SSブログ

マグナス・ミルズ『鑑識レコード倶楽部』など [本]

Mills_Forensic_221002.jpg

マグナス・ミルズの『鑑識レコード倶楽部』はタイトルからして胡乱であるが訳者は柴田元幸で、おぉこれはもしかして……と思いながら読んだ。

あとがきにもあるようにこの小説のストーリーを簡単にいうのならば 「パブの奥の部屋で男たちが持ち寄ったレコードをかわりばんこに聴く」 というだけの話なのだ。
柴田によればこの小説家には凝った比喩などないどころか、比喩そのものの使用がないとのことなのである。as if …… とか like …… といったような平均的小説における常套的な 「慣習」 を徹底して拒むのだという。原題は The Forensic Records Society であり、だから 「鑑識」 なのだが、違和感があり音楽に馴染まない言葉だ。wikiにはミルズのスタイルに関して 「Magnus Mills’s style has been called “deceptively” simple.」 と書かれていて、つまり一見シンプルなのだけれどそれは欺瞞なのだということである。

音楽をただ聴くだけで何も意見が言えないという禁欲的な鑑識レコード倶楽部に対抗して、告白レコード倶楽部とか認識レコード倶楽部とか、さらには新鑑識レコード倶楽部とかがそれぞれ次々に立ち上がるというのは現実の何かの象徴なのだろうか、と思ってしまう。こうした雨後のタケノコ状態というのはよく見かけることだからだ。
さらに告白レコード倶楽部というのはレコードの音楽に関連して告白をするというシステムなのだが、その倶楽部がどんどん巨大化していき、告白がヒステリー的に蔓延していく様子は一種の新興宗教を連想させ、とても気持ちが悪い。まさにストーリーそのものでなく、これはメタファーなのだと思わせられる。

もっとも、延々と出てくる曲名自体が私にとってほとんど知らない曲ばかりであるのは事実なのだが、単純に曲名だけでなくその曲の歌詞に何らかの意味合いがあって、それを指しているのかもしれないという推測も成り立つ。ピーター・バラカンでもわからない曲があるというこの内容の中でそれを全て感じ取れるかどうかは非常にむずかしいことだと思う。
あるいは、アルバムの場合だったらその収録曲のタイトルに意味があって、たとえば後注にもあるように、ニック・ドレイクの《Five Leaves Left》が提示された場合、そのアルバムの1曲目〈Time Has Told Me〉が連想できなければならないらしい。つまりそのくらいマニアックに振れているということだ。

だからこの本を読むことはオススメしない。読むのは時間の無駄だし、何が書いてあるのかよくわからなくて、わかったとしても 「それがどうした?」 状態だし、単なる時間潰しにしか過ぎない。
なのだが私は大変面白く読ませていただきました。アリスちゃんが何かパンクっぽくってカッコよい。ハーレイ・クインのコスプレしたローラを連想してしまう (違う〜)。

毛塚了一郎の『音盤紀行』第1巻は『青騎士』(KADOKAWA) に連載中のコミックスである。レコード店とレコードにまつわるストーリーなのだが、描かれているレコードショップの描写にマニアックな香りがする。
船から発信される海賊ラジオ放送とか、ロックを聴くことが犯罪になる恐怖政治が行われている国の話などもあるが、今の時代の 「かの国」 をどうしても連想してしまう。もっとも 「かの国」 はショスタコの時代から狂気を引き摺ってきた国なのだから何をいまさら、と言われればその通りだと答えるしかない。
ただ、レコードショップの細やかな描写とは裏腹に、エレキギターの描き方が貧弱で、これについてはもう少し学んでもらえたら、と思う。

『インディペンデントの栄光』の堀越謙三はミニシアターのユーロスペースの代表者であり映画プロデューサーであるが、ダニエル・シュミットなどを経て、レオス・カラックス、アッバス・キアロスタミ、アキ・カウリスマキなどを日本に紹介した人であり、さらに遡ればヴィム・ヴェンダースやライナー・ヴェルナー・ファスビンダーを日本に持ち込んだ人でもある。
連載中に大変興味深く読んだが、単行本化に際して年譜やインデックスなどが追加され非常に密度の濃い内容となっている。こうした映画を観る人にとっての必読書だと思われる。
青山真治が間章について描いた映画《AA》の製作と配給をしたのもユーロスペースであることは忘れられない。

アンドレイ・タルコフスキーの『映像のポエジア』が文庫化されたが、パラパラと見ただけでまだ読んでいない。が、タルコフスキー・ファンにとっては必読だと思う。
タルコフスキーもソ連時代に亡命し、二度と故郷に帰ることはなかった。亡命せざるを得ないような状況を作り出して平然としている国家はダメだと思う。

     *

プライヴェートな話ですが、先日、同じSSブロガーのにゃごにゃごさんの家にお邪魔しました。閑静な街、静寂な庭、ネズミ捕りもできる知的な猫、そして何より美味しい料理、に楽しいときを過ごさせていただきました。長々とお邪魔してしまい申し訳ございませんでした。また次の機会を!


