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ロイヤルアルバートホールのスザンヌ・ヴェガ [音楽]

SuzanneVega1986_220611.jpg

最近のニュースで繰り返し報じられる児童虐待の現実を目にするとき、思い出すのはスザンヌ・ヴェガの歌〈Luka〉だ。あるいはフランソワ・トリュフォーの映画《トリュフォーの思春期》(L’Argent de poche/1976) でもよいが、ありえないような暴行のニュースを聞くたびに、実は人間の本性とはこうした残酷さを内在させているのではないかとさえ思う。

それで突然思い出したのだが、スザンヌ・ヴェガを最初に聴いたのは有名な1stや2ndアルバムではなく3rdの《Days of Open Hand》(1990) だったような気がする。渋谷の、広いけれど少しゴチャゴチャした暗い内装のCDショップの洋楽売場にそれがあったことだけがピンポイントのように記憶の中に存在している。ジャケットの写真部分がホログラムになっている不思議な外観だった。
あの頃の渋谷の街は色彩の乱舞する喧噪のオモチャ箱のようで、欲しいもの満載の店が幾つもあって、それはCDだったり本だったり服だったり色々でどれもがキッチュだったが、キラキラした悪徳を包含した夢の店はほとんど全てがなくなってしまった。
そうした過去の記憶の残滓を粛清するかのように渋谷の街は変わりつつあるが、それは清潔に整頓されたつまらない街への移行と言っていいのかもしれない。

《Days of Open Hand》のパーソネル欄を見ているとフェアライトの使用が見られるが、ケイト・ブッシュが《Never for Ever》で使用し始めたのが1980年、《Days of Open Hand》の頃はすでに終焉に近い時期だったように思える。8bitの実験的機器はあっという間に寿命を迎える。

1986年のロイヤルアルバートホールにおけるスザンヌ・ヴェガのライヴ映像を懐かしく観ていた。彼女は年を経るほどにそのライヴでの表情も柔和になってゆくが、初期の頃の少しピリピリしたセンシティヴな時代のほうが好ましく感じてしまう。通俗なメディア媒体などに簡単に浸食されてはたまらないという精神性があるからだ。

アルバム《Solitude Standing》に収められている〈Tom’s Diner〉は〈Luka〉と並ぶ初期の象徴的な曲であって、アカペラで歌われるメロディの連なりに内在する彼女独特のリズムがこころよい。前のめりだけれど引き締められている空白に刻まれてゆくリズム。


Suzanne Vega/Solitude Standing (A&M)
Solitude Standing




Suzanne Vega/Tom’s Diner
Live at Royal Albert Hall, 1986
https://www.youtube.com/watch?v=DCCWVk1fgpY

Suzanne Vega/Luka
https://www.youtube.com/watch?v=CUXW4aEhhbM
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猫毬

Luka…懐かしいです。この楽曲の歌詞の中の、、
「I live on the second floor~♪」てとこが、2階の事なのか3階の事なのか知りたくて、多感期に自力で訳したんです。(結果的にはスザンヌベガはアメリカ系だったので2階て事なのか?で納得したんですが。イギリスではsecondfloorは3階の事♪)後年になって全詩を振り返り、、そんな意味もあったのか…と、がく然とした記憶があります。今なお解決されない悲しい問題。(;д;)グスン。
あ( ̄▽ ̄;)。rukaメインのコメントになってゴメンでした┏○))
by 猫毬 (2022-06-11 20:26) 

lequiche

>> 猫毬様

なかなか学究的な疑問ですね。(^^)
イギリス英語とアメリカ英語の違いの例として
階数はよく引き合いに出されると思います。
たとえばフランス語でも
1階はrez-de-chaussée、
2階がpremier étage、つまりfirst floreで
イギリス英語と同じです。
日本やアメリカの感覚とはズレています。
ヨーロッパ系言語はだいたいそうみたいで、
つまり日本の1階はヨーロッパでは0階ということです。

そもそもフランス語は数的な言い方がメチャクチャで
97はquatre-vingt-dix-huitと言うんですが
これ、4 × 20 + 10 + 8 という組み合わせです。
90という言い方が無いんですね〜。
バカだと思います。(笑)
by lequiche (2022-06-11 23:09) 

英ちゃん

ぁぁ、国分寺でオフ会やったのに招集しないで申し訳ありません(^_^;)
でもまだ大勢でオフ会もやれる雰囲気じゃないのでまた今度。
by 英ちゃん (2022-06-12 00:30) 

lequiche

>> 英ちゃん様

いえいえお気になさらず。(^^)
その日は仕事がありましたので無理でした。
もう少しコロナが落ち着くと良いですね〜。
by lequiche (2022-06-12 00:59) 

