SSブログ

すきとおった銀の髪の頃に ― 《漫勉》の萩尾望都 [コミック]

MotoHagio_160305.jpg
萩尾望都 (NHK《漫勉》より)

NHK-2の浦沢直樹《漫勉》のシーズン2の1回目〈萩尾望都〉を観る。
仕事部屋に定点カメラを何台か設置し、4日間にわたってその製作過程を撮影し、そのビデオをもとに浦沢と語るという企画で、こうしたメディアへの露出がほとんどない萩尾が、どのようにして作品を作り上げているのか、また漫画に対してどのような視点を持っているかについて知ることができ、非常に深い印象を残した番組だった。こんなに真剣に観たTV番組は滅多にない。

猫が7匹いるという萩尾の自宅兼仕事部屋は、「ロココ風の部屋に住んでいるのかと思った」 と浦沢が揶揄して言ったのかもしれないような部屋ではなく、資料やその他のものに埋もれた仕事部屋であって、つまり全ての美は作品にのみ集中しているという事実を指し示す。

20歳でプロになってから、ずっと描き続けてきたその技法は、たぶんほとんど変わることはない。紙と鉛筆とペンと、そしてスクリーントーン。デッサンの教科書のように基本の線が引かれ、その上に鉛筆の下書き、そしてスミ入れをして作品ができ上がっていく過程は、精緻で、それでいて大胆な処理がされることもある。

撮影時に描いている漫画は現在連載中の『王妃マルゴ』であり、彼女にとって初めての歴史物だという。マルゴとはマルグリット・ドゥ・ヴァロワ (Marguerite de Valois, 1553-1615) のことであり、フランス王アンリ2世とカトリーヌ・ドゥ・メディシスの娘のことであり、ユグノー戦争 (1562-1598) やサン・バルテルミの虐殺 (1572) といったフランス史に残る時代の人である。
「今のアラブにおける宗教対立の様子は、ユグノー戦争の頃を連想する」 と橋本治が書いていたのをちょうど読んだばかりで、そうしたことが歴史の再帰性でありダイナミズムでもあると、ちょっと思う。

萩尾と浦沢の対話は、同業者でもあるし、浦沢の的確で抑制のある話題の持っていき方が快く、聞いていてわくわくするものであった。2人が共通して挙げる漫画のパイオニアは、まず手塚治虫である。この世代に手塚の影響が無い人はまずいないだろう。浦沢の場合、『PLUTO』を描いているのだから当然だが、その手塚の原作、鉄腕アトムの〈地上最大のロボット〉を幼い浦沢が読んだときのショックがこちらにも伝わってきた。
だが、浦沢に 「最も真似した人は」 と問われて萩尾が横山光輝と答えたのは意外で面白かった。また、ちばてつやの手の使い方 (アゴの下に手の甲を持っていくポーズ) について『紫電改のタカ』を例に、そのすごさを語っていた。浦沢が『あしたのジョー』にもありますよね、と言って表示された画像に、あぁなるほど、ととても納得。こうした仕草は単なる動作ではなくて、むしろその人物の心情を映し出すパターンとして作用するのだということがわかる。

浦沢は、萩尾の過去の原稿を見ながら、繊細なフリルの造形や、柄に白ヌキがあるとき、ホワイトで上から塗るのではなく、あらかじめその部分を抜いておき、柄部分を点描してあることをあげて感心していた。見た目は些細な違いかもしれないが、仕上がりは決定的に異なる。それもまた萩尾のこだわりのひとつだろう。
ペンの持ち方も浦沢と比較すると、浦沢は普通の持ち方、だが萩尾はペン軸でなく、指がペン先自体にかかっている。力点をすこしでもペン先に近づけたいという意図なのだろうか。

