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村下孝蔵を聴く [音楽]

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村下孝蔵 (1953−1999)

8月11日は祭日で、普段聴かない時間にラジオをつけていたらNHKFMで村下孝蔵の曲が流れていて、思わず最後まで聴き込んでしまった。それは《歌謡スクランブル》という番組で、内容的には5月20日にオンエアされたものの再放送らしい。

村下孝蔵について私はほとんど何も知らなかった。だが、沢田聖子の動画を探していたなかで、彼女が村下孝蔵のフォロアーであり、コンサートのMCで、村下と同じメーカーのギターを使っているということを知った。沢田聖子の歌う村下の大ヒット曲〈初恋〉のカヴァーにはそんな村下の魂が宿っている。私にとってのそんな発見があったのが昨年の12月だったのだが、それから後、村下孝蔵という人のことが少し気になっていた。

《歌謡スクランブル》は1時間30分の番組で、最小限の解説しかなくほとんど音楽を流すだけだから、濃密な聴取環境の時間だと言ってよい。聴いていて思ったのは村下の声の美しさで、極端にいえば曲など関係なく、何を歌っていても良いのである。その声の質に引き込まれてしまうのだが、それは一種の官能的な感覚に訴えかけられているからなのかもしれない。松山千春の声などもそうだが、その声に一種の呪術的な麻痺を感じてしまう歌手がいるものなのである。
ジャンルとしてはシンガーソングライターなのでフォークソングなのだろうが、限りなく歌謡曲に近く、だがポップな要素も備えているという感じがする。

それと編曲者がほとんど水谷公生であるが、彼はグループサウンズ時代に水谷淳名義でアウト・キャストというバンドで活動した人で、その後、編曲家となったのだそうだが、村下孝蔵の各作品における水谷の編曲は素晴らしい。それはある意味、時代感覚としてはやや古いのかもしれないが、音が収まるべきところに収まっていて、その構成が真摯で暖かくてうっとりとしてしまうのだ。
番組でオンエアされた曲で私が最も心を惹かれたのは〈りんごでもいっしょに〉という作品の編曲で、これは裕木奈江のために書かれた曲のセルフカヴァーである。曲のテイストをコントロールしているリズムはタンゴで、でも途中にちょっとだけ出てくるアコースティクギターのソロはフラメンコ的で、もしかするとこのトータルな構造はあざといのかもしれないが、官能的な気持ちよさのほうが勝ってしまう。

村下が中森明菜のために書いた〈踊り子〉も非常に秀逸で、ソングライターとしての資質も相当なものだったと考えずにはいられない。1991年には〈アキナ〉というタイトルの曲も存在するが、これはもちろん中森明菜に宛てて書かれたものである。
中森明菜の歌唱に関しては、〈駅〉の表現に対しての有名ソングライターの否定的な意見で有名だが、楽曲は作曲者の手から離れてしまえばどのように解釈しようとかまわないので、それをひとつの価値観だけで判断するのは間違いである。それに中森明菜の〈駅〉はまさに絶唱であり、唯一無二の歌唱でもあり、他の凡百の歌唱とは隔絶していてレヴェルが全く異なる (否定的なのは何らかの政治的思惑があったのかもしれない)。
だがそんななかで、星屑スキャットの〈駅〉はPVも含めて素晴らしい。賑わう街を歩く人々の残像の中に重層して佇むようにあらわれる3人。それは幻想というものの悲しみの具体的な描写である。そして〈駅〉に限らず、歌詞とは作詞者が意図した以上の内容を持ってしまうことがあるものなのである。それをいかに解釈し歌として表現するかが歌手としての使命であり、最低限のいわばディシプリンである。

したがって、ひとつの楽曲を元にどのような映像を作るのもまた自由である。最後に村下孝蔵の楽曲を素材とした動画のなかから黒島結菜を使った〈春雨〉をリンクしておく。モノクロームの映像が美しい。

尚、歌謡スクランブルの放送内容は 「らじる★らじる」 で8月18日14:00まで聴くことが可能である。


村下孝蔵/春雨 (黒島結菜)
https://www.youtube.com/watch?v=fDPmKJxD6f4

村下孝蔵/初恋
https://www.youtube.com/watch?v=mQfEP9KSJt8

村下孝蔵/りんごでもいっしょに
https://www.youtube.com/watch?v=jSvUbem6ZBE&t=185s

沢田聖子/初恋
https://www.youtube.com/watch?v=-_UmKBWfDGs

中森明菜/踊り子
https://www.youtube.com/watch?v=OkYegs7FCpE

中森明菜/駅
https://www.youtube.com/watch?v=XmN4lCYe9uc

星屑スキャット/駅
https://www.youtube.com/watch?v=GoWBQ27Shto

歌謡スクランブル・村下孝蔵作品集
2023.08.11 13:30〜
NHKラジオ らじる★らじる
https://www.nhk.or.jp/radio/ondemand/detail.html?p=0444_01
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コメント 12

