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レトロスペクティヴなライヒ —〈violin phase〉 [音楽]

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Steve Reich

ノンサッチの《Steve Reich Phases, A Nonesuch Retrospective》を聴いている。
スティーヴ・ライヒの70歳記念に出されたCDセットということだが、今、ライヒはすでに80歳だから10年前のものだ。ノンサッチで録音された作品の集成なのは当然だとして、私の好きな〈violin phase〉が入っていなかった。タイトルは Steve Reich Phases なのに (よく調べてから買いましょう)。

というようなどうでもいいことはさておき、ライヒの〈プロヴァーヴ〉が効果的な小道具として使われているリチャード・パワーズの《オルフェオ》について私はしつこくも繰り返し書いているが、〈プロヴァーヴ〉を聴く個所はこの小説の最も美しく求心的なエピソードであり、それは砕けて落ちる青春の残滓である。そこに自らのつたない類似の記憶を重ね合わせるような行為も、あながち見当外れではないだろう。
《オルフェオ》の主人公エルズは、すでに教授職を退役した作曲家であったが、先日新聞でポール・オースターの『冬の日誌』の発売広告を見たとき漠然と思ったのは、すでに冬の時代が到来しているということなのだ。〈プロヴァーヴ〉が青春の喧噪の象徴とするのならば、ドビュッシーの〈12のエチュード〉は静謐と失意の死に限りなく近い。それは作曲家が書いた時期が年齢的にそうだったからなのではなく、曲があらかじめ持っているプロフィールを、今という時代が明確に示すからである。

〈violin phase〉の動画を探していたら、偶然、その楽譜のpdfを見つけてしまったが、こういうのは著作権的にちょっと、と思うので見るだけにとどめておく。サブタイトルとして、for violin and pre-recorded tape or four violins とある。つまりひとりでも演奏できるということである。作曲したとき (1967年) にはもちろんハードディスク・レコーディングなんて存在しないから、磁気テープによるテープレコーダーを使用することが前提となっている。
4人で演奏している動画もあったのだが、ひとりからふたり、ふたりから3人と増えていくときの入り方が映像で見るとわかりやすい。曲はミニマル・ミュージックの手法の執拗な繰り返しのパターンで、わかりやすく言えば輪唱をしているような感じなのだが、それが少しずつズレていって、また少しずつパターンが変わりながら重なることによって、一種のモアレ (干渉縞) のような状態になり、その重なりかたによって誰も弾いていないはずの音が聞こえてくるような構造になっている。つまりそれが phase である。

基調となっている10個の音の繰り返しは、楽譜を見ると6個目の音から始まっているアウフタクトで、でもこれがそのうちにズレてゆく。ただリズムは一定で、永遠の無限ループを刻む。モートン・フェルドマンでもそうだったが、実際に書かれている音とリスナーが聴く音のイメージとは異なることが多くて、むしろその錯覚のようなものを起こすように/利用するように書かれているというのがその真相だ。それは偶然の産物である部分もあるかもしれないが、多くは意図して書かれる。だから何? というふうに疑問を提示することは可能だが、その回答は 「何でもないんだから」 なのである。すべてが説明できるのならばそれは音楽ではない。

ジョン・ケージの作品のように、偶然性による音をその重要なファクターとしている作曲方法もあるが、ライヒのこの作品はかなり周到に意図された音を出そうとしていて、その志向が心地よい。音が単純な繰り返しであればあるほど、それはかえって抽象の装いを持つ。

最近知ったのだが、かつてのソヴィエト連邦の指揮者ムラヴィンスキーは、時の偏執的為政者の難癖に屈しなかったのだという。あのショスタコーヴィチでさえ、その作品が退廃的だと脅されたのに。パワーズも書いていたように 「プラトンから平壌まで、音楽を規制しようとする動きは尽きることがない」 のだ。なぜならそれは言葉の概念を超えて抽象的だからである。


Steve Reich Phases, A Nonesuch Retrospective (Nonesuch)
Phases: A Nonesuch Retrospective




Steve Reich: Violin Phase
https://www.youtube.com/watch?v=LimnkPiP9QA
or
https://www.youtube.com/watch?v=i36Qhn7NhoA
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コメント 6

