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Echoes of Life — アリス=紗良・オット [音楽]

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Alice Sara Ott (チケットぴあサイトより)

アリス=紗良・オットの新アルバムはショパンのプレリュードなのだが、そのまま曲を並べるのでなく、何曲か毎に他の作曲家の作品が挿入されている。ジェルジュ・リゲティ、ニーノ・ロータ、そして武満徹など。
これらの附加された7曲の中のメインはサイトのトレーラーにあるアルヴォ・ペルトの 「アリーナのために」 (Für Alina) だろう。2分ほどの長さの曲で、プレリュード各曲のごく短い長さに似ているが、その響きは重い。まさに今の彼女の心象風景そのもののように映る。

しかしこうしたトラック・コンテンツのコンセプトは児玉桃のECM盤《Point and Line》を思い出させる。ドビュッシーと細川俊夫の曲をシャッフルしたようにして並べたアルバム。児玉桃の当該アルバムを聴いたとき、はっきり言って私は違和感を覚えたし、その必然性がわからなくて否定的な意見を書いた (児玉桃《Point and Line》については→2017年03月04日ブログ参照)。
だが今回のアリス=紗良・オットを聴いていて、一種のBGM的な、というよりむしろアンビエントに用いようとするような方向性としてとらえれば、それによってクラシックとかショパンといった高邁で不遜な牙城からそれらを引きずり下ろせるかもしれないという意図が見える。
インタヴューの中で彼女は

 そんなショパンを、少数のエリートではなく、普段クラシックを聴かな
 いリスナーにどうしたら聴いてもらえるか? そこで、一種のプレイリ
 ストを作るように、幾人かのふさわしい作曲家を選び出し、音楽的にシ
 ョパンと結びつけながら、全体がひとつの物語になるような流れを考え
 ていったんです (intoxicate #153)

と語っている。
そしてペルトについてはアリス自身の病気との関連性について、

 発病する前までは、ノイズがあふれる社会や過密スケジュールに自分を
 無理やり合わせるあまり、自分の身体が発するシグナル、「休ませてく
 れ」 という無意識の声を無視し続けていたと思うんです。絶対的な静寂
 の中でペルトの音楽に集中するように、体の声に真摯に耳を傾けること
 が大切なんですね

と言う。ペルトの音は寡黙であるが、しかしエリック・サティのように不安ではなく、モートン・フェルドマンのように禁欲的過ぎることはない。もっと自然で古風である。ペルトが人口に膾炙したのに果たしたECMの功績は大きいかもしれなくて、だから児玉桃のアルバムが成立したのだとも思える。《Echoes of Life》はECMではなくドイツ・グラモフォンだが、アリス=紗良・オットの入れ子のプログラムの意図を汲み取ったのは、そうした方向性がこれからますます主流になるだろうと考えてのことなのかもしれない。
サティやフェルドマンを通過してきた高橋アキのシューベルトは、古典派だけで暮らしてきたピアニストのシューベルトとは違う。ペルトの音楽もそれと同様に困難を通過して来た後のプリミティヴさなのであって、それは単なる素朴さとは異なる (高橋アキのシューベルトについては→2020年10月11日ブログ参照)。

クラシックの演奏家がイージーリスニングの曲を軽く演奏してみましたというのでなく、あるいは入門者向けの曲を集めてみましたというのでもなく、それなりのコンセプトを持ったたとえばリサ・バティアシュヴィリの《City Lights》のように、クラシックの敷居を低くして、イージーリスニングでありながら、だからといって妙にリスナーにおもねることのないもの。クラシックの組曲的な作品はそのようにして解体され、そのかわりとして滅びることから抜け出して生きながらえて行くのだろう。満月から欠け始めた月を見ながらそう思う。


アリス=紗良・オット/Echoes of Life (Universal Music)
Echoes Of Life エコーズ・オヴ・ライフ (初回限定盤)(UHQCD/MQA)(DVD付)




Lisa Batiashvili/City Lights (Deutsche Grammophon)
シティ・ライツ




Alice Sara Ott/Arvo Pärt: Für Alina
https://www.youtube.com/watch?v=YCs0kq3r88w

Alice Sara Ott/Franz Liszt: La Campanella
(Danmark Radio)
https://www.youtube.com/watch?v=sFHbZJaVyvA

Alice Sara Ott/Ravel: Piano Concerto, 2nd mov
Conductor, Christian Macelaru, 12 Oct 2019, Köln
https://www.youtube.com/watch?v=b99RKWD_8q4

尚、Echoes of Lifeは発売サイトで各曲を30秒間だけ聴くことができる。
https://www.universal-music.co.jp/alice-sara-ott/
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にゃごにゃご

ユーチューブの ラ・カンパネラ 見ました。
はじめの方は耳に障る音でしたが、終わりの方はとっても気持ちよく私の中に入ってきて、よかったです。
by にゃごにゃご (2021-09-23 08:08) 

末尾ルコ(アルベール)

わたしも昨夜、欠けていく満月を見ました。天中に近い位置で、もちろんほとんど満月でしたが、(少し欠けているんだろうなあ)と。
晴れの宵でして、周囲はクリアな星々。
自然と親しむ、と言う以上に、いつでも宇宙の運行を感じていたいわたしです。

