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ピリスのクラコヴィアクを聴く [音楽]

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Maria João Pires (1974)

マリア・ジョアン・ピリスの仏エラート盤はテオドール・グシュルバウアーとのモーツァルトの数曲のコンチェルトが最も有名だが、その他にも幾つかの録音があって、ショパンのプレリュードは1975年に録音されている。
そのエラート盤のプレリュード集の最後にオマケのように収録されているのが、1977年に弾かれたロンド・クラコヴィアクである。

グシュルバウアーとのコンチェルトが1972年から74年にかけて、そしてデンオンの東京での録音による最初のモーツァルト・ソナタ全集が1974年であるから、この頃が若きピリスの最も輝いていた時期ともいえる。

モーツァルトのコンチェルトは、グシュルバウアーとの後、76~77年にはアルミン・ジョルダン指揮によるアルバムが続くが、グシュルバウアーに較べるとジョルダンはやや落ちるように私は思う。したがってこのクラコヴィアクも77年録音なのでジョルダンの指揮であるが、曲の面白さに気をとられてしまい、あまりオケのことは気にならない (し、悪くはないと思う)。

ショパンは 「ピアノの詩人」 とよく言われるが、正確にはソロピアノの詩人であって、そのオーケストレーションはあまり評価されてこなかった。2つのコンチェルト、第1番 op.11と第2番 op.21はどちらも1830年だが、実際には第2番のほうが先に作曲されている。
だが評価が高くなかったので、やがてショパンはオーケストラ付きのピアノ曲を書くのを辞めてしまう。

《ロンド・クラコヴィアク》op.14はこれらのコンチェルトに先立つ1828年に作曲された。ショパン18歳のときである。あまり多くないオーケストラ作品のひとつであり、ごく短い序奏とロンドによって成立している小さめの曲で、私の好きな、若き作曲家の初々しさのある曲であると思う。
ショパンは結局、オーケストレーションがあまり得意でなかったというのが一般的な世評であり、近年、別の人の手が入っているとかいろいろと説が出ているが、それは少し身贔屓であって、基本的にはショパンが書いたものなのだと思う。

クラコヴィアクはポーランドの民族舞踏の名称とのことだが、まさに民族的な香りがところどころに感じられること、そしてそのオーケストレーションがまだ若く、ただいま勉強中とでもいいたげなほどに古典的なやや硬い雰囲気で、それを粒揃いの音で綴っていくピリスの弾き方が曲想に合っている。
ただ、そうはいっても独特のショパン・フレーズの萌芽がところどころに湧き出るので、たとえば序奏が終わってロンドに入っていくところはまさにショパンで、それはやはりモーツァルトとは異なる。ところどころ、すっと翳るような素朴な味わいが感傷的で東欧のにおいがする。

現代のリスナーはショパンのこの後の、その変遷と死までの歴史を知っているのでそれを含めて聴こうとするが、ショパンがこの曲を書いていたときは、まだわからないこれからの未知への希望を書き綴っていたはずなのだと思うと、その美しく明るい、世の中をあまり知らないかもしれないでいる音に青春の喜びがこめられているのを感じる。

ピリスの動画を探していたが見つからず、かわりにネルソン・ゲルナーが18世紀オーケストラをバックにエラールで弾いているのを見つけた。ブリュッヘンだから当然だけれど、その木管がエラールにマッチしている。
YouTubeで次に選択されたのは、ピリスがフォルテピアノでコンチェルト第2番を試奏する動画だったのでびっくり。
そしてコンセルトヘボウにおけるコンチェルト第2番の終楽章の動画もあったのでリンクしておくことにする。

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Krakowiak (Allegro moltoからRondeauに繋がる部分)

Maria João Pires,
Armin Jordan/Orchestre National de l’Opera Monte-Carlo
Chopin: 24 Prékydes, Prélude op.45, Krakowiak
(ワーナーミュージック・ジャパン)
ショパン:24の前奏曲集




Maria João Pires/Mozart: The Great concertos for Piano
(Warner Classics UK) [Erato盤]
Mozart: Pno Ctos




Nelson Goerner, Frans Brüggen/Orkest van de Achttiende Eeuw
Chopin: Rondo à la krakowiak en fa mayor Op.14
2010.02.26.
https://www.youtube.com/watch?v=KhQRBt7YTiU

Maria João Pires on old fortepiano plays Chopin Piano Concerto no. 2
2011.06.19.
https://www.youtube.com/watch?v=n0E3iqttI_E

Maria João Pires, Emmanuel Krivine/The Chamber Orchestra of Europe
Chopin: Piano Concerto II-3/Allegro vivace
2004.09.25。
https://www.youtube.com/watch?v=8t6_StAyOeg
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末尾ルコ(アルベール)

