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ガル・コスタ&カエターノ・ヴェローゾ《Domingo》を聴く [音楽]

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Caetano Veloso e Gal Costa

ユニバーサルミュージックの 「ブラジル1000 Best Collection」 という廉価盤のアンコール・プレスのことはすでにトゥーカのアルバムのときに触れたが、再発盤50枚のなかで多くの枚数が出ているのはもちろんカエターノ・ヴェローゾである (トゥーカについては→2016年07月20日ブログを参照)。
とりあえずヴェローゾ初期のアルバム《Domingo》《Tropicália》《in London》の3枚を聴いてみた。

《Domingo》は1967年にリリースされたガル・コスタとのアルバムで、2人にとってのファースト・アルバムでもある。録音時、ヴェローゾは25歳、ガル・コスタは22歳であった。
ヴェローゾの音楽はいわゆるムジカ・ポプラール・ブラジレイラ (MPB: Música Popular Brasileira) に分類されるが、この1stは、ヴェローゾのジョアン・ジルベルトへのリスペクトであり、基本的にはボサノヴァだとされている。しかしそのボサノヴァ風味はごく弱くて、つまりいかにもなイパネマの娘的ボサノヴァではなくて、もっと柔らかで内省的な雰囲気に偏っている。
村上玲の解説によるのならば、これは 「最後のボサノヴァ、ボサノヴァの最期」 であって、「ボサノヴァの歴史に思いを馳せることもない」 という。だからイージーリスニングのつもりで聴けばよいとのことで、それは私のようなリスナーの心を楽にしてくれる。

またこのアルバムは、その多くの曲をヴェローゾが作っているとはいえ、歌唱はガル・コスタの比重が大きく、まさに双頭アルバムであるといってよい。しかし最初のアルバムがこの完成度というのは、そのなにげない曲想とはうらはらにすごいことなのに違いない。
冒頭曲が〈コラサォン・ヴァガブンド〉(Coração Vagabundo) のような、いきなりほの暗いイメージから始まるのは普通のデビューアルバムのやりかたではない。

《Tropicália》(1968) は3枚目のアルバムであり、トロピカリズモを具現化したアルバムであるといわれる。まさにMPBの端緒となったプロジェクトであり、そしてジルベルト・ジルを始めとするブラジルのミュージシャンの集合により作り上げられた音楽である。
そしてMPBはアメリカ&西ヨーロッパのロックに感化された音楽であり、政治的なマニフェストも併せ持つが、このアルバムについて微視的に見ればビートルズの《サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド》の影響があるといわれている。

だが聴いてみて、確かに新しい音楽へのアプローチは見られるし、その熱い意志があるのだとは思うが、ヴェローゾの個性がジルベルト・ジルに負けてしまっていること、それと私の好みでいえば冒頭のジルベルト・ジルの表現する明るく突き抜けた曲の世界に入り込んでいくことができない。その後の曲もサージェント・ペパーズ的なギミックがところどころに見られるが、今聴くと、そうした仕掛けのアイデアにはやはり時代を感じてしまうし、やや古びた印象を持ってしまうのはしかたがないと思える。

《in London (A Little More Blue)》(1971) は6枚目のアルバムであり、当時のブラジルから過激な表現者として追放されたヴェローゾがロンドンで作った作品である (正確なアルバムタイトルは Caetano Veloso なのだが、わかりにくいので in London または第1曲目のタイトル A Little More Blue で呼ばれる)。《Tropicália》のハイテンションが報われず、一種の失意のなかで、しかし挫けずに行こうとする方向性は見られるが、でも全体的な音楽完成度は、まぁ普通かなというふうに私は感じてしまう。それに1曲目の〈A Little More Blue〉という曲名は、ジョニ・ジェイムスのアルバム《Little Girl Blue》のタイトル曲であるリチャード・ロジャースのスタンダードをどうしても連想させる (ジョニ・ジェイムスについてはすでに書いた →2014年12月26日ブログ)。

逆にいうと1stアルバムである《Domingo》がいかに素晴らしく特異なアルバムであるかということがいえると思う。ただそれはボサノヴァに対するレクイエムだったのかもしれなくて、それにトロピカリア/MPB的音楽に見られる攻撃的姿勢とは無縁だ。しかしたとえば6曲目の、ギターだけで歌われる〈ネニュマ・ドール〉のような黄昏のただなかの音のなかに最も引きつけられる音が在るように感じられる。
それゆえに私はこの《Domingo》を、イージーリスニングな心安まる音楽のひとつとしてこれからも聴いてくのかもしれない。


Gal Costa&Caetano Veloso/Domingo (ユニバーサルミュージック)
(amazonでは品切れの表示だがまだ在庫多数のはず)
ドミンゴ




Gal Costa&Caetano Veloso/Coração Vagabundo
https://www.youtube.com/watch?v=2e_4PpwU2K4

João Gilberto&Caetano Veloso/Coração Vagabundo
https://www.youtube.com/watch?v=FlQREMHx1LY
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末尾ルコ(アルベール)

ガル・コスタの歌を数曲聴いてみました。その中ではこの「Coração Vagabundo」が一番よかったです。深い声質がとてもよく、目を瞑って聴きたくなります。あるいはこのアルバムを流しながら一日中読書やシエスタをできたら・・・とか、憧れますね。   RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-08-21 08:33) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

声がいいですね。
若い声ではないように深いですが、
でもやっぱり若いというか、それが魅力のように感じます。
けれどヴェローゾにはボサノヴァはすでに終焉を迎えている、
というふうな認識があり、MPBに向かったのですが、
それがヴェローゾのオリジナリティとして確立するまでには
ある程度の時間が必要だったのではないかと思います。

ガル・コスタにはごくスタンダードなボサノヴァの歌唱↓もありますが、
スタンダードなボサノヴァとこのドミンゴのボサノヴァでは
明らかに異なります。
歌っているときの年齢が違うというだけではなくて、
やはりアプローチが異なるのだと思います。

デサフィナード
https://www.youtube.com/watch?v=TgQyac-QOJ0
by lequiche (2016-08-21 19:02) 

gorge

全体的な音楽完成度は、まぁ普通かなというふうに私は感じてしまう。

ということですが、私は妙にこの「イン・ロンドン」がすきで、メロディーにもハーモニーにも独特の浮遊感がありますね。まあそれは異郷の地だということかもしれませんが、「空に円盤が飛んでいないか探してしまうんだ」なんて歌詞も。
by gorge (2016-09-10 17:48) 

lequiche

>> gorge 様

ああなるほど。浮遊感ですか。
そこまで読み取れていないのかもしれません。
《Tropicália》が正直言ってあまり私の好みではなくて、
それに続けて聴いたので印象がぼんやり、という感じでした。
もう少し聴き込んでみたいと思います。
by lequiche (2016-09-11 06:27) 

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