アリス=紗良・オット。リンクしてくださっている動画、視聴させていただきました。

>ジェルジュ・リゲティ、ニーノ・ロータ、そして武満徹など。

こうした企画は素敵ですね。「ショパンだけ」とか「武満徹だけ」とかももちろん大事ですが、演奏者によって厳格に選択された楽曲が含まれているとより興味が増します。

アルヴォ・ペルトの 「アリーナのために」 (Für Alina)、初めて耳にした楽曲で、わたしにはその良し悪しに言及することはできませんが、アリス=紗良・オットが多発性硬化症を患ったということを意識して聴くと、その美しさはさらに深みを増すような気がします。
人間って誰しも重い病を得ると世界の見え方が変わってしまいます。本当は病を得る前から世界の見方については常に熟考すればいいのですが、もちろん病を得てからでも遅くはない。大雑把な言い方になりますが、今後のアリス=紗良・オットの音楽の精神性についてより注目していきたい気がします。
それとクラシック作曲家の創作に彼らの人生が大きく反映されていることは周知されていますけれど、演奏者の人生が演奏に反映されているというのはより興味深いと言いますか、クラシック奏者にとって一義的なことは「どのように演奏するか」であるとのイメージがありましたから、とても新鮮です。

>高邁で不遜な牙城からそれらを引きずり下ろせるかもしれない

「高邁」という意識は時に必要であり、時にとても邪魔になりますよね。そのバランスが大切だとは思います。
なにせクラシックを聴く人、すごく限られてますから、その「限られた範囲」で満足していてはいけないですよね。
どの分野でも、「世間に届く」っていうのはすごく重要です。かといって、妥協していては論外ですし、やはりバランスが大事。

それにしても「ラ・カンパネラ」を弾くアリス=紗良・オットの指の美しさときたら!またぞろ「見た目」のお話になってますが(笑)、指の動きの美だけでも圧倒されます。



民放FM、いい番組が多いのですね。山下達郎の番組は以前聴いてました。新聞のラジオ欄を見たら、坂本美雨の番組もありました(笑)。今後民放FM、面倒がらずによさそうなもの、チェック(エアチェック 笑)していきます。

>江﨑文武のピアノの音は特異です。

これってわたし、教えていただかねば気づかなかったと思いますが(笑)、その後何度となく「薄光」などを視聴して耳を鍛えるべく努力しています。
江﨑文武がFlowMachinesについて説明する動画もありました。おもしろいです。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2021-09-23 19:21) 

lequiche

>> にゃごにゃご様

動画を観ていただきありがとうございます。
リンクした動画はコンサートのアンコールなので、
放送録音用のライヴ音源ですから
ピアノの高音部のタッチが耳障りなのだと思います。
右手の複雑さがこの曲の特徴なのですが。
下記の動画のほうがスタジオ録音なので音質はきれいめで、
フィンガリングもよく分かります。
指の速さがすごいのですが、
この曲を弾きながら余裕で笑ってたりするのはありえないです。

Alice Sara Ott/Liszt: La Campanella
https://www.youtube.com/watch?v=0-czNkyPQDA
by lequiche (2021-09-24 02:20) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

アルヴォ・ペルトはエストニアの作曲家で、
最初は現代音楽だったのですが、あるときから
わざと古風な、バロック以前を連想させるような作風で
曲を作るようになりました。
ある意味、稚拙とも思えるような合奏とか、
パレストリーナ的な長いトーンの合唱などです。
ドイツのECMレコードはもともとジャズ専門のレーベルでしたが、
このペルトを世に出すために
わざわざクラシック部門を作ったのです。
その結果としてペルトの名前が知られるようになりました。

ペルトの作風は 「へたうま」 というのか、
わざとプリミティヴなようでもありアンビエント風でもあり、
でもそういう言葉でくくろうとしても微妙に違います。
その底におそろしく深い悲しみが常に存在しているような
そんな印象を受けます。

タブタ・ラサというのはペルトの有名曲のひとつですが、
こんな感じです (全曲聴かなくてもよいです ^^)

Lviv Virtuosos/Arvo Pärt: Tabula Rasa
https://www.youtube.com/watch?v=oJkaMuCKCv8

アリス=紗良・オットは見た目は寡黙なように見えますが、
主張が確立していて自分の音楽に関して、よくしゃべります。
これは演奏者としては当然のことですけれど。

Alice Sara Ott Interview
https://www.youtube.com/watch?v=YqBnaA4Eczs

リストの演奏は、にゃごにゃごさんへのリプライにも書きましたが
この動画のほうが音もきれいで指の動きがよくわかります。
アリスのフィンガリングはとても模範的で
トリッキーなところがなく、まさに正統派です。

Alice Sara Ott/Liszt: La Campanella
https://www.youtube.com/watch?v=0-czNkyPQDA

クラシック音楽というジャンルは音楽の中で今や
ド・マイナーであまり聴かれません。
CDはメチャクチャ安いので助かっていますが。(笑)
ネットの状況ではポピュラー音楽と同じように
切り売りで1曲ダウンロードしていくら、というふうに
変わっていくのかもしれないです。
ベートーヴェンの交響曲第5番の第1楽章だけ聴く、
というようなことが今後成立するのかもしれません。
クラシックは難解長大というイメージがあって、
それを捨てざるをえなくなるかもしれないと思うのです。
つまり満月の話は、音楽の最盛期はすでに満月を過ぎて
次第に欠けて行くのかもしれない、という意味の皮肉です。

民放FMも聴いてみてください。
祭日だった23日はJ-WAVEで9時から18時まで
小山薫堂とクリス智子の延々と長くてユルいDJを
やっていました。ラジオはこのユルさが心地よいです。
Tokyofmにも小山薫堂/宇賀なつみの番組があるのですが、
オトナの雰囲気な内容でとても良いです。
by lequiche (2021-09-24 02:20) 

にゃごにゃご

動画ありがとうございます。
笑顔、弾くの、すてきです。
打鍵力が気になったんだと感じました。
by にゃごにゃご (2021-09-24 18:24) 

lequiche

>> にゃごにゃご様

彼女はコンサートのとき、
たとえどんなドレスを着てても裸足なんですね。
そのへんにも演奏に対する独特の意識を
感じとることができます。
by lequiche (2021-09-26 05:00)