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〈Famous Blue Raincoat〉— レナード・コーエン [音楽]

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レナード・コーエンの〈Famous Blue Raincoat〉は彼の3rdアルバム《Songs of Love and Hate》1971, 邦題:愛と憎しみの歌) に収録されている曲である。私がこの曲を知ったのはオリジナルの歌唱ではなく、ジェニファー・ウォーンズの6thアルバム《Famous Blue Raincoat》(1987) によってであった。サブタイトルにThe Songs of Leonard Cohenとあるようにレナード・コーエンの曲のカヴァー集である。彼女のこのアルバムもリアルタイムで知っていたわけではなく、音楽はもちろんだが録音もすぐれていると勧められて聴いてみたのがその出会いである。

このブログにもこの曲のことは繰り返し書いてきたような気がするが、でもそれはいつも正面切った内容ではなかった。ダニエス・キイスの『アルジャーノンに花束を』について書いたときにもウォーンズのアルバムのことから書き始めたのだが、結果としてアルジャーノンに話題を持っていくためのリードのようにしかなっていない (→2015年04月09日ブログ参照)。だがそこに書いたことがすべてのような気もする。なぜなら、すぐれた音楽に私の貧弱な言葉で対峙することは不可能だからだ。

ジェニファー・ウォーンズに較べるとオリジナルのレナード・コーエンの歌はもっと緩くて、音符ひとつひとつに乗っていなくて、でもそれはだらしのない緩慢さではなくて、ビル・エヴァンスとジム・ホールの《Undercurrent》のように、不可視の水底に存在する暗流のようだ。
そしてコーエンの外貌は、若い頃と年齢を重ねた頃との違いに少し驚くが、彼の音楽の深遠さという点ではそんなに変わらないのだろうと思う。むしろ若い頃から音楽へのこうした視点を持っていたことに、静謐な凄みを感じる。それが、陳腐な形容だが、彼の顔に年輪として刻まれているように見える。

歌詞は手紙文のような体裁になっている。
そして歌詞の中にブルー・レインコートという名詞は1回しか出て来ない。

 Ah, the last time we saw you, you looked so much older
 Your famous blue raincoat was torn at the shoulder
 You’d been to the station to meet every train
 And you came home without Lili Marlene

「最後にあなたを見かけたとき、あなたは随分老けたように見えて、素敵な青いレインコートは肩が破れていて」 と、確かにレインコートは現実に存在するものではあるのだが、老けた顔、破れたレインコートと続く描写の連なりが 「あなた」 の心情をあらわしている。そして唐突なリリー・マルレーンという比喩 {この部分、レナード・コーエンとジェニファー・ウォーンズとでは少し歌詞が異なっているようだが}。

ただ、ひとつわからない部分があって、

 And Jane came by with a lock of your hair

「ジェーンはあなたの髪を一房持ってきた」 というのだが、髪の房を託すというのはどういうことなのだろうか。これはサビ部分なので2回出てくる。何かの区切りとしてのしるしに、そうした習慣があるのだろうか。日本人的にはなんとなく 「遺髪」 という言葉をイメージしてしまうのだが、さすがに違うと思う。

ある時期に私が聞いていた女性歌手たちはなぜか1960年前後の生まれに偏っていて、それはエンヤ、スザンヌ・ヴェガ、ベス・ニールセン・チャプマンといった人たちだが、たまたまランダムに聴いていた中での偶然に過ぎないのだろうけれど、その時代を引き摺っているなにかに感応することがあるのかもしれない。
ジェニファー・ウォーンズはもう少し年齢が上だが《Famous Blue Raincoat》は6thアルバムなので、時期的には1960年前後の歌手たちと同じような気がする。

〈Famous Blue Raincoat〉のカヴァーは幾つもあるが、アイヴォールの歌を見つけた。彼女はフェロー諸島の出身で、単純に地理的な見方をしてしまうと、先入観なのかもしれないがビョーク的な北方の音を感じる。


Leonard Cohen/Famous Blue Raincoat (Live)
https://www.youtube.com/watch?v=tAmQgI_Mun4

Leonard Cohen/Dance Me To The End Of Love
(Live in London)
https://www.youtube.com/watch?v=EImVucJO7Ok

Jennifer Warnes/Famous Blue Raincoat
https://www.youtube.com/watch?v=T3tO37SC60I

Jennifer Warnes/First We Take Manhattan
https://www.youtube.com/watch?v=dvmt2TeI_2w

Eivør/Famous Blue Raincoat
https://www.youtube.com/watch?v=iMEyZLhq_9U
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コメント 6

末尾ルコ(アルベール)