末尾ルコ(アルベール)

スザンヌ・ヴェガはずっと活動を続けていて、しかも高評価を受けているんですね。『Solitude Standing』は繰り返し聴いていたにも関わらず、その後のスザンヌ・ヴェガについてほとんど知りませんでした。
『Solitude Standing』はLPじゃなく、なぜかカセットで買ったのを覚えてます。「Luka」は名曲ですが、最も好きだったのが「Tom’s Diner」。この「Tom’s Diner」というタイトル自体カッコいい、音が完璧で、下の上で繰り返し「Tom’s Diner」と唱えたくなるくらいでした。デヴィッド・ボウイの楽曲などにも感じられる、英語の音のカッコよさですね。
そんなわけで、実はこのお記事を拝読させていただく今この瞬間まで、スザンヌ・ヴェガのこと忘れ加減でしたもので、アルバートのライブ、じっくり視聴させていただきます。

>悪徳を包含した夢の店

文化芸術には「悪徳」の感覚、必須ですよね。ところがそうしたこと、まったく理解できない人が増殖し過ぎてしまって。

・・・

『theCovers』で山下達郎の特集をやっておりまして、GLIM SPANKYが「BOMBER」という曲のカヴァーを披露したんですが、これは素晴らしかったです。松尾レミの身も世もなくシャウトしているようでしっかりコントロールされている歌唱が圧巻。これを観れば、多くの人が彼女のファンにならざるを得ないと感じました。

わたしは映画館に対して情緒的な感情は抱いてないんです。もちろん映画館鑑賞のいい感じは大好きですが。特に東京はナチュラルに映画好きという方々が多く、安心して鑑賞できることが多いです。高知って映画に対して無知な人が多いですし、あるいは妙に映画通を気取ったクセの強い人とか、どうもナチュラルに映画を愉しんでる人が少ない手応えがあります。
現在はわたし自身もテレビ画面で映画鑑賞愉しむことが多くなっていますが、それでも「映画館至上主義」は変わりません。まず映画のポテンシャルは映画館でこそ最大限発揮されるという、まあこれは当然なのですが、この原則は絶対に変えたくない。まして「スマホで鑑賞」なんてあり得ない。補足的にスマホで観るのはありだと思うけど、「映画鑑賞はスマホだけで充分」なんて、文化を貶めているに他ならないと考えてます。
もちろんこれからは配信の映画も増えてくるし、それらは「スマホ鑑賞」も大きなビジネスとして計算に入れているのでしょうが、それをわかった上でも、やはり「映画館鑑賞」が大原則と考えます。
まあそれと、映画はどうしても大きなお金が動くビジネスの要素が大きく、一人で創作する芸術と比べると大きく純粋性は落ちますが、逆にその猥雑性も映画の大きな魅力だと思ってます。生々しい人間の営みを感じられる要素。 RUKO


by 末尾ルコ(アルベール) (2022-06-12 07:12) 

Boss365

こんにちは。
スザンヌ・ヴェガの「Tom’s Diner」懐かしいです。今聞いても斬新ですね。スザンヌ・ヴェガの事をよく知りませんが、当時、実験的な試み・サウンドと感じた事を覚えています。ところで、別件ですが、ロイヤルアルバートホール、90年代にクラッシックコンサートを聴きに訪れた事あり。外観も素晴らしいですが、円形ホールの内部が素晴らしかったです。また、ジャンルに関係なく多目的に使われているのが良いですね!?(=^・ェ・^=)
by Boss365 (2022-06-12 13:07) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

スザンヌ・ヴェガの一番最近のアルバムは2020年リリースの
《An Evening of New York Songs and Stories》ですが
間隔は空きますけどコンスタントにリリースされています。
音楽的傾向はずっと変わらないですし、
初期のアルバムは繰り返し再プレスされていますので、
安定した評価があるように思います。

本に関しては石井恭二の言葉として
「花には香り 本には毒を」 というのがあります。
芸術とはすべて悪の部分を持っています。
それがなければ芸術として成立しません。

山下達郎はもうすぐニューアルバムが出ますので、
そのプロモーションとしての意味合いがあるかもしれません。

東京はやはり人口が多いですから
特定の映画館に対する執着みたいなのは少ないと思います。
映画は映画館で、というこだわりは
以前に書きましたが小西康陽と同じですね。

このブログでは記事管理に閲覧数が出るのですが、
私はこの数字を一番参考にしています。
つまりSSブログ以外からのアクセスも含めての数が
表示されるからです。
最近の半年ほどで一番閲覧数の多かったのが
宇多田ヒカルの記事、そして次がDiggy-MO’なのですが
3番目がZARD〈君の瞳に恋してる〉です。
これはZARDというより小西康陽に対してのアクセス
というふうに私は解釈しています。

