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1981年のマイルス — 福岡サンパレス・ライヴ [音楽]

MilesDavis_1981_161212.jpg
MIles Davis (1981)

マイルス・デイヴィスにとって1981年という年は《Agharta》《Pangaea》という1975年の日本公演でのライヴ後、引退した状態だったのだが、そこから6年ぶりに復活した年である。
スタジオ・アルバムでいえば1981年は《The Man with the Horn》であるが、それに収録された曲を中心とした日本公演を行った時期でもあり、そしてその公演が非常に顰蹙をかったことでも有名である。

1981年の10月4日には、東京・新宿西口広場にてコンサートが行われたと記録されているが、これは東京都庁ができる前の場所、つまり空き地であった。しかしマイルスの体調は非常に悪く、これで復活なのか? まだ休んでいたほうがよかったのでは? というような状態で、またパーソネルも当時ほとんど無名のメンバーであって、急造の野外の会場ということと併せて、いまだに悪名高いライヴだったというのが一種の伝説として残っている。

先に書いたマイルスのHI Hat盤の一連のブートのなかに、この日本ツアーの様子が収録されている。それは福岡サンパレスでの録音で、前述の新宿西口のライヴが10月4日、その後、10月8日に名古屋でライヴを行い、この福岡は10月11日である。

音はモノラルであるが、そんなに悪くない。そして動画サイトなどで見ることのできる新宿に較べるとこの福岡のほうが多少良いように感じられる。マイルスの調子もそうだし、サックスのビル・エヴァンス、ギターのマイク・スターンという、マイルスのファンからはあまり良い評判を得られないサイドメンの演奏も比較的ストレートで聴かせる部分がある。

というより、ズバリ言ってしまうと、アガルタ&パンゲアを最高というファンが結構多いのだが、そうした世評ほどアガパンが良いのか? というのが素朴な私の疑問なのである。つまりアガパンは一般的に高評価されているほど良くはないし、逆に1981年は一般的に低評価されているほど悪くはない、と感じるのだ。
この1981年の復活バンドの評価がなぜ低いのは一聴してみてすぐにわかった。すごく簡単に言うのなら音がソフィスティケートされていて抽象的過ぎるのである。だからわかりにくい。フュージョンのような見掛けでありながらそうでもなく、指だけは回るのだが心が伴わないというような解釈がされているのだろう。
でも逆に私の感想としていうのならアガルタ&パンゲアはファンク過ぎるのである。マイルスがアガルタ&パンゲアで一度止まってしまったのは、自身の健康状態のこともその理由のひとつなのかもしれないが、ファンクの先の見通しが立たなかったからなのではないだろうか。行くところまで行ってみたら崖だったということだ。

そして比較的状態のよい福岡サンパレスの演奏を聴いてから、新宿西口の演奏に戻ってみると、これだってそんなに悪くはない、というのが素直な感覚である。新宿のライヴが悪くいわれるのは当日の警備上の悪さとか、臨時に設営された会場の不備とか、そういうロケーションとしてのマイナス要因が実際に行ったリスナーの記憶のなかに重なっているのではないかと思う。
ただ、福岡のライヴと較べると新宿のライヴは、ビル・エヴァンス、マイク・スターン共にそのソロのクォリティがいまひとつ冴えないようにも思う。

マイルスはこの1981年からほぼ10年間活動し1991年に亡くなるが、冷静に考えれば健康を損なった以後の演奏には全盛期の生彩はない。つまり《The Man with the Horn》以降、そしてワーナーに移籍してからのリリース作品はある程度割引して聴くしかないのである。それは帝王の残滓であると同時に、ジャズがフュージョンという形式を取り入れ、あるいは分化していった過程で、その中途半端さのなかに取り残されてしまったような印象も受けてしまう。
それらのワーナーにおける作品は昨年《Last Word》としてまとめられたが、そのタイトル通り、それは彼の最後の言葉であり歌であった。繰り返し聴くに耐えるようなクォリティの作品は無いが、だからそれが何だというのだ、とマイルスは言うのかもしれない。
So What ? と。

      *

柳瀬尚紀訳の『ユリシーズ』を買ってきた。1-12という表記が悲しい。柳瀬先生付きのジュスマイヤーはいないのか?


Miles Davis/Sun Palace, Fukuoka (Hi Hat)
Sun Palace, Fukuoka, Japan Oct




Live in 福岡 1981.10.11 part 1
https://www.youtube.com/watch?v=zK29ktmewVA
Live in 福岡 1981.10.11 part 2
https://www.youtube.com/watch?v=Tj0vzXoIdxo&t=18s
Live in 名古屋 1981.10.09. part 1
https://www.youtube.com/watch?v=nWRaGN5g17A
Live in 名古屋 1981.10.09. part 2
https://www.youtube.com/watch?v=l3OIrZ35T0Y
Live in 東京 (新宿西口広場) 1981.10.04 [動画]
https://www.youtube.com/watch?v=LRbdNI70IqA

ジェイムズ・ジョイス/ユリシーズ1−12 (河出書房新社)
ユリシーズ1-12

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末尾ルコ(アルベール)

柳瀬尚紀氏は今年お亡くなりになっているんですね。そしてこの『ユリシーズ』は今月出たばかり・・・。ジョイスの特に『ユリシーズ』や『フィネガンズ・ウェイク』などは訳者によってまったく違う作品の様相を呈しそうだし、「翻訳」という行為自体がものすごい勇気を伴うのでしょうね。わたしも部屋にある『ユリシーズ』を引っ張り出してまた読んでみます。

> 行くところまで行ってみたら崖だったということだ。

これは物凄く的確な表現ですね。ただ、わたしはlequiche様ほどマイルスを聴き込んでないので明確には分かりませんが、いつも「新たな観点」で聴く愉しみを与えてくださって、とても感謝しています。音楽の奥底により近づける感覚です。  RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2016-12-12 01:34) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

フィネガンはああいう作品ですから、
多様なとらえかたがあって良いと思うんです。
柳瀬先生のはそのひとつの究極の方法でした。
実は私はルビをあまり使うのには懐疑的なのですが、
でもそれはそれでいいと思います。
ユリシーズが最後まで行かなかったのが惜しまれます。

崖は、たまたま思いついただけです。
お恥ずかしい表現ですが。(^^;)
私も決して聴き込んでいるわけではなく、
むしろ知らないので、新規のゾーンという感じがします。
ただ、ともすると手垢のついた決めつけがあって、
過去からの常識のように評価が固定化してしまっているのは
違うんじゃないか、と思っています。
by lequiche (2016-12-12 03:05) 

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