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カール・リヒター《マタイ受難曲》東京ライヴ [音楽]

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2021年末にAltusレーベルからカール・リヒターの来日ライヴが発売された。曲目はマタイ受難曲とロ短調ミサ、そして鍵盤作品集の3枚である。
カール・リヒター (Karl Richter, 1926−1981) はミュンヘン・バッハ管弦楽団ならびに合唱団の総帥であり、J・S・バッハの権威として知られていた。しかしバロック期の作品は次第にピリオド楽器での演奏が主流となり、モダーン楽器によるリヒターの演奏はその流行の前に色褪せてしまったような印象になった。

だが、ピリオド楽器を使用すれば原典に忠実であって素晴らしい演奏なのかといえばそうともいえない。さらにいえばピリオド楽器を使うことが免罪符であるかのような演奏だって存在する。その曲が作られた当時の楽器で演奏しなければならないのだとしたら、ベートーヴェンはハンマーフリューゲルで演奏しなければならないはずだが、ベートーヴェンのソナタは現代ピアノで演奏されていることのほうが圧倒的に多い。それなのにバロック期の演奏だけを特殊化するのはピリオド楽器信仰と言ってよいだろうし、不思議な思考方法だと思うのである。

リヒターの時代にピリオド楽器は今ほど使われていなかったし、そのメンテナンスも今ほど発達してはいなかったはずだ。音楽は楽器がなければ成り立たないが、楽器さえあれば良いというものでもない。リヒターのバッハ理解は今になっても色褪せてはいないし、精神性と高潔性は決して劣化しないのである。

バッハの《マタイ受難曲》は宗教音楽作品において最も高みにある内容と思われるが、リヒターには1958年と1979年の2つの録音が存在する。1958年の評価が高く、1979年盤は死期に近いこともあってあまり顧みられない。私はこの2つの録音に極端な評価の差があることに対してずっと疑問を抱いているのだが、とりあえずそれは考えないことにして、これらはどちらもセッション録音であり、ユニバーサルからリリースされているDVDも1971年のセッション録音である。
ところがAltus盤は1969年5月の東京文化会館におけるライヴであり (つまり2つのマタイの中間に位置する録音日である)、NHKサービスセンターの発行と記載されているので、NHKの持っている音源である。販売元はキング・インターナショナルなので、中身は100%日本製なのだが輸入盤扱いになっている。
この音源は以前にも発売されたことがあるのだそうだが寡聞にして知らなかった。今回はシングルレイヤーのSACDであり、本気度満々である。

こうした音源があるのだから、NHKにはそのときの映像は無いのだろうかと、つい思ってしまうのである。1969年というとビデオテープとして残っている可能性は限りなく低いが、他の記録方法があるかもしれないし、可能性がゼロではないと思うのである。

リヒターはマタイのような曲のときは、やや小型のチェンバロを置き、弾き振りで指揮をするのが普通であった。レチタティーボのときなどは、歌に合わせて通奏低音を弾くのである。この弾き振りがカッコイイのである。

動画を探してみたが、パッション系では良い動画がないので、ブランデンブルク協奏曲を2つリンクしてみた。それとアルヒーフ盤でリリースされていた《音楽の捧げもの Das Musikalische Opfer》だが、これは音声のみである。チェンバロで奏でられた〈3声のリチェルカーレ〉から始まる暗い音で積み重ねられた捧げものは、トラックの末尾のほうに入っているトリオ・ソナタに収斂して行く。
BWV1079と1080、この2曲がなぜ作品リストの最後に特別扱いで置かれているのか、その理由がわかる演奏ともいえる。


Karl Richter/J.S.Bach: Matthaus-Passion,
Live in Japan 1969 (Altus) [但しamazonは高過ぎです]
カール・リヒター 来日ライヴ1969 J.S.バッハ : マタイ受難曲 (J.S.Bach : Matthaus-Passion, Live in Japan 1969 / Karl Richter, Munchener Bach Orchester & Chor) [SACD シングルレイヤー] [国内プレス] [日本語帯・解説付き] [Live]