NO14Ruggerman

昭和のオヤジなので村下孝蔵さんの歌は大好きです。
あまりにも早すぎる命でした。
なぜか河島英吾さんと生年や死没の時期が重なりますね。
お二方とももっともっと活躍を見届けたかったです。
by NO14Ruggerman (2023-08-12 17:49) 

末尾ルコ(アルベール)

坂本美雨『ディアフレンズ』は車の中で聴くことがことが多くて、さらにロバート・ハリスの『アレクサンドリア』を聴くことが多いのですが、いずれにしても月~木ですから、金土は『歌謡スクランブル』を聴くことも少なからずあります。『歌謡スクランブル』という昭和の薫りプンプンの番組名がいかにもNHKであり『歌謡スクランブル』ですよね。
おっしゃるとおりこの番組、曲をどんどんかけるという潔さがあり、かける楽曲によっては聴き入ってしまうこともあります。
村下孝蔵については「初恋」を耳にしていたくらいですが、この方46歳で亡くなっているのですね。歌手にしても俳優にしても、こうした生と死の計らいにはいつも非情さ、そして同時に神秘的なものを感じでしまいます。
村下孝蔵の声、確かにとても綺麗ですね。松山千春の名前を挙げてらっしゃいますが、ブログにも書きましたけれど、彼が「恋」という曲を歌う時には魅了されてしまいます。「声」という最もプリミティブな楽器の一つについてももっといろいろ考えていきたいです。例えば若き日のアート・ガーファンクルの声なんか、ちょっとこの世のものとは思えないですし、演歌の市川由紀乃の声はまさに多彩な楽器を武器として持っているようです。
「りんごでもいっしょに」「踊り子など、視聴させていただきました。「踊り子」は中森明菜にとてもよく合ってますね。
「駅」に関してもそうですが、少し前の松尾潔との件などを見ても、山下達郎、いささか狭量といったところがあるでしょうか。星屑スキャットは大好きなので、今後もずっと聴いていきます。
リンクしてくださっている須賀敦子に関する過去のお記事も拝読させていただきました。素晴らしいですね。この件についても日をあらためてコメントさせていただきます。    RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2023-08-12 18:14) 

ゆうのすけ

村下孝蔵さんって 普段から穏やかな方だったようですね。
作品のカラーも そんな村下さんだからこそハートウォームな
じわりじわりと伝わる暖かさがいっぱい詰まっているようで!♫~
私は「春雨」「ゆうこ」が特に好きです。^^
沢田聖子さんとは 仲良かったんですよね。☆彡
by ゆうのすけ (2023-08-13 00:39) 

kick_drive

こんにちは。村下孝蔵さんと言えばめぞん一刻の主題歌「陽だまり」
ですね。村下孝蔵さんはめぞん一刻をご存じなかったそうで原作本
全巻渡して読んでもらってあの曲が生まれたというエピソードは
めぞん一刻のファンの間では割と有名だった気がします。
若くして亡くなったのが残念な方ですよね。

by kick_drive (2023-08-15 16:53) 

バク・ハリー

村下孝蔵イコール「初恋」という感じで覚えていたけど、
他にも名曲がたくさんありましたね。
とても魅力的な声だと思います。
知らなかった曲では「ネコ」が印象に残りました。
(全然関係ないけどDISH// (北村匠海)『猫』も好きです)
たんに猫好きだからかにゃ?(*^ω^*)

by バク・ハリー (2023-08-15 17:04) 

hana2023

村下孝蔵の歌う曲は「初恋」「ゆうこ」「踊り子」とその歌唱力、独特なメロディの心地よさ。つい聞き入ってしまう歌手のひとりです。
RUKOさんが書かれている通り、彼は40代の若さで脳内出血により亡くなってしまいました。私も同病により倒れましたが、なぜかまだ生き残り、どうにかこうして生きています。人の生き死にの不思議さが改めて実感されました。
「りんごでもいっしょに」は高音の伸びが素晴らしい、「アキナ」では知らないでいた一面を視聴出来ました。
松尾潔ファミリーと息子一家とはこども園からの長いお付き合い、私も実際にお会いしていて、心情的にどうしても応援したくなります。
by hana2023 (2023-08-16 10:16) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

