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《In A Silent Way》を聴く — マイルス・デイヴィス [音楽]

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Joe Zawinul

マイルス・デイヴィスの《The Complete In A Silent Way Sessions》を聴く。
アルバム《In A Silent Way》はアナログ盤だと両面に各1曲が収録されているのだが、それらは編集の結果、《In A Silent Way》というアルバムのかたちになったので、ジャズを1回性の音楽と規定するのならばこれはジャズではない。
などといいながら、ポップミュージック (特にアイドル・ポップス) に見られるような極端な編集ほどではないにしても、今のジャズの録音もすでに編集の塊であるはずで、かつての1発録りの伝説的な幻影が失われてから久しい。

このコンプリート盤は、マイルスとそのグループの演奏としての《In A Silent Way》に至るまでの記録であり、マイルスの変貌の過程を識るために必要だった一種のミッシング・リングだとも言えるだろう。
3枚組の3枚目に、オリジナルの《In A Silent Way》が収録されているが、その完成形2曲に至るまでのセッションを録音日付順に聴いていくことができるようになっている。

3枚のCDの曲名リストは次の通りである。
CD1:
Mademoiselle Mabry
Frelon Brun
Two Faced
Dual Mr. Anthony Tillmon Williams Process
Splash
Splashdown

CD2:
Assent
Directions I
Directions II
Shhh/Peaceful
In A Silent Way (Reharsal)
In A Silent Way
It’s About That Time

CD3:
The Ghetto Walk
Early MInor
Shhh/Peaceful (LP version)
In A Silent Way/It’s About That Time (LP version)

CD1は〈Mademoiselle Mabry〉と〈Frelon Brun〉、これらはアルバム《Filles de Kilimanjaro》(released Dec.1968) からのテイクだ。キリマンジャロの録音日は1968年6月19~21日と9月24日、このコンプリート盤において、9月24日の録音からがサイレント・ウェイの始まりという設定であることが興味深い。
その後に〈Two Faced〉〈Dual Mr. Anthony Tillmon Williams Process〉〈Splash〉と続くが、これらは11月11日と12日に録音されたもの。アルバム《Water Babies》(released 1976) に収録されている。〈Splash〉はオリジナルの《Water Babies》には収録されていないが、2002年の再発の際に追加された曲である。そして11月25日の〈Splashdown〉のみがunissuedなテイクである。この曲からジョー・ザヴィヌルが参加しているというのが非常に重要だ。

CD2は1~3曲目までがアルバム《Directions》(released 1981) の収録曲で、1968年11月27日の録音。このセッションからドラムスがトニー・ウィリアムスではなく、ジャック・デジョネットに変わっている。そしてこの3曲の作曲はザヴィヌル。このCD2になるとCD1の最後の曲〈Splashdown〉で感じた、それまでと違った感じがより顕著になる。それはザヴィヌルの参加による影響であり、サウンドの主体がザヴィヌルの音であると言ってもよい。
CD2の後半、4~7曲目は1969年2月18日の《In A Silent Way》の当日のセッションのunissuedのテイクである。このセッションからジョン・マクラフリンが参加している。

CD3は1~2曲目が1969年2月20日、つまりサイレント・ウェイの録音日の2日後のセッションでありunissuedだった曲。ドラムスがジョー・チェンバースである点が他と異なる。
そして3~4曲目が2月18日のオリジナルなサイレント・ウェイのテイクである。

まず全体を通して聴いて言えることは、音が異常にくっきりとしていることだ。リマスターの効果が大きい。
CD1はキリマンジャロの娘でも、1968年6月と9月の録音が異なることを示している。キリマンジャロの娘というアルバム単位で捉えるのと、9月からがサイレント・ウェイへの道のりの始まりと捉えるのとではニュアンスが異なる。
だがCD1の冒頭〈Mademoiselle Mabry〉から最終曲の〈Splashdown〉へのなだらかな傾斜と考えることによって、それはまさにメインストリームから徐々に音が壊れてゆく、ないしは新しく生まれ変わっていくような様相を示していて、9月から11月までのマイルスの思考の変化が現されているような気がする。

CD2は冒頭から明らかに音が違う。この11月27日のディレクションズ・セッションから1969年2月18日のサイレント・ウェイ・セッションへと繋がる動きは非常にスムーズで、この3枚のCDの中で最も聴き応えのあるテイクである。
正直に言ってしまえば、CD3に収録されている最終形のサイレント・ウェイの2曲より、このCD2に収録されているunissuedだった各テイクのほうが優れているような気がする。

CD3の冒頭2曲は、サイレント・ウェイのセッションの2日後に録音された、いわば拾遺曲であって、このセットのクロニクルなポリシーからいえば最終形サイレント・ウェイの後に付け足した曲順でもよかったのではないかと思うが、本テイクを最後にということなのか、ここのみ順序が逆になっている。
意外に生々しい音がしてこれはこれで楽しめるし、ちょっと懐古的な味もあって個人的にはすごく好きな2曲である。