うっかりくま

ムラヴィンスキーというと、リヒテル、レニングラードフィルの
チャイコフスキーP協1番とラフマニノフのP協2番という
輸入盤を愛聴しています。普及しているカラヤンのより
しっくり調和していて、これぞロシア!という感じが好きです。
オルフェオを読んでから聞くと現代音楽も面白そうですね。
by うっかりくま (2017-03-12 00:05) 

lequiche

>> うっかりくま様

早速のコメントありがとうございます。
リヒテル/ムラヴィンスキーのチャイコ1番も有名ですね。
といいながら持っていないので欲しいです。
カラヤンより良いというのも納得できます。

パワーズには『オルフェオ』だけでなく、
他にも音楽をネタにした作品があるのですが、
『オルフェオ』の記事を書いたら疲れてしまって
次に挑戦できていません。(^^;)
現代音楽は……面白い曲もあり、そうでもない曲もある、
という感じですね。好みの問題が強く作用しますし。
これは絶対イイ! と書きにくいのがツラいです。
by lequiche (2017-03-12 00:38) 

末尾ルコ(アルベール)

今、聴いております。断然好きです、この音楽。拝読しながら聴くと、(なるほど~)と納得することしきりですが、わたしの感覚はとにかく、(ああ、何て美しいんだ。何て純粋なんだ)という言葉を連呼しています。2番目にリンクしてくださっている動画もおもしろいですね。森の中で踊るダンサー。同じ動きを繰り返すだけかと思いきや、途中から随所でバレエの技術を垣間見せる。俯瞰で撮っている部分も興味深いです。全然違うジャンルでしょうけれど、ふと宗教的法悦を生み出す音楽や踊りを連想もしました。『オルフェオ』、まだ読んでません。ぜひ手に入れて読みたいと思います。清水玲子、少しずつ読んでいます。まだ部屋は片付いてませんが(笑)。 RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2017-03-12 01:07) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

ありがとうございます。
ミニマルというとどうしても静かな音楽を連想してしまいますが、
この曲は攻撃的な様相が感じられますね。
反復を退屈と片付けるか、トランス的な昂揚と捉えるかで、
評価は変わってくると思います。

2曲目のダンスの映像はコメント欄に
Anna Théresa de Keersmaeker.とありますが、
寡聞にして知りません。
俯瞰からの足跡の軌跡に何か意味があるのでしょうか。
ただ、こちらの演奏のほうが音がよりアクティヴな感じがしたので
リンクしておきました。

『オルフェオ』はいきなりだとヘヴィーなので
お時間ができたときでいいのではないかと思います。
たしかに音楽を聴いたり本を読んだりしていると
かたづけは後回しになります。
私の場合、おそらく永遠に後回し状態です。(^^;)
by lequiche (2017-03-12 03:06) 

gorgeanalogue

「piano phase」も「vermont counterpoint」も入っていないですね。後者は私のもっとも好きな曲です。ライヒの曲の手法は「効果」を狙って「計算」されているもの、ですよね。ただその「計算」は「発見」のためにされているというのが私のぼんやりした感想です。そういう意味で、ラ・モンテ・ヤングやテリー・ライリーを持ち出すまでもなくやはりミニマル音楽はフルクサス的な、あるいはヒッピー的な感性と近いですね。ところで、下の画像認証の数字が「1984」でした。これって吉兆なのか凶兆なのか。
by gorgeanalogue (2017-03-31 11:21) 

lequiche

>> gorgeanalogue 様

おお、そうなんですか。
このセットは単なるノンサッチ録音の集成ですので、
全ての曲を望むのは無理です。
ご推薦の曲は収録されているディスクを探して聴いてみます。

>> 「計算」 は 「発見」 のためにされている

うまい表現ですね。
ヒッピー的感性というのが根底にあるとは思います。
風貌にも感じますし、トリップするためのBGMという意味でも。
それはSF作家のサミュエル・R・ディレイニーとか
トマス・M・ディッシュなどにも感じることです。
ただ、そうした中でもライヒはかなり結果を考えて計算している——
つまり悪い表現ですが (笑) 「計算だかい」 ような印象もあります。
もちろん 「計算だかい」 ほうが
音楽的な完成度は高いという意味になります。

画像認証の番号は、残念ながら私が設定していますので、
何度認証しても、いまのところはいつも 「1984」 と表示されます。
by lequiche (2017-04-02 02:55) 

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