FMで聴いた印象が強かったものですから
そのことを何気なく書いたのですが
村下孝蔵ってこんなに人気があるのとは知らず、
ちょっと驚きました。
村上保のレコードジャケットのデザインは記憶にありましたが
う〜ん……すごいです。
あぁ、河島英五。なるほど、お二人は同時代なんですね。
早く亡くなってしまったのは残念ですが
このように歌はずっと残るのが唯一の救いです。
by lequiche (2023-08-17 04:15) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

《歌謡スクランブル》をお聴きになることもあるんですか。
特集になる歌手は私があまり知らない人が多いのですが、
しゃべりの多いDJよりどんどん曲をかけるほうが好感が持てます。
死というもの、その人の寿命というものは
誰にもわかりませんし非情な部分もありますが、
それもまた運命というか、世の摂理なのだと思います。

歌曲における声というのはちょっと特殊な意味合いがあります。
正確にテクニック抜群で歌うのが必ずしもベストではないはずです。
声の魅力とかその優劣や嗜好はかなりアバウトですし
また、リスナーひとりひとりで異なるのでしょうけれど
でもこれがよいという評価のラインは漠然とですが存在します。
ただ、声の好き嫌いは人それぞれですし、
そのように好みが分かれるのが面白いですね。

曲というものはたとえば楽譜というかたちで存在しますが
それはあくまで手がかりであって、仮の指針であって、
結果が限定されるものではないです。
グレン・グールドがあのような弾き方で音楽を表現したとき、
毀誉褒貶がありましたが作曲者は、たとえばバッハは、
もうこの世にいないので何とも言えません。
もし生きていたら 「そんな弾き方をするな」
と怒り狂ったでしょうか? たぶんそんなことはないと思います。
多様な表現の可能性があるので音楽は面白いし深いのです。

須賀敦子は私が最も尊敬する人です。
彼女なしに私の思考方法や文章作法は存在しません。
by lequiche (2023-08-17 04:16) 

lequiche

>> ゆうのすけ様

ハートウォーム。まさにそれですね。
この前、ライヴハウスの宣伝誌で須藤晃が尾崎豊のことを書いていて、
なぜ 「15の夜」 というタイトルになったか、ということなど、
あぁそうなのかと納得した部分がありましたが、
村下孝蔵も尾崎豊と同様、
須藤晃がプロデュースしていた歌手です。
尾崎豊も村下孝蔵も志半ばにして亡くなってしまった
と考えてよいかと思うのですが、
プロデューサーというのは非常に大切なポジションなのだ
とあらためて思いました。

村下孝蔵はベンチャーズが好きだったという話など
まだまだ知らないことが多くて興味津々です。
by lequiche (2023-08-17 04:16) 

lequiche

>> kick_drive 様

すみません。『めぞん一刻』は私も知りませんでした。
高橋留美子原作のアニメ主題歌なんですか。
これですね。
https://www.youtube.com/watch?v=LXrbdIPHe5Q

典型的なアニメ主題歌とはちょっとテイストが異なっていて
とても心に残る歌ですね。
原作も読んでみようかと思います。
もっともラムちゃんも読んでいないのでなんですが……
あ、『犬夜叉』ならときどきTVで観ていたおぼえがあります。
by lequiche (2023-08-17 04:16) 

lequiche

>> バク・ハリー様

猫好き! なるほど、そうなんですか。
猫といえば思い浮かぶのは遠藤賢治の歌です。
〈カレーライス〉には猫が出てきますから。

遠藤賢司/カレーライス
https://www.youtube.com/watch?v=jrLRPXxTcCI

デビューシングル〈ほんとだよ〉のB面の〈猫が眠ってる〉は
ちょっとヘヴィーかもしれませんが。これ、好きです。

遠藤賢司/猫が眠ってる
https://www.youtube.com/watch?v=F9_98im1ToU
by lequiche (2023-08-17 04:17) 

lequiche

>> hana2023 様

確かに独特なメロディラインというのはその通りです。
どうしてこういうふうにメロディがつながるかなぁ、
というのが正直な感想でした。
聴いてきてホントに気持ちがよく、その世界に引き込まれます。

脳内出血、そうなんですか。
そうです。まさにちょっとした具合で
人間のいのちの長さは変わってしまう面がありますね。
フィジカルとしても人間は弱いですし儚いものです。

松尾潔さん、ご存知なんですか。
音楽ビジネスは意外に不安定で脆弱なもののようにも思います。
音楽というもの自体が繊細だからなのかもしれないです。
by lequiche (2023-08-17 04:17)