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川野芽生『奇病庭園』 [本]

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書店で、山尾悠子の『仮面物語』の横に川野芽生『奇病庭園』が並べてあった。最初からそういう読者を想定してるよなぁと思いながら2冊とも買ってしまう。
川野芽生の歌集『Lilith』のことは以前に書いたが (正確にいうと歌集それ自体の内容については書いていないのだけれど→2021年12月20日ブログ)、『ねむらない樹』の山尾悠子とのコラボが、その後の山尾の歌集『角砂糖の日』再発に繋がっているような気もする。

で、今回の新刊『奇病庭園』は非常に面白い。といっても山尾悠子を面白いと感じる読者にとって、という限定が付くが、人間の姿が異常になってゆくさまを奇病ととらえていて、これはドノソの『夜のみだらな鳥』のようにフリークスなのではなく、奇病としての結果が異形になってしまったという論理であるように思う。
1篇が短いので、バラバラの内容なのかというとそうではなくて、だんだんとあちこちでつながりがあらわれていくという手法で、その古風な色合いの単語を多用した文章のつらなりに魅了される。逆にいえばその単語の選び方が読むのに負担になるかもしれないが、でも、子どもの名前が〈七月の雪より〉と〈いつしか昼の星の〉ってカッコよすぎませんか。

好書好日サイトの2023.08.19のインタヴューにおいてこの作品について語る川野の言葉が理解の上で非常に参考になる。
退廃的でゴシックな趣味を感じさせる場面も多いというインタヴューアーに対して、

 そうした作品は嫌いじゃないですが、差別や搾取を娯楽として消費して
 しまうという側面がどうしてもあります。ホラーや怪談にしても、狂気
 や異形と呼ばれるものへの恐怖の根幹には、差別がありますよね。そこ
 がどうしても気になります。
 それで自分が書く際には耽美的・退廃的な価値観にただ溺れるのではな
 く、“普通” とそうでないものの境界を揺るがすような表現を心がけてい
 ます。

という。
差別ということに関連してさらに述べるには、

 現実世界でも人間のカテゴリーは、時代とともに変化するものですよね。
 奴隷制の時代において奴隷は人間から省かれていたし、英語のmanが人
 間と男性を指すように、女性も人間に含まれていなかった。人間という
 カテゴリーを成り立たせるために、社会は常に “人間でないもの” を設
 定してきましたが、その範囲はいくらでも変わりうる。

単純な耽美や頽廃という価値観は旧来の、どちらかというと保守的な考えに捉えられがちであるからそれらを排し、普通なものに対するアンチテーゼとしての “普通ではないもの” という対比を提示することによって、ステロタイプで、ともするとグロテスクな男性主導の方法論から脱け出そうということなのだと思われる。
「彼」 という代名詞は、もともとは男女どちらにも使えるものだったので、あえて女性に対して 「彼」 を使ったという説明からも、英語の man や mankind という言葉が慣例的に持っている男性優位社会への批判と同様の意志が感じられる。

note.comの2022.11.05のロリータ服へのこだわりも単純にそうした服がかわいいから、というだけの理由で終わらないところに、フェティッシュな感覚への渇望に終始しない面を見出すことができる。

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川野芽生 (note 2022.11.05より)
*球体関節タイツ御着用とのことです

参考:
好書好日 2023.08.19
「普通」を揺さぶる幻想物語 川野芽生さん「奇病庭園」インタビュー
https://book.asahi.com/article/14983960

ロリィタとしての川野芽生さんにメール・インタビュー!
「自分にとってロリィタ服とは、魂の形」2022.11.05
https://note.com/otonaalice/n/n788ed3c1490a


川野芽生/奇病庭園 (文藝春秋)
奇病庭園

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末尾ルコ(アルベール)

川野芽生『奇病庭園』、スタイルも内容も実に刺激的で豊か。ぜひ購入してじっくり愉しもうと思います。このようなスタイルでこのような小説を書き、注目を浴びる人がいるというだけで勇気づけられます。
リンクしてくださっているサイト、そして川野芽生に関するその他のいくつかのサイトも見てみました。とても面白い。もちろん彼女の思考をすぐに完璧に理解できたり共感できたり、というわけではないですが、とにかくこうした芸術家が今の日本にいるということ自体、嬉しくてたまりません。素晴らしい作品、ご紹介ありがとうございます。

・・・

『歌謡スクランブル』は耳に入る時に聴いているとい感じです。曲をがんがんかけるのって本当に気持ちいい。

昨年須賀敦子の『ユルスナールの靴』を読みましたが、これはもう読書の醍醐味、そのクオリティに圧倒されました。クオリティの高い作品を読む時間って、心身のあらゆる部分が歓喜を声を上げるんですよね。そんな貴重な読書体験でした。引き続き須賀敦子、読んでいきます。
アンゲロプロスは大好きで、『ユリシーズの瞳』に触発された作品を書けなかったとは、60代で死去された人生の過酷さにまた想いを馳せてしまいます。
須賀敦子について調べていて、「ピコ・デラ・ミランドラ賞」を獲っていて、しかも同賞を継承する形で「須賀敦子翻訳賞」が現在まで続いている、と。いや、凄いなあと思いました。日本にピコ・デラ・ミランドラの名を冠した賞があったこと自体が驚きですし、ミランドラは31歳で死去しているのですね。これ知らなかったので、また驚きました。ミランドラについて詳しいわけではないですが、またこの件については日をあらためて。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2023-08-20 19:50) 

coco030705

こんばんは。
川野芽生さん、お写真拝見するとすごく可愛いですね。この写真が気に入りました。小説はどうかしら、読めるかしらと思っています。
by coco030705 (2023-08-20 23:21) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

川野芽生は山尾悠子つながりで発見しました。(笑)
最近発売されているあまたの歌集のなかで
抜きんでた存在でしたので、それから注目しています。
小説の場合は、特に漢字の使い方に特徴があります。
人によっては読みにくいと感じるかもしれません。

ロリータファッションに対する嗜好は
彼女の文芸作品と直接関係ないかもしれませんが、
それはそれとして理解できる方向性ですね。

『ユルスナールの靴』はそもそもタイトルが
カッコイイですね。
ピコ・デラ・ミランドラという人は知りませんでした。
ルネサンス期の文化はあまりに多岐にわたっていて
なかなか全容をとらえることができないように思います。

アンゲロプロスは紀伊國屋書店版の全集が絶版で
amazonなどではプレミア価格になっていますが
全作品でなくてもよいですから再販するべきだと思います。
最近、ベルイマンの修復版ブルーレイが出始めましたが
高価なので悩んでいます。
古いDVD版はある程度持っているのですが、
修復版ブルーレイといわれると食指が動きます。
アンゲロプロスも再販するのなら
ベルイマンと同様に修復をかけて欲しいものですが、
そもそもアンゲロプロスなんて売れるかどうかわかりませんから
むずかしいですね。
by lequiche (2023-08-25 02:08) 

lequiche

>> coco030705 様

見た目はかわいいのですが、
相当にキレる作家さんだと思いますので
ちょっとビビリます。(^^;)

小説をお読みになるのなら、
書店で立ち読みしてみるのが一番ですが
上記本文内のamazonのリンクで 「試し読み」 ができます。
その印象で判断されるのでよいかと思います。
by lequiche (2023-08-25 02:10)