マグナス・ミルズ/鑑識レコード倶楽部
(アルテスパブリッシング)
鑑識レコード倶楽部




毛塚了一郎/音盤紀行 1 (KADOKAWA)
音盤紀行 1 (青騎士コミックス)




堀越謙三/インディペンデントの栄光
(筑摩書房)
インディペンデントの栄光 ユーロスペースから世界へ (単行本)




アンドレイ・タルコフスキー/映像のポエジア
(筑摩書房)
映像のポエジア ――刻印された時間 (ちくま学芸文庫)

nice!(77)  コメント(2) 
共通テーマ:音楽

nice! 77

コメント 2

末尾ルコ(アルベール)

ピンチョンも絶賛しているというマグナス・ミルズですね。『鑑識レコード倶楽部』、おもしろそうです。
柴田元幸はかなり前ですが、ポール・オースターに入れ込んでいた時期がありまして、彼の役には親しんでました。が、訳書をチェックしてみますと、まるで読んでない本がいっぱい。『鑑識レコード倶楽部』含め、彼の訳書や著書を読むこと、検討していきます。フィリップ・ロスは少し読んでますが。
それにしても『鑑識レコード倶楽部』のように使えるくらい楽曲の知識があるって凄いですね。わたしの貧弱な知識について持ち出すわけではありませんが(笑)。少しずつでも努力しよっと!
『インディペンデントの栄光』。ユーロスペースは何度となく行っておりますが、これだけの映画監督を日本に紹介したって凄いですね。
ダニエル・シュミット、レオス・カラックス、アッバス・キアロスタミ、アキ・カウリスマキ、ヴィム・ヴェンダースやライナー・ヴェルナー・ファスビンダーですか。映画ファンとしては堀越謙三氏にどれだけ感謝してもしきれません。この本もぜひ読んでみたいです。
さらにアンドレイ・タルコフスキーの『映像のポエジア』も読まねばなりませんね(笑)。
素晴らしい書籍のご紹介、いつもありがとうございます!

・・・

>有名なミュージシャンは国籍というものの認識があまり感じられない

でしょうね。それぞれの地域が育んできた文化は大切ですが、国籍に頑固にこだわるって、わたしは馴染めません。どうしても排外的方向へ進みやすい印象があります。

[
「手書き」の件で思い出しましたが、母のデイケア(コロナ感染者数の多さに、もうずいぶん行ってませんが)の前の所長さん。30代でなかなか気の利く人だったんですが、子どもさんが漢字が得意でないことを学校の教師に指摘されたのがいささか不満だったらしく、「感じが書けないとか、どうでもいいですよね」とわたしに同意を求めてきたのですが、正直(分かってないなあ)と思わざるを得ませんでした。手で漢字を書けるって、脳にとっても精神にとってもとても意義あることだと思うのですが、彼に取ったら、(変換すれば出てくるじゃないか)程度のことのようでした。そう言えばこの所長さん、自己啓発本が好きだったなあ。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2022-10-02 09:00) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

ピンチョンも絶賛、というのが逆にちょっと引っかかるんですが、
オースターとかリチャード・パワーズなど
やはり柴田元幸の選択には惹かれる部分があります。
といってピンチョンの『メイスン&ディクスン』は
買ったけれどいまだに読んでいませんが。(^^;)

マグナス・ミルズに関しては彼の作風が
こういう特異なものらしいんですが、
う〜ん、面白いのかなぁ……という感じで、
確かにこのように対象をごく狭く限定して
その中に入り込んで行くという方法論もあるとは思うんですが
何か不思議な感覚ですね。
面白いんですけど単なるヒマつぶしなのかな、
という疑問もかすめるんです。

堀越謙三の本は
アクの強い映画監督との出会いという点において
こうした本になった状態で読んでいると面白いのですが、
現実にはいろいろと大変だったはずです。
非ハリウッド系の映画がお好きな人なら必読です。
ただ、ミニシアター系の話題では
しょーもないスキャンダルになった人もいますし、
それが映画界全体の印象を貶めてしまいますよね。

ゴダールが先日亡くなりましたが、
私はレミー・コーションの《アルファヴィル》という作品が
雑に撮られているように見えて、でもそうじゃなくて
美しい映画で好きなんですが、調べてみたら
《気狂いピエロ》と同年の作品なので驚きました。
《アルファヴィル》→《気狂いピエロ》の順なのですが
ゴダールのヴァイタリティに感服するばかりです。

音楽家の認識は国籍に関しては薄いとは申し上げましたが
リサ・バティアシヴィリやカティア・ブニアティシヴィリは
ヴァレリー・ゲルギエフとの共演を拒否しています。
彼女たちはジョージア出身で、ジョージアは
ロシアにずっとひどい目に遭わされてきたからですし、
ゲルギエフは親・プーチンですので。
やはり政治と全く無関係ではいられないという面はあります。

漢字が書けない人はどんどん多くなっていくでしょうね。
憂鬱とか亀の旧字(龜)とか書ける人は少ないと思います。
でも 「ユーウツ」 とか 「カメ」 って書けば良いんでしょうから。
自己啓発本というより自己軽薄本なのだと思います。
by lequiche (2022-10-07 02:00)