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マジャルの血 — ヴェーグとセーケイのバルトーク [音楽]

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Sándor Végh

ハンガリーとヴェーグという2つのクァルテットは、どちらもハンガリーゆかりのグループであるが、今年になってその廉価盤が各々出されているのを見つけた。ハンガリーは英・Venias盤の《Hungarian String Quartet The Collection》、ヴェーグは英・Scribendum盤の《The Art of Vegh Quartet》である。
どちらもその主要となる選曲はベートーヴェンとバルトークだが、特にバルトークを語る場合、この2つのグループは重要な意味あいを持っているように思える。

ハンガリー弦楽四重奏団は1935年にシャーンドル・ヴェーグ (Sándor Végh, 1912−1997) によって結成されたグループである。1stヴァイオリンはもちろんヴェーグであったが、1937年にゾルタン・セーケイ (Zoltán Székely, 1903−2001) が加入すると、セーケイに1stを譲り自身は2ndに回った。
セーケイのほうが年長であり、しかもバルトークと親交があったということが理由とされているが、2人ともフランツ・リスト音楽院の同窓でイェネー・フバイ (Jenő Hubay, 1858−1937) やゾルタン・コダーイ (Zoltán Kodály, 1882−1967) などに学んだ。コダーイはバルトークとともにハンガリーの民謡に関するフィールドワークを行ったことで知られる。

1940年、当時の世界情勢の影響でハンガリー・ストリング・クァルテット (以下、ハンガリー・クァルテットと略記) はオランダに活動拠点を移すことになったが、ヴェーグはハンガリーに残る道を選びグループから退く。そしてヴェーグを1stとして新たに結成されたのがヴェーグ・クァルテットである。
ハンガリー・クァルテットは何回かメンバーを変えながら1972年まで活動した。いっぽうのヴェーグ・クァルテットはメンバーを変えること無く1970年代後半まで活動し、1980年に解散した。
ヴェーグ・クァルテットのバルトークはすでに米・Music and Arts盤があるのだが、今回のScribendum盤のほうが、多くの曲を網羅していてお得感が高いのでダブるのは仕方がないと思うことにする。

収録されているバルトークはハンガリー・クァルテットが1961年のステレオ録音、ヴェーグ・カルテットは1954年のモノラル録音である。
ハンガリー・クァルテットには1955年のTestament盤もあるが、バルトークは5番と6番だけで、またMusic and Arts盤の《The Hungarian String Quartet 1937−1968》というのもあるが、拾遺集的な内容であり全曲は入っていないしライヴ録音のもあるし、なにより価格が高値安定のままなのでまだ手が出せないでいる。
もう少し古いモノラル録音も聴いてみたいのだが、とりあえず全曲盤は現在このVenias盤だけのように見える。

ヴェーグとセーケイのヴァイオリンの師は、ともにフバイとされている。ヴェーグがリスト音楽院に入ったのは1924年で彼は12歳であった。セーケイがフバイから教えられるようになったのがいつなのかはわからなかったが、ヴェーグより9歳年長なので、ヴェーグに倣えば1915年頃ということになる。
こうした師弟関係を辿っていくのも、私にとっては、興味深いことのひとつである。

フバイと同年生まれのヴァイオリニストにウジェーヌ・イザイ (Eugene-Auguste Ysaÿe, 1858−1931) がいるが、彼はヴィオッティ→ドゥ・ベリオ→ヴュータン→イザイという系譜にあることは以前のヴュータンの項で書いた (→2012年08月11日ブログ)。
ヴュータンはフバイとも面識があるが、それはフバイが1878年にパリでデビューした際、その場に居合わせたことである。フバイは20歳、ヴュータンは58歳であった。ヴュータンはその3年後に亡くなるが、その遺作であるヴァイオリン協奏曲第7番がフバイに献呈されている。
このフバイから教えを受けたのがヨーゼフ・シゲティ (Joseph Szigeti, 1892−1973) であるが、シゲティはイザイから無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番を献呈されている。