また、漫画は突然の画面転換とか、その展開の技法が、映画であるよりも演劇的である、という指摘をして、それを2人が確認し合っているのも刺激的だった。
10代の頃から漫画家をめざしていたにもかかわらず、親はそれを認めてくれず、なにか変なことをしているとしか認識していなくて、じゃ認めてくれたのはいつ頃? という質問に対して《ゲゲゲの女房》で、萩尾の母は初めて娘の漫画家という職業を認知したのだという。《ゲゲゲの女房》ってすぐ最近のドラマじゃないですか、と浦沢も呆れていた。

萩尾は 「問題のある人間を描きたい」 という。強い意志と、そしてストレスを抱えた人間こそが描くに耐えるキャラクターだということなのだろう。そうした志向は絵の描線が強く変わってきた頃、NHKのサイトの記事によれば『メッシュ』の頃からだということだ。浦沢はそれを 「ずいぶん絵がハードになりましたもんね」 と表現している。
『メッシュ』はともかく、『残酷な神が支配する』になると、あまりにもストーリーが暗くてしんどくなり、私は萩尾をあまり読まなくなってしまった。でもそれは彼女が本当に描きたい対象であったのであり、こちらの貧弱な読書能力がそのパワーに負けてしまったと今は思うしかない。
強い意志ということでいえば、少年誌に連載された光瀬龍・原作の『百億の昼と千億の夜』の阿修羅王にその典型を見ることができる。原作のイメージをこのようにコミック化した技倆と、阿修羅王のキャラ設定は 「11人いる!」 のフロル的両性具有の発展系であり、素晴らしいというしかない。当時の読者からあまり評価を得られなかったのは、内容があまりに難しすぎたからではないだろうか。それは光瀬の原作そのものがむずかしかったからである。

『ポーの一族』を最初に読んだのは新書判のコミックスでだったが、コミックスは各話の順序が年代順 (発表順) になっておらず、コンパイルされていた。この仕掛けの錯綜感がポーの魅力であったとも言えるが、最近のコミックスでは発表順に修正されているとのことだ。

番組の最後に 「自分が感動したものを伝えたい」 「(描くことを) やめろといわれてもやめられるものじゃない」 というような表明があったが、描くということが単純に好きであるという萩尾の仕事ぶりに至上の職人の技を感じる。


放送日:
NHK Eテレ 2016年03月3日 (木) 午後11時〜
再放送:
NHK Eテレ 2016年03月7日 (月) 午前01時10分〜【06日 (日) 深夜】

萩尾望都/王妃マルゴ・1 (集英社)
http://www.s-manga.net/book/978-4-08-782483-4.html

王妃マルゴ volume 1 (愛蔵版コミックス)




漫勉/萩尾望都
https://www.youtube.com/watch?v=6cdSmp4M04g
nice!(76)  コメント(15)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 76

コメント 15

末尾ルコ(アルベール)

>音楽に限らず全ての最も優雅な芸術は、
 当時の旧ロシアの時代にあったような気がします。

とても頷いてしまいました。

前のお記事の雑誌のお話で言えば、わたしが買う頻度が高いのは「フィガロ ジャポン」でしょうか。まあ無難な内容だと。
女性ファッション誌、大好きですが、重いものが多いですよね。(笑)

このお記事を読みながら、かつて竹宮恵子をけっこう読んでいたことを思い出しました。

                   RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-03-06 00:53) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

ご賛同いただきありがとうございます。
フィガロはあまり読んだことがないですが、
無難と言えばその通りです。
重いのは紙質のせいですが、寝ながら読むのには適しませんね。(^^)

竹宮惠子も24年組のひとりですし、
萩尾と並び称される人だと言えます。
最近は学長さんとしてお忙しいようですが。
短い作品ですが、私は 「ジルベスターの星から」 が好きです。
by lequiche (2016-03-06 04:04) 

moz

萩尾望都さん、懐かしいです。
百億の昼と千億の夜は単行本がどこかにまだあると思います。
竹宮さんのテラへと並んで面白かったな。懐かしいので探してまた読んでみたくなりました。
老眼になって漫画は読むのがつらくなりましたが、PLUTOは読んだし、横山光輝とかちばてつや(紫電改のタカ)とかも良く読みましたよ。^^
by moz (2016-03-06 09:25) 

lequiche

>> moz 様

「百億の昼」 も 「テラへ」 もSFですね。
現代の目で見ると素朴な部分もありますけど、
当時の熱気を感じることがあって、
それは黎明期の頃のSF小説などにもいえると思います。