Karl Richter/J.S. Bach: Brandenburg Concerto 5
https://www.youtube.com/watch?v=vMSwVf_69Hc

Karl Richter/J.S. Bach: Brandenburg Concerto 2
https://www.youtube.com/watch?v=IETYYTMtL6U

Karl Richter/J.S. Bach: Das Musikalische Opfer
BWV 1079
https://www.youtube.com/watch?v=i3cYsqYO6TM
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コメント 10

にゃごにゃご

これは欲しいです。
なので、アマゾンに飛んで買ってきました。
ピリオド楽器の事、全くです。

by にゃごにゃご (2022-02-18 12:35) 

lequiche

>> にゃごにゃご様

早速お買い上げありがとうございます。(^^)/ メーカーノヒト
念のためですがSACDは大丈夫ですか?
ハイブリッドではなくシングルレイヤーですから
SACDプレイヤーでないと再生できませんので。
by lequiche (2022-02-18 14:29) 

末尾ルコ(アルベール)

カール・リヒター指揮による演奏はいろいろ聴いておりますが、いまだ指揮者による演奏クオリティの差異についてしっかり理解できているとは言い難いわたしですけれど、「ピリオド楽器信仰」がバロック音楽に関して強くあるというのは何となく分かるような気がします。ピリオド楽器の演奏だとわたしのようなクラシック音楽に明るくない人間でも(ああ、当時の雰囲気、味わえてるような気がする~)という気持ちになる時があります。でも「精神性と高潔性は決して劣化しない」…う~ん、このお考えにより納得いたします。
どのような分野においても目に見える、あるいは耳に聴こえやすい部分と、それらを遥かに超えて、見えないし聞こえ難いけれども「深淵」と言える場所がありまして、わたしとしては常に後者の境地を目指したいところなのであります。
『マタイ受難曲』についてはフォーレの『レクイエム』などと並び、わたしの最も好きなクラシック音楽…のはずなのですが、このところぜんぜん聴いてませんでした。前にlequiche様の「音楽の聴き方」をお尋ねしたのはそうした思いもありまして、わたし自身の音楽に向かう姿勢があまりに大雑把という状況をどうにかしたいといろいろ試しております。
音楽だけではないですが、「評価」は本当に難しいですね。評価する側にどうしても時代の縛りがたいがいありますし、ラフマニノフ『交響楽第1番』初演の差異の国民学派ロシア5人組との関係とか、純粋な評価以外の要素も複雑に絡んでますからね。
ともあれなにしろ(笑)『マタイ受難曲』、今後さらに聴いていきます。

『夜のヒットスタジオ』はフジテレビ系で、高知は長いこと民放は日本テレビとTBSしかネットされてませんでした。だから同番組については知ってはいたけれど、実際見るのは現在のYouTubeなどが初めてと言えます。当時は番組構成も司会者その他、今とはぜんぜん違いますよね。
ちなみに高知ですが、フジテレビはようやくネットされましたが、テレビ朝日、テレビ東京はいまだ無しです。それにローカル局が独自のプログラムを作る場合があるので、ネットしている局の番組を必ずしも見られるわけでもないんです。あ、「ネット」と言っても、「インターネット」のことではありません(笑)。

>声に魅力が無い人が多いです。

あー、そういう観点もおもしろいですね。今まで聴いてきたヴォーカリストの「声」についてあらためてチェックしてみます。RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2022-02-18 19:31) 

Enrique

ピリオド楽器に関しては同感です。
画像ですがNHKにはあるのではないでしょうか。
69年だと放送局でのビデオ機器は普及していたはずですし,ビデオテープが難しければフィルムという手もあったはずです。
by Enrique (2022-02-19 07:30) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

