) 

lequiche

>> リュカ様

そうなんですか。うれしいです。
ピンポイントな地名が効果的なんでしょうけど、
でも伊勢佐木町だとちょっと演歌っぽいし。(笑)
山崎まさよしさんの歌は、心に残る歌が多いです。

リュカさんの記憶のほうが私より優秀ですね。
私はごく断片的にしか覚えていないのですが、
たぶん幼稚園か小学校でも低学年の頃だと思うんですけど、
何かの機会にもっと長い記憶が甦るんじゃないかと期待してるんです。

横浜は港町ですから日本離れした雰囲気がありますね。
今でもそれは残っていて、あのへんをぶらぶらするのは楽しいです。
by lequiche (2015-11-02 14:09) 

ぼんぼちぼちぼち

おばあ様との街の断片的な記憶、うなづきながら読ませていただきやした。
桜木町のような特徴のある街はなおさら記憶に深く刻まれやすよね。
by ぼんぼちぼちぼち (2015-11-03 15:42) 

lequiche

>> ぼんぼちぼちぼち様

コメントありがとうございます。
祖母の記憶はいろいろとあるのですが、
特に街とセットでの記憶というのが強く残っているようです。
桜木町って特徴があるんでしょうか?
神戸などもそうですが、港に近い場所って
なんとなく心を騒がせるものがありますね。
by lequiche (2015-11-04 03:24) 

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