視聴しました!マリア・ジョアン・ピリスはポルトガルのピアニストなんですね。でもショパンの曲がとても合っているような雰囲気を持っている気がします。
ショパンはわたしにとって、生まれてから最も多く聴いているクラシック作曲家と言えます。理由はやはり親しみやすいピアノ曲が多いということで、大作が多い作曲家たちと比べると、鑑賞の小回りが利くということが大きいのだと思います。そのメロディを甘ったるく感じることもあるけれど、もちろんそれはその辺の甘ったるさとは違いますでしょうから、少し時間を置くとまたすぐに聴きたくなるというところもあります。
ショパンは美貌の天才作曲家、ピアニストとして欧州の社交界のスターだったのだと思いますが、その正しく世紀の天才の一人、しかも美貌のショパンを目の当たりにしていた人たちにとっては、あたかも神話の世界に紛れ込んだのではという感興を呼んだのではないかと、いつも夢想してしまいます。それは例えば、若き日のアルチュール・ランボーが朗読する姿を目の当たりにした人たちが、ひょっとしたらギリシャ神話の森の中に迷い込んだような気分になったのではないかという夢想と共通しています。

>ソロピアノの詩人

なるほどです。

>まだわからないこれからの未知への希望を書き綴っているように

これもすごく頷かされます。わたしたちは過去の偉大な人たちの人生がどうだったか知っているけれど、当人たちは死の直前まで不安や希望とともに生き抜いていたわけですからね。この視点はいつも持っていなければと思いました。

前のお記事との関連ですが、

>時間の質というのは、ごくプライヴェートなことでそう思うことがあったのです。

これ、すごくよく理解できます。わたしももうかなり前になりましたが、招かれたらなるだけ顔を出している時期がありまして、しかしそうした時間のほとんどは「つまらない」を飛び越えて、「おぞましく」感じるくらいのものだったんです。
(こりゃ、いかんなあ・・・)ですよ(笑)。これはもちろんわたしが特定の人たちとの交流の中で感じた個人的印象ではありますが、しかしその時間は今の高知および日本のかなりの部分を象徴しているのだとも感じたのです。「退行や停止、あるいは閉鎖」している人たちとの時間は、自分の心身も汚染されてしまうような感覚になります。まあ自分の心身がどれだけのものかはさて置いて(笑)、しかし件の人たちよりは「ずっとまし」だという確信はあります。

>クラウド的なシステムへの嫌悪も、実はクラウド信仰の知人がいたからに他なりません。

あー、こういうのも大きいですよね。まだ十代でしたが、急に現代思想にかぶれた男がおりまして、現代思想に比べたら他のものは「すべて下」というような雰囲気を漂わせ出しまして、そういう手合いって、態度物腰がすごく浮かれた感じになってしまい、心底嫌な気分になりました。わたしの場合は現代思想を嫌うことはなかったのですが、その男は大嫌いになりました(笑)。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2017-08-04 12:54) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

いつもコメントありがとうございます。
昨日はソネブロに書き込みの不具合があったようで、
なかなかコメント欄を見ることができませんでした。

ピリスはその人生にいろいろと浮き沈みがありましたが、
そういうことまで含めて、私の最も信頼するピアニストのひとりです。
若い頃の音も、年月を経た最近の音も、
かわりなく真摯で説得力のある演奏であると思います。
ピリスに対する標準的な世評とはちょっと違う曲に
意外なアプローチが感じられるときがあり、
むしろ私はそういうところが好きです。

NHKのスーパーピアノレッスンという番組での講師のとき、
ピリスはほとんど具体的なテクニックのことには
言及しませんでした。
私は観ていてそれが不満でした。
でもだんだんと、なぜ彼女がそういう言い方をするのか
わかってきました。
生徒がある程度の基本的技術を持った人たちばかりだった
という面もありますが、それだけではなくて、
音楽はその先にあることを示していたからです。

クラシック音楽鑑賞にはオーケストラ信仰があって、
オーケストラ作品を書ける作曲家のほうがエライ!
みたいなランク付けがありますし、
いつもオーケストラ作品を聴いている俺様がエライ!
みたいな優越感を持っているリスナーも少なくありません。
そうした人の価値観からすると
ショパンやメトネルのようなピアノに特化した作曲家は
一段低い作曲家であるとする考え方もあるようです。
それは覇権主義であり、
唐突な表現ですが 「戦艦大和」 が一番強いという思想です。
音楽の基本がわかっていないのです。
現代の作曲家で交響曲を書く人はほとんどいません。
それは戦艦大和が海の藻屑となったのと通底しています。

ショパンはたしかにパリのスターだったのかもしれませんが、
ランボーのようではなく、コンプレックスを持っていました。
やはり自分は田舎者である、という思い込みです。
でも逆にそのコンプレックスが、
ショパンの音のなかにある土臭いものこそが
ショパンの真髄なのだと思うのです。
クラコヴィアクにはそれが色濃く反映されています。

ピアノのおけいこの最頂点に君臨するのがショパンの楽曲ですが、
それは単なるピアノのおけいこというフィールドでの
価値観に過ぎません。
ショパンはそんなに生やさしいものではないと私は思います。
まさにそれはcomplexitéであって、
劣等感と複雑さとの錯綜で成立している作品なのです。