さて、そのフバイの師はヨーゼフ・ヨアヒム (Joseph Joachim, 1831−1907) である。フバイは1871年、13歳のときからベルリンでヨアヒムに学ぶのだが、ヨアヒムの弟子には他にレオポルド・アウアー (Leopold Auer, 1845−1930) がいる。アウアーはヴァイオリン教育者として名高く、その教え子は多い。
そのヨアヒムが幼い頃に学んだ教師はペストのオペラ座のコンサートマスター Stanisław Serwaczyński (発音がよくわからないが、スタニスラフ・セルヴァチンスキ? 1781−1859) という人だったが、12歳でライプツィヒ音楽院に入り、メンデルスゾーンなどに教えを受ける。ただ、メンデルスゾーンはヴァイオリニストではないので、ヨアヒムがテクニックを学んだのが誰なのかはよくわからない。
整理するとヨアヒムの系譜は、ヨアヒム→フバイ→ヴェーグ&セーケイということになる。

これらの人々に共通に見られるのは、少しフランス (ベルギー) 系の人もいるが、多くはハンガリー系の人たちであり、そしてまたユダヤ系であることも多い。もちろん一概に出身地だけでは語れるものでもないのだが、マジャルの血の影響は濃い。

最初に戻ると、そのヴェーグとセーケイのそれぞれのバルトークについて、なのだが、まだそれが書けるほど聴き込んでいない。ただ感じたのは、決して派手ではないのだが、音に芯があることで、バルトークというと、つい刺激的な、ともすると暴力的な表現があったりするのだけれど、強く激しい音と乱暴な音とは異なるのである。
たとえばハンガリー・クァルテットの音を聴いていて思ったのは、6曲の弦楽四重奏曲のなかで比較的人気のない第1番と第6番の意味がよくわかってきたことである。特に第6番の構成の緻密さとその美しさはバルトーク晩年の心情がよく描かれている。
とりあえず各曲の演奏については稿をあらためて書くことにしようと思う。


Hungarian String Quartet The Collection (Venias)
http://tower.jp/item/4297164/
HungarianSQ_190827_s.jpg
The Art of Vegh Quartet (Scribendum Argento)
http://tower.jp/item/4235308/
VeghQ_160827_s.jpg

Quatuor Ebène/Bartók: String Quartet No.4
https://www.youtube.com/watch?v=E_XNfKk-Qbs
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ponnta1351

キャ! 難しいわ!
by ponnta1351 (2016-08-27 16:44) 

lequiche

>> ponnta1351 様

いえいえ、単なる歴史の記述ですから
むずかしくないですよ。
ヴェーグを織田信長、セーケイを豊臣秀吉に読み替えれば
わかりやすくなります。
………………………というのはウソです。(^^;)
by lequiche (2016-08-27 17:11) 

末尾ルコ(アルベール)

マジャルと聞くと、荒々しくもロマンの薫りが脳内に漂います。「ゾルタン」というファーストネームのハンガリー出身のロイヤル・バレエプリンシパルがいましたが、ハンガリー人の名前の独特な響きもエキゾティック。確か欧州の中でハンガリー語とフィンランド語が、言語学的に日本語と共通点があったような・・・。弦楽四重奏・・・台風影響下の高い湿度の中、しばし気候を忘れて聴き惚れてしまいそうです。  RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-08-27 20:02) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

ゾルタン・ソイモジーですか。
ゾルタンという名は比較的多いのかもしれませんね。
あと、イシュトヴァーンとか。
栗本薫の小説にもイシュトヴァーンという人が出て来ました。

慣用でゾルタン・セーケイと表記しましたが、
実際にはセーケイ・ゾルタンと 「姓+名」 の順序であるのも
日本語に似ています。

弦楽四重奏曲は構成的にはシンプルで禁欲的でありながら、
深い内容を盛り込むことができるような気がします。
何も飾り気のない地明かりだけのステージに響く
4本の弦楽器の音の絡まり合いが好きですね。
by lequiche (2016-08-27 21:06) 

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