私のピリオド楽器への懐疑は、
ピリオド楽器が持てはやされるようになってきた頃、
たまたま私の聴いた演奏が非常に不安定だった
ということにつきます。
誰の演奏のどんな曲だったのかも覚えていないのですが、
何ていうのかその……オカリナみたいな音程で
クラシック音楽でオカリナは聴きたくないよな、
と思ったまでです。
後年、もっときちんとした古楽器の演奏も知って、
認識をあらためることになったのですが、
でもオカリナの記憶は残ったままだったのです。

マタイはそもそも長いですし、
曲構造もあんなふうですから気軽には聴けません。
ただそんなにしんどいかというと、そうでもないはずです。
それと、レクイエムだと多数のレクイエムがありますが、
受難曲というのはそんなに一般的ではないですから
そういう意味でもバッハは屹立した存在だと思います。

最近の指揮者だとフォーレもバッハも、ということだと
ヘレヴェッヘのCDなどがありますが、
私はあまり良いと思わなかったんですね。
これはあくまで個人的嗜好ですから気にしないでください。
クラシックというのは厳然とした楽譜があるのだから
そこからそんなに逸脱できないはずと思っていると
いろいろウラがあって、実はかなり幅があるとわかってきて、
こういうのも面白さのひとつだと思います。

ラフマニノフの1番は比較的最近まであまり録音もなく
黒歴史で触れたらいけないみたいな印象がありましたね。
でも聴いてみるとそんなに悪くはないです。
マーラーと同じで最初は散漫に思えてよくわからないというか、
捉えきれない一面があるような感じがします。

あぁなるほど。全国ネットかそうでないかという違いは
かなり大きいですね。
以前、広島生まれの人から
吉田拓郎は広島と東京ではその評価の仕方が違う
と聞かされました。
どう違うのかも聞いたはずなのですが覚えていません。(笑)
夜のヒットスタジオは背景のスタジオの様子とか
曲名のテロップの文字などですぐわかりますね。
でも今の目で見ると。かなり開発途上な番組という感じです。
by lequiche (2022-02-20 02:43) 

lequiche

>> Enrique 様

NHKの古い番組で
《ひょっこりひょうたん島》という人形劇があるのですが、
wikiには、当時のビデオテープは非常に高価だったので
「マスターテープによる映像は現存しない」
「テレビ画面をフィルムカメラで撮影したキネコが8本現存するのみ」
とあります。この番組の最終が1969年なのです。

ひょっこりひょうたん島 第1回
https://www.youtube.com/watch?v=wflC6dEflew

したがってキネコがあるかもしれませんが、
その可能性はなんともいえません。
by lequiche (2022-02-20 02:46) 

にゃごにゃご

SACD、大丈夫です。
聴くのたのしみです。
by にゃごにゃご (2022-02-20 12:34) 

lequiche

>> にゃごにゃご様

よかったです。
この録音、久しぶりに再発されたのですが、
今回のはリマスターですし
盤質もクォリティの高い国内生産ですし、
もう二度と出ない可能性があります。
by lequiche (2022-02-20 14:15) 

Enrique

ビデオテープが高価だったというのは事実ですが,この時代,スタジオ収録ならいざ知らず,コンサート会場にビデオ機器を持ち込むこと自体が大変だったと思われますので,画像を残しておく積りならば,ビデオ機器ではなく直接フィルム(16mmか35mmか)で撮ったはずです。もし撮影したとしたら,フィルムは再利用できないので,捨てなければ残っているはずです。

60年代70年代,カラー放送になってからでも,ビデオ収録ではなくムービーフィルムからNTSCに変換した放送がよくありました。現在ビデオテープは無くても,その元のフィルムはかなり残っているようです。

スタジオでビデオ収録したものなどは,余程のものでなければテープ上書きで使いまわしたのでしょうが,直接ビデオに撮った可能性は低く,またそれをフィルムに焼き戻すと言うのもかなり特殊な事でしょう。
by Enrique (2022-02-21 15:53) 

lequiche

>> Enrique 様

なるほど。
それなら可能性はあるかもしれないということですね。
やはり音だけより映像があったほうが良いですから
映像が出てくることを期待したいです。
by lequiche (2022-02-22 02:54)