おぞましく感じる時間! まさにその通りですね。
こういうのは普遍的な問題であるのかもしれませんし、
そしてそうした閉鎖空間は蟻地獄みたいなもので、
一度落ちたらなかなか這い上がれないような気がします。
そこに安住しているのならば楽なのでしょうが、
人生はそんなに長くないので、
私にはもっと他にやることがあると改めて思ったのです。

『現代思想に比べたら他のものは 「すべて下」』という考え方が、
すべての時代の思想よりずっと下、ですね。(^^)
でも、何か思い込んで滔々と持論を展開する人は
ときとしてオコチャマなので、
よちよちとあやしてあげるか、あるいはガツンと叱りつけて
立ち直れないくらいにするべきか、どちらかです。
でも、がつんと叱りつけてもきっとわからないでしょうから
私はよちよちと言ってあやしてあげることにしています。(^^)
by lequiche (2017-08-05 03:35) 

そらへい

七十年代に出た、ピリスのモーツァルトのソナタを
一時期愛聴していました。
独特の間とコロコロと転がるピアノの音色が魅力的でした。
ショパンのピアノ協奏曲は、他のピアノソロ曲に比べると
あまり聞く気がしないのは事実ですね。
by そらへい (2017-08-05 21:32) 

saia

初めまして! 先日はお立ち寄りいただきありがとうございました!
私もクラシックを聴くのは好きで、いま住んでいる所で家にいる時はいつもクラシック専門FM局をつけています♪♪
ショパンも好きです♡(#^^#)
数年前スペインのマヨルカ島に旅行に行った時、ショパンがジョルジュ・サンドと暮らしたという隠れ家(今はショパン博物館)に行きました。
lequicheさんの記事、とても勉強になります!

by saia (2017-08-05 22:44) 

lequiche

>> そらへい様

そうですか。
イイノホールでの1回目の録音ですね。
美しい音で、いまだに色褪せていないと思います。
たしかにコンチェルトは少しレヴェルが低いとは言えますが、
でもその素朴さ、生硬さにかえって惹かれるものがあります。
by lequiche (2017-08-06 03:49) 

lequiche

>> saia 様

コメントありがとうございます。
いえいえ、貴ブログのリアルな風景や話題に圧倒されます。
私の書いていることなど、
ごく内省的なつぶやきでしかないですから。(^^;)

マヨルカ島に行かれたんですか!
ショパンとサンドの関係というのはとても興味がありますね。
サンドの著作はまたそれとは異なっていて、
でもまだうまくその世界に入り込めていません。
by lequiche (2017-08-06 03:50) 

そらへい

私はショパンはピアノ独奏曲が好きなので
オーケストラが混じること自体
受け付けないというか
受け付けられないところがあります。
ショパンが悪いというわけではなく
あくまで私の問題でした。
by そらへい (2017-08-07 19:45) 

lequiche

>> そらへい様

音楽の聴き方は趣味の問題ですから、
好きで無いものを無理矢理聴く必要はありませんし、
まさに個人的な嗜好なのだと思います。

たとえばフォーレのレクイエムはtuttiがないので、
オーケストレーションがヘタとか言われていましたが、
人間の価値観はそれぞれなのだと改めて感じます。
by lequiche (2017-08-07 23:07) 

トロル

2本目の動画のピリスに見入ってしまいます。
短髪に飾らない衣装、その修道女のような雰囲気も
何かのメッセージなのかな…と、想像していたのですが、
可愛らしい声のトーンと、試奏に夢中になりながらも、
続ける会話のシャープさ、面白かったです。
わたしもクラシックは小品が好みで、ショパンは
舟歌とか、マズルカのようなより個性的なものに惹かれます。
そこに、彼のコンプレックスが絡んでいるのもなるほど、と読みました。興味深いです。^ ^
by トロル (2017-08-09 22:11) 

lequiche

>> トロル様

コメントありがとうございます。
ピリスは若い頃から現在まで、長い経歴がありますが、
一時具合の悪かった時期があり、
それ以降、一抹の影のようなものがありました。
しかしそれ自身がやがて彼女の音楽の深さに加わったように
感じます。

確かに飾らない雰囲気はありますね。
超一流の音楽家となると、過剰な自負心というか、
どうだすごいだろう的な高慢さが見える人がいますが、
ピリスには一貫してそれがありません。
ずっと真摯で素朴で、しかし音楽は豊穣です。
2本目の動画でも、最後のほうになると
周囲の人たちが皆、見入ってしまっていますが
それだけ人を引きつける何かがピリスにはあります。
音楽を聴くとき、私のなかで最も指針となるピアニストです。

マズルカなどの小曲も、
小さくまとまっていてウィットがあるだけでなく、
やはり土俗的な香りがあります。
ショパンはどうしてもフランスのサロン的なイメージで
見られがちですが、そして実際彼はそういう環境でしたが、
それだけだと彼の音楽の深みは出て来ません。
オーケストラ付きの曲は彼の初期作品であるため、
曲構造的にも精神的にも完璧でなく、一種の弱みが見えます。
それがまた私には興味深く思えるのです。
by lequiche (2017-08-11 05:19) 

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