映画の製作は純粋性は落ちるけれど猥雑性が魅力、
まさにその通りですね。
完璧性も落ちるのですけれど100%に到達できない感じが
また良いのだと思います。
by lequiche (2022-06-13 00:49) 

lequiche

>> Boss365 様

スザンヌ・ヴェガの実験性、確かにあると思います。
私はリアルタイムで聴いたわけではないですが
その当時、斬新でありながら先進さが色褪せないで
いまだにスタンダード的に聴くことができるというのは
時流にながされていない音楽ということではないでしょうか。

ロイヤルアルバートホールに行かれたことがあるんですか!
それはうらやましいです。
日本だとどうしてもこのホールはクラシック系とか
このホールはポピュラー系とか、傾向が限定されますが、
特にヨーロッパではそういう区分けが少ないような気がします。
そうした点で最も印象に残っているのが
エリック・ドルフィを擁したチャーリー・ミンガス・グループの
オランダのコンセルトヘボウにおけるライヴですね。
by lequiche (2022-06-13 01:00) 

coco030705

こんばんは。
スザンヌ・ヴェガの2曲、聴かせていただきました。すばらしいですね。昔、いいなと思ったのに、CDとか買ったことがなかったなって後悔してます。
力強い発音というのか、とても分かりやすい英語だなと思います。でもとっても癒されます。
アルバムを買うとしたら、なにがよろしいでしょうか。

若いころに、イギリスに語学留学していて、ロイヤル・アルバート・ホールに何度か行きました。その語学学校が親切な学校で、クラシックやオペラなどのコンサートのチケットを手配してくれるのです。
ロイヤル・アルバート・ホールはクラシックのコンサートだったか、オペラだったか、はっきり覚えていないのですが、びっくりしたのは、料金が高い席にはドレスアップした人たちが座っているのですが、だんだん安い席になるほど、服装もカジュアルになってきて、一番上?の立見席には。ジーンズの人たちがたくさんいて、でもどの席の人も楽しんでいました。日本ではあまり見かけない光景だったので、驚きました。休憩時間にはカフェで飲み物を飲んだり。私たちはいつもカフェオレでしたが、イギリスではミルク入りのコーヒーは「White Coffee」といって注文していましたよ。
あの頃は最高の時だったかもしれません。
by coco030705 (2022-06-15 21:10) 

lequiche

>> coco030705 様

イギリスに語学留学ですか! それは素晴らしいです。
そしてロイヤルアルバートホールに何度か行かれたんですか。
一番理想的な留学体験ですね。
単純に語学を習得するだけより、
その土地での生活に触れるほうが語学は身につくと思います。
そしてヨーロッパでは音楽とか演劇などが
日本のように特殊な場としてのイヴェントでなく
日常の中に溶け込んでいるような感じがします。

日本でも上野の東京文化会館などでは
チケットにランクが付けられていて廉価な席はすぐ売り切れますが
でもチケットの価格設定がおしなべて高いので、
ヨーロッパのように身近な感覚での鑑賞はできにくいですね。
ましてポピュラー系のライヴでは
どんな席でもかまわず同一料金みたいな設定が多くて、
興行屋さんってちょっとズルいなと思います。

スザンヌ・ヴェガの歌は発音が美しいですし
凜とした響きがありますね。
CDをお買いになるのなら、
まず最初は上の記事にもリンクした2ndアルバム
《Solitude Standing》が良いと思います。
Tom’s DinerもLukaも収録されています。
     ↓
Solitude Standing
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000026GZQ/

by lequiche (2022-06-17 02:38) 

coco030705

lequicheさんへ
こんばんは。スザンヌ・ヴェガのCD、教えていただきありがとうございました。早速アマゾンに頼みました。少し日にちがかかるみたいです。楽しみに待ちたいと思います。
そういえば、日本のポピュラー系のライヴは、A席とB席ぐらいしか区別がなくて、考えたら高いですよね。4段階ぐらいに分けてほしいものです。
by coco030705 (2022-06-17 20:43) 

lequiche

>> coco030705 様

あ、在庫が無かったんですね。それは失礼しました。
タワレコだと在庫があるんですが、
日本盤SHM-CDですからやや高いです。
https://tower.jp/item/3128927/
お待ちになれるのでしたらamazonを待つのでよいと思います。

日本のライヴチケットはどの席でもほぼ同価格で、
しかも席を選べないことが多いですね。
こうした高圧的なチケット販売ってどうなの? と思います。
私は基本的に席が選べないコンサートは不愉快なので
行かないようにしています。
by lequiche (2022-06-18 23:00)