昔の少年漫画にもお詳しいんですね。
ちばてつやは一時、コミックスや文庫でまとめて読みました。
ちばてつやはどの作品でもほとんど手に入りますので。
たとえば 「のたり松太郎」 のなか (だったと思うんですが) で、
座敷から外を逆光で捉えている絵があって、
その空間から感じられる空気感がすごかったことを憶えています。
あと、初期の少女漫画もいいですね。
「テレビ天使」 とか 「ユカをよぶ海」 とか読みました。
これ1作を選ぶのなら 「螢三七子」 でしょうか。
ちょっと大きめサイズのコミックス (傑作集みたいなの) に
収録されていました。
現代に通じるテーマも含まれているように思います。
by lequiche (2016-03-06 11:18) 

majyo

萩尾望都さん、お名前だけしか存じ上げないのですが
lequiche さんが言い当てたように
すべての美は作品に集中なのですね。
今日はちばてつやさんの書かれたものをトップに持ってきました。
言葉より、何より伝わるものがあると思いました
手塚さん、事務所が以前に近くにあって何度かお見かけして、ついご挨拶してしまいます。会釈返されますね
問題のある人間を描きたいという作者の言葉には惹かれます
by majyo (2016-03-06 17:40) 

lequiche

>> majyo 様

現実の仕事は映画のようにオシャレではなくて、
もっと厳然としたものだと思いました。
もちろん今ならPCでタブレットで描くこともできますので、
そういう方法を採る漫画家もいるでしょうが、
そうではなく昔ながらの手法を継続する漫画家もいます。
それは現代の方式に乗り遅れたのではなくて、
もともと異なるものだからです。
アナログレコードとCD、
フィルムカメラとデジタルカメラ、
紙製の本と電子本、
これらは代替えになるものではなくて、
新しい方式として増えただけに過ぎません。
デジタルはすべてを互換するようにみせていますが
それはデジタル業界の都合のいい説明でしかないのです。
一時流行った 「自炊」 (本を自分で電子化すること) なんて、
そもそも言葉自体がキモチワルイじゃないですか。
まして絵を描くということはどこまでいってもアナログです。
機械に肩代わりさせることはできないですから。

ちばてつやさんのプラカード、説得力がありますね。
絵の訴求力というのは大きいです。
手塚治虫さんと御面識があるんですか!
それはすごいですね。

萩尾先生はもう引退しようなどと言っていました。
そこに東日本大震災が起こりました。
震災に関連する漫画を描いているうちに、
全く異なるフランス歴史物を描くことになりました。
それらは全く関係ないように見えますが、
そうなっていくきっかけ/過程での関係性はあります。
なにより、引退なんかまださせないぞ、
という神の声があったんじゃないでしょうか。(笑)
by lequiche (2016-03-07 04:37) 

青山実花

萩尾望都さんの作品で、
一番強烈に覚えているのは、
「半神」です。
絵も、ストーリーも、雰囲気も好きです。


by 青山実花 (2016-03-07 23:12) 

lequiche

>> 青山実花様

「半神」 は野田秀樹によって演劇化もされましたし、
大ヒット作品ですね。
「半神」 のテーマの元は 「アロイス」 にあると思います。
シャム双生児か二重人格かの違いですね。
典型的な双子のストーリーには
初期の頃の 「セーラヒルの聖夜」 がありますが、
そして双子というパターンは少女漫画の常套手段ですが、
それをこれだけデフォルメできるんだ、と思わせたのが
「半神」 だったといってもいいのかもしれません。
by lequiche (2016-03-08 01:24) 

向日葵

「萩尾望都」さんの回、留守録はしましたが、
まだ見られていないのです。(喉から手が出る程見たい!!)