このサイレント・ウェイの録音から約6ヶ月後の1969年8月19日~21日に《Bitches Brew》が録音されることになるのだが、イン・ザ・スカイとキリマンジャロの娘でマイルスはエレクトリックに突入し、サイレント・ウェイを経て、ビッチェズ・ブリューに至るという世評を私は今まで信じていた。そしてサイレント・ウェイというアルバムのポジションが私にはもうひとつよくわかっていなかった。
このコンプリート盤を聴いて思ったのは、サイレント・ウェイはビッチェズ・ブリューの露払いではなくて、それまでのアコースティクも含めたメインストリーム的なマイルスのジャズの変容の末に辿り着いた地点ではないかということである。つまりサイレント・ウェイとビッチェズ・ブリューはつながっているようでつながっていない。
ビッチェズ・ブリューから後のマイルスのファンク・ロック的なアプローチは、たとえばジミ・ヘンドリックスとか、その他のブラック・ミュージックを混成した方向性であり、たまたまそれがそれなりに当たってしまったので、それを押し進めたというような印象を受ける。
だからノリ良く聴けるという利点はあるのだが、若いミュージシャンを次から次へと採用したにもかかわらず、傾向は固定して次第にステロタイプになったようにも思えるし、それはコマーシャル的には成功したのかもしれないが、音楽としての構築性と精度は落ちていったように見える。

逆にいえばイン・ザ・スカイとキリマンジャロでマイルスは少し迷ったのではなかったか、という感じもする。そのままその路線でいけば少し抽象的過ぎてリスナーの支持を保つことはむずかしかったのかもしれない。ブートレグ・シリーズの《Live in Europe 1969》はビッチェズ・ブリューの録音の前後にまたがっているが、そのライヴにおける新旧併せ持った曲目選択に少しずつ変化していこうとするマイルスの意思が感じられるし、それを適度に大衆化して、かつマイルスのプライドを維持するということにおいてザヴィヌルの力は大きかったのではないかと思う。

サイレント・ウェイに私がいままで感じていたイメージは、なんだかよくわからないけど暗くて、でも妙に明るく突き抜けた部分があって、というようなはなはだ心許ないものであって、あまり聴かなかったアルバムなのだが、このセットで改めて聴いてみると、緻密に作られている個所がそこここに見つけられて、マクラフリンも意外にいいなぁと思ったりしたのである。
それは年代を経て音が熟成したのかもしれないし、私の感性が変わったのかもしれない。

それと私はフュージョンというのがあまり好きではなくてウェザー・リポートもよく知らないのだが、このザヴィヌルのこの時期のマイルス・バンドへのかかわりかたはやはり傑出したものではなかったかと思う。チック・コリアもキース・ジャレットもザヴィヌルと較べれば単なるキーボーディストに過ぎない。

CD3のサイレント・ウェイの本テイクの〈Shhh/Peaceful〉には10’45”あたりにラフにつないだ跡があって、もう少しきれいにつなげればいいのに、とも思うのだが、たぶんきれいにつなぐという目的意識は無いのだ。
それにラフにつないであったりする曲があるほうが名盤だったりする。たとえば秋吉敏子の《孤軍》の1曲目〈Elegy〉に、つないだのがわかる個所があるが、あれがあるから《孤軍》は名盤なのだ (と言うのは強引過ぎるけれど)。

ただ私の見方は今の時代から見たマイルスであって、その1969年という時代がどのような音楽状況にあったのかを考慮していない。今とは違って、当時では出せなかった音楽傾向もあっただろうし、その時のトレンドというか時代の流れというのもきっとあったのだと思う。
そうした中でマイルスは流行におもねっているように思えて、意外に頑固だし孤高である。


Miles Davis/The Complete In A Silent Way Sessions (Sony)
Complete in a Silent Way Sessions




MIles Davis/Ascent
https://www.youtube.com/watch?v=rDLV9A7-ALM
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U3

 本物のジャズはアドリブだということでしょうか?
たしかに1960~70年代に製作されたアルバムを聴いているとこれを毎回寸分違わず演奏できるのかと思っていました。
 サックスなども基礎・基本練習そlして定番の楽曲を習ったら次はアドリブだからなぁ。
by U3 (2015-12-07 12:44) 

Speakeasy

マイルス・デイヴィスは、以前『The Complete Columbia Album Collection』という箱を購入したのにも関わらず、結局、半分も聴いていないという、かなり駄目駄目な状態で放置してあります。当然『In A Silent Way』のアルバムまで到達しておりません。ジャズ・ファン、マイルス・ファンの方に顔向けできませんよ!ホントに・・・いつかゆっくり聴いてみたいと思っていますが・・・

by Speakeasy (2015-12-07 22:48) 

lequiche

>> U3 様

必ずしもアドリブだけということではないと思います。
でもジャズ・テイストというのがどのへんから出てくるのか
というのは、はっきりとはわかりません。
その雰囲気がジャズかそうじゃないか、ですね。
今のミュージシャンはテクニックが優れていますから、
どんなアドリブでもそれを譜面にすれば演奏できるような気がします。
by lequiche (2015-12-07 23:44) 

lequiche

>> Speakeasy 様

半分聴いていれば全然ダメじゃないです。
私なんか、セットもので未開封なのがいっぱいあります。(^^;)
コロムビア盤は1955年録音からですが、
まぁ、最初のほうだけ聴けばいいんじゃないか、
という気もします。
これ1枚だったら、最初の 'Round About Midnight!
ブログ本文を裏切るようですが、
ここでコソーリ暴論を書いてしまいます。\(^^)/
by lequiche (2015-12-07 23:45) 

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