レナード・コーエンは最近聴いてなかったです。もちろん大好きです。音楽だけでも素晴らしいですが、映像での彼の色気、カリスマ性は凄いですね。カリスマ性と言ってもマイケル・ジャクソンやエルヴィス・プレスリーらの大観衆、マスを相手に光り輝く大スターのカリスマ性ではなく、何と言いましょうか難しいですが、音楽を愛し詩を真に愛する人たち、同じ波長の人間を必ず魅力するカリスマとでも言いましょうか。レナード・コーエンを含め、世界でも稀に存在する表現者ならではのカリスマなのだと感じました。だからコーエン死去のニュースにはとても残念な気持ちでした。歳をとればとるほど特別な輝きが増す人なのだと感じてましたから。コーエンまたじっくり聴き、観たいです。
ところがジェニファー・ウォーンズは聴いたことなかったです(笑)。なのでリンクしてくださっている動画を含め、これからいろいろ鑑賞していきます。
「リリー・マルレーン」というワード、いいですね~。この歌詞は初見で何とも言えませんが、ファスビンダー&ハンナ・シグラの『リリー・マルレーン』が大好きなんです。夢幻的な雰囲気に満たされた映画でした。ファスビンダーも最近観てないんで、また観たいなあ~。
女性歌手はわたしも大好きで多く聴いてきています。わたしの場合、女性歌手の外見的魅力をも追っているという要素はありますけれど(笑)。でもあの時代のスザンヌ・ヴェガはいまだ特別な存在であり続けてますね。ヴョークももちろん大好きですし、ケイト・ブッシュについては言うまでもありません。シャーデーやスージー・スー、そしてカレンOなども大好きでう~、と好きな女性歌手をただ羅列しておきますが、このような行為によって心の中を整頓し、明日への意欲が増してきます(笑)。

・・・

>テイラー・スウィフトは随分聴き込まれているんですね。

前から聴いている割には聴き込んでないのです(笑)。だからlequiche様のお話で、(へえ~)と新たな鑑賞意欲が湧いてきておる次第です。
わたしの場合、「詩を愛する」を自負しておりますわりには、「歌詞にすぐ注目する」という行為があまりできてませんでした。

>全てがすごく計算されているように思います。

そうなのでしょうね。今後テイラー・スウィフトのインタヴューなどにも注目していきたいです。
インタヴューでいろんなことが分かってきますからね~。

>蓮實重彦が書いています。

なるほどです。禍々しさもそうですが、現在日本で起こっている状態はそういうもの以前のあまりに(昨今の)日本的稚拙さ、ばかばかしさが横溢していて、それが「コロナ」という世界的に重大な出来事と関係しているだけに、より強烈に愚劣さが露呈されている感があります。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2021-05-06 07:57) 

にゃごにゃご

19世紀のビクトリア朝の時代に、髪の毛を入れるペンダント
があったの、昔、教わりました。
by にゃごにゃご (2021-05-06 16:22) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

レナード・コーエンのカリスマ性!
なるほど、確かにそうですね。
ジェニファー・ウォーンズのアルバムは
内容はもちろんですがその録音の優秀さでも評価されています。
といってもある程度のオーディオ装置でないと
その真価はわからないのかもしれませんので、
私にはその評価はできませんが。(笑)

もちろんこの歌詞の中でのリリー・マルレーンは
そのものではなくてメタファーなのですが、
こういうふうに言葉を綴っていくところに
成熟した大人の文化のようなものを感じます。
たとえばブルース・スプリングスティーンの場合でも
すべてが出口なしのような状況をそのまま出してしまって
その解決法が無いみたいな歌詞が存在しますが、
そこまでの歌詞というのが
日本語詞には滅多に存在しないように感じます。

アイヴォールはこの曲の場合はそんなでもないですが、
自作の曲ではもっとエキセントリックなのがあります。
フェロー諸島はアイスランドに近い島国でデンマーク領ですが、
独自の言語を持ち、独立運動などが継続している地域です。
ビョークがビョーク・グズムンズドッティルであるように
アイヴォールはアイヴォール・ポルスドッティルといいます。

テイラー・スウィフトに関してはまだよくわかりません。
ただ歌詞にピーターパンが出てくるところは
コーエンでリリー・マルレーンが出てくるのと同ニュアンスです。
それとアルバムでは凝った作りの演奏をバックに歌っていながら
ライヴではそれをギター1本でやりのけてしまう
というところにも彼女の自信がうかがわれます。

蓮實重彦は結構サッカーがお好きなようですが、
私は正直言ってそんなに興味はないので
どうでもいいです。
ただスポーツ選手だけが優遇されるというのは
世間的に了解を得られないと思います。
無理に強行すれば必ずしっぺ返しがあるでしょう。
by lequiche (2021-05-08 23:58) 

lequiche

>> にゃごにゃご様

あ、なるほど。やはりそういうやりかたがあるんですね。
ただ、無機物に較べるとずいぶん生々しい
という感じがしてしまいますが、
これは日本人的な感性に過ぎないのかもしれません。
by lequiche (2021-05-08 23:59) 

coco030705

こんばんは。
Leonard Cohen、いいですね。好きです。どこかで聞いたような気もします。2曲とも哀愁があって、胸の中にしみ込んでくるような魅力的な歌声だと思います。CD買おうかなと思います。お顔がアルパチーノに似ているような気がしました。
by coco030705 (2021-05-10 23:43) 

lequiche

>> coco030705 様

レナード・コーエンは年齢を重ねるほど、
歌に滋味が出てきたような気がします。
デビューしたのは1967年と遅かったですが、
1970年のワイト島ポップ・フェスティヴァルに出演します。
ジミ・ヘンドリックスのワイルドなステージの後に出て、
全く異なる音楽性で観客を引きつけたということです。
ちなみにジミ・ヘンドリックスはそのライヴが最後のステージで、
翌月、急死しました。
by lequiche (2021-05-11 01:42) 

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