24年組の中でもピカイチだった彼女。
一時期は「竹宮恵子」さんと、まさに「双璧」でしたね。

lequicheさんのこの記事を読んで、なお一層、早く見たく
なりました!!

by 向日葵 (2016-03-10 06:19) 

lequiche

>> 向日葵様

録画されたんですか!
それならお時間のあるときに、ゆっくりご覧ください。
速く見ないと消えてしまったりすることはないですから。(^^)

こうやって描いていくんだということがわかるだけで、
十分の感動ものです。
最近の漫画だとコンピュータに頼る作画方法もありますが、
そういうのと全然無縁だというのがいさぎよいです。
by lequiche (2016-03-10 12:43) 

向日葵

遅ればせ!
ようやっと見ましたよぉ~~ぉ!!

まさに作成風景オンリー、と言った感じの回でしたね。
漫画描いている風景。。
懐かしいなぁぁ~ぁ。。。
by 向日葵 (2016-03-23 13:21) 

lequiche

>> 向日葵様

そうですか。よかったです。感動しますね。
きっと昔から変わらずああいうふうに描いてきたんだと思います。
以前のブログで、グーグーの映画のことを書きましたが、
女優さんの演じる漫画家と本物の漫画家先生とでは
存在感がやはり違いますね。あたりまえですけど。

竹宮先生はどのようにお描きになっているのかも見たいなぁ、
と思ってしまいます。
《漫勉》に期待!ってそりゃ無理か。(^^;)
by lequiche (2016-03-24 01:54) 

向日葵

若い頃(大分昔)竹宮先生のファンクラブに入っていて、
何度かお茶会やファンクラブのイベントでお会いしました。
3~4年、ファンクラブできゃあきゃあやっていました。

イメージ通り、テキパキとボーイッシュな方でしたね。
今は関西の大学で漫画学を教えていらっしゃる教授に
なっていらっしゃいますよね?

萩尾望都先生も、遠くからご尊顔を拝する程度には
お目に掛かりましたが。。
サインは頂けたんだったかどうか。。

遥か数十年前の事です。。

当時、「漫勉」のようなTV番組があったなら。。
隔世の感があります。

萩尾先生の回は勿論「保存版」としてディスクにダビング
し直しました。
by 向日葵 (2016-03-27 01:48) 

lequiche

>> 向日葵様

それはすごいです!
ファンクラブなんてあったんですね。(@.@)

竹宮先生は現在、京都精華大学の学長さんです。
デザインとかマンガに特化した大学だということです。

ボーイッシュですか。
初期の『空がすき!』のタグ・パリジャンとか
ああいうキャラって先生ご自身なのかもしれませんね。
私のヴァイオリン音楽偏愛の元はエドナンです。
『のだめ』の千秋がヴァイオリン弾くことや
オレサマな性格なのも、エドナンが元だと思います。

萩尾先生は野田秀樹の劇団の公演会場で、
二度ほどお見かけしたことがあります。
それは 「半神」 の発表より前で、
その後、野田さんと意気投合して芝居を作ったんだと思います。

あ、ディスクにダビング!
それを私もやらないと。(^^;)
by lequiche (2016-03-27 20:57) 

coco030705

こんばんは。
萩尾望都さんの映像は、あの展覧会でもながれてましたね。
天才漫画家なので、自分の中から湧き出てくるものをどんどん描いていかれるのでしょう。それは、大変なことでもあるのでしょうが、誰にもとめられないことなのでしょうね。それが天才の運命というのか。芸術家は誰でもそうなのでしょうね。

ところで「王妃マルゴ」ですが、一部読むことができました。すごく細かいですね。面白そうです。あの時代のヨーロッパは、いつも権力闘争に明け暮れていて、大変な時代だったと思います。でもそれが、面白い歴史物語を創っていったのですね。
by coco030705 (2022-05-22 23:07) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0